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Symbiotic girl 共生少女  作者: 月見里歩
1章
16/22

ハローエレノア(その6)落下

 前回の流れ。

・美咲がエレノアが助かる事を願うと、謎の影が部屋に現れて、モンスターを焼き殺す。

・砦が火事になる。

・美咲とエレノアは脱出しようとする。

・まだ生きていたモンスターのボスが、燃えながら執念で追ってくる。


※一部表現、内容、誤字、スペースを編集しました。

 驚きのあまり声も出ない美咲を、エレノアは掴もうと精一杯手を伸ばした。

 しかし美咲の手は、エレノアの手をすり抜けた。


 エレノアは、空いている前脚も精一杯伸ばした。

 美咲は、手こそ伸ばすものの、その前脚を掴むことを一瞬躊躇してしまった。


 それにエレノアも気付いた筈だった。

 それだけでなく、美咲の目にエレノアの下半身に向けた、制御出来ない恐怖があるのも、気付いていた筈だった。


 エレノアの笑顔を見たいと思ったのに、自分は何をやっているのだろうと思った。

 あと少しの所で、手も脚も、どちらも届かない。


 美咲は、毒とは関係なく、何もかもがスローに感じた。


 これで本当に死ぬんだと思った。

 それも、救いの手ならぬ脚を、自ら掴み損ねてである。


 美咲には、心残りが出来ていた。


 それは、エレノアが救われない事だ。

 エレノアは、救えなかった友達の代わりに、美咲を救おうとしたのだ。

 また助けられなかったら、エレノアは生き延びても落ち込むだろう。

 最後は笑って終わらないと後味が悪い。

 それは、エゴかもしれないが、それでも美咲はエレノアの笑顔が見たかった。


 そんな事を思う美咲の耳に、エレノアの叫ぶ声が聞こえた。


『ミサキ!』


 エレノアが猫猿を纏わりつかせたまま、糸を掴んでいた後ろ脚で、その糸を蹴った。


 落下しながら、美咲はエレノアの方を見た。

 エレノアの顔には、微塵の諦めも浮かんでいなかった。


「エレノア!」


 今度は、ちゃんとエレノアが美咲に伸ばした前脚を握り締めた。

 外殻は硬いのかと思っていたが、表面には細かい毛が生え、硬いには硬いのだが思いのほか弾力があった。

 火傷した個所が、茹でた甲殻類の様に黒から赤に色が変わっており、戦い続けたエレノアの体温で、爪先まで温かかった。


 エレノアは、落下しながらも前脚で美咲を引き寄せると、美咲の身体を、隙間なく密着させるように人の腕と蜘蛛の前脚を使って強く抱き締めた。


 ギャアギャアギャアギャア!


 猫猿はエレノアの脚から口をはなし、落下しながら「道連れにしてやった」とでも言いたげに、勝ち誇って叫んだ。

 しかし、猫猿にとどめを刺さないで砦を出た美咲とエレノアにだけ、詰めが甘いと言う後悔が降り注ぐものではない。

 油断大敵が適応されるのは、平等である事を猫猿は思い知る事となる。


 突如、ガクンと反動が身体を襲った。


 みんな揃って一緒に深い堀の底へ落ちている筈なのに、エレノアの落下だけが急に止まったのだ。

 自由落下からの急停止による反動は、油断していた猫猿の手がエレノアを逃がすのに、十分な衝撃があった。


 急停止の衝撃にも、エレノアは掴んだ美咲の身体を離さなかった。



 今度は、猫猿の見ている世界がスローになった。



 エレノアは、猫猿に向かって懲りずに「いーっ」と歯を出した。

 美咲は、結構良い性格しているなと思った。


 猫猿は、最後の最後で何が起きたのか訳が分からないまま、歯を出すエレノアと、抱えられたまま猫猿を複雑な表情で見つめる美咲を見上げながら、絶望の表情を浮かべて落ちていった。

 暗く深い堀の底へと吸い込まれ、鈍い音が響くと静かに底を炎で照らしていた。


 エレノアは、塔から森に通した自身の血で染まった横糸に、猫猿が近づいて来た時に、その手を糸で固定しようとした。

 糸の狙いは猫猿の手は外したが、横糸には当たっていた。

 それを、そのまま命綱に利用してバンジージャンプまがいの事をしていたのだった。


『××××?』


「だいじょぶ」


『××××……』


 お互い言葉は分からないが、何となく会話が成立した。

 エレノアは、スルスルとバンジージャンプに使った糸を登ると、横糸を血で浮き立たせながらなんとか森まで渡りきった。


 糸は、森に生える木の太い枝に繋がっていた。

 エレノアの脚が、しなる枝に降りると、指に糸くぼから出した体液をつけて、渡って来た糸を指でピンと弾いた。

 すると、斧の刃も弾いた糸が指で弾いた所でいとも簡単に切れ、風で塔の方にさらわれ、赤い糸はすぐに景色に溶け込んでしまった。


 美咲は、その光景を見ながら、今度こそ助かった実感を噛み締めた。


 ところが、噛み締めるには少し早かった。



 ギャッギャッギャッ!



