ハローケイミス王国(その2)応急処置
前回の流れ。
・ラスティ団長率いるケイミス王国騎士団にモンスターから命を救われる。
・国内の問題に巻き込んで悪かったと、ケイミス王国に招待された。
※一部用語を修正しました。
同日、午後。
イルミナの町をフォレストゴブリンの群から奪還したケイミス王国騎士団は、イルミナ防衛の部隊を残して、残りは王都へ向かって移動していた。
美咲とエレノアは、その馬車列、真ん中を進む幌のある荷馬車の中で揺られている。
ラスティや他の兵士達は美咲だけでも、ちゃんと屋根付きの馬車に乗る様にすすめてくれた。
だが、美咲がエレノアと一緒に乗りたいと言って、荷馬車に一緒に乗り込んだのだ。
兵士達も、意地悪でエレノアに荷馬車に乗る事を強要した訳では無く、エレノア一人でかなりの場所を取る為、他に乗る場所が無いのでしょうが無かった。
当然、荷馬車なので座る椅子も無く、荷物も積まれており、乗り心地はお世辞にも良くない。
しかし、美咲はようやくエレノアとゆっくりと話をする時間が作れそうな事が、単純に嬉しかった。
早く言葉を重ねて、エレノアの事が知りたくてウズウズしているのだ。
「あんた旅人なんだって? えらい肌が綺麗だね。まさか、実は貴族様かなんかかい? この服もえらい変わってるね。そっちのキメラのあんたは?」
結論から言うと、二人がゆっくり話す時間は、ここでは訪れなかった。
荷馬車の中で、どう見ても医師免許を持って無さそうなお姉さんが、二人の傷の手当をしてくれている。
傷の手当と言っても、美咲の水着を脱がせて、全身の汚れをお湯で濡らした綺麗な布で拭き、折れた骨の位置を戻して添え木を当て、浅い傷に包帯を巻くぐらいの物で、ただの応急処置である。
しかし、お姉さんは、その素朴な見た目に反して応急処置の手際は良く、骨もどうやら元の位置に収まっているようで、手当てしなれていた。
お姉さんは見た所、ただの町娘に見えるが、イルミナに残らなかったのを見ると、別の町の人か、出稼ぎといったところだろう。
「あたしは、たぶん、ずっと捕まってたんだと思う。昔、さらわれて」
エレノアが、お姉さんに答えた。
さらっと重い台詞が聞こえてきたが、ビジョンを見た時から、そんな事だろうとは思っていた為、美咲はそれ程驚かなかった。
お姉さんは美咲とは別の感覚で、驚いた様子こそ見せるがそれほどでは無かった。
「人狩りかい? そりゃ、あんた、大変だったね。でも、もう大丈夫さ。ルナール様に言えば、きっと故郷に帰してくれる」
「家は、覚えてないんだ」
お姉さんが、美咲の腕の深い傷口を針と糸で縫おうとすると、それを見ていたエレノアが「もっといい方法がある」と言って蜘蛛の腹にある糸くぼから手の平にジェル状の糸を乗せ、美咲の傷口をピッタリ閉じてから、糸を薄く塗って傷口に蓋をした。
糸がすぐに乾くと、傷口の上が薄い膜でコーティングされた様になり、傷口もぴったりと閉じられている。
ようやくちゃんとした手当が行われて、iDの表示も緊急事態だった物が大人しくなっていた。
傷口が外気から遮断されているらしく、ヒリヒリとした表面の痛みが消えた。
「あんた、えらい便利だね。それなら、ケイミスに住めばいい。騎士団なら年中怪我人が出るし、こっちも大助かりさ。旅人のあんたも、この傷が治ったら旅を続けられるさ。ほら、いつまでも裸でいないで、これ着な」
荷馬車の上、幌一枚で囲われた女だけの空間。
ミイラみたいになった美咲は、質素な服を渡された。
ドロワーズかズロースと言うのだろうか。
ハーフパンツみたいな下着にはゴムが無く、腰に紐で固定するだけの物だが、水着よりは包まれている感があるだけマシだし、文句は言えない。
下着を履いて、一緒に渡されたワンピースを着ると、人種を除けばお姉さんと同じ町娘に見え、十分に溶け込めそうであった。
「あの、ルナール様って?」
美咲が、気になっていた名前を尋ねた。
ラスティは、王様と言っていたが、どういう人なのだろうか?
