<幕間:吸血皇>
吾輩は、吸血皇“アルト・ノワール”
雅楽の一族のみならず……数多の吸血鬼を従える盟主。
吸血皇
それが吾輩の冠名であるが―――
―――治めるべき国を亡くした今となっては、虚しい響きでしかない。
常夜の帳に包まれ、安寧に満ちた吾輩の国は……原始の魔王“ラビリス・ワンレット”によって滅ぼされた。
そして現在、吾輩は……その仇敵たる魔王が作り上げた魔王軍の食客として雇われている。
外様ではあれど、十二魔将の一角に座し……それなりに高い地位にあるので、生活に不満はない。
不満は無いが―――
国を滅ぼされ。臣下を虐殺され。誇りを砕かれ……最愛の妻“アルト・ルージュ”を永遠に奪われた。
―――その恨みを忘れた日など、一度たりとも無い。
だが、全ては過ぎ去った過去の事であり。現在の魔王には、関係の無い話でもある。
復讐は何度も考えた。
―――むしろ、何度も実行した。
しかし、吾輩の牙が原始の魔王に届くことは終ぞ無かった……。
原始の魔王を……倒せたものはいなかったのである。
人の世では……地平の勇者“ロットバル”が討伐したことになっているが……それは違う。
魔王と勇者との闘いは、人知れず行われ……吾輩が気付いた時には遅かった。
魔王を倒した勇者は、凱旋して去り。
倒されたはずの魔王は……残された我輩を嘲笑うかの如く……。
「我は退位する。
―――汝らは、何れ生まれ出る魔王を待ち。改めて仕えるが良い」
質問疑問を一切受け付けず。魔王城を去っていったのだ……。
そして、予告通り生まれ出た魔王に魔族たちは従い。
吾輩もまた……食客として仕えることに成ったのである。
当人では無いにせよ。その息のかかった魔王共に頭を下げ。媚びへつらうのは吾輩の矜持を傷つけた。
そんな魔王たちが、神々の走狗に過ぎない勇者如きに破れ。倒される姿に、僅かに溜飲が下がりはしたが……それで心に残る。忸怩たる思いが晴れたわけではない。
吾輩はまだ……復讐を諦めてはいない。
初代魔王は“生きている”
根拠は薄い。
魔王の力が継承される事は分かっている。
次代の魔王が、その力を受け継いでる時点で、初代魔王もまた死んでいると考えるべきだと理解している。
だが!
吾輩の勘は、囁いている。
奴は……初代魔王は健在である……と。
なればこそ……吾輩は魔王軍に席を置き。魔王に仕え続けているのである。
全てはその日のため。
初代魔王に、復讐の牙を突き立てる日が来ることを願い。
道化として生きているのだ……。
愛娘のエルザは、人である母の血を引いているせいか……吸血願望が無い。
生きるために必要なのは血ではなく。
普通の食事であり。吸血鬼としての力を振るうには血が必要だが……ただ生きるだけならば、血を吸う必要はない。
また、吸血鬼一族の最大最悪の弱点である陽光もまた、致命傷に成ることは無い。
つまりエルザは……人として生きることも可能なのだ。
だから色名ではなく……人としての名前。
―――亡き妻ルージュの“元の名前”を、与えたのである。
吾輩は妻から……家族を奪い。友人を奪い。人としての生活を奪い……名前すら奪った。
代わりに名を与え。寵愛を与え。至上の生活を与えた。
妻はそれを受け入れ……吾輩とともに、新たに家族を作り上げた。
吾輩は妻に幸せを与え。妻は吾輩に安らぎを与え。
―――娘を残して逝ってしまった。
否。
全て…………魔王に奪われた!
ああ、そうだ。
わかっているとも!
