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勇者アレン。二つ名は“黒髪の勇者”
この世界で黒髪は、真実かどうかは不明だが、万色を内包する稀有な魔力の持ち主であるとされている。
魔王との戦いで両親を亡くした戦災孤児で、修道院に保護されるまでは、森で生活していた野生児でもある。
良い意味でも、悪い意味でも、お子様であり。愚直で、おバカな性格をしている。
戦闘スタイルは万能型。
前衛後衛、野戦に海戦なんでもござれで、魔法も剣も両立させている。どこぞの貧弱病弱で器用貧乏な、自称勇者とは違う、真の意味での万能型である。
艶やかな黒髪を逆立て、母の形見である額冠と、父の形見である騎士外套を纏った、精悍な少年。それが勇者である。
オレが魔王と成った時に生まれた、黒髪の勇者と聞いて、オレと同じような境遇の同郷人かと期待したが……違ったようだ。
最後のクエストのクリア条件を知ってから、水晶球で6年ほど観察してみたが、それらしい言動や行動は一切無かった。
もしも、勇者が同郷人だったなら、そのメインクエストもまた[魔王を倒して、世界を平和にせよ]などである可能性が高く。利害は完全に一致する。
それならば、裏で手と手を取り合い、予定調和としてクエストを進める事が出来たはずだ。
―――まあ、仮にそうだったとしても、ハードモードであることは変らないように思えるのは気のせいではあるまい。
なぜなら、メインクエスト[西方無敵要塞“アヴァロン”を落とせ!]の攻略過程で、勇者から両親を奪ったのはオレだからだ。
両親だけでなく、知らぬ間に、うっかり勇者の命も奪っていたら、そこで完全に終わってた事を考えると、今でも冷や汗が出る。
ま、まぁ、あれだ! 仮定の話は、棚にでもそっと上げて、勇者の頼もしい仲間にも目を向けてみよう。
僧侶マリアンヌ。二つ名は“拳撃の尼僧”
金髪碧眼縦ロールの美少女。青と白の巡礼用礼服。オレの目からみれば、ぶっちゃけ、なんちゃってシスター服を着た、大きなお友達ならば~タンと呼びたくなるようなエロい娘だ。
伯爵令嬢で、意に沿わない婚姻を破棄するために出家。修道院で修道女として修行中……天啓を受ける。
天啓に従い、勇者の仲間に立候補。並み居る猛者を蹴散らして、勇者の仲間第一号となった。
戦闘スタイルは、神霊魔法と格闘技の融合。
得意技であり、必殺技でもある“聖拳”は、武僧の奥義と称される技であり―――
―――聖属性の魔力と気を合わせた、聖気光を使った寸勁の事を指す。
ソレは、肉体と精神を纏めて粉砕する。悪霊も殴れるが……悪人も殴れる! ……と言った、究極の鉄拳制裁である。
ちなみに天啓……と、本人は言い張っているが、実際は、幼なじみである勇者への恋心を自覚しただけなのは、彼女とオレだけの秘密だ。
付け加えるなら、勇者の従者の座を勝ち取らんと、聖拳を持って恋敵を蹴散らす、女子力溢れる健気? ……な姿を見て、勇者がドン引きしていたのは、オレと勇者だけの秘密にしておくべきだろう。
さ、さて、それでは二人目の仲間についても考えてみよう。
情報は力だ。敵を知り己を知ることは、常勝のための第一歩だ。
術師ブライトン。二つ名は“七色の魔道士”
赤毛の優男。動きやすさより、見た目を重視した学院主席の印章入りのローブを身にまとっている。
貴族であり、それなりに美形なのだが、どこか頼りない雰囲気を持った青年である。
そんな彼は、辺境伯の次男坊であり、跡取りでもある兄の“カマーセ”が、マリアンヌの元婚約者であるため、弟である彼もまた、マリアンヌに対して複雑な感情を抱いている―――
―――と言うか、ぶっちゃけ惚れている。
だが、立場的にも、状況的にも、性格的にも、それを口に出すことが出来無い不憫な男……それがブライトンである。イケメンだが、爆破するのは、勘弁してやろう。
