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でも、加藤は
魔法使いではないから
時間を飛び越えたりする事は、自力では
できない。
(神様と一緒に、ルーフィのところへ
行ったけど)。
でも、記憶の中では
いつだって、好きな時に戻れる。
思い出があるから、生きていけるし
これからも生きて行こうと思う。
そう思える人生は、貧乏だって素敵だと思う。
そういえば、その少女との恋は
終わった訳ではなかった。
それは、2月になって
世間では、バレンタインデーとかで
華やいだ気分になる頃。
加藤は、バイトから契約社員として
店長になってくれないか、と言われて
そんなつもりはないから断ったのだけれども
実は、それは少女の願いで
バイト先に彼女が働きかけた結果、だったりして。
それを知らない加藤は、勿論断った(笑)ので
少女としては、ずっと、一緒に居たいと言う
願いを拒否されたと思ったらしく
思い込みの激しい子なので、嫌われたと
思ったりしたらしい。
それから、バイトに来なくなって。
気になっていた加藤は、郵便の仕事の途中
彼女の家のほうへ行って見ると
瞼にガーゼを貼った彼女に偶然出会い
「どうしたの?それ」
「なんでもない。加藤さんに関係ない。ゴメン、心配かけて」 と
少女は、そんな時でも加藤に気遣う優しい子だ。
後に、バイト仲間の由香に聞くと
ずっと泣いていたから、顔が腫れたと言う事らしかった。
そんなに、一緒に居たかったのか、と
加藤は、少女が不憫になった。
別に、加藤自身が特別良い人間でも
優しい訳でもないけれど
少女は、他に頼れるものがないのだろうと
そんな風に思って。
理由はわからないけれど
高校にも行けなくなって、自分で
職業を選んで、専門学校に進んで
自立の道を歩んでいる、真面目な子には
違いなかったし
真っ直ぐに愛を求める気持ちの子。
駆け引きをしたりせずに。
そういう子を、護ってあげたいとは思うけど
バイト先で一緒より、せっかくの技能を
生かしたほうがいいし
加藤自身も、仕事が回ってきたら
バイトを辞めて、技術者に戻って
その上で少女を支えてあげようと
そんな風に思っていた。
でも、17歳の気持ちは性急で
それには満足できなかったらしい。
「アタシ、18歳になったんだ」と
少女は、右の瞼にガーゼを貼ったまま笑った。
その笑顔が痛々しくて、愛しくて。
加藤は、両手で包んだあの時の香りを
思い出した。
胸が苦しい、少年の気持ちで。
「おめでとう、よかったね」と
笑顔で加藤も返した。
「早く結婚して、可愛い赤ちゃんほしいな」と
少女は、らしく語る。
「ほんとは、あの店をふたりでやっていけたら良かったんだけど」と、性急さは若さゆえ。
「そうか、ゴメンね」と、加藤は答えた。
「うん、好きな事して生きるのが一番だよ。
アタシもそうしてる加藤さんがいいと思う。
なんか自由な感じで、他の人と全然違う」
と、ふつうに話す少女。
こんなにも自然に、自分の事を見ていて
くれたんだな、と
加藤は感謝する。
「君もそうだよね」と、加藤は笑った。
郵便局の、緑のブレザーのまま。
赤いIDカードには[郵便課 非常勤職員]と
あり
それが、ゆらゆら。
少女は、気づき「あ、ゴメン、お仕事邪魔して。
その制服似合うね、じゃ」と、笑顔で
駆けて行った。
ミニスカートなど穿かず、いつも
スラックスだったのにも、何か理由が
ありそうだったが
その日も、普段加藤が好んでいた
キャメルのコーデュロイと
同じ色合いのものを、いつしか穿いて来ていた
それを着用していた。
でも、洒落た感じに見えたそれは
加藤のものと同じユニクロだとは思えない(笑)。
早く結婚したい。
加藤は、その言葉の意味をよく理解して
いなかった(笑)。
出逢ってすぐの頃も、そう言っていたので
それが、ただのシュプレヒコールの
ように聞こえた。
思えば、おかしな子で
出逢ってすぐに、自分の名前をフルネームで書き
名刺のように手渡したり。
身の上を細かく話し、「こんなアタシを
どう思う?」と尋ねるので
「いいんじゃない」と加藤が答えると
「ホントにそう思う?」とか
すごく嬉しそうに言うので
何が嬉しいんだろと(笑)加藤は
思っていたりしたけれど
そんな想い出も、とても愛おしく
思えたりする。
それからすぐに、加藤に
仕事の依頼が入った。
工場自動設備の技術、だったけれど
専門外とは言え、出来ない事もない。
