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「おうどんたべたい」
これは時々視界の端に引っかかる……かねてから疑問視していた一頭身の謎生物の鳴き声だ。
ぽよんぽよんと跳ねながら世界の各地を彷徨うだけで、実害0の謎生物なので放置していたが……色々と検証してみた結果。驚くべきことが判明した。
実はその正体は……羨望の邪神“インヴィディア”の眷属らしいのだ!!
基本的に無害であり。なおかつ食用としても微妙なため、魔族のみならずあらゆる生物から無視されていたので、俺もまた同様に気にしていなかった。
しかし、羨望の邪神“インヴィディア”の加護“おうどんたべたい”と、こいつらの鳴き声が同じである事に疑問を持って調べたら……やっぱり無害だった。
―――いやいや、ちょっと待って欲しい。
疑わしく思うのはオレも同じであり。それ故に詳しく調べた。
邪神の眷属と判明した時点で、監視者的な存在か?! ……と、まっさきに疑ったが、そんな機能はついていなかった。
魔眼&遠見の水晶球。さらに解析魔法を駆使して調べてたみたが……何度検証しても白も白、真っ白だった……。
どう調べても、加護“おうどんたべたい”以外には特筆すべき点は見当たらない。
ならば、その加護は?
コレがまた微妙と言うか……。
特定の食品を食べることで、生命活動や成長に必要なエネルギーを全て摂取できる。
しかも、その特定の食品に関しては、飽きることもなければ、状態が悪かろうと……それこそ腐っていようとも問題なく摂取できるといったもので……。
味気ないが、サバイバル的視点から見れば有益に思えなくもない………が!
致命的というか、根源的な問題がある……なんと! この世界に“うどん”は存在しないッ!!
そうなのだ……肝心要の“特定の食品”に該当する“うどん”が存在していないのだよっ!!
まあ小麦や小麦粉は存在するので、レシピを知っていれば造ることは可能だと思われるのだが……それでも問題は残る。
―――制約だ。
効果が微妙な割に、しっかりと制約が存在するあたりが……流石は邪神だと云わざるをえない。
ちなみに制約は、うどんを完全栄養食に出来る代わりに、ソレ以外は受け付けなくなる……と、言ったものだ。
具体的に言うと、うどん以外を食べると腹を壊す。
しかも加護……つまり神力による弊害なんで、容赦なく完膚なきまでに壊す。
――――お分かり頂けただろうか?
つまり、巨人の堕慧児の死因である食中毒とは……コレのせいだったんだよっ!
更に言うならば、悪食大公の死因も同じである。
悪食大公の能力は大食らいだけではなく。どこぞのピンクの悪魔のように、丸呑みした相手の能力を我が物にする力がある。
もちろん色々と制限はあるが……かなり凶悪で強力な能力であることは間違いない。
だが、この場合、その力が裏目に出たようだ……。
どうやら何かの拍子に、おうどんたべたいと鳴く謎生物を食べて……加護を継承してしまったらしい。
つまり、悪食大公は裏切り者ではなく……半ば事故のような形で羨望の邪神“インヴィディア”の御子となったのだ……。
そして、その直後。
色物勇s……天駆の勇者を食べた結果。見事、“制約”に引っかかり。食中毒を起こした……。
うん。言いたいことは分かる。
オレもひと通りの真相を悟った時、力が抜け目眩がしたものだ……。
ちゃぶ台が目の前に有れば、三段笑いしながら全力でひっくり返したであろうくらい衝撃だった……。
だがしかし、例えどんなに珍妙で数奇な内容だろうと、起きてしまったことは変えられない。
ならばこそ前向きに考えて、事態を収集しなくてはならない。
さしあたって厄介な存在であった巨人の堕慧児が脱落してくれたのは僥倖だ。
遠見の水晶球に映る。
事情を聞いて、複雑な表情している勇者一行と、保護者であり英雄でもある人物を失って泣き崩れる難民たちの姿が痛ましいが……。
先々を考えるならば、今、オレがすべきことは、一つしか無い。それは―――
―――おうどんを造ることだ!
