1240
飛んでゆくななを見て、めぐも
あっ、と驚いた。
神様がいる事には気づいたけれど
ななの事を、魔法使いだと
めぐは勘違い(笑)。
「なに?あれ?」となりのれーみぃは
グレーの修道服で言っている。
驚きの視線でみんなが空中のななを見上げるけれど
一番驚いてるのは、飛んでいるななで
「あれ?いや?どうなったの?」と
天井の近くを飛んでるから
電灯にぶつかりそうだし、なにより
高いとこの窓枠とかは、結構埃っぽくて
「触りたくないけど」とか
感じてて。
どうやって逃げたらいいか解らない(笑)
そう思っているうちに、回廊になっている
2階の手摺りを飛び越えて
開いている窓から、外に飛び出した。
「ああ、飛んでる」と、神様は
のんびりと眺めた。
なぜか、歌声は止まらずに
楽しげなR&Bに乗ってる(笑)ように見える
ななの飛行である。
空飛ぶシスター、なな(笑)は
感情が高ぶると勝手に飛び立ってしまうみたいで
どこかに行きたくて飛んだ訳でもない。
今は、加藤との恋が終わってしまったのに
憤りを感じて飛んだのだろうけれども
空を飛んでいると、少し気が晴れたみたいで
地上を眺めるゆとりもできた。
そうして見ると、広い草原に
ひとりのおばあちゃん、ぽつりと
お空を眺めていて、ななに気づく。
「ああ、天使さまー」と、おばあちゃんは
ななを天使と間違えている(笑)。
ななは、微笑む。
天使って言われるのも悪くない(笑)。
地上にふわり、と飛び降り
「わたし?天使じゃありません、一日シスターの、ななです」と、(笑)。
おばあちゃんは、耳が遠いのか
「ああ、お迎えに来てくださったのですか」と
ななを見上げる(笑)
小柄なおばあちゃんで、元気そうだけど
そろそろ天使さんが迎えに来る、と
思っていて、ちょっと元気がなくなっていた
らしい。
ななは、そのおばあちゃんがかわいそう、と
思った。
「まだ、あなたはお迎えに来ないです」と
適当な事を言っているけど(笑)
おばあちゃんは「天国に行けるでしょうか?」と(笑)
耳が遠いので、思い込み(笑)。
「大丈夫、天国に行けます。まだまだ先です」と、天使さんのふりをして
おばあちゃんの肩に触れて。
また、飛び立った。ふわり。
今度はうまく飛び立てた(笑)。
上空から見たおばあちゃんは
気休めになったのか、少し
穏やかな表情で
飛び去ったななを見上げていた。
ななは、空を飛びながら
自分の恋を争うのもいいけど
誰かの気休めになるのも、いい事だな、と
思ったりした。
死ぬって、まだ先の事だろうけど
おばあちゃんは、この世が幸せだから
もっと生きたいって思うのだろうし。
なな自身は、別に
そんなに生きていて楽しいとも思えない(笑)けど
おばあちゃんの気休めになるなら、それで
生きてるのも悪くないな、と
シスターとしての仕事に、目覚めたり(笑)。
フードを翼のように
風に孕ませて、
ななは飛ぶ。
浮力で飛んでいる訳ではなく、重力を
加減しているのだけれども
そこに空気があるので、翼のように見えるだけ、なのだけれども
フードを翼のように
風に孕ませて、
ななは飛ぶ。
浮力で飛んでいる訳ではなく、重力を
加減しているのだけれども
そこに空気があるので、翼のように見えるだけ、なのだけれども(笑)
ふわふわと漂うと、天使に間違えられても
仕方ない。
本物の天使をほとんどの人は
見たことないのだから。
宗教画の天使だって、あんな小さな翼では
空気の密度が水くらいなければ飛べない。
それは、体重が重いからだけれども
加藤の使った魔法のように、重力を加減して
ななは飛んでいる。
窓からふわり、と
修道院の2階に戻った頃、もうR&Bミサ(笑)は
終わっていて
人々はぞろぞろと、午後の日曜日に散っていった。
ななは、神様を見つけて「おばあちゃんに出会ったの。天使さん、って言われて嬉しかった。
」と、ありのままに話すのだけれども
訳解らない(笑)神様は
曖昧に微笑むだけだった。「よかったのぉ」
そう言われて、ななもうれしい「はい!」
うれしいなら、まあいいか(笑)
めぐは、神様とななが
何か話しているのを遠くから見ていて
なんとなく、ななが飛ぶのと
神様が関係あるのかな?くらいには思う。
だかれども、なんとなく
ななは魔法使いとは、ちょっと違うタイプなんだろう、くらいには感じてた。
空飛ぶ時に、魔法陣も描かないし
なにか、数式を作る訳でもない。
それに、人に見られても平気な魔法。
「そういうのもあるのかな」くらいにしか
めぐは思わなかったけど(笑)。
ななは、飛翔の高揚から
ふと、立ち返り「でも神様、10年前に
逢っていた人の事を忘れられなかったなんて
加藤さんって、ロマンチストなんですね」
半分は、怒り(笑)もあるのだろう。
10年前では、ななにどうする事もできない。
神様は、ちょっと困って
「男の人は、割とあるな。そういうものなんじゃ。
気持ちとか、心を大切にする。
現実に、子供を育てていく事よりも
育てる環境は、やっぱり信頼、心と心の
付き合いが大切じゃから」と
神様は、なんとなくイメージでそう言った。
女と子供が健やかに育つように
安全な社会を作る。
それは、子供を宿せないから
男の仕事である。
公平に、皆が困らないようにと
配慮するのが男、である。
なので、加藤にとって
自分の好き、と言う気持ちより
求められて、助力をしてあげたいと言う
気持ちの方が強かったのだろう。
それも愛だ。
「ななだって、助けてほしいのに」口調が
砕けたなな、である(笑)。
年齢は一緒だから、なながもし
10年前に加藤に逢っていたなら
別の時空間に行ったのは、ななと加藤だった
かもしれなかったが
今となっては、どうしようもない。
「この世界にいる加藤くんも、同じ人間じゃがな」と、神様は
当然の事を言う。
並列時空間である。
ななは、釈然としない。
「ななも、10年前に戻りたい。神様、お願いします。」
「そんな事を言われてもなぁ」神様も困る。
あまり時空間を乱しても(笑)。
加藤の場合は、元々そういう運命にあったので
そうなったのだが(笑)。
10年前の愛を、忘れられなかった
そういう気持ちがあったから、戻れたのだし(笑)。
「加藤くんは、どちらが幸せじゃろな」と、神様は言う。
その言葉に、ななは少し考えたけど
「比べられないです、それに、恋が
先着順なら、11年前にななも出逢いたかった」と、わがまま(笑)
そういうものなんだろうけど、と
神様は思い
「先着順でもなくて、加藤くんは
支えてあげるのが好きなんじゃよ。
お母さんをずっと、養ってあげてたみたいに」
加藤の父が野心に溢れた政治家で、早くに
死んだので
ずっと、加藤が母を養っていた。
それが、彼のタイプ。
そういう彼だから、困っている少女に
頼られて、甘えられると
支えてあげたくなった。
「んー!なな、だって。」と、ななは
治まらない。
なんのために、修道院に入ったのだろう。
彼に愛されたいから、なのに!。
そう、怒りが収まりきらないななは
また、すぅ、と風をはらんで浮き上がった(笑)
「おーい、どこいくんじゃぁ」と、神様が呼んだが(笑)
ななは、自分でも解らない力に支えられて
風に吹かれて、飛び立った。
高く飛び上がり過ぎたのか、ななは
気が遠くなって
気づいたら、どこかの家のソファーに
横になっていた。
家、と言っても豪華なものでもなく
昭和の日本家屋のようだった。
懐かしい声がして、ななは気づく。
「気づいたか」その声は
加藤。
ななは、解らない。
そこが、加藤の家なのか?
