ハローモンスター(その6)ピンチ
前回の流れ。
・逃げ込んだ地下には、何かの研究室があった。
・中を探索していると、異世界なのに英語で書かれた日誌を発見。
・そんな事をしていたら、モンスターが扉を壊して入ってくる。
・モンスターから隠れながら、どうにか倒そうと計画を立てる。
・あと少しの所で、見つかってしまった。
※一部表現、誤字、スペースを編集しました。
※残酷描写、性的連想をさせる描写が出てきます。
美咲の頭を襲った突然の鈍痛。
猫猿の一匹が、美咲に気付き、アルコール漬けの瓶を絶妙なコントロールで投げていた。
実に良い肩をしている。
音も無い飛び道具は、美咲も予想できなかった。
瓶は美咲の頭に大きなコブを作り、床で割れて中身が散らばった。
瓶の主だった不細工な魚の死体と目があった。
美咲がアルコールの水たまりに浸かりながら見上げると、嬉しそうに美咲を見下ろす猫猿達が近づいて来てくるのが見えた。
足掻こうにも、美咲の身体は、素直には言う事を聞かなかった。
軽い脳震盪を起こしている。
あと、アルコールの、ニオイで少し酔っていた。
猫猿の一匹が、美咲が握っていた南京錠とリンの入った瓶を遠くに蹴り飛ばすと、腕を踏みつけて動けない様にした。
直後、錆びたナイフを美咲の左腕に突き立てた。
「-----っああああ!?」
美咲は、あまりの激痛に言葉にならない叫びをあげた。
酔いも一気に醒める。
iDが自動で緊急連絡を入れようとしているが、圏外なのでどこにもかからない。
刺されたのは、美咲が猫猿の腕に刺した個所と、律儀にも同じ所だった。
猫猿は、ナイフを、グリグリを奥へ刺し込んでいった。
錆びていて切れ味が良くない為、肉を切るのに抵抗があり、一気に深くは刺さっていかない。
床には濃い赤色が広がり、濃厚な鉄の臭いが加わった。
「ぐっ、うううう……」
iDによる使用者の状態表示で、視界に人の形の図が表示され、左腕が真っ赤に点滅している。
左腕、重傷、感染症、破傷風の恐れありと、怖くて知りたくない情報が次々に表示された。
美咲は、歯を食いしばり、痛みに涙が流れる目を閉じた。
iDの表示が消え、視界が暗闇に包まれる。
これが夢なら、覚めるチャンスは、きっと今しかない。
お願いだから、夢なら覚めてと願った。
しかし、悪夢は覚めず、開けた瞳に映ったのは、すぐ近くにまで顔を近づけた猫猿の凶悪な笑顔だった。
始めて聞く、ケタケタと楽しそうな笑い声を響かせ、他の猫猿達も楽しそうに仲間が美咲を嬲る光景を見ていた。
そこにあるのは、一方的な暴力だった。
iDが自動で緊急連絡のリトライを発信するが、それはどこにも届かない。
猫猿達は舌なめずりをすると、美咲の服を無理やり破き始めた。
下に着ていた水着には服と言う認識が無いらしく、猫猿は水着に少し戸惑っていた。
だが、食べやすい様に皮を剥いている感覚だろう。
腹にあいた水着の穴を見つけると、爪を引っ掛けてジワジワと穴を広げて楽しみ始めた。
もう少しで胸が露になるが、美咲は抵抗出来ず、されるがままに脱がされていくしかない。
穴が広がっていく水着と、ボロを辛うじて纏った状態で、美咲は動かない身体で、本格的に嬲られ始めようとしていた。
美咲があまりの恐怖に失禁するが、猫猿達はケタケタと笑い、余計に興奮して構わずに続けた。
この状況でも、美咲はまだ諦めていなかった。
仮に見物客がいたら、その誰の目にも、猫猿達は美咲の身体を、たっぷりと時間をかけて楽しんでから、食事を楽しもうと考えている外道、下種の類だとわかるだろう。
しかし、美咲には、そういった発想自体が思い浮かんでおらず、殺される事、ただ純粋にそれだけを恐れていた為、自尊心では無く生存本能に突き動かされていた。
塔の上では楽に死にたいなんて考えが浮かんでも来たが、この状況で殺されるのは、正直まっぴらごめんだった。
意地でも足掻いて、こんな奴らの思い通りになんて絶対になってやるものかと思っていた。
