<幕間:蒼天の女勇者 後編>
「だ、駄目だ……やっぱ竜には勝てねえよ……」
「雑魚の足止めだけで良いって聞いてたけどよ……話が違うじゃねーか!?」
「おい!? 隊列を崩すな!! うわあ!?」
咆哮を受けきれず浮足立った傭兵たちが、大蜥蜴によって狩られ始めました。
―――でも、勝機は有りました。
僅かといえど……傷を与えることが出来たのですから、致命的な一撃さえ受けないように立ち回れば……勝てたはずでした。
「仕方がない……ここは退こう」
「いいえ! まだ勝機は……」
「無理だ! 傭兵たちはもう持たない。
―――それに今なら、君も含めて無事に退却できる!」
「足止めは、私が引き受ける。
詠唱破棄
―――聖輪陣ッ!」
「そうそう、命は大事だよね~。
―――大事なんだよ?」
アレスが、私と亜竜の間に割って入りました。
サイラスが、結界で亜竜の足を止めました。
ミリアムが、私の手を取り。共に逃げるように目で促してきました。
私達は……その手を振り払い。
猛る衝動に突き動かされるまま……亜竜へと駈け出し……いつものように特攻しようとしました……。
「チッ! 金は惜しいが……命はもっと惜しい! 引くぞお前ら! 退路を切り拓け!」
「了解しやした! ……で、殿はどうしやす?」
「勇者様に任せりゃ良い! 俺らと違って、死んでも構わないのが勇者様だ!!
―――さあ、エルフの姉ちゃんや、あんたらもこっちに早く!」
その言葉に、私達の足が一瞬止まります。
―――ですが、彼らの言葉が正しいことを、私達は知っているのです。
だから、躊躇は一瞬で終わり。機を決するために、駆け出そうとした私を……再び止めたのは、彼の……アレスの怒声でした。
「ふざけるな! 俺の……俺たちも! 彼女たちも! ……命の価値は変わらない!!」
私は……私達は、驚愕に立ちすくみました。
「命知らずに付き合う気はない
―――我が魔槍を受けて、平気な面してるバケモノの相手はあんたらだけでヤッてくれ
おい! 退路を開くから、逃げたい奴は後ろから付いて来い!! 大旋風槍薙払ッ!」
槍使いの青年の言うとおりです。
バケモノの相手は、同じバケモノ……命の軽い私達……勇者に任せれば良いのです。
「ならば、勝手にやらせてもらおう……神・風縛陣ッ!」
「アハハッ! 大事なものって言ったよね? ね?
―――まだ、分からないの?」
槍使いが強引に切り開いた退路に、我先と傭兵たちが続きます。
なのに……サリアスは、雪崩込もうとする大蜥蜴を結界で押しとどめ。
ミリアムは、払ったはずの私の手を握ったのです。
「な、なぜ? どうして逃げないの!?
―――ここは! 私が!! 私達が……!?」
「……言ったはずだろ?
俺は……最後の最後まで……君達に付き合うってね!
―――“ガイラス”流必殺剣……妙技! ブレイブバンカーッ!」
困惑する私に、アレスはそう叫び。持った剣を、地べたを掬い上げるように振るい。岩盤を砕き飛ばし……亜竜を牽制しました。
「貴方の命は、マルチナ様の命でもある。
―――ならば! 守らぬ理由はありませんッ!!」
私達は……私は、己の命を惜しんで良いのでしょうか?
「急がば回れって言ったのは確か……人間の誰かだったよね? ね?
―――それとも、本当に、死にたいの?」
私は当然……死にたくは有りませんでした。
私達は当然……死んでも構いませんでした。
そして……私は決断しました……。
「ああああああああああああああああああッ!! ムーンサルト! エックスプレスッ!!」
ミリアムの手を振り払い! 荒れ狂う激情に身を任せ! 全身全霊の一撃を! 亜竜の鼻面に叩き込んだのです。
「グルォ!? グガアアッ!?」
竜の息を吐こうと開いた口を強引に閉じさせ、自爆を誘いました。
目論見は実り。致命傷には程遠いものの、ようやくマトモにダメージを与えることに成功しました。
そこでさらに追撃を―――
「ふう……さあ、逃げましょう!」
―――仕掛けること無く。私は、撤退を決断したのです。
私達も、彼らを巻き添えにするのは下策である……と、強引に納得させました。
「ああ、それで良い!
