表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/67

<22>


 八邪神とは―――

 

 怒髪の邪神“イーラ”

 虚栄の邪神“イリーテュム”

 悪食の邪神“グウラ”

 独善の邪神“スペルビィア”

 羨望の邪神“インヴィディア”

 享楽の邪神“アーケディア”

 強奪の邪神“アヴァリティア”

 情慾の邪神“ルクスリーア”

 

 ―――以上。八柱を数えた、末広がる悪徳を司る神々の総称である。


 天に封じられた邪神の魄は、管理者の一人である。熾天使“ウズラエル”の戦死で開放され。


 海に封じられた邪神の魂は、冥界の門が破壊されたことで開放され。


 地に封じられた邪神の肉は、邪神の御子が率いる。邪神教団が全力で開放しようとしている……。

 

 つまりだ……邪神教団が活発化したのは、概ねオレのせいと言う事になる。

 

 ウズラエル……あの横恋慕ヤローか?


 そんな重要なポジションの奴が、魔王城に単身で乗り込んでくるとは……恋は盲目とは言うが……クソが!

 

 やり場のない思いを、大きな枕にでも向けて腹パン連打で解消したい気分だが、生憎とオレは玉座から動けない。


 細々とした雑用をやっている量産型の小悪魔をサンドバックにしても問題になる事は無いが、憂さ晴らしに弱者に八つ当たりするのは、オレの矜持に反する。


 ―――まだ慌てるような時間じゃない。


 魔王は狼狽えない。

 魔王は怯まない。

 魔王は心を揺らさない。

 

 ―――オレは、その魔王だ!

 

 自己嫌悪が混ざったこのイラつく思いを、メリーの持ってきたワインっぽい何かと一緒に飲み下して昇華する。一息付いて気持ちを切り替える。

 

 魂は霊体。心や精神。理力や思想など、個を表す人格の根源的なモノである。


 魄は幽体。気力、霊力、魔力などの塊で、肉体に干渉する生命力そのモノである。


 肉は肉体。身体そのもの。基本的には肉と骨と臓器の塊でしかなく。そこに魂魄が宿ることで初めて“生物”となる。

 

 大雑把に言うと、魂を守る鎧が魄。魂魄を守る鎧が肉体ってことだ。

 

 普通の生物は、魄と肉は等価で、植物や虫などは魄の方が弱く、神々や魔族などは、その逆に魄の方が強い。


 魄が傷つけば、肉体にも影響を与える。

 肉体が傷つけば、魄にも影響を与える。

 

 肉体が無事でも、魄が失われれば、肉体は抵抗力を失い衰弱していく。

 逆に言えば、魄さえ無事なら、肉体がいくら傷つこうといずれ回復する。

 

 これが魔族や神々の強さの秘密であり、退魔=対魄攻撃が有効な理由でも有る。


 ―――そして、これは邪神も同じだ。

 

 肉体は無いが、魄が十分にあるから、人に祝福を与えて“御子”にすることが出来たわけだ。

 

 魂だけなら無力だった。

 魄だけなら置物と変らなかった。

 

 魂魄揃ったから脅威となったわけだが……どうしてくれようか?

 

 御子とは、神の祝福を受けた存在の総称だ。

 そういう意味では、勇者もまた、御子と言うことになる。

 

 つまり、邪神の御子とは……“邪神の勇者”ってことになるわけだ。


 表の御子が“勇者(ブレイバー)”なら、裏の御子は“裏勇者(アンダーブレイバー)”とでも称するべき存在となる。

 

 ちなみに今勇者のアレンは、神々の祝福をまだ受けてないので、定義に従うなら、実は勇者では無い事になる。


 祝福を受けてない。受けられなかった理由は……祝福を与えるはずの神々が戦死して、生き残りも天界に引きこもっているからだ。


 

 ……オレは一度、アレンにジャンピングムーンサルト土下座からの五体投地で、謝罪すべきかもしれない。

 

 いやまて、魔王が勇者を苦しめるのは当たり前のことだ。


 だったら謝罪は不要なはず……いやいや、それは魔王の職務として被害を与えた場合の話であって、オレのように意図せずして与えた被害は違う。うっかり人を傷つけたなら、ごめんなさいするのは人として当然の行いだ……あれ? でもオレは人じゃなくて魔族だし、魔王だからやっぱり謝るのはオカシイのか? いやいやいや……オレは魔王であるが元人間だ。異世界人ではあるが、人間は人間であるなら、やはり人としての矜持は守るべきではないか? いやいやいやいや、魔王が土下座いたら威厳が……それでもやはり……だが……しかし、人としての尊厳は、オレがオレであるためには無視はできない、が……それゆえに! でも……つまりは! …………。

 

 「魔王様? いかがなされましたか?