魔術学園の筆頭魔術師であったため、勇者の従者として推薦され、仲間となる。
一見すると、自信過剰で、無意味に高いプライドを振りかざす馬鹿貴族の典型だが、本質的には善人だ。
そのためか、勇者とは仲が良く、短期間で、親友と呼べる間柄となった。
戦闘スタイルは、広域魔術による殲滅。それ一辺倒。
相手に合わせて、七属性を切り替える手腕。淀みなく唱えられる呪文。正確な指印。天才と呼ばれるだけあって、そこに隙はない。
―――問題は、広域魔術に、こだわりすぎる困った性格くらいなものだ。
派手好き&惚れた女の前でカッコつけたい男心&勇者へのライバル心などが相俟った結果であるため、同情の余地は有るのだが……空回りしてるというかなんというか……。
ま、まあ、彼についてはココまでとして、最後の一人に目を向けるとしよう。
戦士エミリア。二つ名は無い。
軽装ながら、武装をきちんと揃えた、銀髪サイドポニーの少女。
身につけているコートの裏側には、無数のナイフが仕込まれている。
表情に乏しく、感情が読み難い割りには、情緒豊かで、態度や言動で何を考えてるかわかりやすい。
複雑なのか単純なのか、よくわからない人物である。
そこが良い! ……と、魔王の中の人が言っていた気がするが……忘れろ。
盗賊として生まれ落ち。生活苦から、暗殺者や娼婦へと身を転じようとしていたところを、勇者一行に救われた経緯を持つ異色の存在。
勇者一行で唯一、まともな思考回路と戦術眼を持つが、発言権が微妙に低いため、それが活かされることは無い。
身軽さを活かした軽戦士であるが、その実は盗賊である。
両手効きのナイフ使いでもあるが、槍や弓など、ひと通りの武器を扱えるオールラウンダーでもある。
元とはいえ盗賊なため、解錠技術は高く、危険感知力も高い。
ただ、野外生活には慣れてないため、野伏としては期待できない。むしろ、野外生活経験者のアレンの方が向いている。
戦闘スタイルは臨機応変。
一応メインとして、ショートソードによる二刀流+ナイフ投げが挙げられるが、それに固執することはない。
ブライトンに好意を持ち、恩返し以上に、勇者パーティに加わった大きな理由になっている。
貧民であろうと身を挺して庇う、貴族らしからぬ好漢……ソレが彼女のブライトンに対する評価であるが―――
うっかりと人攫いに会い、奴隷として娼館堕ちしようとしていたマリアンヌを助けたつもりで、身売りしようとしてたエミリアを救ったが、人違いとは言えずにごまかすブライトン。
その頃マリアンヌは、普通に自力で脱出。アレンと合流して、悪漢共に逆襲開始。
紆余曲折ありながら悪党は壊滅。四人は合流して今に至る。
―――それが、ただの偶然がもたらした英雄行為であった事を、オレだけが知っている。
勇者一行は、だいたいこんな感じである。
恋愛模様と言うものは、傍から見ていてほっこりするやら、爆破したくなるやら、なかなか複雑な気持ちではあるが、見ていて面白いと言うのは、オレだけではなく、万人に共通するのではなかろうか?
そんな理由で、生暖かい目で、四人をまったりと見守っていたかったのだが……現状はそれを許してはくれない。
―――うん。現実逃避は、ここまでにしておこう。
「絶技!! 昇竜降龍双破断絶剣ッー!!」
「これがワタクシの全力全開! ですわー!! 聖拳乱舞ッ!!」
「天に三門…地に三門…地平の果ての海原に一門……時は来たレリ!
七・門・開・闢ッ! 魔砲掃射ッ!
――― 一斉射撃ッ!」
「……無駄な努力。でも、やるだけヤッてみる……“影からの一撃!”」
「ん……? 何かしたのか?」
「「「「む、無傷……!?」」」」
ある程度、予想はしていたが……これはひどい……。
こうなるのは目に見えていたので、コチラからの延命方法を示唆したのだが―――
魔王「我が配下になれば、世界の半分をくれてやろう!」
勇者「だが、断る!