それだとしても、10年前の加藤なのか(笑)
元々童顔で、若々しい加藤なので
顔からは伺えない。
「あの?あたし?」ななは、ソファーから
起き上がる。
「あ、休んでて?」女の子の声にどっきりして
ななはその声の主を見る。
まだ、稚けな少女を思わせる声の主は
「ゆりです」と、その声でななは
なんとなく気づく。
尖ったところのない、若い娘にしては
不思議に穏やかな。
加藤を見る視線も優しい。
加藤は「驚いたな、家の屋根に墜ちてきたんだから」と。
口調は、若々しい。
ななの知っている加藤は、もう少し
お年寄りっぽい(笑)
「やっぱり、10年前なのかしら」と、ななはひとりごと。
「?」加藤は、ななの事を覚えているのだろうか?
もし、覚えているなら
それは、ななの知っている人。
「ななの事、覚えてる?」 と
聞く前に、加藤は
「この人ね、10年後に出逢う事になる、と言っても向こうの世界での話だけど。
斎藤奈々さん。今は、シスターなな、かな?」と、そのまんま言うと、ゆりは
「はじめまして。あたしは友梨、いつも加藤から聞いてます。かわいい人だって」と、
言われて、ななは
不思議な気持ちになった。
10年後から時間旅行してきて、出逢うはずのない人々に、なな自身は逢っている。
その加藤は、平然と10年前に暮らしている。
それが魔法なんだろか?。
でも、ななは感じ取る。
慎ましい生活になじんでいる少女ゆりと
加藤の間の、好ましい雰囲気は
穏やかなものがある。
「ななは負けたのね」と、ひとりごと
みたいにつぶやくと
加藤は、「負けてないよ。ゆりが勝ってもいないし。
比べるものでもないさ、ただ、ゆりは
まっすぐに気持ちを伝えてくれた。
一緒に生きたいと言われて、僕も
そう思った。
それが、例えばひとときの夢で
いつか、壊れてしまっても
その気持ちを大切にしたい、そう思った。」
「ななが先に逢ってたら、ななを好きになってくれた?」
「それはわからない。歳も一緒のふたりだしね。でも、ゆりには強い意思があった。
まっすぐな気持ちがあった。」
と、加藤は言う。
ななにとって不幸だったのは、ななが16才の頃に
恋人に出逢えなかった事だろう。
駆け引きに慣れ、自分から恋しい気持ちを
抱いても
まっすぐに伝えようとせず、誘惑しようと
するあたりが
純粋な恋から外れているように思われても
仕方ない。
それは、損得感情、市場経済に毒された
歪んだ駆け引きだから。
それも、ななのせいでもない。
普通の生物は、雌に選択権があるから
人間だって、愛を求められたら拒めない(笑)。
加藤がいい例である。
加藤は、子供の頃から
愛を求められる事に慣れていた。
素直に育てられたから
女の子にとって、優しい存在だと
捉えられるらしい。
それで、ガールフレンドは多かった。
たまたま、ゆりが
加藤にとって好ましい、庇護したい存在だっただけ、なのだけれども
ゆりは、素直に愛を求めて
別れが辛くて泣きはらすような気性で
まっすぐなその心に、加藤は
応えざるを得なかったが
それも、生き物の本質である。
たぶん、ななが16才の時に
加藤に出会っても、まっすぐに恋を打ち明けは
しなかったろう。
普通、出来そうでできない事だ。
そういう女の子なら、加藤の周辺には
沢山居たから
生物の雄と違って、長年家庭に拘束される
人間の男としては、できれば避けたいと(笑)
思うのも自由である。
家庭、そう
加藤の功績であるエネルギー革命に因って
加藤が元々居た世界では、家庭を持たなくても
人間は生きて行けるし、子供でも
独立して生きていけるようになるはずだが
こちらの並列世界は、そうではないから
従前の家庭を営んでいる、加藤である。
「ななちゃんも、向こうに戻ったら
自由な世界が待っているんだ。いい人々も
増えてくる。
似合いの恋人を見つけるといいよ」加藤は
さらりと言った。
加藤の言葉は素直だけれども
それだけに、ななには辛い。
どういう訳だか、怒りを感じた(笑)なな。
「納得できない。不公平、そんなの!」と
公平であるはずもない自然な恋愛の在り方に
不満を告げる、なな。
生れつき、壊れた管理社会に生きて、公平と言うよりは
有利な立場に回る事に腐心していたらしい
言葉である。
不利な時だけ、公平を主張するのだ(笑)。
自分が有利な時には、困っている人を
助けたりはしないので
加藤は、そんなところも感じていて
あまり、好ましいとは思わなかった。
「君と僕とは、合わないな」と、加藤は
そんなふうに言う。
次の瞬間、ななはどこかに飛ばされた。
意識なのだろうか、上下左右のわからない
空間をw過ぎたかと思うと
そこは、どこかのコンビニの店の中のようだった。
加藤の、見慣れた姿が見える午前5時の店は
秋なのか、まだ暗い空に
浮き上がるようだ。
青い制服を着た加藤は、心なしか
