<17>
地平の勇者“ロットバル”
初代を名乗る初老の元・勇者である。
百八を数える勇者必殺剣の創始者でもある。
勇者必殺剣は、代々引き継がれているようだが……百八式勇者必殺剣の全てを使えるのは初代だけらしい。
もっとも、後継の勇者たちも、それぞれがオリジナルの勇者必殺剣を編み出してたり……そもそも、必殺剣に頼らない。全く違う独自の戦闘スタイルを確立させてるため。
必殺剣の創始者としての有り難みは……ハッキリ言うと皆無だ。
―――だが、その実力は計り知れない。
不死身になってしまった吸血皇を、ああも容易く無力化してしまうとは……予想外過ぎる。
―――そもそもコイツだけ、異質なのだ。
他の元勇は、皆が若い。それこそ、老け顔の落日の勇者でさえ大学生程度……つまり未成年ばかりだ。
もっとも、この世界の人間の成人認定は16才なので、成人してると言えば成人しているのだが……初老であるコイツとは、決定的に年代が異なると言い切れる。
元勇者の肉体年齢=死んだ時の年齢であるならば、初代以外は皆、不自然なほど早く若死にしたことになる。
そう言えば……「そうか……これが、魔族に情けを掛け、皆殺しにせなんだワシの罪か……」とかなんとか、気になる事を言っていた気がする。
いくつか嫌な推測が脳裏を掠めるが―――
初代はまさか、魔王を倒してないのか?
魔王を倒した勇者は、死ぬ? 殺される?
勇者と魔王、始まりは、どちらが先だ?
勇者は現状7人。魔王は?
魔王の“力”の継承と、勇者による封印の仕組み……誰が定めた?
考えてみれば、勇者たちは、何故……転生しなかった? できなかったのか?
つまり、勇者と魔王は……の…贄、なのか?
―――それは無いと思いたい。
思いたいが……わずかでも懸念があるのなら、調べて備える必要がある。
初代勇者の“ロットバル”
こいつからは、色々と話を聞き出さねばなるまい……。
予定を変え。話し合いの場を設ける方法考えながら、水晶球に手を伸ばし、思考を止めること無く、オレは水晶球に意識を向けた。
そこに見えた光景は、またしても想定外だった。
「…………ぐっ、また貴様らか!
この時代にもまだ、生き残っていたのじゃな……」
「我ら「は「願う「天と「地と「海に「捧げよ……」我ら」は」祈る」天と」地と」海に……」
「「「「「「「捧げよ……」」」」」」」
「無念……だがッ! ただでは死なぬ!
勇者必殺剣……零式ッ! “ムメイ”!」
風が駆け抜ける草原地帯。街道から少し外れた場所に……彼らはいた。
初代勇者を取り囲む、いかにもな風体をした、深いフードで顔の見えない、黒ローブの集団。
夥しい傷を追いながらも、切り札を切った元勇。
吹きすさぶ風が、一瞬の閃きとともに凪に変わり、静寂が場を支配する。
無言で睨み合い、初代がニヤリと口角を歪ませた。
ぐらりと血を吐いて、仰向けに倒れたのは初代勇者。
だが、それに数瞬遅れて黒ローブの集団も、後を追うよに吐血して倒れたのだった。
全員が倒れ伏すなか……ただ一人、吸血皇だけが立っていた。もちろん、アノ時のままだ。
風が吹くたびに、ビクンビクンッと動くのがシュールすぎて見てられない……。
オレは水晶球の映像をそっと閉じ、ベルクラッドを通して、近くに常駐している魔王軍に回収を命じたのだった。
――――
―――
――
「魔王様……黒ローブの集団の正体が判明しました
詳しくはコチラの資料に纏めてあります」
「う、うむ。
資料は後で読ませてもらう、下がって良いぞ」
「はい、それでは魔王様。
引き続き、元勇と歴代の魔王様についての資料を纏める作業に戻ります
一週間ほどで終わる予定ですので、もう暫くお待ち下さいませ」
ガラガラと音を立てて退室していく、涙目の淑女“ルナリア”を見送る。
本来は水陸両用なのだが、下半身がわんこなのに、犬の毛アレルギー持ちの、水から上がれない欠点を持つスキュラ。そんなダメダメな彼女なのだが、執務能力は高く。こういった頭脳労働に向いている貴重な……本当に貴重な人材だ。