この勇者アレンが最も好きな事は―――
―――自分より強いやつに「NON!」と断ってやる事だ(ドヤァ」
~イメージ映像~
―――と、あっさり無視された。
まあ、承諾されたらされたで、困るのはオレなので、断られてよかったのだが……どうしたものやら?
そんなこんなで、十二魔将がニヤニヤと見守る中。現在オレは、勇者一行と戦っている。
戦っていると言うか、一方的に攻撃を食らっているだけなのだが……[闇の帳]が健在で、超回復も有効なままであるため、実質、無傷である。
こういった戦闘の場は、クエスト以外で唯一。玉座から離れて動くことが出来る、数少ないチャンスなのだが……玉座から立ち上がる必要すらないのは、いかがなものか?
勇者一行は、すでに涙目である。
泣きたいのはオレも同じなのだが、このままでは拙い。
適当なところで、あっさり殺ったあと。隙を見て、遠隔術式で退避させようと考えていたのだが……今それをやると、勇者の心が折れる気がする。
勇者目線で考えてみよう。
数多の全滅を乗り越えて、ようやく辿り着いた先で、中ボスの変なアンデットに完敗したかと思えば、上空で高笑いする、エレガントな奇人に町を襲われ。
それを退治しようとしたが、軽く返り討ちにされた上に操られ、守るべき人々に剣を向けるハメになったかと思うと、魔王城に連れて来られた。
何が何だか分からないまま……手も足も出なかった吸血皇と同格の魔将たちに囲まれて、魔王を名乗るオレに挑発される。
挑発にキレて、後先考えず全力で攻撃するも……手応えはあれど、相手は無傷で、玉座から立ち上がらせることすら出来無い。
そんな屈辱と困惑の中、周りを見れば……とり囲む魔将たちは何もせず、ただニヤニヤ笑っているだけ……。
………………
…………
……
これは折れる!
バッキバキに折れる!!
三本の矢だろうと、世紀末な拳王だろうと、ダイヤモンドだろうと砕けて、ポキンと折れるわーないわー。
拙い!! 非常に拙い!!?
これならいっその事、下手な挑発なんぞせんで、支配を解くと同時に、プチッと殺して、死に戻りさせた方が、心の傷は浅かったか?
えええ…と、ど、どうすれば良い? そうだ!
「愚かな……我が纏し宵闇の結界……[闇の帳]を破らねば、貴様らに勝ち目なぞ無いことに、まだ気が付かぬか……」
「闇の帳……だと?」
「どうやら慈悲は要らぬようだが、この程度では、とどめを刺す気にもなれん……。
もうよい、飽きた。我が前から消えよ!」
唖然としている勇者一向に、掌を向けて、魔力を集中させる。魔力は渦を巻き、暴風を呼び起こす。
強風に纏めて煽られた十二魔将たちが動揺してる隙に、勇者一行にこっそりと強化魔法と保護魔法を付与する。
掌で暴れる魔力の風に指向性を与え勇者へと放つ。
すると、魔法に弾かれた勇者一行は悲鳴をあげる間も無く、謁見の間の扉を破り、ロビーを突き抜け。城門を砕いて、魔王城の外へと、吹き飛んで行ったのだった。
「吸血皇よ。余興としては、まあまあであった。褒めて使わす……下がって良いぞ」
「ハッ! 光栄に御座います」
適当にねぎらいの言葉をかけ、オレ的には戦犯である吸血皇に、退室を促す。
「ほっほっほっ、勇者のぉ……神々同様、恐れるに足りぬ……か……つまらぬのぉ」
「何処まで飛んだのかな? 生きてるかな? かな? ねー? ねー?」
「知らんよ。だが、生きてるとは思えん……残念だ」
「……傍若静寂懦弱耗弱老弱軟弱ッ! 弱弱弱弱弱弱弱弱ッ!」
「さ、さすがは魔王さま! 魔力風だけで、あんなに派手に吹っ飛ばすなんて……ボクには真似できないや……木っ端微塵にしちゃうし(ボソッ」
「……任務に戻るで候」
「ふむ、勇者とはどんな味がするのか? ひと齧りでも良いから、味わいたかったのだが……」
「おうどんたべたい」
「連携がなっておらん! 我らが群体と比べるべくもないが、それにしても無様である!」
「「きゃっきゃ……うふふ……たの……しい?」」
「皆、小童に期待し過ぎ成」
「吾輩の支配を、ああもあっさりと解いてしまわれるとは……いやはや流石は魔王さまであるな……(ギリッ」
「言うvchj;psvklp@09う80yんbgfy8い7うtyんgdh……えが?」
一頭身の何かがまた紛れてた気もするが、とりあえず、全魔将がいなくなったのを見届けると、オレは深々とため息を吐き出した。
精神的にドッと疲れたオレを見かねて、メリーが、正体不明の白ワインっぽい何かを持ってきてくれる。
毒も病気も効かないので、材料がなんだろうと関係ない。
味が良くて、喉を潤すことができれば、それで良い。かわいいは正義。
そんな益体もないこと思いながら、下働きの小悪魔共がワーワーと、壊れた扉を修理する様子をぼーっとみて、これからの事を考える。
さりげなく? それでいて印象に残るように[闇の帳]の存在を明かした。
これで[闇の帳]をなんとかすれば、勝てるかも? と希望を持たせることは出来た……はず?