若々しく見える。
一台のベージュのスクーターが、店先に飛び込んで来た。
星のデザインが大書されたヘルメットを被り
少女は、ななに向かってスクーターを走らせ
轢かれる、と
身を竦めたななを通り抜けて
店先に停車。「ごめーん遅刻」と、
駆けて言った。
ゆりだった。
ななは、実体なくそこに存在しているらしいと
自覚する。
それもまた、並列空間の在り方である。
どうやらななは、また少し時間を逆戻り
したらしいけれど
並列した空間から、彼らを見ているだけの
存在になっているようだ。
ゆりは、さっき逢った時よりも
稚いけに見える。
1年くらい前に戻ったようだ。
ゆりが、加藤を見る視線は
今と違って、ふつう。
「大丈夫、遅刻にならないよ」と、加藤は
にこにことしてゆりに言う。
「誰にでも優しいのよね、あの人」と
店の中に入って、ななは言うけれど
その声すら、彼らには届かない。
面白いような、寂しいような
不思議な気持ちで、ななは加藤たちを眺めた。
青い制服を羽織ったゆりは、ピアスを外して
胸ポケットに入れる。
それは、当時流行っていたハートのリングだった。
「銀なの」と、ゆりは加藤に言う。
「そう」と、加藤はにこにこ。
きちんと、規則だからピアスを外すと言う
ゆりの事を好ましいと思う加藤。
16才でピアスをする事は、あまり好ましくはないと思っているけれど
それは、ゆりの自由だと(笑)。
でも「耳が痛そうだね、穴が開いてしまって」と、加藤は思わず言ってしまう。
ゆりは、ちょっと驚き「そういうふうに感じた事ないな」と。
ゆりの身体を気遣ってくれていると
勘違い(笑)。
それも、若さゆえ。
女の子の自尊心は、主に
自らの美貌とか、才能であったりもする(笑)
男の子が、力とか、頭のよさを競うようなもので
競うのは愚かだが、誇るのは良い事だ。
「こんなあたしをどう思う?」と、ゆりは聞く。
加藤は「いいんじゃないの?可愛いし」と言う。
ななは、傍観していて怒る「誰にでも可愛いって言うな!」(笑)
ななも可愛らしいと言われて、加藤に好感を
持った(笑)。
怒りの声は、加藤たちには聞こえない(笑)。
並列時空間だから。
ゆり、なんとなく嬉しそう。
かわいいと言われて。
加藤は告げる。「最初に会った時、レシートの裏に名前書いて渡してくれたでしょう。ありがとう。ごめんね。」
ゆりはわからない。「何がごめんね?」
「うん、あのレシートね、ごみ箱に捨てたから。何となく、いつも習慣で捨ててるでしょう、レシート。でも、大切な名前を書いてくれた
サイン入り色紙みたいなものなのに」と、加藤は言う。
ゆりは、楽しそう「そんなのいいよ、別に」と笑顔で。
ナチュラルなブラウンの長い、素直な髪が
さらりと後ろに。
仰向くと、かわいらしい唇がとても
印象的。
加藤は、ちいさなこの女の子を
大人のように感じて、少しときめいたりする。
誰もいないコンビニで、ふたりは
少し心を寄せているようだけれど
ななは、なんとなくイライラ(笑)。
「もし、16才のななが好きな人に逢っても
ゆりちゃんみたいに自然にできるかな?」
ひとりひとり、違うのだけれども。
それが相性なんだろう。
ひとの気配のない店なので、ゆりは
リラックスして加藤に、素直な表情を見せて
いるのかな、と
ななは、自然なゆりの愛らしさを見て
そう思う。
「でも、加藤さんが優しいひとだから、そう
できたのかな」とも思う。
もし、ふつうの男のように
女の子を欲望の的のように扱うひとなら
愛らしい表情にはならず、緊張と防御が
先になってしまうだろう。
加藤は、そういう感じがしない。
「ゆりちゃんは、最初から好きだったのかな」
思案しながら、ななは思う。
ふたりきりの早朝アルバイトって、結構
デートっぽい(笑)。
誰もいないせいもあって。
「いつも自由だよね」と、ゆりは加藤に
対等目線で話し掛ける。
それに、加藤もふつうに答える「そう?」
「うん、なんとなく」ゆりは、楽しそうだ。
「お兄ちゃんも、お父さんも
いろいろうるさくて」と、ゆりは
しかめっつらで言う。
「かわいいからだよ」と、加藤は
微笑んだまま。
「かわいかったら、好きにさせてよ」と、
ゆりは、唇を尖らせて、加藤を見上げる。
小柄なので、どうしてもそういう目線になるけれど
愛らしさの演技には、見えない
自然な、心を許している感じ。
それを見ていると、ななも「あんなふうに
話してみたかったなー、16才の時」
周りの男の子は、いやらしい(笑)し
年上は、もっと(笑)。
だから、素敵に恋したい、なんて
とってもできなかった。
なな自身思うけど
「あんなふうに、ありのままだったに振る舞っ事
あったかな?」
ゆりは、思いのままに笑い、怒り、舞うように
歩いた。
別に、可愛いく見せようと言うのでもなく
心を許しているから?
