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注意:ラスト付近 ややグロ表現あり。
黄金のオーラを纏った。三体の人外による戦いの宴は、唐突に終わりを遂げた。
結論から言うと、勝者……最後に残ったのは獣神姫だった。
「うぉおおおおー! 消し飛べッ!」
「うううううう……ガ、ガル……」
体勢を崩し、防ぐ余裕もなく、ただ睨む事しかできない獣神姫の前で、ブライトンは両手を組んだまま大上段に振りかぶる。
「こ、ここで再び失うのか? また、あの時のように…………巫山戯るなッ! 認めるかッ!!
クソが共がァアああああッ! 二度も、三度も、仲間をヤラせるかよッ!!!」
動かぬ身体を動かし、立たない足を引き上げ、挙がらない腕を押し上げて、傭兵王は戦いの場に踊り出る。
「消しと……グハッ?!」
「え?」
両拳を振り上げたなら、後は全力で振り下ろすだけ、と、その瞬間。ブライトンは纏っていた金色の魔力を霧散させ、膝をついた。
「よそ見してるたー余裕だな……おいッ!
依頼主の要望とは言っても、こっちはきっちり下手に出てるってのに……てめえは、調子に乗りすぎだッ!
……暫く寝てろや」
傭兵王によって魔剣を一閃され、背後から黄金の魔力を切り開かれ、その隙間にねじ込むように剣の柄打ち込まれて、頼りの魔力障壁が無効化。
その、無防備となった延髄に肘を落とされて、ブライトンは、意識を断ち切られたからだ。
しかし、立ち上がったのは傭兵王だけではない。
ブライトンに圧倒され、強引に地に伏されていた御子も立ち上がり、戦いの場に復帰した。
「ガルッ!!」
「止めろ! いいから休んでろ……」
不安と喜びが混ざったような顔で、飛びつことする獣神姫を手で留め、迫り来る御子と対峙する傭兵王。
「死にぞこないが!
神霊の拳ッ! 業火絢rッ!?」
「人間舐めるなッ! 神殺しの魔剣ッ!」
業火に包まれ、唸りを上げて迫る御子の拳を、刹那で見切る。
紙一重で避けた御子の拳と業火が半身を焼くが、気にもとめずに傭兵王は剣を振りぬき、交差する。
神殺しの魔剣。それ即ち、神気を断つ剣。
魔剣は、神力の塊である黄金鎧を容易く切り裂き、御子の胴体を真っ二つに断った。
「なーッ!? ク、クエストがッ!? ………バタッ」
倒れたブライトンもまた、断ち切られた意識を強引に戻し、立ち上がろうとするも、御子の死を見せつけられ、本格的に意識を失った。
そうして二度倒れたブライトンを一瞥し、御子共々。もはや戦える状態ではない事を悟ったのか、安堵の笑みを浮かべ。崩れるように倒れる傭兵王。
最後に残った獣神姫は、ボロボロになった傭兵王の身体に縋り付き、泣き叫んでいる。
―――と、こんな感じに、意地と気合と根性と……悔恨と憎愛に背を押され強引に立ち上がった。傭兵王“ガルディアス”の……決死の無双によって守りぬかれた獣神姫による不戦勝で、決着が付いたのだった。
ピコッとオレの視界の片隅に[緊急クエスト・クリアー!]とポップアップで表示される。
[緊急クエスト:八邪神の一柱“イラ”の御子を打ち倒せ!の修了条件が満たされました]
[邪神“イーラ”の御子が死亡しました]
[緊急クエストを終了します]
ログが流れ、クエストクリアを意味する。どこかで聞いたようなファンファーレが脳内で鳴り響く。
よし! これで当面の危機は脱した!
……とは言え、戦いはまだ続いている。
そう、勇者一行と元賢王との戦いだ。
―――だが、ぶっちゃけどうでも良い!
邪魔な第三勢力であり、緊急クエストでもあった邪神の御子を撃破できたのだから、残った戦いは、オレ的に消化試合でしかない。
もっとも、それでも勇者が負けて死んだら、遠隔術式で復活させる必要があり。うかつに放置はできないので、メリーにワインのおかわりを頼みつつ水晶球を操作する。
水晶を通して見える視界を動かし、ブライトンからアレンの方に戦いの場面を移す。
賢王は、元々強かった。それがさらに、魔王の眷属となることで底上げされ、魔将クラスの強さになっている。
それでも、今の勇者一行なら、高確率で勝てるはずであり、負けたとしてもかなり善戦するはずなのだが……ブライトンが抜けてるのは痛い。
3対1と言う、数の利はあれど、かなり厳しい戦いになるだろう。
―――だがまあ、実はあまり心配していない。
戦闘前のやりとりを思い出せば分かることだが……勇者は戦う気が無い。
魔王の眷属“オルデバーン14世”の言動が、やや不穏だったが……戦闘になる率は低いだろう。
それにだ、どうやら、この街の素晴らしさを勇者も認め。きっちり、はっきり戦意を無くしたようだ……って、だから、それじゃダメだって!?
