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この世界にレベルと言った概念は無い。
当然ながらステータスと言った存在もなく、配下や勇者一行、自分などの能力を客観的に測る方法はない。
ただし、魔法は違う。
魔法は、魔力で管理されるため、ある程度デジタルな値を算出できる。
そのため、マジックアイテムの鑑定なんかは、かなりゲーム的に処理でき、分かりやすいといえば、分かりやすいのだが……どうにも後付け感がして、妙な違和感がある。
そうのためどうしても“物理法則が支配する普通の世界に魔力を持ち込んで、誰かが強引にゲームっぽくなるようにした”……と言った疑念が湧いてくるのだ。
―――それはまあ良い。今は考えるだけ無駄だろう。
どうせなら、筋力や敏捷度なんかのステータスも分かればよかったが、体調や疲労などのコンデションで大幅に変わるデータが分かっても、あまり意味は無いだろう。
ゲームではないのだから、それで当然といえば当然なのだが、そんなことよりむしろ、レベル制の方が実装されて欲しかった。
それなら勇者に雑魚を大量に送りつけ、レベルアップ作業を促し、半強制的に経験値を稼がせ、強くさせることもできたからだ。
現実は違う。
敵を倒すことで……敵と戦うことで、戦闘経験を詰むことで、ある程度の向上は望めるが、劇的な強化はありえない。
つまり、勇者たちを、十二魔将を蹴散らし、魔王であるオレを倒せるくらいまで、大幅に強化するには、超常能力である“加護”や“祝福”を受けるか、神器級の強力な魔道具の入手は必要不可欠なことだと言い切れる。
だがしかし、神々の大半はぶち殺したし、神器級の品の殆どは、サブクエスト報酬として、オレが横取り&使用済である。
――――すでに、勇者の強化案の8割は潰えているのだ。
この手遅れ感漂う、絶望的な劣勢を覆すには、真の意味での奇跡が必要かもしれない……。
前途の多難さを再確認したオレは、軽くため息をつき、メリーが持ってきた、金杯に注がれた、見た目は上質の赤いワインっぽい……材料不明の液体を喉に流し込み、水晶球に目を向けた。
そこに映しだされた光景は、勇者一行が、神父を交えて作戦会議を行ってる姿だった。
「神聖な退魔兵装が効かないと言うなら、それはアンデットでは無いのではありませんかな?」
「そうかも知れない。サンシャインで怯みもしなかったからな……」
「いいえ、ワタクシが断言しますわ。アレは間違いなくアンデットです」
「マリーが言うなら、その通りなんだろう。だが、ならばなぜ私の魔法も効かなかったのだ?」
「……効いてないと言うより、回復してたように思えるけど?」
おお?! 成長した!!
何度全滅しようと、引かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! とばかり、なんの対策もせずに吶喊を繰り返していた勇者一行が遂に、立ち止まって考える事を覚えてくれたか!!
「そうだ! サンシャインが効かないなら……剣で切り倒せば良い!!」
「いい考えですわ。ワタクシも、聖撃が通じないなら致し方ありませんわ……不得手ですが、トゲ付き鉄球を使うとしましょう」
「うむ、では早速向かうとしよう……なあに、私の魔法が効かなかったのは、何かの間違いだ。次は仕留める! 行くぞエミー!」
「うーん? もしかして正負が逆転してる?……って、え?! ……逝くの?」
「ちょ、ちょとお待ち下さい! 急いては事を仕損じますぞ!?」
―――と、思っていた時期がオレにもありました。
どうやら、ボス戦全滅、強制帰還後。目を覚まして直ぐに、懲りずに再突撃しようとしたところを、神父さんが押しとどめ、事情詳しく聞いているところのようだ。
―――成長してねえぇぇぇ!?
そして、神父さん……ありがとうぉぉぉ!!
「神聖な力で回復するアンデットなど、効いたことがありませんぞ?」
「だが、実際には居た。どういうことだ?」
「部屋……墳墓自体に、何か仕掛けがあるのかも知れませんわね」
「……少なくとも、私が見た限りでは魔術的な仕掛けは無かった」
「ん……僕が見た感じでも、仕掛けがありそうには見えなかった」
「「「「「うーん?」」」」」
だが、話し合うのは良いが、めっちゃ悩んでるようだ。
うん、まあ、そりゃそうだろう。墓室に仕掛けなんて無い。
まさか聖属性のアンデットと言う、珍奇な存在が居るとは、普通は考えないよな……。
仕掛けた罠が、十全な仕事してくれた事は、製作者的には嬉しいが……困った。マジ困った。
勇者一行が、ハインを攻略するビジョンが見えない。
そもそも、闇とか呪いとかを扱う品は、殆どが禁制品で、入手自体難しい。
さらに、入手できたとしても、そう言った、負のオーラを放つ品を持って、アンデットの巣窟に足を踏み入れること自体が自殺行為だ。
負の相乗効果で、呪具の呪いが強まって持ち主を蝕んだり、アンデットが大幅に強化されたりするからな……。
さすがはテキトーにデザインされたダンジョンだ。
まさにクソゲー。
誰だこんなの作ったのは……って、それはもういい。
ぐぬぬ……どうしたものか?