郵便局とバイトを掛け持ちするよりは楽だ。
仕事の報酬も、相場で決まるので
難しい仕事の単価は高い。
郵便局のように、大変な仕事でも
誰でも出来ると、単価は安い。
コンビニ店員とかもそうだけど。
加藤自身は、科学の仕事が好きな訳でもなくて
単価が高いから受けているだけ、だった。
「たまには、いいもんだな」と
世間並のアルバイトをしてみると
いい子に巡り会ったりするので(笑)。
料理が好きだ、と言って
サンドイッチを作ったり。
髪形の好みを加藤に尋ねて
「似合ってればいいんじゃない」と言うと
なんとなく察して、茶色から自然の色に
戻したり。
着衣も、いつも加藤の着ているものに
似せたり。
可愛い子だ、と思う。
時折、父親が観察に来ていたから
割と、箱入りなんだろうか。
春になれば、彼女も卒業で
どこかに就職しなくてはならないし
加藤自身も、バイトの掛け持ちよりは
収入のいいバイト(笑)にするべきだろう。
それで、次の日。
加藤は、少女の就職先を探して
連絡先を知らせた。
少女は、「ありがとう」と、喜んだ。
そこに行けば、もう、この思い出のある
店に戻る事もない。
バイトしながら、メモを渡したので
バイト仲間のみんなも、なんとなく
ふたりの行く末を察したようだった。
それを、少女が
別れと捉えたかどうかはわからない。
でも、少女の就職は上手く行き
アルバイトを辞める事になった。
「有名な先生でね、アタシの腕を認めてもらえたの!」と、少女は嬉しそうだった。
加藤も、同じくらいの3月に
店を去る事になる。
バイト仲間で、お姉さん格の麻美は22歳の
ピアノ教師だが
自由業故、収入源として
この店でバイトしていた。
麻美は、少女とも仲良しだったので
加藤に、何か言いたいようだった。
けれども、何も言わずに
麻美とも別れる事になった。
もちろん、加藤もそれで
終わるとも思っていなかったけれど
時間を作って会うと言う習慣が無かったので
少女は、創造、加藤は研究と
それぞれのことに忙しくなって
以降、10年
偶然路上で出会う、とか
そのくらいになってしまう。
でも、加藤は思う。
もし、あの時の自分に
お金や、時間があったら
ひょっとしたら、月並みな幸せが得られたのかもしれない、などと。
「試してみるかの」と、加藤は声で気づく。
神様だ(笑)
「どうして、僕の想像の中に神様が(笑)」と
加藤も驚きながら笑ってしまう。
そういうものかもしれない。
「あー、んー、まあ。心の中と言うのも
異次元の世界なんだな。人間ふうに言うと
4次元、なんだろうけれど。
並列時空間のひとつじゃ。
ほれ、インターネットで動画が見れるじゃろ?
ああいう時空間は、本物かどうかわからんが
そこにも座標軸はあるな。」と、神様は分かったようなわからんような(笑)。
テロリストが脅迫ビデオを撮っても、そこにいる人が本物とは限らないけど
そこにも時空間はある。そういう事だろうか。
「じゃ、試してみるがいい」神様はにっこりして、加藤と、その少女を
異空間、お金のいらない世界へと誘った。
同じような、出逢いがあるかと思ったけど
元々お金が要らない世界だったら、バイト先で
出逢う事も有り得なかった(笑)。
「神様、出逢いがないですね、そもそも」と
加藤は、天国の神様に告げる。
降臨した神様は、楽しげに「あー、そうじゃな。元々、それが出逢いだったと言う事になれば。
加藤君も、勤労する少女が愛おしい、と思ったりしたのじゃろうか?」神様は和む。
「そうでもないけれど、かわいそうだったから助けてあげたかったんです」と、加藤は言う。
神様は「ほんじゃ、出逢った後で、お金持ちになったとして」と
設定を変えた(笑)なにしろ神様である。
少女は、豊かな暮らしをしているけれど
専門学校に通って、技術を身につけて
自立を目指している。
加藤とは、相思相愛だけれども
加藤には、ひとりになってしまった母親が居て
お金はあるけれど、一緒に暮らしている。
「神様、お金があってもあまり変わりませんね。母ひとりを置いて、自分は結婚なんて
できませんよ、かわいそうで」と、加藤。
「そう、加藤君は優しいんじゃよ。
母親より彼女、って言う男の子は多いけどな」と、神様。
「でも、アタシも言ってくれたら
お母さんと一緒に暮らしてもいい、って思うよ」と、少女は
神様と、加藤に告げた。
なにしろ、異次元空間だし(笑)
少女は、ファンタジー好きで
どらエもんの愛読者である(笑)。
「そうなの?」と、加藤は言う。