どのくらい貴重かというと、執務能力のありそうな配下は彼女を含めて、魔王軍全体で4,5人しかいないくらいだ。
ちなみに魔王軍は、色々合って数が減ったとはいえ万を超えている。
魔王軍が、脳筋と変人しかいないと揶揄されても反論できない証左である。
だから例え彼女が―――
大きな金魚鉢の底に、魔力で動くキャスターが付いた。水質&水温の自動調節機能有りの妙にハイテクっぽい自走式水槽に乗り。ガラガラと音を立てて動きまわる。
―――と言った、ユニークな姿をしていようと、ツッコミを入れてはいけないのだ。
その特製の金魚鉢に、どう見ても[100均]と書かれたシールにしか見えない何かが貼ってあろうと……。
水中用ゴーグルに、スク水。さらに、密閉率100%と書かれた白のガーゼマスクを装着していようと……。
スク水の胸のところに、白ラベルに黒文字で[るなりあ 17才+328ヶ月]と書かれていようとも……。
―――突っ込んだら負けなのだ。
なんに対して負けるのかは不明だが、気にしたらやはり負けだ。
真に気にするべきは……黒ローブの集団についての報告だ。
想定外の展開だったが、初代勇者と、黒ローブ集団の亡骸の回収。ついでに吸血皇の焼串剣の回収は成功した。
吸血皇は現在、医療解析班の眼眠鬼“マオリ”によって人体実ヶ……解析と治療を行っている。
どうやら、かなり強固な封印式らしく。施術にかなり手を焼いているようだ。
元勇の遺体も回収したが、残念ながら蘇生は無理だった。すでに魂は冥界に逝っているからだ。
冥界門は修復済であり。さすがにもう一度、冥界を攻める気にはなれない。
冥界戦は、オレ個人的には、予想外のこともあったが、一応は目的を果たせたので問題ないが……。
魔王軍としては大問題となった。
オレがゴリ推した冥界攻めは……成果は乏しく、被害は大きい。まさに失策だったと評され、不満が高まってきている。
だが、反乱の旗印になれそうな魔将は、ほぼ全員が戦死済なので、すぐさまどうこうなる可能性は低い。
けれども、魔族は良くも悪くも素直だ。
コイツにはついていけないと本気で思えば、好き勝手に動き始めるだろう。
それにだ、旗印になる魔将がいないと言うことは、裏を返せば、統率を取れる人材がいないってことだ。
―――魔王軍は今現在、土台が揺らいでいる。
そんな状態で……なあ、磯○! もう一回、冥界攻めようぜ! などと気楽に言えるはずもない。
しかし、それでもやはりここいらで一度、魔王軍の手綱を締めなくてはならないだろう。
―――ある意味、都合の良いことに、その目的と理由は揃った。
真実3割、推測7割の内容だが、責任転嫁と動機づけには十分だ。
決意を新たに。オレは、魔将、及び配下を呼び集める。
欠員を補充した、新々十二魔将―――
傭兵王“ガルディアス”
獣神姫“セーレス”
小魔法使い“キリト”
安楽死“ハニィマール”
怪生物“ゲ・レ・ゲーレ”
吸血皇女“エルザ”
正邪“ハイン”
わん子“シュヴァルツ”
鬼眼蒼手“コウメ”
オークの女傑“ビッツァー”
練筋術師“エレシアナ”
貴鬚后“エイミー”
―――そして、配下の巨人族、鬼眼族、鬼人族、獣人族、妖精族、人間族など、一同が、城下に勢ぞろいする。
城下を見下ろす、バルコニーに立つオレは、もちろん本体ではない。
演説用の幻影だ。
謁見の間に自由に入れるのは、メリーやベルクラッドの様な側近と、十二魔将だけなので、こういった大掛かりな演説は、幻影に頼るしか無い。
―――慣れたとは言っても、玉座から自由に動けないのは、やはり不便だとつくづく感じる。
水晶球と幻影を使えば、擬似的に動きまわることは可能だが、射程の問題で魔王城周辺が限界なので、演説くらいにしか使い道はない。
遠隔術式を使えば、魔王領外でもなんとかなるかも知れないが……勇者が目覚めた今、その余裕はない。
そう、今勇こと、黒髪の勇者“アレン”と、仲間たちがやっと目覚めたのだ!