事前に雑魚アンデットを一掃してから、対ボス用の呪具に持ち替えて再出発って手段は……ハインが健在な限り、アンデットは無限湧きするから使えない。
上位アンデットであるハインには、普通の武器では、全く効果が無い。だからと言って、銀製品などの聖属性の武器は逆効果だ。
純粋な魔法の武器なら、普通に効くのだが……そういった魔法の品の特産地である、魔導帝国“アーカロン”は滅亡済みだ。
―――うん、またなんだ。
魔導帝国は、世界有数の大国で、その国力武力は侮れなかった。
その証拠に、十二魔将でも上位に位置する、戮戦の単眼鬼“ゲラルチョス”に攻略を任せたところ―――
「オデ、ツヨイ! オデサマ、オマエラ、マルカジリ!」
「「「人間舐めるな化け物どもが!!」」」
「安全装置解除!」
「二時方向、目標補足! 大型一○、小型多数!」
「魔導機関全開!! 燃料を惜しむな!」
「魔力充填完了!!」
「よし! 討てッ!!!」
―――って感じに、帝国の誇る決戦兵器。三十八式魔導列車砲“デンドロビュームバスター”の砲撃で、単眼鬼率いる一軍まるごと、消し炭にされてしまったほどだ。
……まぁ、その結果。
優秀な参謀でもある、智将“ドライセン=ドライセン”の進言に従い、手の開いていた魔将を、彼も含めて7体程。惜しみなく戦線に追加投入したところ―――
「ほっほっほっ……さあいざ逝け! いざ進むのじゃ! 列車砲なんぞ、レールが無ければ動けぬ欠陥兵器じゃわい!!」
「破れぬ壁なぞ存在せぬ成。徹甲轟掌破!!」
「我らは一にして全、全にして一の天空の覇者! 空飛ぶ軍隊蟻“フライアンツ”! 今だに地べたを這いずる事しか出来ぬモノなぞ恐れるに足らん!!」
「……闇に滅せよ」
「ま、魔王さまの命令は、ぜ、絶対ですぅ……だ、だからボクのことを恨まないで下さい……爆裂炸裂殲滅魔法ッー!!! ふぇぇ……こわいよぉ……」
「おうどんたべたい」
「貧弱脆弱惰弱情弱虚弱孔雀! 弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱弱ッ!!!!」
「ボオリ、ボオリ……ペッ。ふん、やはり人間は、肉も骨も柔らかく歯ごたえが足りん……ふむ、ならば焼いてみるか?」
「「「「「「「「ぬわー!?」」」」」」」」
―――と言った感じに、オーバーキル。帝都諸共、軽く滅亡させてしまった、苦い記憶がある。
なんか変なのが混じってた気がするが……ま、いいや。
と、ともかくだ!
勇者たちの自力での攻略が難しいと言うか、不可能に近いことが分かったならば……再び、オレが介入するしかない。
幸いなことに、ゴブリンの聖地に送った吸血皇は、まだ、その近くにいるはずだ。
いつものように、側近であるベルクラッドに伝言を持たせ、聖者の墳墓の攻略を頼むとしよう。
これもまた、クエスト外の命令になるので、側近に持たせる指令文の内容には注意せねばなるまい。
目的は、ハインの粛清か抹殺で良いのだが……理由が難しい。
聖者の墳墓をダンジョンにしたのも、聖者を聖邪に作りなおしたのもオレだからな……。
なにか不始末があったと事すると、オレの失態にも繋がるので拙い。
翻意を持っていた事にしようにも、現場で事情聴取されたらあっさりバレて、よりヤバイことになるだろう。
魔将と魔王の関係は、かなりドライだ。
オレが弱さや隙を見せれば、下克上を喰らう可能性は高い。うかつなことは出来無い。
配下の者たちは、“オレ”に従っているのではなく“魔王”に従ってるにすぎないからだ……。
配下は居ても、誰一人として“オレ”の味方は居ない。そんな殺伐とした世界が、今のオレの全てとなる。
だからこそ、早く元の世界に帰りたいと願い続けている。
―――そのためなら手段は選ばない。
選ぶ余裕もない。
「魔王様。吸血皇より伝言を持って参りました」
そんなことを思い返しながら黄昏れていたオレの前に、ぬらりとベルグラッドが現る。
どうやら、吸血皇からの伝言である、封管を持ってきたようだ。
オレはまだ指示は出していない。何かトラブルでもあったのだろうか?
封管を開き、中の手紙を広げながら、水晶球を起動して現地の様子を観てみる。
水晶球に映ったのは、無数のゴブリンどもが聖者の町に一斉に襲いかかる光景であった。
そして、開いた手紙に書かれていたのは――――
「ご命令通り、制圧完了いたしましたが……
一部の矮躯なる者共が、我輩に恐れをなして大森林より逃走致しました。
魔王様。いかが為されますか?」
―――聖者の町、終了のお知らせだった。
テレパシーと言った遠隔通信手段は存在しますが、距離の制限あります。
そのため、魔王城から動けない主人公が前線と直接話すのは不可能です。
ただし、側近の影から影への移動に制限は無いので、ほぼリアルタイムで書簡の交換や、短い伝言の伝達は可能です。
問題は、それをこなせるのがベルグラッド、一人だけってことです。