「お母さんとだって、上手くやっていけるよ。
お金なんて無くたって」と、少女は18歳故
前向きだ。
お金の問題じゃなかったのかな、と
加藤は反省したりした。
貧乏暮らししたって、愛があれば
良かったのかもしれない。
「神様、ありがとうございます。」と、加藤は礼を述べ、同時に気づく。
その恋が終わっていなかったから、ななには
あまり興味を持てなかった事。
それは、でも、仕方ない。
時系列に沿っていれば、ななに出逢う10年前に
少女、友梨に出逢っているのだから
ななに出逢う時は、既婚者と言う事になる。
それは先着順(笑)だ。
神様、ご満悦。
「あーあー、うん、そうか。じゃ、加藤君は
こちらの世界で、友梨くんと仲良くすると良い。あちらの、元々の加藤君はあのままじゃがな。それも並列時空間の良いところじゃ。」と
神様は、訳の分かったようなわからないような(笑)
「ありがとうございます」と、加藤と
友梨は幸せそうに挨拶をして。
結局、お金やタイミングじゃないんじゃよ。
神様はご満悦である。
愛があれば、環境なんてどうにでもなるんじゃ。
加藤が、並列時空間で
幸せを得た事は、もちろん
遠い北欧に来ている、ななにはわからないし
友梨と言う少女の存在も、もちろん知らない。
10年も前の話で、ひょっとしたら
ななと同じくらいの歳だから、知っている子
かもしれないのだけど
縁ってそんなものだ。
その為に、ななは遠い北欧で
修道院に入ってしまって(笑)
朝5時に起こされて。
「シスターなな、起きて」と
聞き慣れない声で起こされる。
誰?と、寝ぼけた顔で見上げると
青い瞳で、愛嬌のある
細身で大柄な女の子。
黒い修道服を着ていて。
「あれ?みんなは?」ななはまだ気づかない(笑)。
「もう起きたわよ。日曜学校の準備で。
お庭のお掃除ね。シスターななは礼拝堂。
院長に見つからないうちに起きてね。見つかるとご飯抜きかもよ」女の子はにこにこ。
「ご飯抜きは嫌」と、ななは起き出す。
夕べ、髪をよく乾かさなかったので、寝癖がひどい(笑)。
「フード被れば見えないわ、それ」と
女の子は、ななにグレーの修道服を
あてがった。
「あなたは?」
「わたし?シスター・スレッヂ。怒るとスレッジ・ハンマーが飛ぶわよ(笑)」
ユーモアたっぷりのその子は、アメリカンっぽい軽快さで
ななを起こして、廊下に出て。
ドアを閉めた。
「なんで、掃除なんてしなくちゃならないの」と
ぐちぐち、ひとり言をいいながら
ななは、はきなれない長いスカートを
持ち上げるようにして
礼拝堂へと向かおうとすると
どて
スカートの裾を自分で踏んで、転んでしまう(笑)
両手でスカートを持っていたので、受け身も取れずに顔面着地(笑)
「痛ーい、もう。なんでなの!責任者出てこーい!」
とか、クレーマーみたいな、なな(笑)
責任者とか、言いたがるのも
都会暮らしに慣れてるっぽい。
自然な野山で転んでも、誰のせいでもなくて
自分のせいだ(笑)。
管理人がいる世界になれていると
責任とか、考えたがる(笑)。
まして、ななはコールセンターに勤めていたから
そういう人々の愚痴を聞く事も多かった。
なんでもかんでも人のせい、って
見苦しいものだけど
そうしていると、お金貰えたりするので
いつの間にか、そういう事が当たり前に
なってしまったり。
それなので、修道院に来ると
なんか新鮮だったりする。
「誰が責任者だってぇ?」と、シスター・クラーレが、にこやかにやってくる。
「あ、いいえ、あなたの事じゃ」と、ななは
転んで痛めた低い鼻(笑)を
さすりながら立ち上がる。
「ははは、わたしもよく転んだわ。最初」と、
シスター・クラーレは白い歯を見せて笑った。
「転ぶと、痛いでしょ」と、ななは
クラーレの、丈夫そうな体を見て。
Non、Non、クラーレは
どっしりとした腕を叩いて「丈夫だけは取り柄なの」と、にっこり。
黒い肌で白い歯が、とても印象的な
陽気なクラーレは、どうして修道院に来たりしたのだろうと
ななは、少し暗い礼拝堂に差し込む朝日を
見上げて。
広い礼拝堂の掃除は大変そうだ、と
普段、あんまり掃除とかしないので
面倒な気持ちになった。
「あたしが手伝ってあげるよ。スレッヂもくるわ」と、クラーレ。
「ありがとう、シスター。でも、あなたの仕事は?」と、なな。
「わたしはシンガーだもの。スレッヂもよ」と
クラーレは、楽しそう。
「ここって、音楽クラブなの?」と、ななは
初めてそれに気づく。
