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リケイド大陸における勇者は、魔王を殺すための“呪い”に近い。
戦って戦って戦って……力尽きて倒れても、その経験は“次の勇者”に引き継がれる。
次の勇者もまた、戦って戦って戦って……力尽きて倒れても、その経験は“さらに次の勇者”に引き継がれる。
これを延々と……魔王を打ち倒す。いつか来るその日まで繰り返すそうだ。
ギルド長が正体不明のオレを、重要人物である女勇者一行にあっさりと推薦した理由も判った……。
オレがなにかやらかして、女勇者が死んだとしても……それも“経験”となり、次に活かされるので全く問題は無い……そういうことだ。
―――エゲツねええええ!!?
仕組み的には、オレの“魔王の力”の継承に似ているが、本質が異なる。
オレの方は、単純に“力”だけが継承されるのに対して、女勇者の方は“力と経験”が継承される。
経験も重なる分だけ、女勇者たちの方がお得に思えるかもしれないが……それは甘いと言わざるを得ない。
経験とは“記憶”でもある。
つまり……自分や仲間が、無残に殺される様を、継承された回数分……覚えているって事だ。
普通なら発狂するだろ?
だが、女勇者にその様子はない。
このシステムの致命的な欠陥に繋がる疑問として……力を受け継いだ者が、戦いを拒否して、逃げ出した場合はどうするのか? ……と言った問いがある。
その答えは……“女勇者が、戦いを拒否することはない”って現実だ。
―――何のことはない。
魔物や敵に殺された“恐怖”の記憶が全て……“憎悪”に転化させられているのだ。
“力”の継承によって、戦う力を得た“復讐者”が、その仇敵との戦いを拒否するはずがない。
継承の瞬間を見たわけではないので断言はできないが、ほぼ確実に、記憶の改竄……精神操作が“継承”の術式に組み込まれているモノと思われる。
人の心を弄んで、究極の暗殺人形を作り上げるためのシステム。
それが、リケイド大陸の女勇者の継承システムの正体ってわけだ……。
何処の誰が考えたかしらないが……随分とまあエグい仕組みだな、こりゃ……。
いくらなんでも魔王を殺すためだからって、人の心を弄くるなんぞ外道もいいとこ…ろ…だ………ん?
そういやオレも、勇者一行……アレンたちの復活用術式に精神操作を含めてたような……。
…………い、いや! 違うぞ!
オレの場合は、パニックを抑えるための鎮静剤みたいなモノで、感情をすり替えるような真似はしていない!
恐怖を憎悪にすり替えるのと。恐怖を平常心にすり替えるのでは、似てるようで全然違うはずだ! ……はずだよね?
と、とにかくだ!
オレが居たライラリス大陸の勇者と、このリケイド大陸の女勇者とでは、性別だけではなく。もっと根本的なところが違っているってことだ。
―――勇者とは?
神の加護や守護を受け、魔王に対抗するための存在である……それが、この世界の常識だと思っていたが……違うのだろうか?
女勇者に神の加護や守護は無い。
継承された勇者の力。それ自体が神の祝福である……と、されているが、ハッキリ言って出鱈目だ。
オレの魔力感覚も、水晶球による探査も……神の力。神気や神力は一切、検出できなかった。
女勇者の力と経験の継承は……オレの遠隔術式と同じく。作為的に仕組まれ……演出されたまがい物だってことだ……。
ただ、コレが本当に“まがい物”であると断言するのは危険だ。
御子=勇者。
この図式が正しいならば、神と関わっていないリケイド大陸の女勇者は……まがい物である! ……と、言い切れる。
―――だが、本当に、正しいのか?
最大の問題点として……この世界に現在“魔王”は……“オレ“ 一人しかいないっ!
リケイド大陸に、オレとは別の魔王がいるなら話は早い。こっちではそうなっている……で疑問は片付いたからだ。
しかし、現実に……水晶球で念の為に探したが……“魔王”と称される存在は、世界にオレ一人だけである……。
最終クエストで、オレが倒されてやるべき勇者は……どっちなんだ?!
