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<28>

 透き通るように青い空。その美しき紺碧の蒼を鏡写しにしたかのような大海原。


 水平線の向こうに微かに見える岩山の裏側には、直接見ることはできないが、オレの仮宿(・・)である魔王城が有るはずだ。

 

 オレは今……海を隔てた先にある別の大陸。リケイド大陸に来ている。

 

 魔王の肉体は超再生によって回復したので無傷だが……ガラス程ヤワじゃないがダイヤと言うには脆い……オレの繊細な心(ジルコニアハート)と衣服はズタボロだ。

 

 以前着ていた衣服は、雷刃の勇者との戦いで殉職したため。新しく仕立てた[魔王の王衣(ガーブ・オブ・ロード)]


 配下(メリー)の前で自分を解き放ってしまった悲劇を教訓に、自動修復(オートリペア)浄化(ピリファイ)を付与してあるので、そのうち元に戻るとは言っても、素でもかなり頑丈なはずの衣をここまでボロボロにしてくれるとは……さすがは、劣化しても12魔将だと感嘆するしかない。

 

 さて、玉座から動けないはずのオレが、なぜ、遠く離れた別大陸にいるのか?

 

 当然の疑問だと思う。オレ自身も、どうしてこうなった気分でいっぱいだ……。

 

 単刀直入、簡潔に答えを述べるなら―――


 

 十二魔将全員にボコられたので、魔王軍の影響圏外。別大陸まで逃げてきたお!


 

 ―――と、なる。

 

 意味がわからないだろう? ……オレにも、わからん!?

 

 すでに手遅れなような気もするが、まだ、慌てるような時間じゃないと自分に言い聞かせる。

 

 落ち着いてディスプレイウインドウを開く。

 クエスト欄をタップして、クエストの状態確認をとる。

 

 ラストクエストは……まだ、継続中だ。失敗扱いには成っていない。

 

 つまり、希望は潰えてなどいない……オレはまだ“魔王”のままだ……。

 

 最大の懸念が晴れたので、深々とため息を付きながら余裕を取り戻したオレは、落ち着いてこうなった経緯を思い返し始めた。

 

 ―――――

 ―――

 ――

 

 きっかけは……そう、獣神姫の処遇を決め、それを公表した事だ。

 

 処分の内容は……[便所掃除一ヶ月] である。

 

 国を一つ崩壊させた罰が、たったそれだけ!? ……と、ツッコミたいだろうが、ちょっと待って欲しい。

 

 便所掃除一ヶ月。

 オレの元いた世界の基準で考えるなら、ヌルいと言わざるを得ない。

 

 だが、ここは異世界である上に、状況も境遇も価値観も違う魔界であり、魔王城の中である。

 

 考えてみて欲しい。


 魔将とは、人間世界で言えば、貴族や大臣クラスのお大尽さまでもある。


 その、お偉いさん当人に、下っ端の仕事である便所掃除をやらせるのだ……それなら、十分な罰になると思わないか?

 

 魔族の肉体は、魔王の肉体と同様に、生理現象とは基本的に無縁だ。

 

 しかしそれでも、飲み食い自体は可能であり、排泄行為もその機能は付いている。


 ただし、消化吸収効率が完璧で、適度な食事なら100%エネルギーに転換できるため、排泄行為は不要とも言える。

 

 だが、何事にも限度はある。


 消化吸収効率を超える量を、短期間に摂取した場合。食べるもの食べれば出るものは~と言った理屈どおりの現象が起こるのだ。


 そのため、魔族主体の魔王城にも、トイレはちゃんと存在している。それにだ。魔王軍には魔族以外の種族もいるので、衛生管理は重要課題であって、トイレの維持管理は結構重要な仕事だったりもする。

 

 ―――玉座から動けないオレには無意味だがな!

 

 黄色い雨事件? オレの記憶(ログ)には無い。オレの心の棚は、定期的に空っぽにしてるからな!


 

 さ、さて、話を戻すとしようか……。

 

 そんな理由で、オレは極刑の代わりに、精神的なダメージはあるが、実害は少ない罰として便所掃除を選んだ。

 

 こういったプライドを削るような罰は、実のところあまりよろしくはないのだが……罰を受ける相手の事情を鑑みれば妥当だろうと、オレは判断した。

 

 獣神姫は、獣人だ。

 

 獣人は、人間よりも上下関係に厳しいが、それは魔族的な上下関係に酷似している。


 だったら、やはりお偉いさんである魔将に、そういった類の“誇り”を傷つけるような侮辱的な罰は拙いのではないか?

