<幕間:蒼天の女勇者 前編>
長くなったので分割。
農奴。
それはリケイド大陸を統べる。聖国“サンクトリア”の提唱する……三民制度の最下層に位置する存在。
教皇様と聖人様方を頂点とした。貴族、市民、奴隷の三階層に分けられた区分の中の一つ。奴隷階級に含まれます。
奴隷の剣闘士……剣奴。
戦に従士する奴隷……戦奴。
強制労働を課せられた……労奴。
修道院で贖罪を強いられる……修奴。
そして、農耕に専従する……農奴。
最初の4つが主に犯罪者で構成されているのに対して、最後の農奴に犯罪者はいません。
……子々孫々と厄が受け継がれるのが農奴です。
他の奴隷は、恩赦や労役期間を過ぎることで開放されますが……農奴にそれは有りません。
昨日も今日も明日も、過去も未来も現在も、その生活が変わることはなく。与えられた農地での作業だけが生きる理由でした。
希望など無く。ただ生きて働くことだけが全ての存在……それが自分に与えられた運命であると考えていました。
―――ですが、ある日突然に、その暮らしは終わりました。
私の胸に勇者の証である……聖刻印が浮かび上がったのです。
鼓動が高まり、困惑する私の脳裏に……心の中に、見知らぬ一人の女性が語りかけてきました。
その声は、女性の言葉でしたが、私の言葉でもありました……。
淡々と語られる人生は、彼女の人生であり……私の人生でもあるように思えます。
そしてそれは、一人では終わらなかったのです。
瞬くほどの間でありながら……19の人生を、何年も、何十年もの長く濃密な時間過ごした後……私は自分が“勇者”であると自覚したのでした……。
―――白昼夢から目覚め。それから、私の生活は一変しました。
大事だったはずの家族を、振り返ることもなく。
ほのかな思いを抱いていたはずの幼なじみを、思い返す事もなく……。
ただ漠然と生きていただけの極貧生活から開放された事を、喜ぶこともなく………。
農具を捨て、武器を手に取り。
身分を忘れ、勇者を名乗り。
臆すること無く、人の寄り付かぬ……魔の領域。忌まわしき化外の地に足を踏み入れ。
ただひたすらに……私達に地獄を与えた魔物たちと……それら、全ての元凶であり……あまねく全ての不幸と災厄の根源。
―――“魔王”を打ち倒すためだけに、戦い続けたのです。
辛い過酷な旅路の中。
嬉しいことも有りました……陽気なミリアム。寡黙なサリアス。勇敢だった……アレス。
大事な仲間たちとの出会いです。
楽しいことも有りました……ミリー、サリー、アレスとの交流。
大切な仲間たちとの波瀾万丈な旅です。
悲しいことも有りました……かけがえのない仲間との別れです。
―――天剣“アレス”との永遠の別れです。
喜怒哀楽。色々なことが有りました。
色々なことが……あったはずなのに……心に残るのは―――
苦しむことしかありません。
怒れることしかありません。
悲しむことしかありません。
悔やむことしかありまえん。
―――喜怒哀楽。その全てを……私達は、憎悪によって塗り潰され。
心に残るのは……深い深い、魔王への憎しみだけなのです。
――――
―――
――
「これは拙い!?」
「むぅ……ここで、亜竜クラスの門番だと?!」
「おわた!?」
「チッ! 退路を塞がれた……やばっ! さ、散開ッ! ブレスが来るぞ!!」
「させるかよぉおお!! ガキンッ!! なあ!? 弾かれた!!?」
「はは……力自慢のアイツの一撃で無傷かよ……」
「落ち着け! 対巨兵用魔導砲を使え!」
「さっき石巨人に使っちまって残ってねーよ!」
「だったら魔砲兵! 全力で、ぶっぱなせッ!!」
「了解! 天地遍く魔力よ……我がイエンツォの名に賭けて告ぐ……「ブレスが来るぞ! 重盾兵!」……縁を圓と成し……「だ、だめだ!? 防ぎきれない!!」………圓を延と経て……」
「………くっ!
ここは私がッ!! 切り裂けぇぇ!!! ルナー・スカッレットッ!!」
「……延を円と回し……円を炎と変え……炎を焔と成せ!
―――轟焔烈火砲ッ」
「おい! そいつに、火は拙い……!?」
「「「ワォオオォーンッ!!」」」
「抵抗されるどころか……無効化された……だと?!」
―――最悪の状況でした。
ここは[破談の檻]と呼ばれる古代遺跡の迷宮。
私達は、最奥に眠る[神々の鳥船]を求めて、その危険極まりない地下迷宮に挑んだのです。
一度目のチャレンジは、赤い月の女勇者“エイシア”と月守の傭兵団との合同作戦でした。
6人組1組で、7つの部隊に分けての探索を開始しましたが……3日で半数が離脱しました。
―――その代わり、私達は……上層部の罠や魔物の駆逐に成功したのです!
ですが……そこが私の……エイシアの限界でした。
上層部から中層部に渡るための通路を塞ぐ門番の三つ首の魔犬に挑み……敗れたのです。
こうして、赤い月の女勇者と月守の傭兵団は全滅しました。
―――
――
―
二度目の挑戦は、月影の女勇者“イルマーレ”と頼もしき仲間―――
光の王宮戦士“アレス”
必殺の拳闘士“バギマ”
謳って踊れる行商人“トール=ネネコ”
―――2人の探索者と、一人の青年との出会いでした。
「剣匠“ガイラス”流必殺剣……ブレイブザッパーッ!
―――まずはひとつ!」
「これぞ……音を置き去りにする超速の拳ッ! フンスッ! ヴォーパルブローッ!!
―――これでふたつだぁー!」
「ハッスル! マッスル! ワッフル! ソイヤ! ソイヤッ!! 弐拾伍の肉祭ッ!!
―――みっつめでござりますよー!」
「三つ首が再生する前に……終わらせるわ! ルナーレイッ!」
対門番を見据えた少数精鋭で編成されたパーティは、予想より手早く、三つ首の魔犬の撃破に成功しました。
やはり狭い空間では、数よりも質を重視する方が理に適っていたと言うことでしょうか?
……とにかく、快勝に気を良くした私達は、前回の遺品を回収することもせず。そのまま中層へと足を踏み入れました。
素手で石人形を打ち砕く拳士と……よくわからないけどなんか強い行商人。
そして、剣匠と謳われるガイラスの弟子でもある、アレスの剣技が冴え渡り……私達は、中層に蠢く。より強靭な魔物たちを撃破していったのです。
―――ですが、中層の半ばに差し掛かった時。状況は一変しました。文字通りに……私達は罠にかかったのです。
毒霧、丸岩、跳ね板、落とし穴、油壺、暖炉、仕掛け天井、電気床、タライ、真空床、三角木馬、鳴子、花瓶、仕掛け槍、動く床と壁……などなどの、多種多様な罠に翻弄され……撤退を余儀なくされました。
ところが……引き返そうとした私達を待ち受けていたのは、魔物たちの待ちぶせだったのです。
まさしく全滅の危機でしたが……貴重な精鋭を、ここで再び失うのは下策だと、私達は判断しました。
―――その決断は正しく。
私……月影の女勇者“イルマーレ”は、自らを囮として仲間を逃がすことに成功したのです。
こうして、しがないパン屋の娘から、勇者と成った……私の旅は終わりました。
でも、私達の旅は終わりません。
―――終わらないのです!
基本的に、女勇者達に救いは有りません。
システム上……“術式”が“そうなってる”からです。
いまのところは……ですがw