「ふつう、教会に賛美歌は付き物じゃない?アメリカじゃ当たり前よ。R&Bは」と、クラーレは楽しそう。
そうだったんだ、と
ななは、少し楽しくなって「じゃ、お掃除さっさとしちゃおう!わたしも歌いたい」と
モップを持って、急いで床掃除をしようとして。
バケツにモップを引っ掛けて(笑)。
「あーらら」と、入ってきた
シスター・スレッヂは、笑う。
「みんなもくるわ」と、ニコニコ。
彼女も、陽気なアメリカンで
たぶん、歌いたいからここに来たのね、と
ななは思ったりした。
広い礼拝堂は、学校の教室くらい。
なぜか、ハモンドオルガンがあったりするあたりが
新しい感じがする。
めぐの学校の隣、なんだけど。
お掃除を、適当に済ませて、さあ
ブレックファースト、と言っても
修道院である。
「自分で作るの」と、シスター・クラーレに
連れられて、みんなで調理実習。
「しばらくぶりだ」と、リサ。
「調理実習みたいだね」と、めぐ。
グレーの修道服だと、髪が隠れてるから
なんとなく大人っぽく見えて。
「お芋かな、やっぱ」と、れーみぃは
ドイツふう料理を思い出す。
ジャガ芋パンケーキ、りよねーず。
「修道院って言うと、黒パンとかさ」Naomi。
意外に、それは美味しいのだけど。
ロシアンのスープに似合う。
ボルシチとか。
「朝から美味しそうな話。食べたくなっちゃうね」と、シスター・クラーレ。
「一杯入りそう」と、なな。
「それは言わない約束」と、シスター・スレッジ。
みんな、笑顔になる。
レンズ豆を洗って、ジャガ芋を剥いて。
シスター・クラーレはハミング。
歌いたくて仕方ないみたいだけど。
それは、ジョイフル・ジョイフルの
ハーモニーだった。
めぐたちも音楽は好きだから、一緒にハーモニー。
「そっか!」と、めぐは気づく。
「なに?」と、れーみぃは、驚いて。
「うん、先生ね、ここが音楽好きの
集まるとこだから、あたしたちを行かせてくれたんだよ、きっと」と、めぐが言うと
Naomiも「バンドの事で、か。そうかもね。
いいとこあるね、先生」。
「生演奏聞くって、いいもの」と、リサも。
「では、頂く前にお祈りを」とは、院長。
修道院の食堂は、割と広いのだけれども
人数が多いので、ちょっと狭く感じる。
マホガニーのテーブル、白い壁はシンプル。
明かりのフードは白い布。
お皿も白い、装飾のないもので
そこに、さっきのスープとか、豆の煮物とか
黒いパン。
割と、自然で美味しそうだ。
「では、本日は体験入院の方がいらっしゃいますから、一言お願いしましょう。シスターなな、どうぞ」と、院長に言われて
ななは、どっきり「あ、あたし?そんな、聞いてないです」と、慌てて。
シスターたちは20人くらい。
みんな、クスクス笑っている。
「静かに。思ったことを言えばいいのです」院長は静かに、笑顔で。
ななは、「はい、では、あの。
日本から来たのですけれど、神様が
ここに行けと、それで来ました」と、本当の事を言う、なな(笑)。
シスターたちにどよめきが走る。ざわざわ。
院長「お静かに。ななさん、本当に神様に
お会いになったのですか?」と、少し真面目な顔で。
「はい、あ、あの、神様と言ってもイエス様ではなくて、どこの神様かは知らないのですけど」
本当だ(笑)。
シスターたちに笑い声が聞こえる(笑)。
院長は、やや苛立ち声で「皆さん、静かに。
ななさん?日本には神様は一杯いるのですか?私達はイエス様だけが神様だと信じていますが」信仰はそういうものだ。
信じるものにはそれが真実だから、
信じていないものは、その信仰を傷つけてはいけない。
ひとそれぞれで、いいのだ。
でも、ななは「日本には一杯いるらしいです。神社にも、お寺にも」
本当だけど、それは日本の話で
日本人はいい加減なので、思い込みの深さを理解できない。
例えばそれは、今の日本人が
金持ちは威張っていいとか、バレなければ
悪い事をしていいとか思っているのが
間違いだ、と指摘するのに似ている(笑)。
信仰はそんなものだ。
貧乏だからって金持ちに媚びなくていいし
少数派だから多数派がイジメていい訳でもない。
そんなのは、みんな信仰だし
日本にはもともと無かった習慣である。
渡来人が日本に持ち込んで、日本を
占領しようとした手法だ。
日本人は、そんな信仰は持たないから
ななのように、信仰にはあまり縁がなかったりする(笑)。
神様はそばにいると、大昔の日本人は
感じてたので
普段でも、神様に恥じない生き方をした。