幼い頃は、お父さんにそうしていたのかも、と
ななは感じた。
なな自身、お父さんが好きな子だったけど
なんとなく、恥ずかしくなって
自然に振る舞えなくなっていたりして。
「気を許せるひと、っていなかったな」
そういう存在が、ななにとっても
加藤だったのだろう。
そういえば、加藤がななを
批判する事は無かったから
安心して、何でも言える人。
そういう印象だった。
「ゆりちゃんも、そうだったのかなー」
歳が一緒、って事もあって
ななは、なんとなく
ゆりに似たような感じ、を見ていた。
「トイレ行ってくる」ゆりは
加藤にそう断って、側を離れた。
幼いのか、開けっ広げなのか。
「あんな事言えないな、ななは」
もし、好きな人の前だったら
格好つけたいと思ってしまうと
ななは思った。
「ゆりちゃんにとって、お父さんの代わりみたいな、加藤さんだったのかな」と、
ななは、独り言で言う。
もちろん、加藤やゆりには聞こえない。
それからも、バイト先で
ゆりと加藤は、ひとときの
楽しい時間を過ごして。
ななは、それを
並列時空間から見て(笑)もどかしい時間を
過ごした。
なんで、そんな事になったのか
なな自身の魔法なのか
神様のいたずらなのか、訳解らなかった。
ななは、なんとなく、でも
ふたりのしあわせ、を見ていて
「両思いっていいなぁ」と
いつしか怒りも(笑)失せていた。
なんとなく、ふたりは自然に
恋愛と言うよりは、兄妹のように
ななには見えた。
でも、その少しあとの日
ゆりは、あの、思い切りの良さを見せる。
秋の日の朝、ゆりは自分の額に手を当て
「んーなんか熱っぽい」と、
加藤の側に寄る。
加藤は、ごく自然に
ゆりの手を掴み、半袖の腕で熱を計る。
一瞬、身を硬くしたゆりだったが、なすがままに
加藤に寄り添った。
「熱くないよ」加藤は自然にそうするので
見ていたななも呆れるほど。
妹にでもするような感じだった。
「そう?」と、ゆりは
額の手を離すので、加藤は
ゆりの額に手を当てた。
ゆりは、そのまま加藤の懐に。
「少し、暖かいかな」加藤は、意外に
ふくよかな少女の身体に、感銘を受けた。
もどかしく、身を硬くしているゆりは
そうした事に疎いのだろう、どうしていいか
わからない様子で
少し、涙目になっていた。
加藤も、遊び慣れている訳でもなかったけれど
両手で、ふんわりと支えてあげる。
それは、ななが
直視するに堪えないものだった。
「そんなの、だめー。ななだって、ななだって!」
愛されたいのに。
そう叫んでも、叩いても
並列時空間にいる愛しい人には
届かない。
「いやーーー!!」ななは
なぜか両手で耳を覆ったら
勝手に、ふわりと
身体が浮かんだ。
「あれ?」
気づくと、めぐたちのいた修道院の2階に
戻っていて。
こちらの時刻では、ほんの一瞬の間の
夢のような出来事。
夢なのか、本当の事だったのか
なな自身にもわからない。
「シスターなな、下りてらっしゃい」と
シスター・クラーレが手招きするので
ななは、少し安堵して
「戻れてよかった」と、つぶやきながら
階段を下りて行った。
神様は、それを天から眺めて「恋も、時には
辛い事もあるのぉ」と、ななの気持ちを案じた。
夢だと思ってくれていると、いいのだけれど。
誰にでも、そんな事はある。
想像も、現実も
心のイメージだ。
コンピュータに例えたら、どちらも
データの3次元空間である。
real image_a[0.0.0];
real image_b[0.0.0];
どちらを現実とするか、は
認識の問題で
ふつう、人々が見ているイメージは
現実そのものでもない。
見たいように見ているだけだ。
なので、あまり現実から離れると
認知がふつうと違う、などと言う診断になる。
もし、ななが[並列時空間に旅した]と
言っても
旅した人でなければ、それを現実とは認識しない(笑)。
そういうものだ。
ななは、でも
なんとなく、相性、みたいなものがあるって
わかったような気がした。
人がいっぱい居ても
その中で
ぴったり気が合う人に出会えるのは
幸せな事だから
加藤さんと、ゆりちゃんのような
人々に
なな自身が、割り込んで行っても無駄だし
みんな不幸になる、そんな気がして
それと、ゆりちゃんとななを
加藤が比べて
優劣を決めるような、そういう人で
なかった事も
ななにはうれしい事だった(笑)。
好きって気持ちは絶対で、相対じゃないし
価値でもない。
「一日シスター、ご苦労様でした」
やや底冷えのするような院長室に、皆は呼ばれ
院長に、労いの言葉を掛けられた。
最初、厳格なだけのような
印象だった院長は、柔和に微笑む。
各々、礼を述べる。
「ありがとうございます。」
「さて、ななさんはこれから?」と
院長は言葉をかける。
めぐ、Naomi、れーみぃ、リサは
月曜日からまた学校だけど。
ななは、少し考えてから
「ななは、日本に帰ります、日本で
シスターになります」
もう、加藤との恋は終わったから
心を磨く必要もない。
なのに?
