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実のところ。飛来する銛を防ぐだけなら難しくはない。
玉座から動けないので、回避は不可能だが……受け流すことは可能だ。
何も馬鹿正直に正面から受け止める必要など無い。
しかも相手は所詮……と言うには、凶悪すぎるが、物理攻撃でしかない。
力の方向を少し逸らしてやれば……直撃しなければ、オレ一人生き残るのは容易だ。
逸れた銛で魔王城が壊れようと、魔王が健在ならクエスト失敗にはならないはずだ……。
しかし、それをやればオレは助かるが……残った城に居る部下はどうなる?
いやいや、部下なぞ……いずれ見捨てて。後には勇者に、魔王諸共、倒されてもらう存在だ……ここで失うのは尚早ではあっても、致命的な問題にはならない。
―――だが! それでもココで散らせるのは、オレの矜持が許さない!
突き飛ばされて尚、オレの盾となろうと近づいて来るメリーを目で制し……不敵に笑う。
ハッ! 安心するが良い……たかが物理攻撃!!
理不尽な質量が脅威ではあれど……オレもまた、理不尽の塊である魔王だッ!!
「やったらぁぁぁあッー!!
詠唱破棄―――
多重詠唱
―――旋風刃
―――水華樹槍
―――炎舞
―――岩山割破
四重合成魔法
―――風林火山・(ススキターティオー)陰雷ッ!」
二番煎じ三番煎じ上等!
「詠唱破棄―――
多重詠唱
保護付与!
障壁精製!
斥力障壁!
対物動壁!
多目的盾!
聖域構築!
結界展開!
属性結界!」
――――ついでに、黄金の魔力と覚えたての神気を両手に集め!
「戦技! 十字受けッ!!」
ろくすっぽ使えない戦技だが……黄金の魔力とそれに伴う神気を腕に集め。無理やり起動させればなんとか……。
パリパリパリンッ! ……っと、軽い音を立てて対空防壁が割れ落ちる。
続いてズゴンッ! ……っと、轟音を立て城壁が貫かれ……ガッガッガッ! ……っと、隔壁をぶち抜き。
最後にドガンッ! ……と、魔王の間の天上が粉砕され、魔王を目掛けて狙い澄ましたように降ってきた銛を……オレは玉座に座ったまま迎え撃つ!
「くぉおおおおぉ!!? これは……キ、キツイ……!!」
多重展開で張り巡らせた魔法障壁に、銛と言うか……ゴンブトの電信柱のような切っ先が接触。
ガガガガガガガガガガガガガパキッ! ガガガガガガガガガガガガガガガガパキッ! ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!
耳を爆砕するかの如き轟音が鳴り響き。張った障壁がゴリゴリ削り取られていき……周囲の景色が歪み始める。
結界とせめぎ合い、強引に止められた運動エネルギーが、熱に変換され周囲にばら撒かれ始めたようだ。
ただの魔法では有り得ない。物理攻撃だからこそ生じた余波だろう。
拙いな……これじゃ放射熱だけで洒落にならない被害が出かねない……。
オレは問題ない。
目の前の銛本体から受ける被害に比べれば、余波など最早どうでも良い。
メリーアンが側にいるが……竜骨製の身体が、この程度の熱でどうにかなるとは思えない。
問題は……その服だ!
着込んでいるメイド服は、戦闘を前提とした頑丈なシロモノだが……布は布だ。
この凄まじい放射熱に耐えることは出来ず。発火して燃え尽きるのも時間の問題だろう……。
過去の悲劇を踏まえて強化された王衣を纏ったオレとは違う。
このままなら、ラッキーすけべ的な状況になることが予想できる……が、ちょっと待って欲しい。
メリーアンは骨だ。骨っ娘だ。
骨格標本相手に興奮しろと言う方に無理がある。
いやまて、相手は、メリーだぞ?
たとえ姿がアレでも……性根は美しく。仕草は嫋やかで、立ち振舞は洗練された女性そのものであるメリーアンならば……!?
……っと、イカン!? 極限状態故に思考が暴走してた!!
様々な意味で、このままでは危ない……ならばッ!
「ふ……ん、ぬらばッ!!!
―――どおおっっせいいッ!!!」
奇……気勢を揚げながら銛を押し返し……オレは[漆黒の波動]を発動させる。
この能力の本質は [中和] ……つまり、高温や低温など常温から外れた状態も対象に含まれる。
銛に掛けられた付与魔法も、上手く行けば解呪されるはずだ……さあ、どうだ?