それは信仰と言うよりは、信念のようなものだろう。
神様と言わなければ、愛と言う言い方もある。
自然に愛を感じるから、樹木や石を神様のように
大切にするし
故郷や、友達を大切にする。
でもそれは、神様への忠誠と言うような
窮屈なものではないけれど
その、故郷を大切にする気持ちを
すり替えて
渡来人が、日本人になりすまして
戦争を起こして
渡来人たちの、追われた故郷に
復讐をしかけたのが
大東亜共栄圏と言う考えの戦争であった。
それに負けてから、今度は日本の国土に侵入して
ななたちの心を蝕んでいる。
イジメのような、小さなテロである。
「神様は、心の中にいらっしゃるのですから
日本の方は、それでいいのかもしれません」と、院長。
「そうなんですか?」と、なな。
「はい。心のどこかで信じる気持ちがあればいいのです」と、院長は言った。
「冷めないうちに頂きましょう」と、皆で
お祈りして、頂きます。
「アイスクリーム食べたいなぁ」と、ななは
甘えっ子らしい(笑)。
「ちょっと味薄いね」とか、めぐも
思ったりするけど
それは、精進料理のようなものだ(笑)。
「若い方々には、物足りないかもしれませんけれども
神様からの思し召しなのですから、有り難く頂きましょう。
豆も、お芋も生きているのです。
畠に植えれば芽を出すものを、私達は
頂いています」と、院長。
そうですね、と思うけれども
生き物を食べているとは、意識はしていない。
元々、美味しいと言う感覚も
経験的なものだから
生き物を食べて来た記憶が残っている、そういう事だろう。
甘味や旨味、それは
自然にあるケミカルを感じるものだけれども
生き物の体にあるケミカルだったりする。
例えばグルタミン酸は、お肉の蛋白質からのものだし
イノシン酸は、お魚のものだ。
そういう旨味を欲しいと思う気持ちは
古代なら、動物やお魚への狩猟を生むから
彼らからすると、侵略だしテロである。
なので、修道院では
割と、旨味の少ないものを食べているけれど
それはそれで、優しい美味しさがある(笑)。
攻撃を生むような食べ物は控える、と言う事か。
ななが食べたいと言った、アイスクリームも
実は自然にないもので
甘味も、とりすぎると
いつも欲しくなるので、あまり、よろしくない。
無いときに苛立ったりする、そういうものだ。
「買って来て、後で食べよう」と
ななは言うけど、日本のような
コンビニはここには無かったりする(笑)。
「そうですね、お金を使うのは
あまり好ましい事ではないですが」と
院長は言う。
信仰の深い方々からの寄附、つまり
神様の思し召しで、修道院は成り立っているから
お金を持たなくても、生きていけるのですと
成り立ちを話す。
キリスト教ですら、成立の時
既に貨幣流通経済の中にあったから
金銭と言うものの価値観を定義している。
加藤が破壊したものである(笑)。
たとえば、聖書にも
放蕩な金持ちと、乞食の話が出てきたりする。
金持ちは地獄に落ち、乞食は天国へ。
ありがちだが、金持ちが悪人な訳でもなく
乞食の全てが善人でもない。
運もあるし、環境もある。
大きな影響は「金」と言うものが
科学的な根拠がなく、絶対的な基準もない事だ。
そんなものが無く、理論的に正しいものが貨幣の代わりになれば
聖書にあるような不公平も起きない。
それが、加藤のエネルギー取引である。
聖書ですら前提になっている不公平、経済の矛盾。
なら、公平に、矛盾がなければ
ひとつ、人間は幸せに近づける。
ななたちや、修道院に集まるシスターたちも
何か理由があって、幸せを修道院に求めた。
つまり、現世が彼女たちを退けたのだろう。
そうでなければ、信仰のように特別な思い込みがなくても
ひとは生きていけるはずだ。
自然のままなら、だれでも生まれたままのように
ふつうに生きていける。
それを、面倒なシキタリで阻害しているもの、そのひとつが
貧富である。
「金持ちは着飾り、門前のこじきに施しを
しなかったので
死んだあと、金持ちは地獄へ堕ち
こじきは天に召されたと言う事です」と、院長は
聖書の言葉を引用して
富める者は施しをし、助け合うのが良いと言う
事を言った。
「同じく、食べ物は皆
生きていたのです。私達が食べなくても
植物は動物に食べられたり、動物は
他の動物に食べられたりするでしょう。
私達は、偶然、このお豆さんやお芋さんを
頂いています。食べさせて頂く事に
感謝すれば、お豆さんやお芋さんへの
施しとなり、私達の癒しにもなるのです。」
