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リケイド大陸に来て、様々な疑問を解消するため調査を始めたオレは、手始めに、月光教会にあると言う初代勇者の像を見るために、拝観料を稼ぐことにした。
見るだけなら、ベルグラッドに情報と共に持ってきて貰った水晶球を使えば余裕ではあるが……どうせなら、肉眼で観るのも風情ではなかろうか? ……と思ったのが、稼ごうと思った理由だ。
それに、荒事はカネになるのがこの世界の常識だ。そしてオレは魔王であり、腕っ節には自信があるってレベルじゃない。稼ぐなんて簡単だ。
そこらの人々に聞き込み調査したところ……肉体労働で稼ぐなら傭兵ギルドいくのが一番手っ取り早いことが判った。
元いた大陸と違って、きちんと組織化されてるのも、分かりやすくて良い。
傭兵ギルドに向かうにあたって、ただデカイだけのおっさん姿では拙いので、外見を少し変えることにする。
体格に合わせて、剣を持った普通の戦士風に幻影を被せようと考えたが……却下だ。
オレは剣を使った経験がない。
そりゃ魔王の膂力でぶん回せば、剣技なんぞ無くても、十分な殺傷力があるのは分かっているが……忘れていはいけない。オレは無一文である。
現時点では、鈍らな剣すら買う事ができないのだ……。
そこでオレが考え選んだのが、今のこの格好……灰色帽子に灰色のローブと、それっぽい意匠を凝らした杖を持った。どこからどう観ても魔法使いにしかみえない姿である。
ちなみに杖は、そこらで拾った木の棒に幻覚を被せて、それっぽく見せてるだけだ。
魔術師にしては、少々体格が良すぎる気もするが……まあ、いいだろう。世は広い。中には職業の選択間違えてるだろ!? ……と、ツッコミたくなる者がいてもオカシクはないはずだ……はずだよね?
と、とりあえず見かけを整えたオレは、傭兵ギルドの戸を叩いたのだった……。
傭兵ギルドは、傭兵の斡旋だけが仕事ではない。
賞金首と呼ばれる、賞金の賭けられた犯罪者や魔物を狩る……賞金稼ぎの管理も行っているのだ。
賞金首には、賭けられた賞金の額と、討伐難度……ランクが存在する。
ランクはFEDCBASと存在して、大凡の目安としては古参の魔将でA。今の新参魔将でB~C。Dは騎士団や大手傭兵団。Eは傭兵団や腕の立つ個人。Fは素人でも集団なら倒せる程度。そんな感じのようだ。
ちなみにSは、災害級で、魔王討伐もココに含まれるらしい。
賞金首の討伐に資格は無く。条件さえ満たせば、誰にでも支払わられる。犯罪者でも奴隷でも可だ。
条件も目標によって様々で、生死問わずから……“無傷で生け捕り“が前提となっているモノもある。
討伐の証明方法も様々で、生首など、討伐部位を持ってくる原始的な方法から、魔具を使って討伐を記録すると言った先進的な方法もある。
傭兵になる場合。いずれかの傭兵団に所属する必要があるらしいので傭兵になるのは却下だ。
手っ取り早く稼げて、行動を阻害されない賞金稼ぎが妥当だろう。
そんな理由で、壁に貼られた賞金首リストから手頃な相手を見繕って、狩りすることにした。
こういう世界ではありがちなはずなのに、元いた大陸には、何故か存在していなかった冒険者に近い活動だったので、なにげにテンションが上がっていたのだが……
―――楽勝すぎてツマンネ。
手配書に書かれた目撃例や主な生息地を参考に、該当地周辺を水晶球で俯瞰して索敵。
獲物を発見したところで転移魔法で、背後などの死角に出現。
後は、魔王の力でサクッと瞬殺。死体を持ってギルドに再転移して、検証作業をやってもらってお終い……余裕すぎる。
ギルド員が検証作業をやってる間が暇なので、別の獲物を探して……索敵。転移。瞬殺。再転移。そして、その検証中も暇なので……索敵。転移。瞬殺。再転移……とか、延々と繰り返していたら流石に嫌気が差してきた。
狩場を荒らさないように程々の強さであるD~Bランクから適当に選んだ獲物の討伐数は、現在99体。
キリが良いから次でやめよう。最後の獲物くらいは手強い方が……と、選んだ相手は、Aランクの魔獣。
亜竜の中でも強い方の多頭竜“ヒュドラ”討伐を選び。その居場所を索敵していたところ……突如、ギルドマスターに呼び出された。
