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戦闘卿“スパシーダ”
顔まで含めた全身黒タイツっぽい姿で、コウモリの羽っぽい形をした真っ赤な翼が特徴の純魔族の魔将である。
強さの信奉者で、弱者を露骨に嫌っていたが……その弱者の代表である人間の勇者“シグレ”に、身体を真っ二つにされた上で、爆殺された。
シグレの刀を正面から受け止めようとして、両腕の魔刃諸共、あっさりと切り捨てられてしまった……白兵戦最強の座に慢心した結果だろう。
弱弱ッ煩い上に、非戦闘員からの評判も悪かったので、死んでくれて良かったかもしれない。
安楽死“ハニィマール”
人間が高濃度の瘴気を浴び、魔族に変じた者……つまり魔人である。
忍者装束に似た黒っぽい格好をしている。W型のダンディな白鬚とDカップと言う禁断の組み合わせを特徴としている。
元暗殺者であったが、依頼主に裏切られ消されそうになったところを、一族秘伝の秘術を持って魔族化して切り抜けた結果らしい。
その後、紆余曲折ありながら、魔王軍傘下に降り、魔将に選ばれる。
だが、オレが暗殺を好まなかったため、さしたる活躍もないまま、シグレに殺されてしまった……。
ちなみに彼のDカップは、魔族化=両性具有となったことで、後天的に生じた特徴であって、決して趣味ではない……と、本人は言っている。
普段は寡黙なのに、その時だけは、一時間以上雄弁に語り続けていた記憶がある。
……その時の、鬼気迫る必死さに、図星ではないか? と、逆に疑うモノが増えてしまった事は、言わぬが花だろう。
吸血皇“アルト・ノワール”
真祖とも呼ばれる由緒正しき吸血鬼の長であるが、他の一族は、吸血鬼狩によって、すでに滅ぼされている。
亡き妻の名前は“アルト・ルージュ” 忘れ形見の愛娘は半吸血鬼の“エルザ”である。
元勇者との戦いの中で、愛娘に背後から心臓を杭で貫かれ灰になった……が、何事も無かったかのように復帰した。
吸血鬼は元々強く。魔族と比べてもトップクラスのパワーとスピードを誇り。知性も高く、長生きしている分、経験も豊富で過不足は無い。
魔族の食客としては破格の強さを持つ、魔将の中でも最強の一角を担う猛者である。
彼が娘に襲われる理由は不明だが、くだらない理由である可能性が高く、オレは関わるだけ損だと、華麗に無視している。
そんな吸血皇だが……現在、オレの前で跪いている。
どうやら、言いたいことがあるらしく、発言の許可を与えたところ……猛烈な勢いで嘆願を奏上し始めた。
「ご機嫌麗しゅうござます。我らが魔王様!。
本日はお日柄も良く……猫が寝込んで、カラスの巣が空っす、と、小粋なエスプリを交えながら、お伝えしたい事が御座いまして……」
やたらに回りくどく、微妙にイラっとくる言い方をしていたので、話半分で聞いてやった。
それでも耳に残ったことを要約するなら―――
地平の勇者“ロットバル”に負けたのが悔しいお……。
フルボッコで勝っても嬉しくないお!
だから、ここは吾輩に全て任せるお!!!