周囲に波動が放たれると、歪んだ空気が払拭され熱の放出も減少したようだ。
残念ながら銛に変化は無く。解呪が効かなかったのか? そもそも付与魔法など掛かってなかったのか? いずれか不明だが……まあ良い。熱を中和出来ただけで十分だ。
それに解呪は出来なくとも……銛に勢いない。既に止まっている。
―――受けきることに成功したからだ。
展開した8種類の障壁を全部破られた上に、神気を纏わせて強化したにも関わらず。オレの両腕は粉砕されたが……受けきったことに変わりはなく。そのキズも、超再生で回復済みなので問題はない。
しかし……障壁を抜けられた時点で無傷で切り抜けることは諦めていたが……両腕粉砕とはな……闇の帳が無ければ即死してたかもしれん……。
いやそれ以前に、射出されるところを見て無ければ、呑気にワインを飲んでるところを強襲され、即死どころか、木っ端微塵に粉砕されてた可能性が高い。
なにせ万全の準備を持って迎え撃ってコレだからな……様々な意味で危なかった。
激突の衝撃を全て受けきり。生じた運動エネルギーを相殺しきったのならば、残った銛は重力に惹かれ落ちるが定め。
だが、それをそのまま許せば、落下する銛に押し割かれ魔王城は半壊するだろう。
だったらヤルことは決っている。
神気と魔王の膂力を持って、投げ返すだけだッ!
「ふんすっ……そぉいッ!」
貫かれて出来た穴が、コレ以上広がらないように、進入角と等角に少し加減して投げ返す。
投げ返した銛は、魔王城から数キロ離れた地点に轟音を立てて落ちたようだ……。
加減したのは、全力で放った場合。万が一の確率でも、巨人の堕慧児の元まで届いてしまったら……もう一回。より強く投げてくる可能性がある。
それはさすがに勘弁願いたいので、手加減したわけだ。
「ベルグラッ……っとじゃなくて、メリー」
「はい、魔王様……何用でございましょうか?」
「吸血皇と貴鬚后を呼べ。
外に転がる。我が城を傷つけた銛を回収と分析を命じたい」
「はい、すぐに手配致します。
―――ところで魔王様、襲撃は終わったのですか?」
不安……というよりも、懸念するような目を向けるメリーアンにオレは、安心させるように声を返す。
あんな巨大な銛を何本も持ってるとは思えない。
ちょっとした嫌がらせ……にしては質が悪いが、軽い悪戯のつもりだったなら、二度目が有るとは考えにくい。
「ああ、追撃は来ない。
城壁の修理と……対空防壁結界の見直しを命ずる。
―――担当者に疾く伝えよ」
「はい、了解致しました魔王様……」
何とか凌げたか……。
しかし、思えば玉座から立てない事が、良い方に作用してくれたのは初めてかもしれない。
玉座に固定されてなかったら、作用反作用の法則によって、銛を受け止めたまま押し流され地面に埋葬されてたかもな……結果論だが、システムさんが仕事してたら、逆にやばかった。
システムさんが働いて、固定化が溶けてたら、オレ自身は潰されず堪えただろうが……魔王城は大変なことになっていただろう……。
巨人の堕慧児からすれば、当たればラッキー程度の軽い気持ちで仕掛けたつもりなんだろうが……こっちからすれば洒落にならんわ!
だがまあ、ある意味運が良かったと言えるだろう。
遠見の水晶球を通して投げられるところを見ていなかったら対処できず……訳の分からないまま、爆散してた可能性が高い。
やはりあの時、見殺しにするべきだったか?
………まあ良い。既に過ぎたことだ。
こんな巨大な銛を、何本も持ってるとは思えない。二度目はあるまい。
念のため水晶球で向こうの様子を伺うと……そこには再び銛を投げようと構えた巨人の堕慧児の姿が!? ……有るわけもない。
映る光景は、巨人の堕慧児と勇者一行。そして、避難民たち。
何事もなかったかのように、和気あいあいと交流を楽しんでいるようだ。
牧歌的で幻想的で平和的な光景に……イラッと来たので、遠隔術式で超級殲滅魔法を叩き込んでやろうか? ……と、思ったオレは悪くないと思う。
だがまあ、怒りも不満も、纏めてワインとともに飲み干せば良い。
コレまで、ソウしてきたように……。
伝令から戻ってきたメリーの手には、トレーとワインがあった。
ソレを見てオレは、満足気に優しく微笑んだのだった。
……だが、魔王様の笑みは、第三者から見れば悪辣に嗤う、歪んだ笑顔にしか見えず。たまたま通りかかった小悪魔が戦慄してたとか無いとか……w
神々の鳥船の主砲と、巨大な銛を比べるなら……単純な殲滅力は、主砲の方が圧倒的に上です。
ただし、単純な貫通力で言えば、銛の方が上です。
今回やばかったのは、作中で述べた通り。結界の術式が面攻撃の主砲を前提に対策してて、対貫通の処理が甘かったからです。