 

 その考えは、半分正しい。


 侮辱的な罰を与えれば、例えば、吸血皇に便所掃除をさせようとすれば、99%反乱を起こすだろう……ちなみに残る1%は自害だ。プライドが高いと言うのも難儀なものである。

 

 だが、獣人の場合。風俗的習慣として“自分の世話は自分でする”といった慣習がある。


 これは国王クラスでも同じだ。

 

 もっとも、獣人には“群れ”といった概念はあるが“国”と言う概念は薄い。


 唯一無二の獣人国家であった“ガルガンテュース”が滅びた今、それは特に顕著になってきてるらしい。

 

 そういうわけで、姫と言っても獣人である彼女なら、便所掃除の一ヶ月くらい余裕だろう。


 上記の理由から……獣人である当人的には大したこと無いが、周りはそれが“厳罰”であると受け止めて、罰がヌルいと文句をつける確率は低い。むしろ、同情を集めるかもしれない。


 苦肉の策ではあるが、まさに名案だと自画自賛してよいだろう。


 

 ………そう考えてた時期が、オレにもありました。

 


 沙汰を下した時の、十二魔将の反応は―――

 

 「!? ……………………………………わかり…ました。つつしんでおうけします」

 「ま、魔王さまー!? ゲスいです! さ、最低です! 爆裂炸裂殲滅魔法(フレアブラスト)ッー!!!」

 「おいxっzvんsSxytkhてじゅl;sdsが?」

 「………うふふ。ま・お・う・さ・ま。とっておきのぉ……聖銀の杭打ち(ミスリルバンカー)をどーうぞッ! ズドンッ!!」

 「おぉぉぉおおおおおぉぉぉおぉおおおぉぉ……!? ヴぉぉ、断罪(ヴォーパル)逆十字光(ターンクロス)っぅ!!」

 「わんわんお?! わふっ!(どんびきですぅ魔王さまぁ!? 反省するですぅ……真・絶天なんちゃら抜刀牙ッ! ですぅ!)」

 「あんた……魔王だからってチョーしのってんじゃないよッ! 鮮華・緋牡丹灯籠(クリムゾンブランド)ッ!」

 「無罪が難しいのは私も理解しておりますわ……で・す・が……乙女の尊厳を蔑ろにする刑罰など認められませんわ! ブヒッー!! [ゆらめく炎の魔剣(フラムベルジュ)] 焼き尽くせ……ですわ! ブヒッ!」

 「むんッ! ぐぐぐっ……ふんッ! キラッ(魔王様も筋肉の鍛え方が足らなかったと見える……鍛え直しである! 筋肉少女怪光線(ウーメンズビーム)ッ!)」

 「お・う・ど・ん・た・べ・た・い」

 「ふむ……、キレたくなる気持ちとは、こういうことですな……。一国の王であるなら情欲よりも、信義を取るべきである。ならば、王としての器では無いと言うことですな……。魔王解任が妥当では?」

 「ラララ~課された罰は~極悪非道ぉ~罪を問われるは~何れかや? ソは魔王であるなら~課される罰は何れかや? ラララ~ 捧げる曲は~罪過狂奏曲(ギルティラプソディ)

 「にゃは?! ふにゃーん……ふぅー!(ディーちゃん思うの! 下品な男は苦しんで死ねば? 失恋猫(ハートブレイク)拳打(ネコパンチ)……って、キャハ!)」


 ――――罵倒と超必殺技ブッパでしたとさ。

 

 オレが何をしたー?!

 

 何をどう解釈されたのか……何が琴線に触れたのか分からないが……。

 

 言い訳の暇も無く、十二魔将全員からフルボッコにされそうになったので、思わず逃げ出した結果が、今の状態である。

 

 

 罰を申し付けた時。


 目を見開き、両肩を抱くように震えて蹲った獣神姫の反応をみて……あれ? もしかしてやらかした?