―――と言いたいようだ。
要約ではなく意訳だった気もするが、大体合ってるので問題ない。
「よかろう……好きにやってみよ。
二の舞いと成らぬよう……心してかかるが良い」
「ハッ! 有難き幸せ! 必ずや……仕留めてみせましょうぞ!」
実のところ、この願いの申し立ては、渡りに船だった。
今現在、残る元勇はたった二人だ。
ならば全員で一人を倒すよりも、6と6に分けてボコらせた方が良いと考えてたところだ。
それならば、初代を吸血皇に任せて、残る片方を11体でボコれば良い。
―――吸血皇が勝てば良し。
例え吸血皇が失敗しても、相手に手傷は追わせているだろうから……そこに遠隔術式を叩き込めば、高確率で殺れる。何の問題もない。
ついでに吸血皇も散華してくれれば、厄介者がダブルで片付き一石二鳥だが……贅沢は言うまい。
吸血皇よ……おまえは強くなりすぎたのだ……。
強くしてしまったのはオレであり。ひどい言い草なのは分かっているが、今のお前にアレンが勝てるとは思えない……。
おびただしい数の死を乗り越えて、究極にパワーアップする予定の、未来のアレンでも、勝てるかどうか怪しいと思う。
吸血皇を挑発して、外壁近くに誘導。そして、壁を破壊して太陽光を浴びせて倒す! と言った、王道的展開が望めなくなったのが理由だ。
これは経験則であり……推測でもあるのだが、この世界はどうも、そう言ったお約束的展開を推奨してるフシがある。
闇の帳に対する、光輝の宝玉しかり。
オレが唯一失敗したクエスト……[空亡の果実を入手せよ!]で、入手するはずだった実が、悪食大公のキラーアイテムだったり。
本来ならとっくに冥界入りして天界行きになってるであろう、聖者ハインの魂が地上に留まり。勇者に有用なチート級杖を所持してたなど、不自然なほどに都合の良い状況やモノが用意されているように思えてならない。
他にも、今さらながら考えてみると、明らかに、勇者が持ったら、魔将を攻略するのに有用な“特典”をいくつも思いつくのだ。
そう……特典。
つまり、オレがサブクエストをクリアすること=勇者弱体化であることが、ほぼ確定したと言って良い。
同時に、この世界=ゲーム世界じゃね? と、いった疑惑が再浮上してきたわけだが……今は忘れよう。
重要なのは、残ったサブクエストの扱いだ。
これまでは時間稼ぎ程度にしか考えてなかったが……新たに生まれた仮説の内容が内容だけに、選択はこれまで以上に慎重にならざるを得ない。
―――しかし、解せない。
サブクエストをクリアして、特典を入手すると、勇者が弱体化して、メインクエスト達成が困難になる。
サブクエストを放置すると、勇者は強化されるが……特典なしで、メインクエストの難所を超えなくては成らない。
どっちにせよ、クエスト攻略が詰みかねないのだが?
クエストの製作者は、オレにクリアーさせる気がないのか? そう、疑いたくなってきた……。
おっと、そろそろ件の吸血皇と、元勇が戦う頃だな……考えても答えは出ないだろう事は、一旦忘れよう。
さて、どうなってる?
オレは水晶球に手をかざし、魔力を通じて吸血皇の居場所をサーチして、映像を映しだしたのだった。
「ふんっ! ワシを百八式を舐めるからじゃ!」
どこかの廃墟。
あちらこちらで地面が露出している石畳。そこに、一本の剣で串刺しにされた吸血皇の姿があった。
モズのハヤニエ状態の吸血皇は、赤目から白目にイメチェンしたようで、時々ビクンビクンッと痙攣してる。
「ハァ?」
「魔王様?」
予想外すぎる光景にあっけにとられ、それに気づいたメリーが伺いを立ててきたが、今はそれどころではない。
まさか……剣による封印?
ああそうか、そりゃそうだ。
不死身の敵に対する対処法なんて2つに1つだ。
宇宙とかの、影響圏外に追放するか……動きを封じて無力化するくらいしか方法はない。
それが“お約束”ってものだ。
「勇者必殺剣九十九式“帰服”じゃ……そこで乾いていくが良い。
クッ……こ、腰が……。
やはり年か? いやいやまだまだ若いもんには負けて……む?」
うめき声一つ返さない吸血皇を、剣ともども置き去りに、その場から離れようとしてカクンと腰を落とし立ち止まった、地平の勇者を見たオレは―――
―――迷わず指を鳴らした。
[遠隔術式の起動が“魔王”によって提起されました]
[術式の起動が“システム”によって承認されました]
[遠隔術式“滅殺”を起動します]
[対物捕獲魔法“プリズン”が発動しました]
[対霊拘束魔法“クロスバインド”が連動しました]
[超級火炎魔法“ボルケーノ・ゲヘナ”交差しました]
[超級雷撃魔法“プラズマカノン”が連鎖しました]
[超級氷雪魔法“コキュートス”が始動しました]
[超級暗黒魔法“ペンデュラム”が稼働しました]
[超級神聖魔法“パニッシュメント”が順動しました]
[超級粉砕魔法“ディスインテグレーション”が作動しました]
[術式の正常起動が“システム”により確認されました]
[遠隔術式“滅殺”を終了します]
想定外だったが……好機であることは間違いないため、迷わず遠隔術式を使った。
位置的に、確実に吸血皇も巻き込むが……無問題だ。
あの手の封印は、強固では有るが、要となっている剣が抜けたり折れたりすれば解けるのが基本だ。
ならば、遠隔術式で巻き込むことで、吸血皇の救出に繋がるわけだ……建前上だけどなッ!