それは本当で、豆科植物に含まれる
蛋白質が、人間にとって神経を穏やかにする
内分泌物質に働きかける作用がある事は
医学的にもよく知られている。
だけれども、常に気持ちが高ぶっていれば
効き目も不足すると言う事は、有り得る(笑)。
「お金持ちって、やっぱり良くないのでしょうか」と、ななは日本の事を思い返して言う。
日本は、元々
民衆が仕事を頑張って、財産を築くと
国家が高い75%と言う税金を掛けて、国に
吸い上げて
それで、昭和の頃までは
貧しい人々に振り分けていた。
でも、平成になって
そのお金を、一部のお金持ちだけが
使うようになったので
不景気が進んだ。
隠しようのない事実である。
お金が市場に出ないから不景気になるので
貧乏人には金はない。
金持ちが使わないだけだ(笑)。
どうごまかしても無駄である。
「いいえ、お金持ちが良くないと
言う事ではないのです。
お金持ちの家に生まれても
その幸せを有り難いと思って
恵まれない方々への施しをお考えになれば」と
院長は、欧州的な階級社会を前提に言った。
元々、それは金銭が人間の都合で作られたもので
例えば、物品や労働の価値と一致していない。
なので、お金持ちは得して
貧乏人は損をする。
そんな構造が、ヨーロッパでは
この国以外ではずっと続いているので
不景気が続いている、そういう事が
聖書を書いた頃からずっと続いているので
そんな事が信仰への希求になっている。
でも、日本は少し事情が違うし
加藤は、エネルギー源を無料にする事で
お金持ちに自分がなろうとはせずに
お金、そのものを不要にした。
つまり、信仰がなくても
貧しい人々は豊かになれるし
お金持ちは、別に困らない。
元々差別やテロをしたがる人、と言うのは
貧困家庭に生まれた人々が多く
攻撃的である事が恥ずかしいとも
思わない人々(笑)だと言う事、つまり
心が貧しい人々なのであるから
元々貧富の差がなければ、心に
劣等感が生まれるはずもない。
「さ、食べちゃお」って、めぐは
固めの黒パンに噛み付いた。
なかなか、弾力があって食べ応えがある(笑)。
「それ、ちぎって食べるんだよ」と、リサは
さすがに旅人である(笑)。
北の方へ旅すると、こういう黒パンが
ほとんどだけど
慣れると、白いパンより美味しい。
スープと一緒にたべたりもするけど
そのまま食べるのも、独特の酸味があって
美味しいものだ。
ななは、まだ少し
気持ちにこだわりが残るみたいだけど
そこはそれ、18才たちより
少し歳を取ってると
いろいろ、考えるから。
深く考えなければ、そんなに
怒る事もないのだ。
思い出して見るといいのだけど
子供の頃から、そんなに
怒ってばかりいた人って、そんなにいない。
それよりも、楽しい事の方が多かったようだ
と、思うけれど
それは、あんまり損得とか、勝ち負けとか
そんな、つまらないものに
こだわりがなかったからだろうかな、なんて(笑)。
院長も、ななも大人である。
クラーレや、スレッジが
怒りっぽくないのは、音楽が好きだから。
そう、何か楽しみがある人って
それだけで幸せなのだ。
歌を歌いながらだと、食器洗いも
そんなに気にならなかったりする。
音楽って、不思議なもので
あまり、考えない時間が持てるから
労働なんかには、とっても
いいのです。
このところの日本では、音楽も
お金儲けのための道具になってしまっていて
いい音楽は、あまりラジオからも
テレビからも流れなくなっていたので
そのせいで、暗い思考に落ち込んでしまう
人々も増えたりした。
ななは、そんなに暗いほうではなかっったけど
シスターたちよりは、音楽に慣れている
とも言えなかったり。
音楽って慣れのパターンだから
西洋文化が来る前の日本だと、5音階が
普通だったりとか
アメリカンにカッポレを聞かせると
陰気な葬儀音楽に聞こえたり(笑)
もちろんそれは、マイナーメロディーに
聞こえる5音階のせいだけど
そのくらい地域差がある。
アフリカの奥地みたいなところだと
現地独特の音楽があるから
モーツァルトを音楽と感じなかったりするし
今でも、学校で習わないクラシック音楽、
例えば[剣の舞]なんて曲とかを
子供に聞かせると、音楽には聞こえないと(笑)
言う話だけれども
シスター・クラーレは
R&Bに慣れているから、歌うのも上手だ。
修道院に来る前は、音楽の仕事をしていたみたいな
そんな雰囲気もある。
豊かで張りのある、いい声だ。
クラーレの歌声に、めぐは