いや、冗談ではないぞ? これは本当に重要な事なのだよ!
加護の効果は、オレのように“解析”出来るものか、授けた神自身くらいしか知らない。
加護を与えられたものが分かるのは、加護の“名称”だけであり。具体的な効果は、試行錯誤して調べるしか無い。
気の利く神ならば、加護を与えると同時に内容も教えてくれることもあるが……殆どの場合、何も教えない。
調べることもまた試練であり、修行である……と、言うことらしいが……どう考えても罠か嫌がらせである。
とくに“おうどんたべたい”の場合。完全完璧な初見殺しだ。
どこぞのうどん県民ですら、3食356日全てがうどんのみなんてことは有り得ない……知らないとどんな奴でも確実に制約に引っかかる。
そして、制約に引っかかると、重度の食中毒にかかり、高確率で死亡する。
つまり、この加護を引き継ぐ=死亡フラグの式が成立してしまい……残る邪神の御子は、放置しておいても自滅するだろう。
ましてや、肝心要のうどんが存在しない以上……食中毒と餓死の二択しか残らない。
ちなみに、おうどんたべたいな謎生物は、謎生物らしく光合成や瘴気の吸収で補ってるっぽいが……余談なので置いておこう。
話を戻すならばだ……そう! そこでオレの出番だっ!
オレはうどんを知っている。
作ったことはないが、大雑把な材料は知っているし、調理法も大まかになら分かる。
そんな曖昧な知識で調理しても、糞不味いうどんしか出来ないだろうが……問題ない。
加護の効果に……“うどん”であるならば、美味しく食べられる能力が含まれている。ならば、ド素人のうどんでもイケるはずだ!
まあ本来なら放置しておいて自滅するのを待つべきだとは思うが……残る二人はどちらも御子であり巫女でもある。
要職持ちなので、回復や治療に長けた者が側に付いている可能性が高く。食中毒程度では、死なないだろう。
それでもろくに食事が取れなければ、いずれ衰弱して死ぬだろうが……それならば、恩を売って味方につけた方が良い。
ただ、巨人の堕慧児と違って、性格、人格など、どういう人物なのかを把握していないので、先にソレを調べるべきだろう。
味方になりそうにない。味方になっても足を引っ張られそうならば、恩を売るより自滅してもらった方が良いからな……。
非情なようだが、恨むならば呪いのような加護を与えた邪神を恨んでもらいたい。
あ!? えと、なんだ……ま、まあ……その邪神を復活させたのはオレだが……過ぎたことだ忘れてくれ。
……ん?
「本気か?」
「ああ、話を聞くとこいつはココで死んで良い人物には思えない」
「それは認めるが……邪神の御子であるのは確実であり。お前たちにの敵となる可能性は大だ。
―――それでも助けたい、と言うのか?」
「ああ、頼む!」
「アレンがそう言うならば、ワタクシに異存は有りませんわ」
「こいつと戦って勝てるとは思えんが……裏を返せば味方に出来れば頼もしい、とも言える……か?」
「でも、現実問題として……出来るの?」
「結論から言えば、手遅れだな。
リザレクションは使えるが……生憎と今の俺では魔力が足りん」
「そ,そうなのか?」
「魔力が回復してないのかしら?」
「本来数人がかりで使う儀式魔法であるリザレクションを、単独で使える方が本来オカシイ」
「……以前マリ―に使ってた時と何が違うの?」
「色々と無茶をしてね……今の俺は、あの時の、十分の一くらいしか魔力が残ってない」
……ほほう。
助けるつもりか……だがムリだろう。
影武者の魔力では、リザレクションを使えば魔力が枯渇する。
動力=生命力=魔力の生体ゴーレムにとって、魔力の枯渇は致命的だ。拒否して当然だろう。
しかし、巨人の堕慧児の復活か……。
オレならば可能だ。遠隔術式の用意はできてるので、対象をちょっと変えれば良いだけなので問題はない。
あとは復活させるだけの価値があるか? ……ってことだ。
それともう一つ。遠隔術式には魔法陣が浮かぶ。
これまでは全滅状況でしか使ってなかったから問題なかったが……宙に浮かぶ魔法陣を見られるのはチト拙い
特にブライトンやアレンに見られたら、神の奇跡ではなく魔術であることが確実にバレる。
まあ、バレたところで、まさか魔王がやってるとは思わないだろうから、さほど問題はないが……色々と不信感を持たれるのは間違いない。
それらのデメリットを押してまでも……復活させるだけの価値があるのか?
