ハローケイミス王国(その1)騎士団
前回の流れ。
・エレノアが美咲を助けようと、糸から一緒に落ちる。
・美咲はエレノアの機転で助けられ、ボスモンスターは孤独に堀の底へ。
・助かったと思ったら、町に残っていた大量のモンスターに囲まれ、襲われる。
・絶体絶命の時、誰かの声が森に響く。
※一部表現、内容、誤字、スペースを編集しました。
※サブタイトルを変更しました。
※騎士団長の名前が、後で出てくる別の名前と紛らわしかったので変更しました。
※一部台詞を修正しました。
『××!』
突然、人の声が森に響き渡った。
エレノアの言葉と同じく、意味は分からない。
しかし、その声の主を探そうと猫猿達の何割かの意識が二人から逸れた。
その時、エレノアと美咲の視線は、猿達が湧いて来た町に向いていた。
町の方には、気が付けば大勢の人影が見えた。
似たような格好で隊列を組んで、整列している。
その姿は、西洋の騎士に見えた。
『×××!』
兵士の中の一人が、号令を口にした。
隊列を組んでいた兵士達は、一斉に抜刀すると、森の中に突撃し始めた。
猫猿達が気付くと、戦う個体もいれば、逃げ出す個体もいた。
兵士達は、高い士気と練度を見せつけ、猫猿達の数を確実に減らしていく。
すぐに森の中は戦場と化した。
目の前で繰り広げられる掃討戦に、エレノアと美咲は見ている事しか出来なかった。
助かったらしいが、実感が湧いてこない。
猫猿からは助かったが、目の前の兵士達が味方なのか敵なのか分からない。
美咲がエレノアを初めて見た時の気分を、今度は二人で味わっていた。
やがて戦場では、猫猿達は逃げ切った個体を除いて全滅した。
地上に転がる死にかけの猫猿達を、兵士達が一体一体確認してとどめを刺し、死体になった猫猿達を武装していない町民らしき人々が荷車で堀の底に捨て始めた。
町民の女達は、怪我人の手当てに、戦場を忙しく動き回っている。
木の上から、人々の戦後処理を見ていた美咲は、学校の社会の授業中に見せられた戦争映画を思い出し、気分が悪くなった。
『××! ×××××!』
木の下から声が聞こえた。
声の主を見て見ると、兵士の一人だった。
明らかに美咲とエレノアに話しかけている。
『××××××××』
エレノアは兵士に何か答えると、木を降り始めた。
美咲が心配そうにエレノアを見た。
木を降りながら、エレノアは美咲を見返すが、笑うだけで何もしゃべらない。
しかし、エレノアが降りていくのだから、どうやら、兵士達は敵では無いらしい。
エレノアが地上に立つと、猫猿の死体処理をしていた兵士や町民達が手を休めて集まってきて、周囲を囲んだ。
みんなエレノアと美咲を見て、勝手に口々に喋っている。
エレノアは、そっと美咲を地面に下ろした。
少しすると町民らしきおばさんが駆け寄ってきた。
その手には、畳まれた布を持っている。
おばさんは同情の視線を向けて、美咲とエレノアに「これを」と言って大きな布を手渡してくれた。
「?」
美咲は、おばさんが日本語を話した様に聞こえた。
偶然場面にマッチした似たような発音の、こちらの言葉だったのだろうかと思っていると、美咲にだけ聞こえる声で、突然、頭の中で直接話しかけられた。
「美咲様、先ほど新言語のパターン、構造分析を完了しました」
非常に聞き覚えがある、少女の合成音声だった。
視界を意識すると、視界の端に、美咲のサポートコンシェルジュAIであるロッテが、呼んでもいないのに立っていた。
「お気づきかと思いますが、自動翻訳に新言語を適応しています。あと、同時に新言語辞書を作成、常時更新します。意思疎通の為に新言語への発音変換を視界に表示しますので、どうかお活用ください」
いやに流暢に喋る。
ロッテは言い終えるとニッコリと笑い、視界の外に歩いて行ってしまった。
ロッテの報告を聞いて美咲は、周囲の人々が話す会話によって、分析のサンプルが一度に手に入ったのだろうと思った。
気が付くと、周囲の人々が話している言葉が全て日本語に聞こえていた。
すると、こんな話が聞こえてきた。
「あの変な恰好、それにキメラ、まさかアレが噂のブリッツか?」
「あの子、フォレストゴブリンに襲われてたのか? まだ若いのに可哀そうに」
「あんな格好で、こんな傷だらけになって」
あんな格好でと言われ、美咲は自分達を見た。
美咲の顔面と腕は血まみれ。
公衆の面前なのに服装は、大事な所こそ隠しているもののボロボロに破れた水着と、首にかけたゴーグルだけ。
気が付けば水泳キャップが無いが、それは、まあ、修羅場のどこかで無くした以外に考えられないし、今の美咲には、どうでもいい。
エレノアに関しては、身体が切り傷で血まみれ、蜘蛛の脚に関しては何本も矢が刺さったままである。
服装に関しては、完全に全裸だった。
しかし、その態度は堂々としたもので、髪の毛で胸が隠れているからか、手で隠す素振りも見せない。
美咲は、急激に赤面すると、すぐに渡された布をマントの様にして羽織り、全身を隠した。
骨折している腕が傷むが、羞恥心が勝る。
布越しに腕の血が滲み、口や鼻から血が点々と滴って布を赤く染めた。