ヤツラの目的は不明だが……勇者に敵対してるのは確実だ。ならば、これまで以上に、勇者一行の動向には気を配る必要がある。
「皆の者! 聞くが良い!
冥界攻めに端を発した此度の騒動……数多の疑問、不平不満を飲み込んで、我が礼に従い、よくぞ戦ってくれた!
少なくない犠牲を出したが……ようやく……そうだ! これでようやく真の敵を炙り出すことが出来たッ!
我らが魔王軍の倒すべき真の敵は……人ではない! 神でもない! 無論、魔物や怪物たちでもない!
しかと聞け! そして、その胸に、その魂に刻み込めッ!
我らが滅ぼすべき……真の敵。それは…………。
邪神教団ッ!!
八邪神なる不明な輩を崇め。全にして個、個にして全の意思を持つ狂信者……邪教徒どもである!
心せよ! ヤツラは……すぐそこにいるッ!」
聴衆が静まり返る。
唐突に聞かされた内容は、あまりにも奇想天外故に、咀嚼して飲み込むには、時間がかかるだろう。
そりゃそうだ、演説内容の7割はデマカセだ。オレ自身、信じてはない。
資料にあった内容は、邪神教団の名と、邪神の存在を仄めかす程度だ。敵の全容どころか、輪郭すら掴めてはいない。
―――だが、それでも良い。
戸惑っている内に、一気に話を進めてしまえば、自然とその流れになる。
「敵に備えよ!
世界を征するは……我々魔王軍、ただ一つ!
我は灯籠……我は標……我は魔王なりッ!
我が指差す先に、我らが楽園……我らの未来がある!
そして、そこまでの道を切り開くのは、汝らの自身であるッ!
ヤツラを討ち取り。来へ続く道に……礎として捧げるのだッ!!」
一瞬の静寂の後、ざわめきから大歓声が挙がる。
ぶっちゃけると、最初に上がったざわめきは、オレが作った幻影、幻音だ。
よくわからないけど、周りが騒いでるなら乗っておこう! と言う、脳筋思考を利用したわけだ。
それに、演説内容はデマカセだが、言ってる内容は、概ね嘘ではない。
ただ……“ヤツラを討ち取り。(オレの)未来への道に捧げよッ!“ と、主語が抜けてるだけである。
邪神教団が何者か知らないが……オレの邪魔をするなら容赦はしない。
詳細不明なので、場合によっては手を組むことになる可能性も有るが、現時点では敵と考えて良い。
それにだ、これで勇者を、魔王軍の目から逸らすことが出来た。
元勇の活躍で、勇者って実は強くね? ほっといたらヤバくね? と言った感じに勇者脅威論が生まれつつあったので丁度良い。
敵も味方も……オレが元の世界に戻るための踏み台でしかない。
―――どちらも利用するだけ利用してやるよッ!
口角を歪め、そうやって含み笑いをしていたら……こちらをジッと見ているメリーと、オレの目が合った。
オレは思わず、目を逸らしてしまった。
――――
―――
――
地平の勇者“ロットバル”………邪神教団の尖兵と相打ち。
残りの元勇:0名
今勇:目覚めたっぽい。
新生、勇者一行の活躍はいかに?
この世界の言語は日本語です。
全世界、全種族共通語でもあります。
少なくとも“主人公は”そう思っています。