美咲は、言う事を聞かない身体を、アナログに確認した。
ナイフが刺さっている左腕は、痛むが指先の感覚まであり、神経も腱も無事だった。
しかし、痛みで力が入らない。
まだ大怪我を負ってはいない右手で、辛うじて脳震盪から回復してきた指を使って床を弄った。
手に、割れた瓶のガラス片が当たったのを感じた。
猫猿達は、気付いていない。
ガラス片を手の平の中にそっと隠した。
相手は七匹もいるのだから、怯ませたらすぐに逃げ出さないといけない。
美咲に馬乗りになっている猫猿が、美咲の顔を舐めまわそうと顔を近づけた。
今しかない。
ガラス片を握りなおすと、美咲は力を振り絞って、猫猿の目を一気に突こうとした。
しかし猫猿は、寸での所で今の美咲が持てる全力の攻撃を、腕を掴んで止めてしまった。
猫猿の大きな目が忌々し気に細められた。
すると猫猿は、そのまま美咲の右腕を力任せに握り絞めた。
鈍い音を立てて骨が折れると、美咲の手からガラス片が零れ落ちた。
「っああ!?」
そこで、美咲の策が尽きた。
馬乗りに抑え込まれ、両腕は使えず、もう殆ど動けない。
なのに、まだ意識だけは、はっきりしていた。
しかし、美咲の心は、この期に及んでまだ折れていなかった。
意識がある限り、諦めるなと自分に言い聞かせた。
噛みついてでも、最後まで抵抗してやると思った。
美咲の反抗的な態度など、微塵も気にせず、猫猿の一匹がナイフが刺さったままの美咲の腕をつかむと、高くに掲げた。
美咲は、力無くエビぞりの様な状態のまま無理やり起こされ、猫猿の腕に体重を預けていた。
折れていない方の左腕がミシミシと悲鳴を上げ、刺された傷口からはどす黒い血があふれ出した。
プツプツと、ナイフで切れかかっていた腕の筋肉が千切れていくのが分かった。
視界の端では、赤い文字で止血してくださいと点滅表示が出るが、もはや邪魔でしかない。
「ああああああっ!」
激痛に思考が支配され、早く地獄から解放されたいと本能が騒いだ。
猫猿は、呻き叫ぶ美咲を、水槽の前にある開けた場所へ引きずっていくと、そこに置いてあった手術台の様な作業台を、邪魔そうに乱暴に倒した。
猫猿達が、お楽しみを始めようと下品に笑うと、美咲を乱暴に台が置いてあった場所に投げとばした。
「がっ」と、美咲は床に叩きつけられ、呼吸が乱れた。
拍子に、刺さったナイフも抜け、血が勢いを増して一気に流れ出ていくのが分かった。
iDには、失血の致死量を警告するメーターが表示され、何ミリリットルが流れ出たかが死へのカウントダウンの様に表示されていた。
床に叩きつけられた拍子に、美咲の鮮血が水槽の台座にある装置に付着すると、装置が勝手に動き始めた。
猫猿達は、さっそく宴を楽しもう美咲の身体に群がった。
美咲の柔肌を舐めまわし始め、美咲が動く手足をバタつかせると、猫猿の四匹が美咲の四肢を押さえた。
息の荒い猫猿達は、大したチームワークを見せた。
美咲は、耐えがたい不快感にも、痛みにも、歯を食いしばる事しかできなかった。
美咲の足を押さえていた猫猿達が、その足を無理やり広げさようと引っ張って来た。
力が強くて、とてもじゃないが抗う事が出来ない。
その時、破られた服と一緒に、床に落ちた日誌が目に入った。
美咲は、倒れたまま上を向くように、後ろを見た。
希望の光を失いかけていた美咲の瞳に、小さな光が戻る。
瞳には、ヒビが入った水槽が。
そしてプレートのプロジェクトナンバー「906ー144ー7755」の数字が映っていた。
すでに、水槽内の培養液の半分が抜け、巨大な中身が床にまで降りてきて、影を作っていた。
その時、水槽の中の巨大な物が動いた。
その事に、その場でただ一人、美咲だけが気付いていた。
水槽の中身は、アルコール漬けの怪しい生き物達とは違って、まだ生きていた。
美咲は、勇気を振り絞った。
これは、美咲の出来る最後の悪あがきであり、正真正銘の一か八かだった。