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愛称や略称と言うものが、この世界にもある。
マリアンヌは、マリー。
エミリアは、エリー。
ナルシアは、ナルナル……じゃなくて、シア。
サイラスは、サリー。
ミリアムは、ミリー。
アレンみたいに、名が短いとそのままだが……殆どの場合。親しいモノ同士であるならフルネームではなく、ニックネームで呼び合うのは、こっちの世界でもアタリマエのことらしい。
さて、オレの影武者が、愛称で呼び合うほどに勇者一行と打ち解けた事は喜ばしい。
だが、なぜたった三文字であるのに愛称がついたのかが解せぬ……。
サタンが、サーたん。
つか、むしろ長くなってないか?!
原因は聞き間違いだと思われるが……解せぬ。
たしかに、“可愛らしいモノ”に対する愛称として“~たん”と呼ぶ風習と言うか、文化はこっちにも存在するようだ。
なので、オレがサタンと名乗ったのが……サーたんと茶化したように名乗ったと勘違いされることも有り得ない話ではない。
ありえない話ではないが、オレが解せぬのは……なんでナルシアに続いて、アレンまでも勘違いしたのか? ……ってことだ。
そして影武者ァッ!! 何故、その場で訂正しない?!
いやまあ、そりゃね。
オレもナルシアにそう呼ばれた時は、疑問はあれど微妙な違いだったのでしばらく気が付かず。
気がついた時は定着してて手遅れだったが……影武者の場合。前例が有るのだから初見で気づくだろうが!?
ま、まあ良い。
しょせん[サタン]は、魔王の名を隠すための偽名でしかない。
ならばサタンだろうとサーたんだろうと大差ない……と言うことにして、諦めよう。
魔王であるオレを無事に討ち倒した後。勇者の仲間として[サーたん]の名が歴史に刻まれたとしても……か、関係はない。
どうせその時、オレは元の世界に帰るのだからどうでも良いことのはずだ。
―――はずなのだが、どうもモヤモヤした感が残るのは何故だ?
ワインを一気に飲み干し。ワインに混じって喉を通る……謎の固形物の正体を考えないようにしながら、オレは水晶球に手を伸ばした。
なにわともあれ。とりあえずアレンたちの方は大丈夫っぽいので、続いてもう片方。
女勇者一行の様子を伺うために、水晶球に映る場面を切り替える。
「巫女姫様……それは誰だ?」
「………聖国の頂点であられる教皇様と双璧を成す。巫女姫様を知らないのか?」
「生憎と長らく僻地で隠棲生活していたのでな……世事には疎いのだよ」
「あはは! じゃ、サーたんも、わたしと同じだね! ね!」
「そう言えばミリーは、鎮守の森から来たのでしたね?」
「うん、勇者の……シアの噂を聞いて飛び出して来ちゃった! てへっ」
「ほう……だがまあ、それは後で良い。で、巫女姫と云うのはどういう人物なのだ?」
「ぶー ぶー 無視すんな―!」
「ああ、それはだな―――」
こっちはこっちで、和気あいあいと楽しそうで何よりだ。
オレオレ軍団との邂逅するまでは、呑気にしていれば良い。どう転ぶか分からんが……それなりに苦労する事になるはずだからな……。
さて、どうやら両勇者一行ともに、しばらくは放置しても大丈夫だな。まあ、復活用の遠隔術式は用意しておくし、念の為に時々確認はするが……頻度は少なめで良いだろう。
―――ならば、今のうちに懸念を片付けるとしよう。
邪神の御子の討伐。
今現在。オレにとっても勇者にとっても脅威となり得る存在だ。
すでに半数以上仕留め。残るは僅か3体だが……油断は出来無い。
なにせ、数が減れば減るほど、加護が集約していき……大幅に強化されていくことが分かっている。
そうなれば、最後の一人は、八邪神の加護を一身に受けた。言わば……勇者の8倍強い存在となるわけだ。
界○拳十倍に比べればまだマシだが……ヘタすれば、魔王より強くなる可能性がある。
ハッキリと未曾有の危機と言って良い状態なのだ……。
―――だが、対策は有る!
迂闊に数を減らせば強化されると言うならば……それこそ、一気に全滅させてしまえば良いのだ!
アレンたちで……1体!
ナルシアたちで……もう1体!
そして、吸血皇が……さらに1体!!
これらの戦いが同時に起きるように誘導して、同時に終わるように仕組めば良い!!
―――まあ、現時点では机上の空論だが……不可能では無いはずだ!