  現地の魔将に伝言があるとの事でしたが……ご指示を願います」

 

 「む? うむ、そ,そうであったな……。

  目標は、邪神の御子“オルデバーン15世”の滅殺である。

  

  同時に、勇者一行との接触と調査も行う。

  その際、勇者との一時的な共闘も認めるものとする。

  

  ただし、守護役の“オルデバーン14世”と勇者一行との戦いに介入する必要はない。


  それらの対処は、守護役である当人に一任してある。

  

  状況判断は、魔将ガルディアスに任せる。

  優先すべきは邪神の御子の滅殺である事を忘れぬよう、肝に銘じよ!

  

  ただし、万が一。オルデバーン14世が任務の障害となるなら……誅殺も認める。


  勇者一行とは、敵対より調査を優先せよ。

  

  以上である。

  疾く伝えるがよい!」


 罪悪感から、思考の無限ループに嵌まるところだった……。


 勇者一行に関しては、いずれ、魔王であるオレの首をくれてやることで謝罪としよう。

 

 ぶっちゃけ“オレ”だけ得してる気もするが、一応は、WIN-WINとなるから勘弁してもらいたい。

 

 オルデバーン14世だけではなく、他の邪神の御子の動向も調べ、早め早めに葬る必要があるが……今は放置だ。


 なんだかんだいっても、緊急クエストとして表示されたなら、これを最優先にしないと拙いことは、経験則的に分かっている。

 

 手は打った。

 後は成り行きに任せるしかない。

 

 影に消えたベルクラッドを見送り。部屋の隅で優雅に佇んでいるメリーにワインの追加を頼む。


 そして、オレは水晶球に手を伸ばし、その向こうに写る光景に意識を傾けたのだった……。

 

 「こ、これはいったい?」

 「魔王の領土に……なったはずですわよね?」

 「兵士がつけてる紋章は、魔王軍のものだ」

 「……平和そうに見えるのは何故?」

 

 どこからかこっそり町に足を踏み入れた勇者一行は、目の前に広がる光景に唖然としている。

 

 魔王軍支配地であるなら。


 人々はやせ衰え、魔族は威張り散らし、道端には屍が山と積まれている悪夢のような光景を想像していたのだろう……。

 

 ―――甘いわ! 

 

 他の魔王ならいざしらず……オレが魔王であるのだから、そんな無駄に反感を買うような真似するわけなかろう?

 

 もともと魔王軍は、魔王、魔将、その他で構成されている。


 つまりだ、魔王軍支配下に入った時点で、大半は“その他”に分類され、奴隷階級なんかは存在しないのだよ。

 

 もっとも、魔王の命令は絶対であるから、魔将も含めて、全ての構成員は、魔王の奴隷だと言えなくもないが……それはそれだ。

 

 魔王が代替わりすれば、どうなるかわからんが、少なくともオレが魔王をやってる限りは問題ない。


 能力に応じた役職による割り当て、適材適所を徹底してるから不満も少ない。

 

 強さが全て! 弱者は死ね! とか言った脳筋はいるが……その言の通り。強者=魔将によって制裁してるので問題はない。

 

 それにだ……魔族化してるとは言っても、元・賢王が納めてる国なんだぜ?


 もともと善政を敷いてた上に、魔王の名を使うことで、以前よりも強権を振るえるようになったのを良いことに、私腹を肥やす悪徳貴族などの国の暗部を全て叩き潰したりしてる。

 

 これで良い国にならない方がおかしいってことだ。

 

 ―――実のところ。他の魔王軍領土も、似たり寄ったりの状況だったりする。


 当初は反発していた民衆や反乱分子も、魔王軍統治下で、目に見えて生活が向上した結果を見て、その勢力を失ったり、掌を返したりしている。

 

 そこに至るまでの犠牲は大きかったが……ぶっちゃけ、オレが統治する領土は、客観的に見て平和そのものだ。

 

 もともと世界制覇を目標にしてたわけだから、後々を考えて善政を引くのは当然だろう?

