1 みかんに転生しました
トラックに轢かれました。
色々あったわけです。
せっかく異世界転生したのに、みかんってどういう事?
キャラクリ画面の様なもので、一生懸命作った体は何だったんだろう。みかんの神様って時点で嫌な予感はしていました。髪はみかんの神様だったからなのか、オレンジ色のロングヘアで固定。性別は前世と同じで女にした。名前も自分でつけていいって言われたから、シトラスって入れたのに。
只今、小さいけど可愛らしいログハウスの様な家の中にいます。この家の主人が、薪をまた1本、暖炉へと投げ込む。テーブルに置かれたかごの中から、他のみかんに混じってそれを観察する。私のヘタからは、小さな葉っぱが一枚飛び出しています。
この家の住人は3人。父、母、息子。おそらく6歳くらいと思われる息子が、かごの中のみかんに手を伸ばした。
「ママー、みかん食べていい?」
「いいわよ。でも晩御飯前だから、1個だけね」
「はーい」
「シーク、パパにも1つちょうだい」
シークという名前の息子が、2個のみかんをかごから取り出す。
幸せそうに父の膝に座り、みかんの皮をバリバリと剥いて行くシーク。背筋を冷たいものが流れていく。みかんだから背中が何処かは分からないけれども。もしかして、詰んでる?私はこのまま、あんな風に剥かれて口の中で潰されていくのか?
1個、また1個と、日に日にみかんが減っていく。それに合わせ、どんどん不安が大きくなっていく。
残りのみかんはあと2つ。その1つを、シークが手にかけた。
終わった。剥かれるんだ、私。
前世では誰にも剥かれた事が無かったから、みかんとはいえありがとうございます。ってそうじゃない!死にたくない!いや、そもそも私は生きていると言えるのか。みかんだから、やっぱり食べられることに感謝すべき?
ヘタの部分に圧力がかかった時、あまりの恐怖に叫び声が上がった。
「食べないで下さい、お願いします!」
……みかんだから、口も無いんだっけ。
痛みを覚悟したのに、シークが皮を剥く様子は無い。
見上げてみると、シークがまんまるな目をこれでもかとまんまるにして驚いています。
「ママー! みかんがしゃべったー!」
私を握りしめ、シークは母の所に駆けだした。
そんなこんなで、私はこの家でシークの妹として育てられることになりました。
1日3回しか喋る事の出来なかった最初のころとは違い、5年も経つころには問題なく言葉を発せるようになった。更に10年が経ち私が15歳になる頃には、大きさもバランスボールくらいになりました。大体直径50センチくらいです。
「おー、シトラスちゃん。今日もいいツヤしてるねぇ。何にする?」
「玉ねぎ下さい。3つで」
「はいよー」
皮の下から銅貨を出して、支払います。玉ねぎも皮の下に収納して、家までゴロゴロと転がりながら帰る。その途中で、街の人が親し気に声をかけ、あいさつしてくれます。
受け入れられると思わなかったよ。正直びっくりした。
この世界には、獣人と言われる人たちもいます。尻尾と耳が獣の人達。それにしたって、私に対する馴染みの速さは尋常じゃなかった。
ドアを開け、家の中に入る。
どうやって開けたのか、って?あれです。対角に上から下に皮を2枚剥いて、その皮で立つ。反対に下から上にもう2枚剥いて、両手足の完成です。歩くのは転がった方が速い。自分で見ても気持ち悪い事この上ないのに、私をみた母は嬉しそうに声をかけた。
「おかえり、シトラス。玉ねぎ切らしていたから、助かったわ」
元に戻りながら、皮の下から玉ねぎを渡す。無限とはいかないようだけど、皮には大体大きめのリュックくらいの収納力があります。
学校にも行きました。前世の知識もあり、成績は上々で卒業。大体中世ヨーロッパの田舎といった感じのこの街だけど、人々の暮らしは現代と変わりないと言ってもいい。というのも、"魔石"という魔力を持つ宝石を加工して魔導士が作った便利道具、つまり家電製品のようなものが人々の間で使われているからです。
16歳で成人、というのがこの世界の常識のようです。大抵の女性は、15で卒業したらお見合い……つまり婚活するのが当たり前。みかんに生まれて15年。父と母が最近その話題で持ちきりになっています。
「バレンさんの所はどうだろう?真面目で、気もいいし」
「ベルガさんの所はどうかしら?」
「父さん、母さん。その話は前にも言ったけど――」
言いかけた私の言葉に被せる様に、父が口を開く。
「シトラス。前にも言ったけど、外見なんて気にすることは無いんだよ。たとえ見た目はみかんでも、立派な私たちの娘なんだ。幸せになっていいんだよ」
私は誰とも付き合う気は無かった。当たり前だけど、口説かれたこともモテた事も無い。友達なら沢山出来たけど、そもそも私はみかん。恋愛なんて出来るはずもない。どうやってデートする?キスは?アレは?
幸い、城の下働きとしての職をいただいたのでそこで働くつもりです。修道院に入ろうと思っていた私にはありがたいお話でした。お城といっても田舎なので小さ目のお城です。
黙っていると、優しく皮を撫でながら母が口を開く。
「貴方には幸せになって欲しいのよ。大丈夫、愛さえあればどんな困難だって超えていけるわ」
越えられない壁がそそり立っていると思うのです。本当にいい親に恵まれたと思う。ちなみに小さかったシーク、もとい兄は、城で近衛兵を務めています。細マッチョの好青年に成長しました。重度のシスコンで、愛されております。
真剣な瞳で私を見つめている両親の向こうのドアから、ノックの音が鳴り響く。
ドアを開けた父が、驚いたようにあわてて膝をついた。
「こ、このような所に何か御用でしょうか」
「ここに、不思議なみかんの娘がいると聞いてきた。シトラス、というのは貴女の事か?」
白金の髪と、青い瞳。確か、16歳だったはず。
絵本に出て来そうな、美しい完璧な王子様。
この国の第2皇子、レイド=リ=コアントロー。どうしてこんな所に。
驚きつつも返事をした私にかけられた言葉に、ヘタが吹っ飛びそうになった。
「一目見たその時から、貴女の事が忘れられないのです。どうか、私の妃になっていただけませんか?」