ニューヨークのR&Bピアニスト、リチャード・ティーの事を
思い出したりした。
どことなく淋しいようで、でも
明るい元気な音。
それは、彼ら独特のもので
クラーレの歌声に、それがあった。
「いつか、そんな音楽を奏でてみたい」
そう思っても、それがどうしてできるのか
さっぱりわからなかった(笑)。
普通にピアノを弾いても、リチャードは
そういう響きが出せて
クラーレもそうだった。
もしかすると、生まれつき
音の感覚が違うのかも、なんて
めぐは思ったりする。
「そういえば、向こうの世界でMegさんは
ポール・モーリアさんに会って来たって」
さらりとして美しいサウンドは、R&bと
全然違うけれど
そういえば、フランスふうだと
思えない事もなかった。
生まれついた土地や、風土で
好みが違うのは面白いと
めぐは、ちょっとそんなふうに思う。
クラーレの歌声が見事だったので
お皿洗いを、しばし忘れて(笑)。
ほんの一瞬でも、そういう時があると
楽しい。
でも、手元が緩んで
ななは、お皿を流しに当てて
割ってしまった。
「あーあ。」と、ななは
物の溢れた日本のつもりで
割れた事が大変だとも感じなかったけど
歌ってたクラーレは、歌をやめて
「あららら。お皿がかわいそう。
銀で継げるかしら」と、
捨てようとしていたななに言った。
「買えばいいのに」と、便利な日本の
感覚でいる、なな。
「買ってもいいけど、使えれば直すのもいいね」と、スレッジ。
「銀で継ぐ方がお金かかるよ」と、ななは
日本の感覚で。
100円ショップで、いくらでも買える。
そんな風にも思ったりする。
使えなくなったら捨てる。
そんな考えも、渡来の考えだ。
ななたちが
していたような派遣も
そういう、渡来の考えで
使えなくなったら捨てる、そういう
身勝手な資本家の考え方で
思いやりがなくて、だから
ななも、それで仕事を辞めたのだけれども
知らないうちに、なな自身が
そういう考え方に慣れてしまっていた事に
驚き、少し怖くなった。
「それで、神様はこっちの国に呼んだのかな」と、ななは少し、あの変な神様を
見直した(笑)。
日本に居たら、と
ななは思った。
お皿が割れたら
買い替えに金がかかるとか(笑)いう損得基準だったり
持ち主に叱られるとか
上司に怒られるとか言う
やっぱり責任回避の損得(笑)
発覚しなければいいと言う狡い感覚だったり(笑)
基準がいい加減だから、なんとなく
すっきりしなかった。
でも、本当は日本だって
大切にしているものはあって
お皿が割れたら、そのお皿と
一緒に過ごした思い出とか、そういうものが
あるから
お皿を大切にして。
割れたら、直して使うと
割れた事も思い出になる。
優しい気持ちのひとたちが、日本の人達だった。
お皿だって、昔の人達が
土をこねて焼いたのが始まりで
長い時間の間に、いろんな人達の
知恵が入ったもの。
それを大切にする風習が
昭和のあたりまでの日本には在った。
道具でも、機械でも。
手入れをして直すし、愛着を感じて
大切にするのは、物が無かった時代だから
と言う訳でもない。
日本は元々、そこかしこに神様が宿ると言う
そういう感覚の人達が多かったから
樹木や石にも、魂を感じた。
そういう感覚で、もの、そのものに
心の存在をイメージした。
なので、機械や道具も大切にしたから
お皿だって、割れたらかわいそうだろう、と
思って、治して使う事を考える。
ななにも、ちょっとは想い出があったりする。
道具を大切にする人達の事、を。
ここ最近の事だ。
物の値段が安くなって、なんでも
買い替えればいい、と言う風潮。
ななの心の奥でも、なんとなく違和感が
あったりする。
それは、たぶん国境を越えた
生き物の感覚。
自分自身が、限られた命だからこその
ものを大切にして、想い出を大切にする感覚。
それもみんな、貨幣流通経済と言う
古くからの仕組みで成り立っていたから
今、加藤が極東で起こした
エネルギー交換経済で
無効になるはず。
元々、貨幣は基準が定まっていて
金と言う貴金属の引き換え証明だったから
その頃は、経済も安定していて
人々は、経済に不安を感じる事もなかったし
為替相場で儲けるギャンブルも出来なかった。
日本の首相経験者の
孫が
アメリカのそうした、ギャンブラー企業に
勤めていたりするのは
有名な話だが
つまり、そういう者を保護するように
日本の政治は配慮するから
日本の国民の多くは損をする、と言う訳である。
なので、加藤はそれを破壊したのだが(笑)。