「…………そうだな。
運が良ければ……都合が良ければ、助けられるかもな……。
―――離れていろ」
……ん?
影武者がなにか始めたな? ……ふむ。
一見は復活の魔法陣に見えるが……ただの幻影。虚仮威しだな……どういうつもりだ?
…………ああ、そういうことか!
ふむ、これでお膳立ては出来たわけか……あとは伸るか反るかだが……まあ良い。
さすがに命の恩人を、問答無用で屠るような外道ではあるまい。
それに加護はすでに外れてる以上。御子としての資格も失ったはず……ならば、味方につけて問題はあるまい。
パチンと指を鳴らす。
幻影の魔法陣を上書きするように、オレは遠隔術式を起動させる。
[遠隔術式の起動が“魔王”によって提起されました]
[術式の起動が“システム”によって承認されました]
[遠隔術式“神の祝福|(笑)”を起動します]
[還魂魔法“リターンソウル”が発動しました]
[蘇生魔法“リザレクション”が連動しました]
[回復魔法“リフレッシュ”が連鎖しました]
[精神魔法“サニティ”が順動しました]
[転移魔法“リターンベース”が励起しました]
[代償“所持金半分”が履行されました]
[転移魔法“リターンベース”が発動しました]
[術式の正常起動が“システム”により確認されました]
[遠隔術式“神の祝福|(笑)”を終了します]
術式の起動により巨人の堕慧児の姿が消滅する。
それを見た住民や勇者一行が慌てだすが―――
「どうやら成功したらしい。“運”が良かったな……。
主は、寛大なようだ……ほら、あっちを見てみろ。
安全な場所で、無事復活したようだ……」
―――影武者が冷静に収めた。
うむ。良い機転であった。さすがは影武者だ!
魔王が観ている可能性を踏まえた行動。グッジョブ! ……と言っておこう。
転移復活先は、白樹の国“セラント”だと遠いので、難民の集落に有る礼拝堂とする。
サイズの問題で、礼拝堂は大変なことに成ってるかもしれないが……些細な事だ。
念のためチラッと水晶の視点をずらして見てみると、なんかシスターっぽい人がミンチに成ってるのを見つけたので、遠隔術式をもう一度起動させ、こっそり復活させておく。
うむ。やはり、些細な事だ……何の問題もない!
さ、さて、後の処理は影武者とアレンに任せ。巨人の堕慧児と上手く和解してくれる事を祈ろう。
……………
………
……
ふと思う。和解の結果……。
勇者一行に先駆けて、巨人の堕慧児が魔王を退治に来て、城ごと叩き潰される幻視が脳裏を掠めたが……杞憂だと思いたい。
和解したからと言っても、勇者一行に全面協力する確率は低く。さらに、魔王退治に乗り出してくる確率はさらに低いはずだ……はずだろ? な? な?
フラグじゃない事を、改めて祈ろう……と思ったが、考えてみれば祈る相手がいない。
祈ろうとした瞬間。脳裏によぎったのは、運命の女神のドヤ顔だったので、むしろ祈りたくない。
どうやら魔王は、祈ることすら許されないらしい。
オレは、乾いた笑いを浮かべ。喉を潤して気分を変えようとメリーを呼んだのだった……。
制約にかかっても少量なら、腹を下したり、体調を崩す程度で済みますが……ガッツリ食べれば致命傷に成るってことです。