最高峰の力を持ちながら……国はおろか……たった一人の人間すら守れなかった。
不甲斐のなき皇……それが吾輩である。
奪われたものは既に失われた。最早、取り戻す事など出来無い。
ならば復讐に意味など無い。
無価値な我輩の自己満足に過ぎない。
だからこそ……娘には、妻を死なせたのは我輩であると、そう伝えてある。
母を殺したと、娘に嫌われ。憎まれ。疎まれているのは分かっている。
そうなるように仕向けたのだから……当たり前である。
先の見えない不毛の道を選んだ我輩に……付き合う必要はない。付きあわせてはならない。
破滅を選んだ愚か者に、懐く必要は無い。
復讐を成した後は……娘に母の仇として討たれるのも良いだろう。
禁輪を外せば、死ねるはずだ……それもまた、何も守れなかった無能な皇の末路に相応しいのである。
不死王の禁輪。
忌まわしき太陽に抗い打ち勝ったと言う不死王の残した遺産。
それを惜しげも無く当代魔王は、我輩に与えた。
おかげで今の我輩は、限りなく不老不死に近い力を手に入れた。
魔王の力は、倒したものに継承される。
吾輩がさらなる力を求め。反旗を翻して魔王にならんとする可能性を考えなかったのだろうか?
信用されているのか?
それでも負けない自信があるのか?
―――まさか、吾輩の“目的”を知っているのか?
初代魔王を弑するのに、初代魔王が残した力を使う気が無い事に気づいているのか?
何れにせよ……当代の魔王は、様々な意味で、異常者である。
まさか天界のみならず……冥界すら攻め落とさんとするとは……我輩とて、未だに信じられない。
だがお陰で……会えないはずの人物に、逢うことが出来た。
残念ながら妻のことでは無い。
遠征先の冥府で、閻魔帳を調べてみたが……妻は既に転生していた。
転生先は“天使”であった。
それを知った時に、脳裏に横切ったのは、神々と魔王軍の闘いだった。
あの争いで、夥しい数の天使が死んだ。
吾輩も数えきれぬほど殺した……。
まさか、その中に?!
―――だが、それは杞憂であった。
妻の現在の名は……ハイエル。
隣に居るのが我輩では無いのが不満ではあるが……幸せであるのならそれで良い。
当代の魔王には感謝している。
不死王の禁輪と言う至宝によって……吾輩は忌まわしき太陽を克服した。
亡き妻の幸せも確認出来た。
人類は今、滅亡の危機に瀕しているが……それは杞憂だ。
次代の魔王がどうなるかは分からないが、当代の魔王ならば……その庇護下に降ったモノを無碍に扱うことはあるまい。
そして何よりも……コレほどの異常事態を、初代魔王が放置するとは思えない。
―――初代魔王は、必ず戻ってくる。
当代魔王の破天荒さは、その良い引き金になるだろう。
理に背くことを厭わない当代魔王ならば……初代魔王であろうと、黙って従うとは思えない。
ならばそれは……千載一遇の好機となり得るはずだ……。
地平の勇者“ロットバル”
会えないはずの人物。
―――なのに当代魔王のお陰で、吾輩は出会えた。
冥界で相見えた時は、予期せぬ出会い故に不覚の隙を取られた。
二度目の戦いでは……初代魔王について聞き出すことを優先したため遅れを取り敗れた。
破れはしたが……ある程度情報を聞き出せた。
彼の者もまた、初代魔王に振り回された被害者だった。
吾輩は運命論者ではなく……悲観主義者でもない。
―――されど語られた茶番劇は、成る可くして成った悲劇でしかなかった。
絶望しなかったといえば嘘になる。
だが、吾輩は復讐を止めるつもりはない。
時は過ぎ去り、全ては過去と成った今現在……復讐に意味など無く……。
さらに真実を知った今。
―――自己満足ですらなくなった。
それでも吾輩は……“元凶”に牙を突き立てるだろう。
例えそれが、理外の相手であろうと―――
牙が折れたなら、爪で抉り。
爪も砕けたなら、骨で殴り。
骨すら断たれようと……命をぶつける!
―――玉と砕けようと押し通すッ!!
それが、黒ヶ止揚の真名を秘する……我輩の覚悟である。
水晶球や魔王の力を過信している主人公は、足元を疎かにしすぎてます。
彼の水晶球は万能に近いですが、性根や心の中は覗けないことを忘れています。
魔王は、配下を過小評価してます。
配下は、魔王を過大評価しています。
俗に言う勘違い系ほど酷くは有りませんが……それなりに誤解や勘違いによる。思惑のすれ違いは発生しています。
ソレに気づかず……独断専行するが故に、主人公は、色々やらかすのです……。
だから、事態は常に斜め上。たまに斜め下。
―――王道? なのそれ、美味しいの?
ソレがこの作品の特徴ですw