割れたお皿は戻らないけど
お皿がかわいそう、とクラーレの言葉は
ななの気持ちにも響く。
ほんとうに優しい気持ちで、クラーレが
そう言ったからなのかな、と
普段、日本にいると
そんな、優しい気持ちになる事なんて
あんまりないのに、と
肩の力が、少し抜けたような
気がする、なな、だった。
そう思って、割れたお皿を見ると
あちこち、傷がついてはいるけれども
丁寧に扱われて、長い年月を過ごした
思い出が、お皿にあるような
そんな気持ちになった。
古い皿なんて、捨てて
新しくした方がいいって思ったりしてたけど
そういう生活とは違う。
そんなものが、ここにはあるような
ななは、そんな気になった。
そう思うと、なんだか
帰りたくなくなって来るようだった。
「すっと、こっちに居ようかな」なんて
ななは、心の中でつぶやいた。
日本に居ても、何もいいことないし。
いつのまにか、時間が過ぎて
「さあ、ステージ!」とばかりに
シスタークラーレや、シスタースレッジは
歌いたくてたまらない。
普通の教会でも、賛美歌は歌ったりするけど
ここは、クラーレたちのおかげで
リズム&ブルースを歌えたり、聞けたりする。
オルガンと、ギターやベース。
ブラス。ドラム。
どこからともなく集まってきて。
適当に音を出していると、音楽になってしまうのは
R&Bならでは。
シスタースレッジは、すこーし軽めに
ポップス。
ボーカルを取るのは[初恋大作戦]。
それから、冗談で[スレッジハンマー]。
楽しそう。
ななも、恋の事など忘れて。
めぐは、学園祭で音楽をプレイしたいと
思ってたけど
聞くのもいいな、と(笑)。
生演奏の楽しさに気づいた。
クラーレの歌声は、低く、太く艶やかで
自身の歌声とは、何かが違うように
めぐは思ったりする。
どこが違うのか全然わからないのだけど(笑)。
ゴスペルっぽい歌の輪に紛れて
ちょっと目立つ山高帽、えんび服の
神様は、まだ扮装のまま(笑)
ななは、すぐに気づき
神様の側へ。
「どうして、ここへ?」と、ななは
音楽のおかげでリラックスした笑顔で、神様に
尋ねる。
神様は「ちょっと気になっての。修道院は楽しいかい」
ななは「はい。ここに誘ってくださった
理由がなんとなく、わかるような」
神様は、にこにこしながら
「それはよかった。ずっとこっちに居るかの?」と、ちょっと様子を伺うように神様は言う(笑)。
ななは、なんとなく気づく。
「何かあったのですか?加藤さんの事?」
神様は、ちょっと視線を空へ逃がし
「ああ、彼はな、10年前に心を奪われていて。ななちゃんと同じ歳でな。
その人が、どこか忘れられなかったらしいの。
それで、10年前に時間旅行して
過去を変えてしまったので、今は並列時空間の住人になっておる」と、神様は
ありのままに言った。
ななは、訳わからない(笑)。
過去を変えてしまうと、今のこの世界の
彼は、違う人になってしまう。
なので、10年前に枝分かれした
世界に、彼は行ってしまった。
「そっちの別世界で、幸せにしておる事じゃろう。
つまり、ななの好きだった加藤は
10年前に時間旅行して
別の並列時空間を作り、旅立ってしまった。
いま、こちらの世界にいる加藤は
そっくりだけれども、別の人。
同じように、ななの事を覚えているだろうけれど
別の人だ。
その事を、神様に出逢わなかったら
ななも気づく事はないだろう。
ほとんどの人は、どこか違和感を覚えてつつ
入れ代わった別人と(は、本人も知らないのだが)
付き合っている。
多重人格とか、統合性とか
解離とか、神隠しとか(笑)
いろいろ言われる、本当のところは
そういう事である。
ななは怒る。
「神様の言うとおりにしたのに、そんなのってないよ。責任者出てこーい(笑)!
」
半分冗談だったけど、泣き笑い。
神様も困った。
「困った、困った。」といいながら
「ひとの気持ちだから、仕方ないじゃろう。
ななちゃんが好きになった時の加藤くんの心には、既に愛する人がいたんじゃな。それで
優しい気持ちでいられた」と、客観的に
神様は言う。
「ななだって、好きだったのに」と、ななは
怒ると
修道服のフードがふわり、と浮いて。
神様は、思い出した。
ななに飛行魔法を授けていた。
「おーい、どこいくんじゃぁ」と、神様は言う。
「わかんないよ」と、ななも驚いて
顔を覆う。
礼拝堂の人々は、飛んでゆくななを見て
驚き笑う。
「空飛ぶシスター」
「解脱かな」
「それは古い」