<幕間:蒼天の女勇者 中編>
さらに分割~
三度目の挑戦は、月食の女勇者“マルチナ・フォン・イルグレード”とその家臣でした。
ワタクシは、氷河山脈の麓にある氷麗湖を囲むように広がる男爵領を治める……女男爵だったからです。
たとえ貴族であろうとも……精霊様に選定され、勇者と成った以上……仕方が有りません。
従兄弟に家督を譲ったワタクシは、前回の教訓を踏まえ……家臣の中から腕利きを二名。
青の正騎士“ラックス”
赤の聖騎士“サリアス”
考えてみれば、迷宮は、遺跡でもあるのですから、遺跡調査の専門家を呼ぶのは当然のことだったのかもしれません。
そこで、外部から著名な冒険家を迎え。
蛮勇の冒険家“イェーアー”
迷宮近くの街で、私達が来るのを待っていてくれた……アレスと合流したのです。
「二人は用事ができたと言って、どっか行っちまった。
……ああ、俺は逃げたりしないさ。
魔王を倒すまで……最後の最後まで……君達に付き合うよ」
そう言って……私達に、笑いかけてくれた事を覚えています。
専門家を迎え入れた私達は、中層に仕掛けられた数多の罠を潜り抜け。最下層に続く道を発見したのです。
―――そこが、ワタクシの終着駅と成りました。
中層を守る門番が亜竜クラスの難敵でしたので、次の門番はさらに手強いだろうと、予想はしていましたが……本当に、亜竜そのものが出てくるとは予想以上でした……儘ならないものです。
「ダメや! 数が多すぎますぞ!?」
「マルチナ様! 撤退を!! 正道騎士剣術……ブランディッシュ!」
「退路の抑えは私が!
戦神の名に於いて、汝の進退を封ず……。
―――聖輪陣ッ!」
「イ゛ェアアアア!?」
「ああ……先生が段差から落ちた!? クッ……マルチナ様! ご決断を早く!」
「少数精鋭も…多勢に無勢には敵わない……か、退くぞ! 殿はワタクシが務めるッ!!」
最下層に続く扉に立ちふさがったのは、闇色の鱗を持った亜竜“リザードレイク”でした。
亜竜と言うだけなら……強敵では有りますけれど……負けることは無かったでしょう。
―――ですが、そこに、眷属である大蜥蜴“ホブリザード”の集団が加わるなら話は変わります。
亜竜相手でも臆すること無く前進した私達の……退路を塞ぐように、前後左右から大蜥蜴が湧き出してきました。
ワタクシ達は、敢え無く囲まれ……このままでは、数の暴力で圧殺されるのも時間の問題です。
領主としてのワタクシは、己の命を最優先にするべきであると思いました。
―――ですが、私達は、次に備えて、彼ら精鋭を活かす事が最優先だと提案しました。
そして、ワタクシは……無念を飲み込み。
自分が犠牲に成れば良い……と、決断したのですが―――
「ダメだ! 君も逃げるんだ!!
―――血路を開く!! “ガイラス”流必殺剣……奥義ッ! ブレイブストラッシュ!!」
―――そこに、アレスが割り込んだのです。
彼は囮と成った私達を見捨てず。出口に繋がる道を塞ぐ敵を奥義で斬り伏せ。ワタクシの退路を切り開いたのです。
―――ワタクシは、知っていました。
私達が、放たれた魔弾であると……退路など最初から無い。魔王の心臓目掛けて、一方通行をひたすらに走り……勇ましく、命を弾として砕けるだけの存在であると……知っていたのです。
―――だから私達は、伸ばされた彼の手を払い。
ワタクシは、予定通り……魔物たちに、飲まれたのです。
――――
―――
――
四度目の挑戦は、蒼天の女勇者“ナルシア”
農奴から勇者に転身した私の元に、仲間が集まりました。それは―――
光の王宮戦士“アレス”
赤の聖騎士“サリアス”
戦う賢人“アンディ=ショーンズ”
弓聖“ミリアム”
槍使い“エルトラン”
―――3人の友人との出会いでもありました。
「我が忠誠は、勇者ではなく、マルチナ様に捧げたものだ」
「私の忠誠も、マルチナ様に捧げたものだ……故に、その意思を継ぐ勇者を助けなければならない」