―――こんどこそ、血路を開く!! “ガイラス”流必殺剣……奥義ッ! ブレイブストラッシュ!!」
アレスの剣が閃き。退路を塞ぐ大蜥蜴の群れに穴を開けます。
「圧力が高過ぎる……結界も長くは持たない! 急げッ!!」
「うんうん! そ~っれ! 逃っげるよ~! 風霊さん……お願い!」
焦ったサイラスの声に答えるように、ミリアムが精霊に呼びかけると、私達に追い風が吹き始めました。
風に背を押され、わずかに開いた隙間を縫うように駆け抜け……包囲網を抜けました。
―――ですが、まだ助かったワケでは有りません。
大蜥蜴の群れが追いかけて来ています。
単純な速度なら私達の方が上ですが……起伏があって足場の悪い洞窟では、そう上手くは行きませんでした。
さらに、散発的にですが……四方八方から、別の魔物が現れます。
遭遇する端から蹴散らして行きましたが……それでも足が止まるのは避けられません。
このままでは追いつかれて……群れに飲まれ全滅するのは時間の問題でしょう。
―――やはり、ここは私が…………………!?
「こっちだ! こっちに来い!!」
三叉に別れた道の一つから声が聞こえました。
私達は顔を見合わせて頷き合うと……そこに駆け込んだのです。
ガラガラガラガラガシャ!!!
「洞窟内の罠の一部を“反転”させた。
対人用の罠なので魔物には効果が薄いだろうが……足止めには十分なはずだ」
飛び込んだ先にいたのは……帰ったはずの賢人でした。
「竜と戦うような無謀に付き合う気はないと言ったが……見捨てると言った覚えもない」
ぶっきらぼうに答えた賢人の頬が赤く見えたのは、気のせいでしょうか?
「くふふふふ、ねえねえ! 照れてる? 照れてるの?」
「な、何の話か分からんな……。
さあ、こっちだ……そこの赤い丸は踏むなよ? 反転させた罠が無駄になるからな……」
こうして、思いも寄らない人々の助けで、4度目の挑戦は……無事に終わりました。
―――――
―――
――
5度目の挑戦は……あっさりと終わりました。
犠牲者を出さないように早めに退却したからです。
おかげで犠牲者は0でしたが……戦果も0でした……。
これではダメだと、私達は地力を上げるための修行と……新たな手段を求め。短い旅に出ることにしました。
――――
―――
――
6度目の挑戦は……大切な仲間との別れと成りました。
中層に仕掛けられた罠は全て解除済です。
門番までのルートも確立出来ました。
そこで私は……私達は、ギリギリまで戦うことを選択したのです。
本来なら傭兵ギルドに要請した。魔術師の増援を……手の開いた術師の参戦を、待つべきだったのでしょう。
―――ですが、私達は待てませんでした。
対竜用の切り札に、竜退砲を用意出来た事も……出来てしまった事も、仲間の反対を押し切る理由になりました。
そして、何よりも……仲間たちとの修行の旅が楽しかったのです。
―――楽しすぎたのです。
「シア! そっちは任せた! “ガイラス”流必殺剣……ブレイブザッパーッ!」
「ええ! 任されたわ! ムーンザッパーッ!
―――サリー! ミリー カバーをお願い!!」
アレスと背合わせた私は、習った剣技で、相対する敵を討ちながらサリアスとミリアムに声を指示を送りました。
「間隙は突かせない!