―――どうやら目立ち過ぎたらしい。
少し考えれば分かることだが、テンション上がってた反動もあって少々迂闊になっていたようだ。
ま、どの道この大陸に長居するつもりはないし、多少目立ったところで問題はない……と思っていたのだが……。
ギルド長直々に、女勇者一行の臨時メンバーに推薦されてしまった。
見も知らぬ新参者のオレを、いきなり勇者一行に推薦するなどありえない事だと思うのだが……実際に推薦されてしまったモノは仕方がない。
ギルド長の思惑は不明瞭だが……なんとなく碌でもない理由のように思える。後で水晶球使って真意を調べておこう。
そんな理由で、状況に流されるまま……。
この街を臨時拠点として[破談の檻]と呼ばれる古代遺跡に挑む予定であった女勇者一行と合流。適当に挨拶を交わした後、軽く準備を済ませ、ダンジョンアタックを開始することになった。
そして現在。破談の檻の中層部にいた番人らしき中ボスっぽい亜竜を打倒したところである。
「さあ、次の階層に向かうわよ!」
女勇者が威勢よく声を上げる。そして、門番を倒したことで魔力回路が壊れ、消えた魔法障壁の奥にある階段に向かって歩き出す。
「まった! そこから先の情報は無い。
何が有るか分からないから、頑丈なワタシが先を行こう」
「ああ、その方が良い。降りた先で骸骨弓兵と骸骨兵士が待ち構えているようだからな……」
先ゆく女勇者に声をかけた聖騎士が、先頭を入れ替わり。階段を降りようとしたところに、オレが言葉を繋げる……その直後に、弓聖のエルフが抱きついてきた。
「さっすがサ~たん! なんでもお見通しって感じね うふふっ」
水晶球で先を見通せるので、罠も待ちぶせもオレには効かぬよ? ふははっ! ……と、心の中でドヤ顔してるオレの背中に、ぷにっとした柔らかくて温かいものが押し付けられる。それが何かは考えるまでもなく分かる。
出会った時から妙にオレに懐いてる……弓聖“ミリアム”。上位妖精……古代種の女エルフの胸部装甲……ではない。
それは、弓の邪魔にならないように片側につけてあるだけなので、反対側は布一枚しかない。なのに彼女は、はしゃいだ様子で、あててんのよ? と言わんばかりに、オレの背に押し付けてくる。
普通の男性なら、頬が緩み、鼻の下が垂れる状況であろう……だが、オレは動じない。魔王の肉体は、生理現象とは無縁だ。
もちろん意図的に反応させることも可能だが……相手の真意も読めない内にわざわざそれをする必要もない。
魔王に色仕掛けなんて効かんよ?
―――中の人には効くけどな!
ヤバイ!? マジヤバイ! 異性の体温を感じるなど何年ぶりだ? って話だ。
童貞をこじらせた覚えはないが、異性との接触なんて何年ぶりだろうか?
魔王軍の連中と、迂闊にスキンシップなんて取ろうものなら……比喩ではなくガチで血の雨が振りかねない。
それにそもそも、玉座から立ち上がれないオレからはもちろんのこと。
魔王軍最高の地位に有る魔王であるオレに、抱きついてくるような命知らずは、魔将にすらいない。
仮にいても、感じられる感触は、酷く残念なモノになるのが目に見えているので、お断りだ。
メリー? 存在に癒やされるけど……骨っ娘には、温もりも柔らかさもありませんが何か?
そうなのだ……。
つまり、正当な異性との接触は、魔王と成ってから初めての経験なのだ!
ドキがムネムネ……じゃなくて、胸がドキドキするようなシチュエーションが、オレに訪れようとは……良い意味で予想外だ。
些細な誤解から魔将たちにフルボッコにされた。現在進行形の過去を思い返すと……色んな意味で涙が出そうだ……。
そう、これはアレだ……俗にいうフラグだ! フラグに違いない!!
いやったー! 立った! オレにフラグが立ったぞー!
―――問題は、立ったのは、死亡フラグである可能性が濃厚であることだ。
女勇者は、勇者? ……な、アレンとは違い、普通に強い。
仲間たちも、それなりに強い。
そして、今のオレに、戦力として頼れる配下は0に等しい……。
―――ヤバイ! 別の意味でドキドキしてきた!?
ゲームや漫画じゃあるまいし、フラグなんて都市伝説ですよ?
……主人公がいる“異世界”では、どうか知りませんけどねw




