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注:やや下ネタあり
さて諸君。言葉というものは難しい。
一言一句、全く同じ言葉であっても、時と場合と、その言を放った人物や口調などで受け取り方が変わるのは珍しいことではない。
己の意図を他者に伝える方法が、古今東西、十人十色。様々なやり方があるのも当然のことであり。
少しでも早く。少しでも確実に……自分の意思を他人に伝えるために、人々は千の工夫と万の試行錯誤を繰り返してきた。
それでもなお、言葉のすれ違いが起きるのは悲しいことだと思う。
ベルグラッドからの報告を聞いたオレは、魔将たちの反応に納得したと同時に……激しく落ち込むことになった。
………そう言う意味じゃねーよ!? と。
どうやら、オレの命じた罰である「便所掃除一ヶ月」を、彼女らは―――
「便所で、ご奉仕一ヶ月」
―――と、受け取ったらしい。
つまり、意識の齟齬がもたらした悲劇だったわけだ……が、これはひどくないか?!
被告である獣神姫の場合。ただでさえ過去が過去なだけに、そういった話題すらヤバイのに、妙な反応に動揺して……「ん? 経験があるから慣れてるのではないか?」 と、うっかり問いかけたのが致命的な失敗だった。
オレは単に “便所の掃除したことないのか?” って聞いた程度の意味だったんだが……上記の経緯を踏まえると……失言ってレベルじゃねー!? 下種すぎる! セクハラと言うにも生ぬるい!?
まさしく、自分でもドン引きするしかないセリフを言ってしまったのだから……十二魔将全員が、ブチ切れたのも当然だわ……はははっ……はぁ……。
………だからオレは、ソコまで鬼畜じゃねーてばよ!?
もともと、性的な意味での罰は、プライドを折るタイプの罰より、遥かに問題が大きい。
なぜなら罰を受けたモノも、それを知ったモノも、それを“正当”な“罰”とは受け取らず……ある種の“嫌がらせ”と考えるからだ。
嫌がらせなので、刑罰を受けた相手も反省することはなく。たんに不満を持つだけで……罰の意味が無い。
それを知った外野もまた、嫌がらせを命じるような奴だと、品性を疑い執行者の評価を下げる。
最悪の場合……“罰を与えるために罪をデッチ上げた”と思われかねない。諸刃というより逆刃の剣でしかない。
ハッキリ言って、愚行としか称せない。
信賞必罰は、上に立つものの基本であるが……だからって、なにをやらせても良いわけがない。
罰を、己が欲望を満たす口実と思われるようでは話にならない。
そんな後先を考えない。阿呆な罰を、オレが命じるわけ無いのだが……それを理解してもらうには、付き合いが浅すぎた。
古参連中だったら、オレの意図を怪しみ。誤解や齟齬を疑って、発言の訂正や、真意の確認をしてくるだろう。
だが、今の魔将に古参は1体しかいない。それも、よりにもよって、会話が困難な……怪生物“ゲ・レ・ゲーレ”だけである。
魔王であるオレと、直接話した経験の少ない。再編された新参だらけの状況であったことを、もう少し考えてから発言するべきだった……と、今は後悔している。
―――だが解せぬ。
エロゲや薄い本じゃあるまいし、トイレ掃除からエロい事を連想するのは過剰反応過ぎないか?
普通は言葉通りに受け止め、変な解釈することはないだろ?
そもそも、こっちの世界にそんな発想……そう言った特殊な嗜好なんてあるのか?
…………あ゛
そういった裏的なことも含め……オタク文化として魔王軍とかに広めたのは……オレだった……。
つまり、あらゆる意味で……オレの自業自得?
結局悪いのは、オレ……だった!?
…………
……
…
「おい、あんた何やってんだ?」
側近から報告を受けた後。
今後の対応を考えてる内に、自分の壮絶な自爆であった事に気づき、驚愕のまま固まっていたオレの意識を呼び戻したのは、巡回中の兵士の声だった。
ここは、リケイド大陸の端にある。ガンド辺境伯の領地である……ガンド伯爵領のどまんなかにある首都の表通り。
そんな往来の場で、唖然と佇む大男がいれば、治安を守る衛兵に声をかけられないはずがない。
「ああ、すまない。ちょっと驚いてね」
「ん? ああ、そうか……ここをただの田舎町だと思ってたのか?
ははははっ! ここは勇者発祥の地だ。
伝説に誉高き…初代勇者……月光士である“セレスティア” 彼の人の出身地である!