「そうか……ならば、貴公はそうするが良い」
「ああ、そうさせてもらう」
青の正騎士は去り。赤の聖騎士は残りました。
「…………どうして君は……君達は……。
―――いや、なんでもない。
さあ、今度こそ……中層を抜けよう!」
アレスも残りました。
一瞬、憂い顔を浮かべた気がしますが、すぐにいつもの様に、歯を見せて見せて笑ったのです。
―――なぜか、それが痛々しく見えたことを私達は覚えています。
「ふーん、なんか難しいこと考えてるでしょ? でしょ?」
そんなアレスに、無邪気な悪意を持ってミリアムは話しかけています。
アレスは、それを苦笑で返しました。
そんな気安く楽しげなやりとりを見て、私は……何故か、目を逸らすように天を仰いだのです。
「へへへ、まあ、金さえもらえりゃ……おれたちゃ文句はねえよ」
数の暴力には、数の暴力。
傭兵ギルドに支援要請を行い。一組の傭兵団を雇いました。
団体の指揮など、私には出来ませんが……私達なら問題はありません。
懸念ある罠の対処も万全です。
「中層の罠は私に任せて貰って結構だが―――
―――やめてくれ。悪いが、竜と戦うような無謀な真似には付き合えない。
亜竜であろうと……竜は竜ってことだ。
英雄に成れない凡人の私は、途中で引き返させてもらう」
彼に求める力は、敵を倒すことではありませんから、それも仕方がないことでしょう。
賢人である彼の知識は、大変素晴らしいものです。
それ故に理解してるのでしょう。
竜を冠する生物の恐ろしさを……。
―――ですが、私達は恐れません。
恐れより……憎しみが……胸を焦がす悪夢と、魔王へと湧き上がる……油虫への嫌悪も超えた。苦くて狂しい思いが、私達の後押しするからです。
そして、四度目の挑戦と、二度目の決戦が始まりました。
―――宣言通り。賢人は中層の途中で離脱しました。
私は感謝を持って、それを見送り。
残った罠に多少手こずりながらも、私達は再び。最下層に続く道……亜竜の元に戻ってきたのです。
「先ずは、出足を止める!
詠唱破棄―――
―――聖炎炸光ッ!」
サリアスが先手を打って、敵の出足を挫きました。
「うぉおお! 行くぞ! 倒せば金貨100枚だ!! てめえら!! ヤッちまえ!!!」
「「「「「おおおおおぉおうッ!!!」」」」」
湧いて出る大蜥蜴を傭兵団の方々が迎え撃ちます。
「穿け! 血煙穿孔突ッ!!
「いっけー! 貫いちゃえ! 妖精弓ッ!!」
槍使いの人と、ミリアムが亜竜に先制打を放ちました。
「今度こそ……仕留める!
―――“ガイラス”流必殺剣……秘技! ブレイ・ブレイクッ!!」
「ええ……仕留めましょう! ムーンサルト・カッターッ!」
刹那を見切り。二撃を一撃に束ねて放つ。アレス必殺の剣に合わせて、私もまた……勇者の力を乗せた……必殺の剣を放ったのです。
先制打に続いて放たれた二筋の剣は、吸い込まれるように亜竜に直撃しました。
はい……直撃したのです。
それなのに与えたキズは……あまりにも浅すぎました。
「なん……だと!? わ、我が魔槍が効いてない!?」
前回の敗北は、多勢に無勢が原因。
―――だったら、こちらも数を揃えれば良い。
それがどれだけ甘く……人の力の限界を知らないモノの考えだと……。
「亜竜であろうと竜は竜」……その言葉の意味を、私は身を持って知ることになりました。
「グギャアアアアアオオオオッ!!!」
竜の咆哮によって、彼らも、私達も……生物的に格下である事を……嫌でも思い知らされたのです……。
や、やってやる、やってやるぞ。ドレイクがなんだ!
リザードとは違うのだよ、リザードとは!
こ、こいつ、違うぞ。リザードなんかと装甲もパワーも!?
―――でっかい蜥蜴と亜竜では、雲泥の差があります。
魔王が、亜竜をでかい蜥蜴と同一視して、纏めて雑魚扱いしてるのは、自分が強すぎて、普通の人達の基準を、正しく測れていないからです。
そして、その致命的な齟齬に……まだ、気づいていません。