拙いってレベルじゃねーぞ?!
流石にないとは思うが、これで勇者が、魔王であるオレに対する戦意までを失ったら詰むぞ!?
どうすりゃいいんだ? 今からでも悪政を引いて、勇者からの敵愾心を少しでも稼ぐか?
そうすれば「おのれ魔王め! 遂に本性を顕わしたか!」とばかりに発奮してくれるかもしれん。
―――いや、だめだ。
現在、賢王亡き国が担っているオタク文化は、魔族にも浸透しつつある。
身も蓋もない話だが、魔族が人類基準で悪さをする理由の7割は、暇つぶしだ。
ならば、暇をつぶせるモノを用意すれば、魔族の大半は大人しくなるわけで……実際にそれは上手く言っている。
そんな状態で悪政を引いたら、人類側だけでなく、魔族側からも暴動が起きかねない。
今やすでに、賢王亡き国は、魔族にとっても重要な地となっているのだ……。
だとすれば、ここは、このまま両者に和解してもらい。
全く違う別の理由で、オレと改めて敵対するように……魔王を倒さなくてはならない。新しい根拠を、用意してやるのが賢明だろう。
微妙に面倒なことになったが……やるしかない!
……あれ? そうなるとココで元賢王に死なれたらヤバくないか?
内政面において、魔王軍の人材不足は深刻だ。
元賢王が崩御した場合……考えてみると、代わりがいない……。
敢えて言うなら吸血皇くらいだが……封印は、まだ完全には解けていないので無理っぽい。
報告を受けてる限りでは、魔術とは別の原理で封印されてるので解呪にはかなり手こずっているらしい。
それでも一応だが、歩けるくらいには回復したらしいので、無理を通せばなんとかなるかもしれないが……剣は刺さったままだ。
歩けるし、会話も可能だが、吸血鬼の特殊能力の大半は封じられたままらしく、戦力にはなりそうにない。
腹を剣が貫いたままでも、執務や政務には支障はないと思うが……やっぱりダメだ。シュール過ぎる。
……ソレ以前の問題として、現状の無様さからか、何かトラウマにでもなったか……治療時以外は、玄室の棺桶に引き篭もって、いくら呼びかけても出てこないそうなんで論外だろう。
―――別の候補としてなら傭兵王がいる。
だが、傭兵王は武王としてなら可能だろうが……賢王の代わりをさせるのは無茶ぶりだろう。
また、それ以前に、傭兵王の生死も、地味にかなり危ういのが問題だ。
獣神姫は、回復魔法なんて使えない。
全能の神力を扱えるので、治癒の力に目覚める可能性はあるが……そうそう、うまくいく筈もない。
魔力が万能なら、神力は全能である。
“万”も含めた、世の理、その全てに影響を与える力を持つのが神力だ。
ただし、強力であるが故に、その扱いは魔力の比ではない程に難しい。
獣人は、理より情で動く。
そのため、感情に影響を受けやすい“神気”は扱えたとしても……理を基準とする“神力”そのものを扱うのは無理だろう。
つまり、深手を負った傭兵王を、まともなやり方で治療する方法は無いのだ。
ベルクラッドに回復薬を持たせて送るか、いっそ死ぬのを待って、勇者用の遠隔術式を流用して復活させるくらいしか、オレも思いつかない。
だが例えそうやって“傷”を塞いだとしても、懸念は残っている。
―――限界突破の代償だ。
気合や根性で、不可能を可能にすると言う少年マンガ的なアレだが……おどろくべきことに、この世界では、それがまかり通るのだ。
実際に、傭兵王は満身創痍の状態から、強引に立ち上がって御子とブライトンを無双して倒してみせた。
よくある表現で、命を削ると言うが……この世界の法則では、それが比喩にならない。
つまり気合や根性で、無意識的に“魄”を削ることで、神力に転化させ“奇跡”を起こす事が、実際に可能なのだ。
ただまあ、可能とは言っても、実際にそれが出来るものは少ない。
身も蓋もない話しだが、ある種の才能がなければ、奇跡は起こせないってことだ……。そして、傭兵王にその才能はあった。幸か不幸かは分からない。
―――奇跡には代償が付き物だ。
降って湧いた偶然的な奇跡なら、それはただの運で、才も代償も不要だが……意図時に起こした奇跡には、相応の対価が必要となる。
傭兵王の場合は、ある意味ブライトンと違い、より深刻だ。
ブライトンやオレが仕掛けた勇者たちの場合。術式を通して転化してるので、奇跡の代償は寿命だけで済むが……傭兵王の場合。気合と根性だけで自力で転化させたので、反動がヤバイことになっている。
具体的には、全身の筋肉の断裂と骨の破断。さらに気脈、命脈の過剰使用による劣化。総合するなら……再起不能と言った感じか?