 聞きなれた声に、二人は町の方に目をやった。

 そこには、猫猿の群が全速力で向かって来ているのが見えた。

 数は、優に百匹を超えている。


 エレノアの目には、驚きと動揺が浮かんだ。

 こんな事エレノアには想定外であった。

 七匹でも大苦戦だったのに、いくら何でも多すぎる。


 ところが、猫猿の群は、そのまま二人がいる木を素通りし、堀の淵にまで走っていってしまった。


 どうやら、片目の猫猿が落ちる時にあげた叫びを聞いて、砦から出る煙を目印に様子を見に来たようだった。

 二人はその場を、すぐにでも離れたかったが、足場の枝の下にも何匹も猫猿がいて、動く事が出来ない。

 木の枝の上でエレノアに抱えられている美咲は、そもそも移動する事が出来ないし、エレノアの巨体が不用意に動いて音でも出せば、猫猿達はすぐにでも気付くだろう。


 そうなれば、百匹では済まない相手を、たったのニ人でする事になってしまう。


 堀の底を覗き込む猫猿達は、そこで燃える仲間を見つけたのか口々にギャアギャアと会話していた。

 そのうち、一部の猫猿達がゾロゾロと町の方に戻り始めた。

 どうやら、このままやり過ごせそうと二人が思った時だった。



 ギ?



 真下で声が聞こえた。

 エレノアが下を見ると、二人のいる木の枝の下に、ほんの数滴の血が零れ落ちていて、一匹の猫猿がそれに気づいたのだ。

 美咲もエレノアも傷だらけで、おそらく二人の血だろう。


 猫猿が上を見ると、生い茂る枝葉の上に、確かに何かがいるのが見えた。



 ギャギャア! ギャギャア!



 見つかってしまった。

 町に帰ろうとしていた猫猿達も鳴き声の方に注目し、視線がその上に集中した。


 居場所がバレたと悟ると、エレノアは木の上の方に登り始めた。

 美咲が下を見ると、森中の木を猫猿達がのぼり、枝と枝の間をジャンプしながらエレノアの方に向かって来ているのが見えた。


 逃げ場は無いし、囲まれてしまっている。


 美咲は、地下室で見たみたいに、ビジョンが見えないか集中した。

 だが、世界がスローに感じる事も無ければ、ビジョンもノイズも現れない。


 そんなタイミングで、空気を読まずに視界にあるiDのウィンドウが点滅していた。

 美咲が視線を合わせて意識すると「深刻なエラーが発生しました」と表示される。


 どうやら、失血やエレノアの毒の混入によってインプラントナノデバイスを構成するバイオナノマシンの何割かが失われてしまったらしい。

 お手上げ状態の中、勝手にエラー回復の為にiDの再構成をしますと表示が出た。

 進捗表示バーが左から右へと満たされると「失敗」と表示された後に「再起動します。それでも問題が解決しない場合は、サポートセンターに連絡してください」とロッテが言い美咲はイラつく。


 一匹目の猫猿がエレノアの脚を掴んできた。

 美咲は、何も出来ないとしても、今はiDの事を心配している時では無かった。


 エレノアが猫猿の顔に糸を吹き付けて、なんとか逃れようとするが、すぐ近くにまで別の猫猿が迫って来ている。


 そんな中でiDを当然放置していると、自動で強制再起動がかかった。

 見覚えのある製品名のロゴが表示されると、すぐに起動が終了し、どうやら再構成が成功した様だったが、まったく喜べない。


 迫る猫猿の数は増え、エレノアは木のてっぺん付近まで登ってくるが、これ以上は逃げ場がなかった。

 上に逃げようにも、鍾乳石のつららまでの距離は100メートル以上あり、飛ぶ事でもできないと不可能だ。

 猫猿達に対して糸を出し続けるエレノアの蜘蛛の腹は、出し過ぎで痩せてきている。

 いよいよ打つ手が無くなって来た。


『××!』


 突然、人の声が森に響き渡った。

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