ななは、自分でどうして
そう思ったのか、わからないけれど
なんとなく、恋愛なんてものよりも
もう少し、大きな愛を見つけたような気がしたし
いまのままの日本に居たら、また
ひとりよがりの女の子に戻ってしまうみたいな
そんな気もした。
忘れていたけれど、日本の両親にも
なにか、気持ちのこもった事をしてあげたい。
そんな気持ちになったから。
院長は、にこやかに「それもいいでしょう。」
そう言って、4人とななのシスター体験(笑)は
終わった。
「でも、この国もいいなって思います」
ななは、笑顔で告げた。
院長も、笑顔で応えて。
めぐも、なんとなく
ななの、愛し方には共感を持った。
我が儘な人でも、勝手な人でも
「誰でも、幸せになりたいんだよね」と
めぐは思った。
グレーの修道服のポケットに入っていた
携帯端末、DAWソフトウェアを起動して
めぐは、なんとなく
鍵盤を触って
タッチ、ハンマーリング。
右手でキーを押さえて、左手で
ピッチベンド。
スティービーワンダーみたいな
それは、さっきまで聞いていたR&B。
「楽しそうね」と、クラーレも喜ぶ。
音楽は共通の言葉、だ。
でも、めぐは
傍らにあるオルガンが気になって(笑)
「やっぱり、生だよね!」と言って
オルガンのドローバーを引いて
左手でベース、右手でメロディー。
でも、若いめぐの気持ちは、先へ先へ、と
力強いビートを求める。
アメリカンののんびりしたR&Bより
北欧は、もう少しハードな音が似合ったり。
ジョン・ロードみたいな低音で
ビートを刻み始めると、なーんとなく
DeepPurpleの Burn!(笑)でも
ギターがいないから、あのメロディーを
右手で弾いた。
ドラムの代わりに、低音でビートを刻んで。
「やっぱり、鍵盤の方がいいな」とか
にこにこしながら、グリッサンド。
ギターとドラムがいれば、いいのにとか
言って
歌は、リサが。
あの、北の旅で聞いたロックを思い出して。
激しい歌を歌いたくなった。
めぐは、ピアノを習ってたので
オルガンを弾くのは、そんなに辛くなかった。
パイプオルガンだったら、ロックは
難しかっただろうけど(笑)。
だから、プロコルハルムあたりに
なっちゃったかもしれない。
と、思い返すと
リチャード・ティーも、そういえば
バッハみたいにオルガンを弾いていたんだった。
「どっかで、つながってる」音楽って、そう。
日本から来たななは、音楽が鎖国(笑)で
日本の音楽ばっかり聞いてるらしいけど。
それはそれでいいのかな、なんて
めぐは思う。
「めぐ、上手だったよー」と、れーみぃは
楽しそう。
フードかぶってると、なんか
ペンギンちゃんみたい(笑)。
めぐは、魔法でオルガン弾いちゃおうかと思ったけど(笑)
やっぱり、自分で弾くから楽しいんだし、と
思い返した。
楽器を弾くひとならわかる。
自分の指先が、メロディーにつながっていく
あの感じ。
心と音楽がひとつになるような。
でも、めぐはなんとなく
鍵盤に物足りなさを感じて。
「管楽器してみたいなぁ」なんて、漠然と
思った。
叫ぶように、テナーサックスを吹いてみたい、
なんて。
吹けないんだけど(笑)。
「素敵な音楽ですね」誰もいないと
思っていた礼拝堂に、院長の声。
「シスター・めぐですね、今のオルガンは」
めぐは、どぎまぎしながら「はい」嘘は嫌いだ。
「自由で、いいメロディーでした。教会の
響きに似ていました」
院長は、音楽を聞く耳がしっかりとしている。
めぐが弾いた、ブリティッシュハードロック
のような音楽は、バロック音楽を基礎にしている。
教会音楽の旋法を元にして
「サック、まいでぃっく」れーみぃは、まだふざけている(笑)
「なにいってんの(笑)」と、めぐは
恥ずかしい。
本当にお嬢様なんだからなぁ、と
リサも笑った。
「吹きたいんなら、あるわよ」と、クラーレ
は、古びてあちこちへこんでる、テナーを
どこかから見つけてきた。
「ブルールーが練習に使ってたんだけど」と
バンドの仲間がいた事を
なんとなく思い出して、楽器を出してきた。
めぐが手に持つと、でも
ずっしり重い。
「女の子だったらアルトの方がいいけどね、テナーはいいわよ、音が深くて」と、クラーレ。
早速、めぐはマウスピースを当てて
吹いて見るけど、音にならない。
風が吹き抜けるだけ(笑)
リードに触れると、なにか震えるようだけど。
魔法で吹いてしまおうかと思ったけど
それじゃ、面白くないし
ルーフィーさんみたいに
魔法が消えてしまったら
もう、会いにいけない。
そんな事を、ふと思うめぐだった。
「では、みなさんごくろうさま」院長は
柔和に微笑み、そして
日曜学校も、めぐたちの一日入院も終わる。
「あーあ、終わっちゃうとなんか寂しい」と、めぐが言う。
「お祭りだったよね。あ!Naomi、オートバイ運転したーい、ね、ね?」 と、れーみぃ。
いきなりは1000ccは無理よ、と、Naomiは微笑み
「250なら貸してあげる」と、にこにこ。
ありがと、とれーみぃはにこにこ。
「日本にはいつ帰るの?」と、リサは
「わかんない。お金もないし」と、ななは
ひとりだけなんとなく現実。
まあ、歳を取るってそういう事かもしれない(笑)。
「空飛んでいけば?」と、めぐは楽しそう。
ほんとはめぐも飛べるので、連想する(笑)
修道院の廊下から、裏庭に出て
そこにある銀色のオートバイ、YAMAHA TR1の
黒いシートを、Naomiは撫でる。
「じゃあね」と、長い脚でひらりとシートを跨ぎ
キーを挿し、緑のランプを見て
右手でセルフスタータを起動した。
緑のランプが瞬いて、セルフスタータのギアが
自動車のように噛み込む音がした。
1000ccの2シリンダエンジンが、重そうに回り
低い排気音を奏でる。
ひゅるひゅる、と
面白いエンジンの音がして、空冷のエンジンは
動きはじめた。
センタースタンドを外すと、ふんわりと
空気バネのサスペンションが沈み
いかにも乗り心地がよさそうだ。
スロットルを、ひょいと捻ると
2本のシリンダは、72度ずれているので
360度と、72度違った間隔で
エンジンは、生き物のように揺れる。
大きな動物が身をよじるようで、有機的な
感じが
オートバイ乗りの心を誘う。
乗って楽しいエンジン。
オートバイは、エンジンを楽しむ乗り物でもある。
断続的な排気音は、機械として見ると
トルク変動が72度に発生するので
本当なら、4ストロークエンジンは
720度、つまり2回転で
ひとつのサイクルが成立するから