残る邪神の御子は―――
[享楽の邪神“アーケディア”の御子・巨人の堕慧児“ロイ・ガミューサ”]
[強奪の邪神“アヴァリティア”の御子・鎮守森の巫女“マリッサ”]
[情慾の邪神“ルクスリーア”の御子・精霊の愛兒“フラムソワーズ”]
―――の、3体である。
とりあえず一番手強そうな“巨人の堕慧児”を吸血皇に任せ。
残る二体を上手くアレンとナルシアに振り分ければ良い。
オレの影武者付きの今ならば……アレンやナルシアたちでも、御子の一人くらいなら倒せるはずだ。
加護がどういうふうに振り分けられたか不明なのが、不安ではあるが……それでもなんとかなると思いたい。
加護は祝福と違って、有れば必ず得するような……便利なシロモノではない。
加護は時には“呪い”と呼ばれることもあるくらい。使い勝手が難しいモノである。
だったら、加護が増えようと……それを御子が使いこなせる保証は無く。
逆に力に溺れ。振り回されて弱体化する可能性が高い。
ならばこっちの勝ち筋は見えたようなものだ!
―――まあ、得た加護全てを完璧に使いこなされたら詰むので、それだけは勘弁願いたい。
さ、さて、敵に時間を与えてもろくな事に成らないのは明白なので、さっさと片付けるとしよう。
まずは居場所の確認だな……。
名前が解ってるから遠見の水晶球のサーチ機能が使える。
まずは一人目……巨人の堕慧児“ロイ・ガミューサ”の様子を伺おう……どれどれ?
青く透き通った空に生える大きく白い雲。
陽光がキラキラと照り返し。空との境界線が曖昧になるほど青く美しい大海原。
そこに蠢く影があった。
それは海面から上半身を出して得物を狙っている。槍と言うか銛? ……を持った筋骨隆々な半裸の男であった。
波間からチラチラと赤い布切れ……赤褌? が気になるが……小麦色の肌に、キラリと輝く白い歯が似合うナイスガイって感じなのが、妙に気に障る。
爽やかイケメンサーファーって感じでありながら、良い筋肉してて、銛を持った姿も堂に入っているのが釈然としない。
こいつは(リア充爆発しろ的な意味で)全オレの敵であると、本能的に直感した……気がする。
まあまて、落ち着こう。
様々な意味で予想外だったが……何れにせよ敵であるのは間違いない。
交渉の余地がありそうな気もするが、二重の意味でこいつは仕留めておかないとダメだ。
「ソコだッ!」
巨人の堕慧児が掛け声を上げ、銛を海中に突き刺す。
「よし! 食料確保!
―――うん、これで久々にまともな食事ができそうだ!!」
引きぬかれた銛には、大きな魚が突き刺さっている。どうやら純粋に生きるための狩り……と言うか漁だったらしい。
海岸に視線を動かすと、砂浜には綺麗に畳まれた衣服のようなモノが見える。
巨人というと、ただでかいだけの野蛮人だと思っていたが……違うな、こりゃ。
明らかに、ソコソコの文明レベルはありそうだ。
嫌な予感がするので、巨人国に関して、あとで調べるとして……先ずは、こいつだ。
身体能力はそれなりだが、武装は銛くらいなので大したことはない。
魔法に関しては身体のサイズと魔力量は無関係なのでどうでも良い。
見た感じでは、そこらの人間と大差無い魔力しか纏っていないので、強い魔法は使えないはずだ。
問題は……そのサイズだ。
“巨人”と名状されてるので、体長3~4mの丘巨人や、10~15mの独眼巨人を想定していたのだが……。
―――銛の先で貫かれてる魚。どうみてもクジラなんだが?
それも、20~30メートルある、シロナガスクジラっぽいんだが?!
クジラから逆算すると……巨人の堕慧児の体長は……70~90mは余裕。下手すりゃ100m超えてんぞ!?
何処の超大型巨人だよ!? いや、それよりさらにデカくないか?!
どうすんだよ!? デカすぎだろ!?
い、いや! それでも吸血皇なら・・・吸血皇“アルト・ノワール”ならきっと何とかしてくれる……って。
―――パチンッ! っと、蚊の様に潰される吸血皇の姿しか想像できん。
赤子と大人どころか、巨象と蟻だ。
加護うんぬん以前に、質量がヤバい。ガチヤバイ。
――――いくらなんでもデカすぎるわッ!!
某作品の超大型巨人と違い、中の人なんていませんよ?
上の人もいませんよw