その美しくも、勇敢なるお姿を見たいなら月光教会に行ってみるが良い。
拝観料としてお布施が求められるが……それでも、一見の価値はあるぞ?」
そう言って衛兵は立ち去っていった。
オレを怪しむ様子はない。それはそうだろう、今のオレは何処からどう観ても大柄な……ただのおっさんだ。
幻覚を上からかぶせて偽装してるだけなので、触られると違和感をもたれるだろうが、こうして普通に会話する分には問題はない。
本当ならもう少し目立たない姿になりたかったが……体型や体格を変えすぎると、謎の当たり判定を持つ不審者となってしまうので諦めた。
着の身着のままのオレは無一文だ。
しかも、国どころか大陸が違うので、仮に持っていたとしても無意味だ。
今現在オレが知ってる限りでは、ライラリス大陸とリケイド大陸の交流は“皆無”であるから両替すら不可能だろう。
拝観料を払うには、なんとかして路銀を稼ぐ必要がある……って、そういう場合じゃね―?!
[月見の勇者“セレスティア”]
………誰だ!? 知らんぞ!!??
つーか、初代勇者は……地平の勇者“ロットバル”じゃないのか?!
それに月光教会? 聖光教会じゃない?
これは……バカンス気分で物見遊山してる場合じゃないな……クエスト外の場所だからって情報収集を怠っていたツケが回ってきたって感じだ。
―――遥か前に抱いた、ほのかな疑問。
歴代の魔王と……歴代の勇者。
世界の仕組み、そのものに対する疑念。
この大陸が、何故? クエストから除外されていたのか……。
そもそも何故……クエスト“外“の場所が存在するのか?
その場所が、亜人すら住めない人外魔境であるなら理解できる。だが、このリケイド大陸には“国家”が存在する。
かつてオレは、世界の8割を手中に収め。残る一国……聖王国を落とせば世界制覇だと思っていたが……前提が間違っていたのか?
少し……いや、本気で調べてみる必要がありそうだ。
……………
………
……
「妖精弓……降り注げ! 流星矢雨ッ!」
「戦神の名に於いて、汝の進退を封ず……聖輪陣ッ! よし足を止めた! サーたん!」
「う、うむ……!
無詠唱
―――氷嵐穿孔ッ!」
「とどめは任せて!
月天の理に従い、混沌に還りなさい! ムーンサルトザッパーッ!」
金髪碧眼の整った顔立ち。スレンダーで有りながら巨乳、それでいて調和の取れた奇跡のボディを持つ上位妖精の弓聖“ミリアム”
彼女の放った矢が天井に溶けるように消えた直後。豪雨のように無数に分裂した矢が魔物たちに降り注ぐ。
一瞬にして配下の魔物を失った、闇色の鱗を持った亜竜“リザードレイク”は、不利を悟り逃走を選ぼうとしたが……。
鮮やかな赤髪に、目元を隠した白銀の鎧兜を身にまとったスレンダーな体型の……赤の聖騎士“サリアス”
彼? 彼女? が光の結界を貼ったため、足を止められる。
退却不可能ならばとばかりに、やけくそで突撃しようと身をかがめた亜竜に向けて……。
杖を持ったいかにもな魔術師風の格好をしてる“オレ”が、軽く上位魔法をぶっぱなして、弾き飛ばす。
無様に地に転がり、半身を氷漬けにされ虫の息になった亜竜。だがその戦意は……生きる意思は消えていない。
だが、そこに青い髪をなびかせ、藍より蒼い清浄な極光を剣に纏わせた女勇者……蒼天の勇者“ナルシア”が切り込み、あっけなく亜竜は首と命を断ち切られたのだった……。
「やったわ! さすがは勇者ね! それに、サーたんもご苦労様、ね!」
「……まあ。実力だけは認めよう」
「やっぱり魔術師がいてくれると戦術の幅が広がって良いわ。これからも、よろしくね。サーたんさん」
「お、おう……」
現在オレは、リケイド大陸の勇者一行と共に [破談の檻] と呼ばれる地下迷宮に来ている。
ここの最深部にある[古の神の遺産]とやらが目的だ。
女勇者一行に、オレが同行してる理由は、利害の一致……とでも言っておこう。
ちなみに、なぜオレが“サーたん”など可愛い感じで呼ばれているのか?
その答えは、出会いの挨拶にあった。
「そうだな……サタンとでも呼んでくれ」
「ふふっ面白い人ね……そう、わかったわ! サーたん! 今後ともよろしくね」
まさか馬鹿正直に“魔王”とは名乗れないので……元の世界で魔王を意味する言葉を、適当に名乗ったのだが……。
間違いではない……間違いではないのだが……解せぬッ!?
ある意味超展開ですが……ちゃんと本筋と繋がってますよ?
大陸間の交流は、ほぼ0です。
理由としては、海峡内は海が荒れてる上に、魔物だらけで航海不可だからです。
魔王様の場合。途中の障害を全部、力ずくで突破しました。そして、そのことに本人は気付いていませんw
ぶっちゃけるなら……この展開は、***にとって予定外&予想外です。
それが主人公にとって吉となるか凶となるかは……今後の展開をご期待くださいw