2シリンダなら、360度間隔で
爆発させるのがスムーズである。
しかし、ゴムのタイヤで舗装道路を走る時
ゴムには、ヒステリシス特性があり
捩れて戻る瞬間が最も、路面を捉える力を発揮する。
当然だ、消しゴムを机に押し付けて引いて見るといい。
弾力のあるものは、皆そういう物である。
そういうタイヤの特性を発揮させるには、
トルク変動があった方がいいのだし
変動がないと、惰性で
余計にエンジンが回ってしまう。
回転する物に慣性があるからである。
トルク変動は、適当にそれを打ち消してくれるので
乗っていて楽しいエンジンになるのだ。
たっぷりと長いストロークのサスペンションと
低いエンジン位置、重心。
72度V型エンジンならではのトルク変動。
1970年代のYAMAHAは、2010年代の
レーシングマシンにあるコンセプトを
既に完成させていて
変わらない理論で、オートバイを作り続けている。
このTR1は、だからコントロールも容易で
スロットルを戻さなければ、後輪をスライドさせても
安定して走る事の出来るオートバイであった。
電子制御などなくても、上手に作れば
オートバイはそうして走れるのである。
(筆者もそうして走っておりました)。
「さ、行くよ」とNaomiは、リアシートに乗った
れーみぃに促し。
左足でシフトペダルを踏む。
クラッチレバーを左手で握ってから、少し
間を開けて。
そうすると、オイルがまだ冷えている
クラッチが離れて良いのだ。
静かに1速に入れ、それでもエンジンは
若干震える。
1000ccなればこそ。
そのままクラッチレバーを離して、スロットルを開くと
強大なトルクは、車体と
二人の乗員を含めて、前進を始める。
地面が柔らかいので、斜めにタイヤを逃がしながら
少し空転。
モノクロスサスペンションは、しっかりと
地面を捉えているので、不安は何もない。
スキーでスライドするような安心感である。
「じゃねー、明日学校で」と、れーみぃは
後ろを振り返りながら。
太い排気音は、断続的に
楽しげに。
見送るリサは「あのオートバイは、蒸気機関車みたい」と、思い返し
「乗ってみたいなぁ」と(笑)。
Naomiは、2速、3速と上げてから
スロットルを思い切り開く。
そうした方が、楽しい事を
感覚で覚えた。
エンジンの断続的な爆発が
タイヤを捩り、スライドさせる。
車体を思い切り倒して、斜めに滑りながら
カーブを回る。
TR1ならではの走りで、ほかのどのオートバイにも
真似のできない乗り心地だ。
「楽しいね、乗馬みたい」れーみぃは
後ろのシートからNaomiにくっついて(笑)。
小柄な彼女は、それでも乗馬経験のせいか
オートバイより半身をインコーナーへ投げ出す。
タイヤが、わずかにスライドしながら
カーブを立ち上がる。
ほとんどハンドルは真っすぐなのは
リアタイヤが外回りをしているから。
どんなオートバイでも、本当は
そういう傾向になるので
アクセルを大きく開ければ、そうして走る事が
できる。
オートバイなどというものは
純粋に、遊ぶ為のもの。
小さな排気量の、例えば100ccくらいの
郵便物を運ぶバイクくらいなら、実用的で
あったりもする。
でも、Naomiが乗っているような1000ccは
殆ど遊ぶ為の機械で
そういうものを人間が好む理由は
単純に楽しいから、だろう(笑)。
操縦の難しい機械に自分が乗って、操る事を
楽しむ。
機械文明のある人間らしい楽しみかたである。
その機械文明も、つまりは
狩猟採集から始まった人間の生態が
貯蓄を経て、貨幣を得るあたりに始まったものである。
なにがしかの報酬を得る為に、ひとは働いたりするけれど
報酬が相場で決まってしまうから
損得があったり、運に左右されたり。
そういう不条理さも、また
解決するべき問題である。
「さ、下りて」Naomiの家は、少し街から離れた丘にある。
手作りの屋根がある、広いガレージに
オートバイが数台。
頭からTR1をガレージに入れ、れーみぃを
下ろすと
軽快に、センタースタンドを掛ける。
長いサスペンションが、ふわ、と
猫の脚のように伸び、銀色のTR1は
休息の時を迎えた。
空冷のエンジンが冷えはじめて、かちかちと
音を立てる。
「貸してくれる250ってどれ?」れーみぃは
見渡すと、すぐにわかった。
「あれ?」指さす。
Naomiが頷く。
白いガソリンタンク、黒いハンドルとマフラー。
丸いヘッドライト。
シングルディスクブレーキ。
細いストライプ。
RZ250と、書かれている。
「これも、コレクション?」れーみぃが言うと
「そう。それはね、わたしが直したの」と
Naomiは平然と。
だから、壊してもいいの、って
笑顔で言って
ガソリンコックを捻り、キーを回して
軽そうのキックを踏むと、あっけなくエンジンは
掛かる。
青白い煙が出て、ぱらぱら、ぱらんぱらん、と
断続的に排気が出てくる。
「いい匂いね」と、オイルの燃える匂いを
Naomiは楽しむ。
アクセルを捻ると、軽快に
ゴムが弾けるように、エンジンは回る。
水冷2ストローク、250cc。
「35psなの、ちょうどいいでしょ」と、Naomiはバイクに跨がり、センタースタンドを外した。
柔らかいサスペンションが、TR1のように
ふんわりと沈む。
左足でギアを入れ、握ったクラッチをそのままに
アクセルを大きく捻り、クラッチを放すと
RZ250の前輪は、簡単に空を泳ぐ。
そのまま5mほど走り、ゆっくりと前輪を着地させる。
青い煙が、ガレージにたちこめる。
「いいでしょ?」と、Naomiはにこにこする。
「あたしに乗れるかしら」と、れーみぃは
ぶるぶる震える、小さな250のエンジンを見て。
ゆらゆらと揺れる黒い、先細りのマフラーに
触れる。
「坊やのちんちんみたい」と、変なお嬢様(笑)
Naomiも、ちょっと恥ずかしそうに笑う。
RZ250のエンジンを停めて、いかにも
安いつくりのパイプで作られた
サイドスタンドを掛けるNaomi。
そのスタンドは、でも
足を掛けるところがプレスで作られていて
安いながらも心のこもった設計だ。
お金を掛けない部品でも、工夫で
使い易くする考え。
今なら、そういう工夫より
値段を下げる方がいい、と
誰しも考えるだろうけれど
1978年は、まだ
値段でオートバイの価値を決めるひとは
少なかったから
わざわざ加工の手間を掛けて、見栄えの
しない黒いスタンドを作ったYAMAHA。
それは、2サイクルバイクが好きだから、
そういう気持ちだけで作られたものだから