詠唱破棄」
―――聖陣光壁ッ!」
「アレスきゅん~ちょっと下がってね! ね! 雷霊ノ矢ッ!」
「うん? っと、うぉっ!?」
私の指示に応え。サリアスが隙を縫って躍りかかってきた敵の出鼻を挫き。膠着して詰まった敵を纏めてミリアムの雷撃を纏った矢が射抜いたのです。
思えば私は、調子に乗っていたのかもしれません。
仲間との日々は、あまりにも楽しく。
――――あまりにも順調に戦えるようになってしまったので、勘違いしてしまったのでしょう。
私達に……楽しむ余裕なんて無い。
私の喜びは、魔を倒すことだけ……。
私達に……退路なんて無い。
私の怒りは、積み重なった死への嘆き……。
私達に…………私に……救いなど……無いって事を…………。
「もうすぐ! もうすぐ倒せるわ!! アレス! 右側をお願い!」
「いや、ダメだ! サリーの壁が持たない! ……引くべきだ!!」
「……だが、あと一撃なら耐えてみせる!」
「う~ん? 残念だけどここまでね。
次の一撃で倒せなかったら……わたしたちの負けよ?」
目の前に立ちふさがる亜竜は、すでにボロボロですが……。
周囲に居る大蜥蜴たちを押しとどめている……サリアスの結界も、間もなく崩れるでしょう。
―――でも、こちらには、竜退砲が、まだ一つ残っています。
コレで倒しきることができれば……コレを直撃させることが出来れば……私達の勝ちです!
―――そうやって、私は、判断を誤ったのでした。
さらに、そのツケを払ったのは……私でも、私達でもなく……アレスだったのです。
――――
―――
――
「これで良いんだ……君達だけが犠牲になるなんて……間違っているんだ……。
―――ミリー! サリー! シアを頼む!!」
最後一撃を外してしまい……逆に痛打を浴び。朦朧とする私を、アレスが突き飛ばします。
サリーとミリーに、引き摺られるように退却していく私の目の前で……アレスは魔物の群れに飲まれました。
引き際を誤ったため……犠牲無しでの撤退は不可能です。
だったら、戦犯である私が……替えの効く。私達が囮として死ぬべきだったと思いませんか?
それなのに、遠のく意識の中……私が見たのは、群れに飲まれる直前に振り返り。私の無事を悟り微笑んだ……アレスの姿だったのです。
―――私が意識を取り戻した時には……全て……終わっていました。
――――
―――
――
7度目の挑戦が始まります。
アレスの死をムダにしないためにも……私は死ねません。
私達は、死を恐れ始めた私を批難しています。
―――いいえ。
批難しているのではなく……哀れんでいるのかもしれません。
―――でも、私は決めました。
私達の屍だけでなく……数多の屍を踏み越えてでも……私が、魔王を倒してみせる! ……と。
「いいだろう……今のおまえになら、この生命を預けられる」
「命を大事にってことだよね? ね? なら良いよ~」
仲間の命も……私の命も……私達の命も……等価であるとようやく気づくことが出来ました。
私も含めた。誰かの犠牲を前提にしていたのが、そもそも間違いだったのです。
「……じゃ、傭兵ギルドで仲間を探そうか?」
「ならばやはり、前衛より魔術師が欲しい。少数精鋭なら、多角的に戦える魔術師は必要だ」
「……そうだね。
ついでに、筋肉モリモリだったら嬉しいな~」
「後衛の……それも術師に、筋肉を求めてどうする……」
「魔法戦士でも、ヒット&アウェイ前提が普通よね?」
「だったら……逆の発想で~魔法も使える重戦士を探せばいいよね? ね?」
「ミリー……それは、斜め上の発想と言うんだ」
今、私は笑っています。
胸の奥に燻るような憎しみの火に気が付かないように……。
アレスが最後に笑ってくれたのですから……私も笑っていなくてはならないのです。
沈殿する……私達の暗い思いに囚われないように……。
笑って笑って笑って……。
笑いながら……魔王を道連れに死にましょう。
それが私達に……私に……勇者に……“精霊”から与えられた役割なのですから…………。
ナルシアは静かに狂ってます。
歴代女勇者の中でも“2番目”に、どこか壊れています。
そんな内包された狂気にサリアスは気づいていません。
ミリアムはなんとなく気がついてますが……敢えて触れないようにしています。
主人公の魔王は、狂信者的な意味で、3人共に狂ってると思ってますw