「あんた、ルナール様って言ったら、この国の王様で、現役のルークスさ。戻ったら、あんたらは謁見するんだ。くれぐれも失礼の無い様にね」
「謁見って王様に会うって事?」
「そりゃそうだろ」
「なんだか緊張してきた」
「大丈夫。とても聡明な方だからね」
「あの、ところで、ルークスって何? 王様の名前?」
こうなったら分からない単語は、お姉さんに片っ端から聞いていこうと思った。
「あんた、頭でも強く打ったか、それとも、よっぽど田舎の出か? 別にバカにするつもりは無いけど、ルークスを知らないって冗談だろ?」
「田舎と言うよりは、異国の出身になるのかな。王様に失礼の無いように、いろいろ教えて欲しいです。えっと」
「ああ、あたしはレアラ。ここの騎士団で仕出しとか雑用をしてるよ。さっきいたイルミナの出身だ。あんた、この調子だとブリッツもグランツも知らないのかい?」
「はい。あの、私は百鬼美咲っていいます。彼女はエレノアです」
美咲が首を縦に振ってから自己紹介をすると、レアラは何から説明した物かと考える。
「ナキリミサキとエレノアね。氏名がミサキでいいんだよな?」
「ナキリの方です」
「ふ~ん。名前の響きと言い、変わってるね。じゃあ、なんて呼べばいい? ミサキって呼んでいいかい?」
「はい!」
「ふふ、あたしはレアラでいいよ。あらためてよろしく。エレノアの方は、フルネームは?」
「これで全部」
「そうかい。じゃあ、エレノアって呼ぶよ」
「ああ」
自己紹介をし終えると、レアラは美咲の質問を思い出した。
「そうだね~、順番に説明すると、ブリッツって言うのは、シェルって不思議な力を使える人の中で、アナトリアに所属している人で……ルークスって言うのは、その中でブリッツを部下に持っている人……かな。グランツは別格で、個有領域を持っている人だよ。って言っても私も、それ以上は詳しくは知らないんだけどね。でも、そんぐらいは常識さ」
「???」
想像以上に難解で美咲は頭上に?を浮かべている。
「本当に何も知らないのかい? さては、穴ぐら出身だね? まあ、あたしも大差ないけどさ」
そう言うとレアラは頬をポリポリとかいた。
美咲はiDで視界に辞書を開くと、新言語仮登録一覧を開いた。
「あの、アナトリアと、シェルと、こゆうりょういき、って言うのも教えてください」
「しょうがないねぇ。それにしても、そんなでよく今まで旅が出来てたね、あんた。逆に凄いよ」
そう言って笑いながら、レアラは親切に教えてくれる。
世話焼きが性に合っているのだろう。
「アナトリアってのは、世界を管理している連中さ。シェルってのは、まれに手から火を出したり、水を氷にしたり、そう言う不思議な力を持って生まれてくる人がいるだろ? そう言う人の力の事だよ。あと何だっけ? ああ、そうだ、個有領域って言うは、アナトリアの巫女のアナトリ様から与えられるグランツの特別な力の事で、個有領域の中では、グランツは自分と契約した奴に、ブリッツみたいにシェルを使わせる事が出来るのさ。ちなみに、グランツもルークスも元ブリッツが殆どだから、みんなシェル使いさ」
美咲が新しい情報の波に混乱していると、視界の端でロッテがメイド服のままタイプライターをバチバチうって、辞書の新単語登録をせっせと行っていた。
単語登録が済むと、ポコンポコンとゲームのトロフィー解除みたいな演出音をさせて、視界の端に「○○を登録しました」と、まんまトロフィー解除風に出てくる。
そんな設定した記憶は美咲には無い。
可愛いけど、少しシュールな光景に美咲は冷静になった。
どうやらアナトリアと言うのは、巫女のアナトリ様と言う人がいて、次にグランツ、その下にルークス、ブリッツと続く、美咲にとって謎の組織……らしい。
その全員が、シェルと言う不思議な力を使えるというのだから、本当にファンタジーである。
と言う事はルナール様は、王様をやりながらアナトリアのルークスと言う肩書も持っている凄い人なのだろう。
美咲の頭では、どうせ一度に全ての理解までは追い付かないので、後で整理する為に出来るだけ多くの情報を聞こうと改めて思った。
辞書を埋めようと視界を見て見ると、既に埋まっているけど意味が多分違う物があった。
「あの、キメラって言うのは?」
美咲は、キメラと聞くとゲームの敵しか思い浮かばない。
色々な動物が混ざった奴だ。
辞書には、二つ以上の遺伝子情報を持つ人、または架空の合成生物とあった。
「キメラなら、あんたの隣にいるエレノアがそうだろ?」
「えっと、私が暮らしていた国だと、実際に見た事も聞いた事も無くって、どういう意味なのかなって……人種とか?」
レアラは、少し言いにくそうにした。
「いいよ。あたしの事は」
エレノアに言われると、レアラは「悪気はないからな」と言う風な、困り顔をして説明を始めた。