気持ちがわかるひとが、オートバイを買う。
お金は別にして、その気持ちに共鳴するのだろう。
今もなお、RZは名車と言われているけれど
機械に、神様が宿っていると言ってもいいと思う。
なので、長い時を経ても
愛されている。
それも、愛、である。
「れーみぃ、さぁ。欲求不満なの?」笑顔で
Naomiは暖かく。
「なぁんで?」れーみぃは、笑顔で。
「変な事ばかり言うんだもの」と、Naomiは
バイクを下りて、れーみぃの隣に寄って
手の平で、れーみぃの胸に触れた。
「いやっ!」と、れーみぃは
両腕で庇い、でも「うん、Naomiならいいかも、女の子同士も」と、ふざける。
「何言ってんの」と、Naomiは
長い髪を右手で払い「なんか、抱えてんのかな?」と、れーみぃを優しく見る。
れーみぃは小柄だから、すらりと長身のNaomiを見上げ
「ん、なんかなー。よくわかんないんだ。
なにかしてみたいんだけど、なにしていいか。」
それで、変な事言うと
みんな笑ってくれるから、気が紛れるって言うか、と
れーみぃは、複雑な気持ちを打ち明けた。
れーみぃの気持ちの、本当のところは
ふつうの家に生まれ育ったNaomiには
わからないところもあるかもしれない。
英国は昔、世界に植民地を持っていたから
アジアンなれーみぃのような、この北欧で
異端に見える成功者の子女、は
それなりに育てられ方にも厳格なものが
あったりもして。
自由にしたい、と言う気持ちも
強いのだろう。
「でもねーぇ?エッチな事したーいってさぁ。
したことあるの?」と、Naomiはわかりきった事を聞く(笑)。
「Naomiだって」と、れーみぃも笑う。
そうよ、と、Naomiは再びRZ250のキーを捻り、キックを下ろした。
暖まったエンジンは、ぱらぱら、と
軽やかな音を立てる。
アクセルを大きく捻ると、軽い音を立てて
エンジンは震えながら回転を上げる。
「いいでしょ?走ろうよ」と、Naomiは
れーみぃを誘う。
エッチよりいいかもよ、と
経験がないだけに、Naomiも普通にその単語を
女の子同士なら言葉にできる(笑)。
実感があると、そうは言えない(笑)。
180度クランクの2ストロークエンジン。
細かい振動が多いので、エンジンを
柔らかくマウントし
アクセルを吹かした時だけきっちりと
支えられるように工夫してあるのは
オーソゴナル・マウントと言う考案だが
その為に、マフラーが前後に揺れるので
初期のRZ250はマフラー割れが多く発生した。
(当時、クレーム返品のマフラーがYAMAHA本社には山になっていました。元社員、筆者(笑)
それでも、変わった機構のオートバイを
自身を持って作るのは
YAMAHAらしい主張、2サイクルのバイクを
愛すれど故の事。
機械にだって愛はあるのだ。
走ろうよ、と言ったNaomiは
れーみぃを促し、RZ250のシートに
座らせた。
柔らかいサスペンションは、軽いれーみぃが
跨いでも
じんわりと沈む。
リバウンドストロークの大きいそれは
公道でスポーツするのに必要な特性で
低い速度で走る事の多い峠道で
楽しいコーナーリングができ、安全に
走るための設計である。
2010年代のスポーツバイクが
高性能でありながら販売が伸びないのは
その、あまりにも高性能にすぎるエンジンが
高い加速度を齎す故であり
その時に破綻しないサスペンションは
つまり、低い速度では楽しめないものに
なってしまう故
普段乗っても疲れるだけの、レース専用の
ようなオートバイになってしまっているから、と
言う事が原因であったりもする。
ライダーも夢と現実がわかっておらず
4ストロークのレーシングマシンを道路で乗る事の困難さに
実感してから、手放す。
そういう事の繰り返しで、オートバイは
ライダーの夢では無くなって行ったが
誰のせいでもない。
ライダーそのものが、オートバイを
漫画やインターネットコンテンツのような
ものと混同している傾向のせいなのだが
生まれつき、本やゲーム、漫画で育って来た
故の
適応で
危険、と言うものへの感受性が
鈍くなってしまっているのは
安全な環境で育ったから、なので
致し方ない事でもある。
例えば、テロリスト集団の国に
好んで出掛けて行って殺されるような
そういう人々が増えてしまったのは
つまり、増え過ぎた人類が
淘汰を求めている現れであるのかもしれない。
1978年は、まだオートバイの作り手にも
乗り手にも程の良さがあったので
RZ250のようなオートバイが企画できたし
人気を得たと言う事であり
それが、コンピュータに毒される以前の
人間の作った愛すべき機械である事は
疑いようのない事実であり
だからこそ、古いオートバイに
人々は惹かれるのであろう。
「乗り心地いいー」と、れーみぃは喜び
シートの上でサスペンションを沈ませる。
ふわふわ、と揺すれるくらいに柔らかい。
「ちょっと走ってみる?」と言って
ぱらぱら、とアイドリングしているRZ250に
跨いで喜んでいるれーみぃを笑顔で見ながら
Naomi自身は、ガレージの奥で
シルバーのカバーを被っていた
小柄なオートバイを引き出した。
サイドスタンドしかない、丸っこいそれは
白と赤に塗り分けられ、紺色の
ストライプが彩る
角のヘッドライト、セパレートハンドル。
キーを捻ると、緑のランプが光り
サーボモーターの音がした。
銀色のサイドスタンドを跳ね上げると、
パネの反発で硬質な音を立てるが
ラバーストッパーもない、アルミニウムのフレームにジュラルミンんのステップ。
サイドカバーもなく、低いカウリングには
RZV500R、とだけ記されている。
キックペダルを引き出し、円周状に
リアに回して。
左手は、プラスチックのチョークノブを立てる。
かなり高い位置のキックはあまり軽いとは言えないが
それは、2軸ギア連結のV型配列4シリンダ
という特異なエンジンのせいでもある。
トランスミッションを高い位置に置き、
ドライサンプとする構造は、2010年あたりのレーシングエンジンと同じだが
30年前に既にその構造は確立している事を
そのオートバイはキッククランクの重さで
ライダーに伝える。
ガソリンコックを右に回し、燃料をキャブレターに落下させる。
静かに、液体が落下する音を聞いて
コックを垂直に戻す。
万一、フロートに異物が噛んでいると
ガソリンが溢れてしまうからだ。
幸い、この時は問題なく。
キックを下ろすと、エンジンは素直に始動する。
RZ250が2台いるような、不思議な排気音は