 

 ……とか思っていたので、確認しようと一言問いかけた瞬間。


 閃光爆裂。オレを中心に超級魔法が炸裂したのを皮切りに、次々と奥義クラスの技が十二の魔将たちから放たれた。

 

 いきなりの展開に、思わず玉座から腰を浮かした時に気がついた。

 

 こいつら……ガチでオレを殺る気だ……と。

 

 知っての通り。オレは玉座から原則的に動けない。


 数少ない例外は、特定のクエスト中か……“敵”に謁見の間まで攻めこまれ“命の危機”に晒された時だけだ。

 

 玉座から立ち上がれた。立ち上がれてしまった……それが答えである。

 

 冷静に考えるなら、現在の十二魔将で、オレの脅威となり得るのは二名しかいない。


 そして、その二名は、積極的に攻撃はしてきていない。

 

 獣神姫は、俯いて蹲ったままだ。そして、こちらを睨む。貴鬚后“エイミー”に慰められている。


 怪生物は、あいかわらず何を考えてるか分からないが……攻撃してくる様子はない。


 なんとなくだが…「あーあ、やっちゃたよこのバカ……」 って感じに、カワイソウな人を見るような眼で見られてるような気がするが、気のせいだろう。そもそも、不定形の怪生物に眼なんてあるのか?

 

 ……ま、まあ。そんな状態だったので、ガチでやってもここでオレが負ける可能性は低い。


 低いのだが……。


 

 ―――怖かったんだってばよッ!!

 

 

 色々な意味で残念なハーレムではあるが、うら若き女性の集団であるのは事実だ。

 

 オレは魔王では有るが……その中の人は普通の男性である。


 最初から、ある程度心構えをしていれば、ここまで動揺することもなかったのだが……あらゆる意味で予想外過ぎた。

 

 有り体に言えば……部下の女の子を、うっかり泣かせた上司が、周りの女子たちに詰め寄られて部屋から逃げ出した……って感じか?

 

 そんな理由で、動けることを幸いに、全力全開。無我夢中で逃げ出した先が……ここ、海の向こうの別大陸であった。

 

 この地……この[リケイド大陸]は、オレが元いた[ライラリス大陸]と違い、完全なクエスト圏外だ。

 

 本来なら、オレがこの地に降り立つ可能性は0だったはずなのだが……どうしてこうなっ……止めよう。こうなってしまったのなら、どうして? と答えの出ない答えに悩むより、状況の把握と解決方法を考えた方が良い。

 

 さて、今すぐ魔王城に帰るのは無理だ。十二魔将はまだ……オレを殺る気満々である。

 

 何故ソレが分かるかと言うと、オレが“ここ”にいるのがソノ証明だ。


 クエスト終了や、戦闘終了などで、オレが……“魔王が玉座から離れる理由”がなくなると、ある種の強制力が働く。それによってオレはオレの意思に関わらず玉座に戻ってしまうのだ……。

 

 難儀な話では有るが、どうしようもないコト(・・・・・・・・・・)なので、先を考えよう。

 

 手元に水晶球が無いので、城の様子を伺うことは出来無い。

 だが、間接的に知る方法はある。

 

 「ベルグラッド!」

 

 「ハッ! 何用で御座いましょうか……?」

 

 ぬらりといつもの様に、木陰から姿を表した頼れる側近に魔王城の様子を調べるように命じる。ついでに水晶球も持ってくるように頼む。


 その命令に従い、影に溶けるように消えたベルグラッドを見送ったオレは、とりあえず、この地の散策を初めることにした。

 

 これから具体的にどうするかは、ベルグラッドの報告待ちになる。


 だったら、何もせずに悶々と悩むより、せっかくの“自由行動”なのだ……楽しまなくてどうする?

 

 ――――現実逃避である事は敢えて否定しない。

 

 だが、クエスト圏外の大陸には、純粋に興味がある。しかも、直接この目で見て、身を持って感じられるのだ!

 

 テンションが上がらないはずがないだろ?

 

 さーて、向こうに何か建物っぽいのが見えることだし、ちょっくらいってくるか!

 

 ここから暫く、魔王様の単独行動が続きます。

 

 リケイド大陸について、魔王がよく知らないのは、調べている暇がなかったからです。


 クエストクリアに全力で、さらに勇者のストー……監視もしているので、余計なことをしてる余裕なんてないのです。


 ぶっちゃけた話。魔王のスケジュールは超タイトで、普通の人間なら3日で音を上げ、一週間持たずに死ぬでしょう。


 不眠不休を可能にする魔王の肉体あっての覇業です。


 それでもストレスは貯まりますので、それを主人公はワイン飲んだり、水晶球で覗K……人間観察したりして解消してました。


 そんな主人公にとって、異世界での、初めての自由行動ですからテンションが上がらないはずがありませんよね?




 …………まあ、リケイド大陸の住人からすれば関係のない話ですがw


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