 

 ついでにだ、オレの元の世界の知識を生かして生活に便利な品々を揃えさせ、教育や福祉も充実させるようにした。


 人類と人外との確執はそれなりに大きいが、実のところ、そこまで大きな問題にはなっていない。

 

 理由としては、魔族は人類を、数が多いだけのザコと認識している。


 魔族的には、仲間が狩られても、そんなザコに負けるほうが悪いと、相手を恨むことは少なく、争いの遺恨は驚くほど少ない。

 

 また、人類側も、魔族はある意味天災みたいなものと認識されてるため、恐れはしても、これまた恨みに思うものは少ないのだ。

 

 それに……オレには秘策が有った。

 

 魔族が脳筋で、戦闘民族なのは、ちゃんとした理由がある。


 魔族の生活は、ぶっちゃけ魔力に依存するため、衣食住の全てを無視出来るのだ。


 衣は、無頓着な上に、魔法で生み出せるので不要。

 食は、魔力は世界のどこにでも普遍的にあるため不要。

 住は、野宿余裕なほど身体が頑丈なので、ある意味不要。

 

 つまり、魔族は生きるのに全く苦労はなく。生活に余裕ありまくりの究極の暇人の集まりと言って良い。


 だから、持て余した暇を消化するために刺激を求めたのが、魔族が戦いに傾倒していった理由だ。

 

 ―――ならば話は早い。


 魔族に暇つぶしの材料を与えれば、それで解決する事になる。

 

 そしてオレは……元の世界でも有数の娯楽大国の住民だ。

 

 ―――お分かりだろうか?

 

 「こ、この本は、なんなんだ? 絵本とも何か違うような?」

 「あれは魔導水晶ですわね? 映されてる映像は……演劇ですの?」

 「…………………ありえん」

 「ねえ、このクレープ屋って何なの?」


 

 そう、わが祖国のサブカルチャーはっ! 世界一ぃぃぃぃ!!

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 正直、ちょっとやり過ぎたかも知れない。


 元々、賢王の国だけあって識字率が高かったのが幸い? 災い? したのか……オレの予想以上に、異文化の浸透が早かった。

 

 その結果……。


 賢王無き国は今、魔王の手によって、空前のオタク&スイーツ大国にリニューアルされたのだった。


 

 闘技場では、血の気の多い魔族や、職にあぶれた元兵士が、特殊な結界に守られ、比較的安全に戦い。


 野外の競技場では、戦車(チャリオッツ)による賭けレースが行われ。


 城下町には、本屋と甘味屋が立ち並び。広場では魔導水晶を使った演劇の中継放送が行われている。

 

 スラム街は駆逐され。代わりにライン工場と福祉施設と学校が建ち並び、空き地では子供たちが、野球やサッカーっぽい遊びに興じている。


 道端では、ボードゲームや、コマ回しを嗜む人々がいて、その横を馬車や魔導車が、手旗信号に従い整然と走り抜けていく。


 路地裏では、コスプレノーパンしゃぶしゃぶ喫茶や、薄い本を売る闇商店などが店を構え、風俗関係もひっそりしっかり充実している。

 

 そんな、不健全なようで健全な、カオスではあるが平和な光景が、勇者一行の前に広がっているわけだ……。

 

 どうだ勇者よ? 我が統治は素晴しかろう? フハハハッ……はっ!?


 

 ………って、だめじゃん!?

 

 これじゃ勇者が、オレを倒す=治安崩壊となって、勇者=テロリストになるじゃないか!?

 

 勇者がオレを……つまり、魔王を倒す。その正当な理由を奪ってどうすんだよ!?


 

 やべええええ!? 占領政策……統治戦略を、根底から間違えてた!!?

 



 魔王はブーメランの達人です。……嘘ですが、ある意味本当です。


 邪神の御子は、元勇者と同等クラスの強さが有ります。


 現時点では、“まだ“ 邪神は魔族の敵です。

 悪の敵は正義……とは限らず、悪の敵もまた、悪であると云うのはよくあることです。


 もちろん、正義の敵が、別の正義であるのもよくあることで、現在カオスな状況になってる理由でも有ります。


 しかし、結局のところ全ての元凶はなにかと言えば……(笑


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