3 私はみかん
あれから1か月が経ち、お城で働かせていただいています。
気持ちのいいお天気。私の干したシーツはいい香りがすると評判だ。皮の匂いが移った様子。乾燥機的なものもあるけど、お日様の方が気持ちが良いのは前世の世界と同じだね。
「シトラス」
「レイド王子。また執務を抜け出していらっしゃったのですか?」
「レイドでいいよ」
「そういうわけには参りません」
何度同じやり取りをするのか。
「お願いシトラス。もう1度考え直してはくれないかな?」
「そのお話ならばお断りしたはずです。第一、私はみかんです」
「私はそんなの気にしない。君の事が好きなんだ」
気にしようよ。みかんだよ?
「もうここには来ないで下さい」
冷たく言い返すと、悲しそうな声が返ってくる。
「どうして?私は君がみかんだから好きになったんだ。他の誰でもない、君だからこそ」
だからそれがおかしいんですって。
「お城で働かせていただけることには感謝しています。しかしこれ以上レイド王子がこちらにいらっしゃるようならば、私は修道院に入らせていただきます」
元々そうするつもりだった。みかんだから人並みの幸せは得られないにしても、人々の役には立つかもしれない。この姿は子供にも人気があったし、修道院の子達も喜ぶだろう。
「……分かったよ」
あまりにも悲しそうなその言い方に、胸が痛む。……みかんだけど。
これでいい。
それから、レイド王子はぱったりと姿を見せなくなった。
よかった。これで不穏な噂も消えればいい。
いつもの様に洗濯物を干す日々。気持ちのいい青空。
それなのに、何故か気分が乗らない。
隣国からの噂が、街に響いている。
どうやらこの国の第2皇子は気が触れてしまったらしい、と。
巨大な化け物みかんに心を乗っ取られたらしい、と。
この小さな国だからこそ、私は受け入れてもらえたのかもしれない。
いや、正確に言うと、受け入れてくれない人もいる。
この国の主な柱は、3つ。
王・王妃・元老院。
たとえ王が私との結婚を認めたとしても、王妃と元老院が反対をすればそうはならないのだ。
国が認めれば、無理矢理にでも妃にすることは可能だと思う。しかしいまだに候補としてすら扱われないのは、多分そういう事だ。
私は、みかんだもの。
「シトラス」
驚いて振り返ると、そこにいたのは兄のシークだった。
「兄さん」
「……レイド王子だと思ったか?」
否定しようとした言葉が、出てこなかった。
人間だったら。人の形をしていたなら、私は一番最初の言葉であっさりと折れていたチョロインだったに違いない。
黙ったままの私に、兄は静かに口を開いた。
「レイド王子は、王妃様と元老院を説得なさっておいでのようだよ」
みかんと王子が結婚?ありえない。
「シトラス。自分の気持ちに正直になった方がいい」
みかんだって言ってるでしょ?
「レイド王子の事が、好きなんだろう?」
「私は、みかんなの! 何度も言わせないで!」
何なんだ、みかんで転生って。
キャラクリしたおかげで、いつか人間になれるんじゃないかと期待してしまう。
馴染んだよ?慣れたよ?この体に。
お祓いをされたこともあった。気持ち悪いって石を投げられた時期もあった。わざと泥水が家の前に撒かれていた事もあった。転がって移動すると泥だらけになった。
受け入れられると思わなかったよ。正直びっくりした。
「泣くなよ、シトラス。大丈夫。きっと上手く行くから」
「みかんだから、泣いてるかどうかなんて分からないでしょ」
子供の様な拗ねた言い方に、兄は優しく私の皮を撫でた。
「分かるよ。いつだってわかる。シトラスは、俺の可愛い妹だからな」
泥だらけの私を救い上げたその時の様に、兄は私を抱き上げ微笑んだ。
「……結構重くなったな」
「一言多い」