「キメラって言うのは、大昔にこの世界に棲みついた魔獣の末裔、って言われてた人達だよ。実際は、亜人種と違って身体の一部が別の生き物に見える人達の事さ。国によっては、今もかなりの差別が残っているけど、何とかって偉いグランツ様がずいぶん昔にキメラを養子にして、それからかなり世間の見方というか、風当たりが変わったかな。ケイミスでは、それよりも昔から差別なんてしたら牢屋に入れられてたね。あんた、本当に気を付けるんだよ。何気ない一言が誰の気に障るとも知れないんだから。特に、種族じゃなくて身体の特徴で呼ぶのは、御法度だよ」
「わ、わかりました」
レアラの言い方だと、キメラと呼ばれる人々は、この世界では普通に存在しているらしい。
ついでに亜人とか言う言葉も聞こえた。
人種差別は、元いた世界でも根強く残っていたし、人種問題は、どこの世界でもデリケートである。
しかし、そこで生まれた新たな疑問があった。
キメラが普通に存在しているのなら、なぜエレノア達は人体改造をされてまでキメラに変えられる必要があったのかである。
「さ、これで処置は終わりっと。あんたが履けるスカートは無いから、悪いけど、またこれで我慢しておくれ。城に戻ったら、血のついてない奴と交換するよ」
そう言うと、レアラはエレノアの傷の手当てを終え、服と布を渡した。
「……ありがと」
「こっちは仕事だからね。礼は良いよ」
エレノアが服を着て、腰に布を巻くと、二人はようやく落ち着く事が出来た。
「他に聞きたいことはあるかい? ケイミスまでは、まだ半日はあるからね。わかる事なら何でも答えるよ」
「あの、じゃあ、イルミナの町はずれの砦って何なのかわかりませんか?」
美咲の質問に、エレノアは少し驚いた顔をした。
確かに、イルミナの町のすぐ近くにあって、そこがケイミス王国の領内なら、ケイミス王国の人が何か知っている可能性が高いのは当然の事だ。
砦が何なのか、出来れば持ち主が分かれば、何かわかる事があるかも知れない。
「砦? ああ、あの燃えたやつね。かなり長い間ずっと廃墟だよ。私が生まれた頃には、もう誰も使ってなかったって言うし、危ないから近づくなって言われてたね」
「そう、なんだ……じゃ、じゃあ、もっと昔の事は、誰に聞けば?」
「うーん、イルミナの長老が生きていれば、一番早かっただろうけど、ゴブリンに食われちまったからな。でもどうして?」
「実は、エレノアが捕まっていたのが、あの砦で……」
「……なんだって、あんな所に? キメラを売る気なら一番近くの国で西のグレモスだし、廃墟になっちゃいるけど、あそこは昔から人が入らない様に、常に見張りがいたはずだよ。それに、扉は全て大昔にシェルで封印されたって話、町の奴なら誰でも知ってる事だよ。誘拐した子供でも、隠すならもっといい場所はいくらでもあるだろうにね」
封印と聞いて、どうりで正門が開かない訳だと二人はそれぞれ思った。
しかし、美咲だけは、そこで気になる事があった。
「あの、裏口が開いてたんですけど」
「そりゃ本当かい? でもまあ、そうか。私が聞いた話だと、あの砦は廃墟になって少なくとも百年以上経っているからね。封印が解けても不思議は……」
「百!?」
美咲は、ロッテを見た。
ロッテは意図が分からないようだが、どうも誤訳では無いらしい。
それからエレノアを見た。
エレノアも年月を聞いて驚いていた。
実は、かなり年上らしい。
どうやら、水槽の中でそこまで時間が経っていたるとは思っていなかったようだ。
エレノアが、自分が誘拐された時には、普通の人間だった事を訂正しないのも、美咲は気になった。
「でも、まあ……それが本当なら、ルナール様に聞いてみると良いよ。ルナール様なら、誰が持ち主だったか調べられるし、何よりも自分の領内でそんな事を許せるお方じゃないから」
しばらくそんな話をしていると、馬車の隊列が動きを止めた。
幌布をめくって外を見ると、そこには巨大な横穴の開いた壁が見えた。
天井の穴から日が照らす明るい鍾乳洞の中に、一切明かりの無い暗い洞窟が現れたのだった。
地名
・ケイミス王国
・首都ケイミス
・鍾乳洞の町イルミナ
人名
・ケイミス王ルナール
尊敬されてるっぽい。
現役のルークスでもある。
・ケイミス騎士団長ラスティ
いい人そう。
・騎士団の仕出し女レアラ
サバサバお姉さん。
・アナトリアの巫女アナトリ
個有領域をグランツに付与できる偉い人。
用語
・シェル
魔法とか超能力みたいな不思議な力。
シェルを使える人を、能力者やシェル使いと言う。
ちなみに、個有領域内でのみ使える人は、契約者と呼ばれる。
・アナトリア
世界を管理しているらしい
・グランツ
個有領域を持ったシェル使い
・ルークス
ブリッツを部下に持つシェル使い
・ブリッツ
アナトリアに所属するシェル使いの総称
・キメラ
肉体の一部が大きく別の生物に見える人々。魔獣の末裔だと思われているらしく、差別されている。
例:マーメイド、ケンタウロス、アラクネ
・亜人
肉体の一部が少し、または全体的に均一に別の生物の特徴を持つ人々
例:ミノタウロス、獣人全般
・個有領域
グランツと契約すれば、シェルを使えるようになる範囲
・フォレストゴブリン
美咲が猫猿と呼んでいたモンスター寄りの亜人。美咲的には、かなりのトラウマ。