いずれ、闇の帳を無効化するアイテムが失われていることに気づくだろうが、その頃には、十分立ち直ってるはずなので問題はない……と、思いたい。
魔力の風で数十キロ単位で吹き飛ばしたとはいえ、強化魔法や保護魔法をかけておいたので、急激なGや衝撃程度で死ぬことはあるまい。
ついでに効果時間を大幅に伸ばしておいたので、当面の間は、戦力が底上げされるだろう。
クエスト対象外の未攻略域に向けて、適当に飛ばしたので、何処まで飛んだか分からんが、魔王城からほど良く離れた場所に飛んだはずだ。
それなら何処に着地しようと、野良はいても、魔王軍の息のかかったモノは居ないだろう。
着地後、勇者一行が周囲を散策すれば、オレの魔の手から逃れた、生き残り達とも合流できる目算が高い。
ピンチの後にチャンス有りとは、よく言ったものだ。
生き残ってる者の中には、主要人物的な預言者とか、ドラゴニュートとか、ハイエルフやドヴェルグなど、稀有な人材も多い。
むしろ、そういった存在だからこそ、生き延びることが出来たとも言える。
そんな有力者たちと、勇者一行との出会いが、結果的に大幅に早まった事になるわけだ……実に好ましい!!
うんうんと頷きながら、上機嫌でワインっぽい何かを煽るようにして飲み干すと、水晶球に目を向ける。
何処に着弾……着地したのか知らないが、何処だろうと問題はない。
海の上とかだと微妙に厄介だが、ここは内陸。海まではかなり遠いので、その心配はない。
湖程度なら、溺れる前に岸に上がれるだろう。
それになにより、魔将の目が無い今なら、気兼ねなく遠隔術式を起動させられる。憂いは無い。
まぁ、いずれにせよ。
希望が潰えること無く、窮地を凌げたことを喜ぶとしよう……。
手応えから推察するに、そろそろ地面に落ちた頃だ……さて、勇者たちはどこに着地したかな?
万が一死んでいたら、野犬とかに美味しく戴かれる前に、遠隔術式を使う必要があるので、起動準備だけはしておこう。
その場合、合流イベントのショートカットがなくなるが、それはまさに運が悪かったと諦めるしかあるまい。
色々な期待を込め、勇者の現在地を探り、ワクワクドキドキしながら水晶球を見つめる。
そんな、オレの眼に飛び込んできた光景は――――
―――紅蓮の赤。
辺り一面、煮え立つ溶岩でうめつくされた……火山の火口であった。
……え゛?
勇者はお子様なので、恋愛要素は“まだ”ありません。
ただ、なんとなく、エミリアが気になっている程度で、今後どうなるかは未定です。
それと、勇者一行、終了のお知らせですが……こちらは確定です。
寸前で助けてくれる、ナイスガイなワニさんは都市伝説です。
現実は無情なので、普通に溶岩の藻屑となりました……。
第一部! 完ッ!
………とはなりませんので、ご安心下さい。