ハローエレノア(その3)走馬灯
前回の流れ。
・地下研究室での、エレノア対モンスター。
・エレノアは、なぜか美咲を助けようとする。
・美咲、エレノアの行動に負い目を感じて、囮になろうとする。
・美咲を守らなければ、エレノアは生き残れる可能性がある為。
・エレノアは美咲が囮になる事を許さず、守る事を選ぶ。
・美咲とエレノア、現状維持だとモンスターに負ける事が、ほぼ確定。
・二人は言葉が通じないが自己紹介をしあう。
・エレノアが美咲に噛みつき、毒を注入。
・美咲、モンスターに殺されるよりは良いと受け入れる。
※一部表現、内容、誤字、スペースを編集しました。
苦しくない。
痛くない。
不快さも無い。
寒さも感じない。
ただ、走馬灯……みたいなものが見えた。
「学校、クラスのみんな、葵ちゃん、お母さんとお父さん、お兄ちゃん……って、なんでお兄ちゃんがトリなんだろ」
ぼんやりと、そんな事を思った。
「私、ブラコンなのかな? どっちかと言えば、お兄ちゃんの方がシスコンだったと思うけど」
そんな事を思っていると、走馬灯なのに長居する兄が、何か言った。
「美咲が×××××××××××」
夢でも言っていたなと思った。
「もう一回、ゆっくり言って、そしたら思いだせそう」
「美咲が、強く願えば」
「うん」
「絶対、叶うよ」
「なんだぁ、いつもの気休めだなぁ」
美咲は、思い出してしまえば、こんなものかと思った。
「大丈夫だから、いつもみたいに、声に出して」
兄は続けた。
声に出してと、美咲に兄はいつもそう言っていた。
言わなくてもいつも美咲を心配してくれたが、言えば何でも相談に乗ってくれた。
「うん、ありがと」
「どうしようもなくなったら、助けを呼ぶんだぞ」
「うん」
お兄ちゃんは、本当に心配性だなと思った。
「絶対、駆け付けるからな」
「うん」
でも、それはちょっと無理かもしれないと思った。
「最後に来てくれてありがと」
「最後じゃないさ」
兄は走馬燈の中で、美咲に優しく笑いかけた。
「……生き、てる?」
美咲が目を覚ますと、エレノアに首を噛まれてから、僅か数秒しか経っていなかった。
首の傷からは、そんなに血が出ていない。
既に出血自体が止まり始めていた。
エレノアは美咲の首から牙を抜いてからも、変わらず美咲を抱え、守りながら、必死に猫猿達と戦い続けていた。
『××××!ミサキ、××××』
戦いながらエレノアは、美咲に呼びかけた。
すぐに視界では翻訳失敗と表示される。
何を言っているのかも、言葉の意図も、美咲には通じなかった。
だが、それで問題無かった。
ただ美咲の生存を確かめられれば、エレノアは、それでよかった。
美咲は、ただただ目の前の光景に目を見開いていた。
体感時間が遅くなるのを感じ、音が遠のいていく。
そして、美咲を除く全てが、スローモーションに見え始めた。
さらに、白っぽい靄が部屋を満たし始めた。
それは煙では無い。
美咲の目には、お馴染みの絶望的な状況に重なって、部屋中に幽霊の様なビジョンが見えていた。
美咲の意識が落ちていた僅かな間に、エレノアは追加で前脚に矢を何本も受けているし、槍にも何度も刺されて傷だらけで、疲労からか動きも精彩を欠き始めていた。
さっきまで対処出来ていた事に、エレノアの処理が追い付かなくなってきて見えた。
美咲の目には、輪をかけて絶望的な状況が、スローになった事によって客観的に見えていた。
その光景に重なって、部屋中に幽霊の様な“何か”が見えるのだ。
世界がスローに感じる体感時間の変化と、視界に広がる異常な光景。
原因は、どう考えても一つしか考えられなかった。