――――
―――
――
「させんよ! 十文字結界陣ッ!」
「サリーが防いでる内に……いまだ~! 殺っちゃえ! サ~たん!!」
「あいよ……オレには7つの命なんてないけどな…って意味通じんか……。
無詠唱
―――爆砕衝撃破ッ!」
ほら、出番だ。ナルシー」
「ええ、後は任せて! って、その渾名はヤメてー!?
――月精に願い誓う! 我が前に立ちふさがりモノを打ち砕け! ムーンサルトエクスプレスッ!」
金剛石すら砕く、七色の魔力を帯びた豪腕が唸る。
聖騎士が結界で受け止めるも、見る間に結界が綻びていく。
稼いだ時間は僅かなれど……オレにはそれで十分だ。
純エネルギーによる衝撃波を撃ちだす。
遺跡最後の守護者に直撃した衝撃は、その強大な体躯の隅々に伝わり……内部から粉砕する。
だが、敵もさるもの……全身ボロボロの死に体となっても、まだ、戦意を失わずに拳をふりかぶった。
しかし、そこにダメ押しとなる一撃が蒼天の女勇者より見舞われ撃沈したのだった。
「わーい! やったね、サ~たん! 「ひょい」 ぶー! だからなんで避けるのー?」
「魔力の効き難いはずの真銀石人形を、魔法であそこまで傷つけるとは……非常識だ」
「非常識でもなんでも良いわ……サーたんのおかげでココまでこれたのだから……でも、まだ扉が……」
「流石は古き時代の宝物庫だけあって、かなり厳重な封印が施されているようだが……オレには無意味だ。
無詠唱
―――解呪
―――解錠
―――霧散
合成魔法
―――――全封印開放ッ!
ほら、開いたぞ。女勇者ナルナル」
「ありがと……って、その呼び方もヤメてよ!?」
「わーい、お宝お宝っ!」
「まて、まだ罠があるかもしれん! 迂闊に飛び込むな!」
「大丈夫だ、罠はない。
目的の財宝である[古の神の遺産]……[神々の鳥船]はすぐそこだ」
開け放たれた扉の先は、宝物庫とは名ばかりの……魔導施設があった。
部屋に配置された、様々な計器は今だに稼働をし続けている。
その中央に複雑に絡んだコードのようなものに繋がった台座があり……その上に大きな“卵”らしきモノが鎮座していた。
先に足を踏み入れた、蒼天の女勇者“ナルシア”は、こちらを振り返ると感極まったような笑顔を浮かべた。
おお、カワイイッ! ……確かに可愛らしいが、なんか眼が病んでないか?
瞳の奥に……暗く沈んだ憎悪の炎っぽい輝きが幻視できるんだが……?!
「長かったわ……。
7人……7回目の挑戦でようやく辿りつけた……。
これでようやく……魔王の支配する。闇に覆われた暗黒大陸に行けるわね!
憎き魔王の元に辿り着くには、まだまだ障害があると思うけど……みんな! 頑張りましょう!!」
「そうだね~ がんばろー!」
「うむっ!」
「お、おう……」
その憎き魔王が、あなたのすぐ目の前にいる件について……。
魔王やってクエストを始めた時点で、被害者や縁者から恨まれるのは覚悟してたが、これって免罪だよな?
リケイド大陸でも色々と魔王の悪行を聞いたけど……クエスト外の領域で起きた事件なんて知らんがな……。
どうすりゃいいんだ? マジで……。
女勇者は神の祝福など受けていませんが……“継承”によって様々な意味で強化されています。
実力的には、元勇者や邪神の御子に匹敵する強さがあります。
ただし、その強さは不安定なもので……地力とでも言うべき底力は皆無です。
さらに、戦う動機が復讐心のため。アレンたちとは別の意味で、蛮勇を振りかざして自滅することが多いようです。
今回も魔王がいなければ全滅していました。
仮に運よく最下層にたどり着いても、封印を解くことができず。徒労に終わっていたでしょう。
つまり、魔王が何もしなければ、女勇者はライラリス大陸に渡る方法が無かったわけです。
やったねサーたん! 勇者(敵)が増えるよ!