肉体的損傷なら魔法で直せるが……“魄”と“肉”を繋ぐ気脈や命脈に対するダメージの回復は難しい……。
そんなわけで、傭兵王の生死はかなり微妙な状態だと言って良い。
―――だが、それもまた、今はどうでも良いことだ。
生き残ったところで戦力外確定であるなら、もはや気にかける必要は無い。
魔剣の使い手がいなくなるは残念だが……傭兵王も加護も持たない、普通の人間としてはかなり頑張った方だ。だから、ここらが潮時だったと言うことだろう……。
獣神姫の保護者の後釜をどうするかが悩みどころだが、それは、追々考えよう。
いつの間にかに呼び名がご主人さまから、愛称呼びに変わってるくらい懐いているから、アフターケアに手間取りそうだが……今は、勇者と元賢王の決着を見届けるのが優先だ。
勇者一行が、元賢王に説得されて、市民を守るための残党狩りに行ってるなら問題ないが……元賢王と戦っていたら厄介だ。
先に挙げた様々な事情から……元賢王にはもう少し頑張ってもらう必要があると判明したからだ。
もしも、戦闘状態だったら、なんとかして中断させるか、勇者たちに負けてもらわないと困る……って、ちょ!?
そんなこんなと色々考えながら水晶を操る。オレの眼に飛び込んできた……視界を切り替え先の光景は……勇者が、その元賢王の首を撥ねた瞬間だった。
「……そうだ、これでよい。
だが、まだだ……まだ足りぬ。
忌まわしきこの身体は、首をはねられた程度では死ねないのだ……。
さあ、止めを刺してくれ! 勇者よ!!」
転がる元賢王の生首が、勇者に止めを促す。
勇者はそれに答えて、とどめを刺そうとするが……躊躇してるようだ……って、だから、ちょっと待てってば!?
何がどうなったかわからんが……元賢王が殺られる5秒前って感じか!?
「べ、ベルクラッド!!」
伝令を呼び、水晶球の視界を獣神姫に切り替える。
状況的に、割って入れるのは、近くにいる獣神姫だけだ!
状況的に混乱しているだろう獣神姫に、ベルクラッドを通した命令が通じるかどうかは怪しいが……他に方法はない!
「獣神姫に命じる……伝言を届けよ!」
「は! それでは、内容をお伺い致します」
「うむ、それではだな、我が眷属であるオルデバーン14世の救しゅ………つ゛」
「……どうなされましたか? 魔王さま」
伝言する内容を考えようと、獣神姫の方に視点を切り替えたオレの眼に映った光景は―――
ぐちゃぐちゃに潰され。ミンチよりひでぇやとしか言い様のない状態になった、ブライトンだった肉塊と、美味しく頂かれた傭兵王の血だまりと遺品。
そして、ソレを成したモノ……。
血塗られた場に悠然と立ったまま。
傭兵王のちぎれた腕をガリガリと噛じりながら、ブライトンの血と肉片に染まった魔剣を持って、血の涙を流しながらゲラゲラ笑う……。
―――獣神姫の姿であった。
ナニコレコワイ!?
オレは思わず、水晶球をそっと閉じてしまったのだった……。
主人公は色々と物事を考えています。
予想や推測を何通りも立て、その対策を常に考えるようにしてるのですが……その斜め上や下を逝くのが現実です。
物語に都合の良い。ご都合主義は存在しますが……それが主人公に適用される事はありません。
なぜかって? そりゃ“魔王”に、ご都合主義が許されるわけないでしょ? 常識的に考えて……。