ギアノイズを伴って回転するエンジンより伝わる。
重いスロットルを開くと、意外に軽快に
エンジンは回転を上げる。
細かい振動がフレームに伝わるのは
RZ250と違い、エンジンが直接
フレームに搭載されているため、でもあるし
2軸エンジンとバランサーのため、でもある。
しかし、88psを示す排気音は
明らかに豪快で、聴くものを官能に誘う。
「行こう」と、Naomiは
意外に低く、小さなRZV500Rのシートに座り
れーみぃの乗った、RZ250の隣に
ギアを1速に入れ、スロットルをやや開きながら
半クラッチで進める。
ギアレシオが高く、普通のバイクの2速くらいの回転なので
発進加速は苦手だけれども、それは
レーシングマシンと同じだ。
レースなら、発進は1回しかないから。
「なんでYAMAHAばっかりなの?」れーみぃは
ちょっと傾げて言うけれど
長い黒髪は真っすぐ、唇は赤く、愛らしい。
丸い頬が幼い面影を残す。
「おじいちゃんの趣味なんだけどね。Yamahaってなんとなく筋が通ってて好きなんだって」と
Naomiは言う。
2ストロークエンジンの面白さを
解ってもらいたいとRZ250を作るところ、とか
商品として考えるなら、流行の
4サイクル4シリンダで大柄なバイクを
作っていればそれでいい。
儲かるかどうかわからない2サイクルの小さなオートバイを作るあたりに
Yamahaの気持ちが見える。
オートバイを好き、と言う気持ちだ。
恋愛のような、と言ってしまうと
少し違うかもしれないけれど
少なくとも、真っすぐな気持ちはある。
そういう気持ちが、Naomiのおじいちゃんの
ような
オートバイ好きの気持ちを動かす。
世界中でRZ250は人気になった。
心のある人々が共鳴するのだ。
「じゃあ、行こう?」Naomiは
アクセルを開くと、クラッチをつなぐ。
エンジンの回転は3000rpm。
そのくらいでも、なんとか走るくらい。
2サイクルなので、不等間隔爆発をするエンジンが
ばらばらばら、と音を立てるけれど
焼玉エンジンのような、のどかな響きが
Naomiは好きだ。
本当はとても高性能なエンジンなのに
普段はのどかな感じなのは
どことなく、優しげな勇者のようだとも
Naomiは感じる。
本当に強い人々は、強がったりしない。
Naomiは、おじいちゃんの背中から
それを学んだ。
「走るね」れーみぃは
RZ250の軽いクラッチを握り
左足のシフトペダルを踏む。
普通にゴムのついたステップは、足に優しい。
振動も伝わらず、乗り心地のよいRZ250である。
回転を少し上げると、するすると走り出す。
ガレージから出て、庭をゆっくりと走る
Naomiの背中を追って、RZのスロットルを開いた。
れーみぃが、アクセルを軽く開くと
2ストローク250ccの、長い歴史のある
Yamahaエンジンは、滑らかに回る。
ガソリンタンクの下にある、後輪のサスペンションユニットに
力は伝わる。
加速しようとする、ライダーの重さと
バイクの重さを、エンジンは後輪の回転で
前に進める。
後輪を支えているのは、サスペンションユニットと
スイングアーム。
スイングアームを前に押し、後輪はバイクを進める。
当然だが、その時バネで吊られている
サスペンションユニットにも力が伝わる。
後輪は、シャフトでスイングアームに
止められているから
後輪が前に回転しようとするとき、後輪を止めているシャフトは
逆向きの力に捩られる。
例えば、ねじ回しで木ねじを締める時
右にねじ回しを回すが
掌には、重みを感じる。
それは、計ってみれば左向きの力であるけれど
それと同じである。
バイクの後輪は、バネで吊られているから
そのバネに、この、後ろむきの力が伝わると
サスペンションユニットを伸ばそうとする。
バイク自体は、慣性で後ろむきの力が
掛かっているので
RZ250のように、ガソリンタンクの下に
横向きにサスペンションユニットがついていると
オートバイの重み+ライダーの重みが
サスペンションユニットを支える事になるので
加速の時にサスペンションユニットを伸ばそうとする力と対抗して、打ち消し合う事になる。
優れた設計のRZ250である。
それで、ゆったりと安定した加速が得られるので
RZ250は、乗りやすい。
れーみぃが、いきなり乗っても
不安なく加速が出来る。
(減速は別だが)。
ふわふわと、安穏な乗り心地に
れーみぃは、楽しいと思う。
楽しいと思う事なら、お金を出しても
誰もそんなに損だとは思わない。
恋愛だって同じで、好きな事だったら
苦労とも思わない。
ひとは、気持ちで動くのだろう。
1978年の日本、YAMAHAがあった国は
まだ、オートバイ会社にオートバイが好きで
入ってきた人が、ずっとその会社にいられる国だったから
RZのように、あまり儲かる見込みはないけれど
気持ちを込めたオートバイが作れる時代だった。
返品のマフラーが会社に山積みになっても
会社は、資金調達に困る事もなかった。
企業を、銀行が支援したし
国は、銀行を支援したからだ。
それを、日本と言う国が壊したのは
1989年あたりからで
オートバイ好きの人々が、オートバイ会社に
一生勤められない環境になった。
だから、RZ250のように
オートバイ好きのため、の
企画はそもそも出てこなくなった時代が
長く続いたし
損をすると会社が資金調達に困るので
無難な事しかしなくなったりする傾向が続いて
オートバイそのものが売れなくなった。
当然だが、楽しみのために乗るものが
無難なもの、であるばかりではないだろう。
そういう環境で育った若者たちは
無難な事、安全な事。
それが溢れた街に育ったので
楽しい、と言う気持ちを忘れて育った。
喜怒哀楽、のうち
喜楽が少なく育つから
勢い、恋愛と言っても
愛したい対象が見当たらない。
喜びも、楽しみもよくわからないからだ。
異性接触は、起こる。
けれど愛も恋もなく、接触だけだ。
それは、ストレスのたまったれーみぃが
エッチな事を言うようなもので(笑)
本当は、楽しい、嬉しい事をしたいのだけれども。
できない時の、心の痛みである。
そんな時、古いオートバイRZ250は
愛を思い出させてくれる。
オートバイを愛した人々がいた事を
思い出し
そのオートバイに乗る事で、嬉しい気持ちが
蘇る。
そんな時のオートバイは、愛が宿っている
神のような存在だろう。
機械を超えて、商品を超えて。
年月をも超えたら、殆ど時空間を超えた愛である。