剣をぶち壊す威力の攻撃をすれば、剣より先に肉体が壊れるのは必然。
これで本当に死んでくれれば、それはそれで万々歳だ。
だが、そう甘くはないだろう。どうせまた、平然と復活してくるに違いない……。
だから“建前”が必要なのだ。
ま、どっちにせよ吸血皇のことはもういい。
それよりも重要なのは……元勇を殺れたかどうかだ。
あのジイさん。おもった以上に厄介そうだ。さすがは初代。そして歴戦の猛者ってことだろう。
ぜひとも、ここで仕留めておきたいのだが……結果は? どうなった?
水晶球の向こうは、連鎖的に超級の魔法が炸裂しているところで、詳細が全くわからない。
だが、そろそろ術式も終わり、視界が晴れていく。
そこに映しだされた光景は―――完全に予想外の光景だった。
「ふぅ……コレが無ければ危なかったのう。
近くに術者の気配は無い。だとすれば、今のは遠隔術式か何かかの?
それにしても、魔族側に使い手がいるとは……ワシの時代より凶悪じゃわい」
地平の勇者が、叩きこまれた無数の魔法を、剣で防いだ。
それだけなら驚くには値しない。十分予想できる範囲なのだ、驚く方がどうかしてる。
だったら何故、オレがこんなにも驚愕してるのか?
当たり前だろう……誰が予測できる?
吸血皇を貫いている剣を、石畳と一緒に引き抜いて、それを盾に使うだなんて……予想できるかッ!!
「ふむ、どうやら見られておるようじゃし……コヤツも放置せず、回収しておくかの……」
そういって、地平の勇者は“黒焦げた吸血皇&石畳付きの剣”を肩に担いで、悠々と歩み去っていったのだった。
どうしてこうなった。
ちなみに、天駆の勇者“アカシア”は、魔将11体を相手に、予想以上に善戦したようだが―――
「い、嫌だッ!! やり直しを要求するぅぅぅぅぅ!!」
―――と叫びながら、無様な格好のまま、悪食大公に食われたらしい。
どう無様だったかは、見ていないので分からない。
少し気になるが……まあ、死者に鞭打つ趣味はないので、追求はしないことにする。
そして、勇者を食った悪食大公は……食中毒を起こし、三日三晩苦しんで、そのまま逝ってしまった……。
中毒の原因が、勇者を食べた事によるものなのか?
それとも、中二び…ゴホンッ。天駆の勇者を食べたことによるものなのか?
真相は不明である。
うん、だからね? どうしてこうなった……。
――――
―――
――
天駆の勇者“アカシア”………死因:悪食大公に食われる。
残りの元勇:1名
今勇:小康状態。もうすぐ目覚めるかも?
悪食大公“カバドン”………死因:食中毒。
吸血皇“アルト・ノワール”………死因:封印剣&遠隔術式。 補足:地平の勇者“ロットバル”にお持ち帰りされ、詳細不明。
戦いは……もうすぐ終わる?
魔王軍を構成するのは、魔族だけではありません。
ほぼ、全種族が存在します。
なぜそうなったかと言うと、魔王軍は、はみ出し者の受け皿になってるからです。
魔族にとって、異種族の事情など、どうでも良い事です。
強い弱い、美醜や好み、性格などの個人的理由で特別扱いすることは合っても、種として差別することはありません。
どちらかと言うと……魔族の方が悪い意味で特別視され、差別されてるのかも知れません。
当人たちは、全く気にしていませんけどねw
ちなみに、地平の勇者が監視に気づいてるようですが……それは、遠隔術式を受けたことからの推察です。
水晶球は勘ですら監視に気づけ無い。まさにチート性能を持ってます。