エレノアは美咲を見ると、渡された布を腰にスカートの様に巻いた。
そっちもだが隠す場所は、そこだけじゃない。
「エレノア、もっと隠して!」
美咲は、小声で叫ぶと言う矛盾に満ちた行為をしながら、胸を隠せとジェスチャーした。
大きな布だから、胸から巻けば人の部分をスッポリと隠せる筈である。
「ミサキ、さっきまで…… 言葉がわかるのか?」
エレノアは驚くが、美咲が今伝えたいのは、そこじゃない。
「言葉は、その……さっき覚えたから! それより、隠して!」
「頭良いんだな」
言葉が通じているのに、まるで話が噛み合わない。
「後で説明するから! 先に隠して!」
美咲の言葉にエレノアは、少し恥ずかしそうに返事をした。
「その……もう、隠してるつもりなんだけど……」
そう言うと、布からはみ出した蜘蛛の脚を出来るだけ畳んで、小さくなろうとした。
美咲は、言葉に詰まってしまった。
エレノアが元々は普通の人間だった事は、ビジョンを見て知っている。
そのエレノアにとっては、蜘蛛の身体を人に見られる事に抵抗があるらしい。
「そんなつもりじゃ……」
美咲は、なんてデリカシーが無いんだと自分に腹が立った。
すると自分が包まっていた布を、エレノアの蜘蛛の背中にかけた。
これぐらいしか、今の美咲には出来る事が思い浮かばない。
エレノアが人に見られたくない部分を晒していると感じるているのなら、それを黙って見ているなんて事は出来なかった。
「どうして……ミサキは、いいのか?」
「いいの。私は、まあ、似たような格好、人に見られるの慣れてるしね。それに、エレノアは……」
そこに、一際派手な鎧を着た人がやってきた。
フルフェイスの兜で性別も分からない。
その場にいる全員が、雑談を慎んだ。
どうやら、偉い人の様だ。
「その服装、ブリッツ殿とお見受けする。我々はケイミス王国騎士団、私は団長のラスティと申します。此度はフォレストゴブリンからのイルミナ奪還作戦の為、この地に派遣されました」
声から言って、中年の男性だろうか。
美咲がそんな事を考えると、騎士が兜を外して顔を見せた。
兜にも負けずに短く刈り込まれた金髪を逆立てた、中年と言うにはやや若いが、美咲から見れば十分におじさんと呼べる顔が現れた。
髭は無く、身嗜みには気を使っているらしく、清潔感を感じる顔立ちである。
「あ、えっと」
美咲は翻訳されない単語を程よく挟まれる事で、疑問しか浮かばず返答に困った。
「ブリッツ殿は、どうしてイルミナに? この件で応援要請は、していない筈ですが」
視界の端からロッテが美咲を覗き込み「ブリッツは不明ですが、イルミナは、すぐそこの町の名前の様です」と言った。
「どうして、って……」
美咲は悩んだ。
正直に異世界の話をするべきだろうか?
この世界で異世界の人間と言う存在が、現実的かつ常識の範囲に無いと、頭がおかしいと思われる恐れがある。
だが逆に、常識だった場合は、すぐにでも助けを求めたい。
その時、視界に美咲が指示も出していなければ考えてもいない長文の発音字幕が勝手に表示され、ロッテが「参考になれば」と言った。
美咲は、確認するとすぐに読み始めた。
「ラスティさん。まずは、お礼を言わせてください。危ない所を助けて頂いて、本当にありがとうございました。私は百鬼美咲と言います。氏名が百鬼です。旅をしていたのですが誤って天井の穴から、この近くの湖に落ちてしまい、助けを求めてイルミナに行ったのですが、運悪くフォレストゴブリンに襲われて、見ての通り服も荷物も失って、殺されそうな所を、そこのエレノアさんに助けて貰いました。ですが、隠れていた所をフォレストゴブリンに見つかってしまい、二人共危ない所で皆さんが来てくれたんです」
天井の穴から云々以外、嘘は言っていない。
ロッテが参考と言って提案してきたセリフは、異世界云々は伏せられているが、おおよその事情を説明するには十分な長台詞だった。
状況も分からない今、助けを求めるには丁度良い塩梅である。
異世界については、徐々にでも情報を引き出してからでも遅くは無い。
美咲は、棒読みにならない様に台詞を言いながら、猫猿はゴブリンなんてファンタジーな名前だったのかと思った。
ゴブリンと言ったら、多くのファンタジーの中で弱い部類のモンスターなのに、危うく殺されかけた。
美咲が何を思っているのか等、目の前にいるラスティは想像出来る訳も無く、ただ紳士的に返事をしてきた。
「ブリッツではなく、旅の方でしたか。変わった服を着ておられるので、もしやと思ったのですがお恥ずかしい。領内の不祥事に巻き込んでしまうとは、何と言って謝って良いのか言葉が見つかりません。我らがルークス・ルナール王も、領内で起きた不幸を見過ごせる様な方ではありません。どうかケイミスにて身体と心に負った傷を癒してください」
視界の端でロッテが目だけ出して覗くと、美咲が気付いたのに気付き、目を細めて笑い視界の外へと引っ込んだ。
こうして美咲は、言われるままにお言葉に甘えて、ケイミス王国騎士団の馬車に乗せて貰い、エレノアと共に、一路ケイミス王国へ向かう事となった。