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オレの手元には、万象を見通す。遠見の水晶球がある。
これを使えば、元勇者の行動を手に取るように知ることが出来る。
「ま、魔物の襲撃だー! 魔王軍が攻めてきたぞ!!!」
聖王国領土内、北方子爵領にある。星樹杜の町“クランストン”
星の大樹と呼ばれる霊木を中心に広がる町である。
町の外周には、市壁がそびえ立ち、魔物を含む敵襲を防ぐ役割を果たしている。
だが、その街は今……混乱の坩堝にあった。
魔王軍が来たとか言っているが、オレに覚えはなく、配下が動いた事実もない。
ならば、何が起きてるか? と言うなら、大侵攻と呼ばれる現象だと答えよう。
この世界には、普遍的に魔力が満ちている。
―――だが、その魔力の濃度は一定ではない。
薄い地域もあれば、濃い地域もあるのだ。
基本的に人里は魔力が薄く、森林や洞窟などの秘境は濃いと考えて間違いない。
そして、魔物や魔族。そして一部の怪物にとって、魔力とは空気と同じ扱いとなる。
そのため魔力の薄い場所を魔物は嫌う。だから、人と魔物とで、生活圏が本質的に異なることになる理由だ。
しかし、その境界は曖昧だ。
人が海の幸を求めて、空気のない海に潜るように、魔物もまた、獲物を求めて人里へと来ることがある。
だが、その頻度はあまり高くはなく。
人が人の領分を超えない限り……魔物と遭遇する確率は低い。
―――ここまでが、一般的な認識となる。
そして、件の大侵攻であるが、原因は人が増えすぎたからに他ならない。
厳密には、人の生活圏が広がり過ぎた結果であると言える。
魔力の濃い森がある。
そこに人間が現れ、木々を切り倒し、魔物や動物を狩り、整地して新たな領土とした場合、魔力の濃度はどうなるか?
―――答えは薄くなる、だ。
魔王であるオレが、世界の8割を制覇する前は、人類が世界の8割を制覇していた。
これが何をを意味するか分かるだろうか?
世界に存在する魔力の総量は一定だ。
……にも関わらず、魔力濃度の薄い地域が増えた場合どうなるか?
極端に魔力濃度の濃い地域。つまり、瘴気に溢れた腐海が生まれることになる。
だがそれは、まだ良い。
人が何もしなくとも、そういった魔力の極端濃い、吹き溜まりのような場所は自然にできるものである。
問題は、腐海にも許容限界があるということだ。
ならば余った魔力は何処に行く?
その答えが、大侵攻だ。
薄まった場所へ、濃い魔力が逆流する現象。それを大侵攻と呼ぶのが正しい。
そして、魔物は魔力の濃い場所を好む。
ここまで話せば、大侵攻のカラクリも理解できただろう。
だから――――
「うわー!!!??」
「えーん……! ママー!?」
「痛い!? ……いてええええ!?」
「ぎゃああああ!!?」
「おうどんたべ……うわらばッ!?」
「か、神よ! お助けくだ……アッー!?」
「クソッ!! 魔王め! なんてことを……」
―――オレのせいじゃないってばよ!?
そもそも大侵攻の予測は、オレでも不可能だ。
魔力の偏位は、バタフライ・エフェクトと言って良い。
とある国が領土を広げたとしても、その国で大侵攻が起きるとは限らない。
全く関係ない。それこそ大陸の向こうにある国で、大侵攻が起きることもある。
「危ないッ! ライディング・キックッ!!」
「あ、あわわわわ……」
「さあ、今のうちに逃げるんだ! ここは……俺に任せろ!!
こい、魔王軍!!
仮面の勇者“タカシ”! ここからは……俺が相手だッ!!」
いや、だからオレは関係ないから!
これは自然現象であり、ただの災害だから!
ただの……と言ったらむしろ語弊があるな。正確に言うなら、人災だから!
……どーせ聞こえてないし、むなしくなってきたので愚痴はここまでとしよう。
千を超える魔物の群れ。
それの渦中に恐れること無く飛び込んだ元勇。
謎パワーが篭められたキックが唸り、大地を穿ち、魔物の群れに穴を開けた。
一瞬の静寂。
ただの一撃であったが、魔物に理解させるのは十分だったようだ。
即ち、コレが己の死であると……。
魔物の反応は二つに別れた。
生存本能に従い、踵を返して逃げ出すモノ。
そして、戦闘本能に従い、一斉に襲いかかるものと、だ。
「くっ……?! 数が多すぎる……」
魔物と動物の違いは、魔力を帯びてるか否かの差だけではなく、その本能的なモノにも差がある。
そのため逃げ出す魔物は少数で、残った大多数の魔物は……脅威と認識した元勇に殺到したのだった。
これは死んだか? ……いや、甘いか。
勇者は強い。それこそ人間のカテゴリーを超えることも、少なくない。
未だ途上のアレンくんならともかく、一度は魔王を倒した元・勇者だ。これくらいで死ぬなら……苦労はしない。
「うぉぉおおおおおおおッ!! 大車輪! 風車ロケットキーックッ!!!!!!!」
ちゅどーん! と言いたくなるような爆発が起きた。
だが戦いは続く。魔物の数が多すぎるのだ。
―――大侵攻の終わり方は二つある。
一つは、魔力が逆流した土地に、十分な量の魔力が留まり安定した場合だ。
この場合、その土地は魔物が闊歩する魔境となり、ひ弱な人類は生存不可となる。
そこに人里があれば、当然壊滅する。
二つ目は、大侵攻で殺到してきた魔物を大量虐殺することで、魔力の流れを変える方法だ。
魔物は魔力の影響を受ける。
裏を返せば、魔力は魔物の影響を受けると言い換えることも出来る。
具体的な理屈は煩雑なので割愛するが、魔物を大量に狩れば、当面の危機は脱することが出来るとおぼえておけば十分だろう。
もっとも、根本的な魔力の偏差問題は解決してないので、文字通り問題の先送りでしか無い。
魔王のオレとしては、完全なコントロールは不可能だが、意図的に魔境を増やすことで大侵攻をなくす事は出来ないか?
そういったふうに考えていたりもする。
本来は、瘴気から生まれた、魔族の王が考えることじゃないけどな!
「……はぁ……はぁ……い、いくぞッ! ライディングキック!」
あれから数時間が経ったが、元勇と魔物の群れとの戦いは、まだまだ続いている。
そりゃそうだ。言わば……自然災害を、たった一人でどうにかしようとしてるようなものだ。
いくら元・勇者と言っても、そう簡単にできることじゃない。
ぶっちゃけオレでも、油断したら失敗するくらい厳しい。
―――だが、元勇はやりとげた。
昼から、明くる日の明け方過ぎまで延々と戦い続け……遂には、魔物を退けることに成功したのだ。
ぐらりと倒れる元勇。それを見てとって、歓声を上げて駆け寄ってくる人々。
これで、英雄の叙事詩に、新たなページが加わるだろう。
だが、これは違う……と、オレの中で、ナニかが囁いた。
この時代の英雄は“コイツ”ではない、と。
―――
――
さて、話を戻そう。
オレにとって重要な、今勇こと黒髪の勇者“アレン”は、今だに眠り続け、仮に目覚めたとしても数日はまともに動けないだろう。
また、眠っている場所は聖王国の大聖堂の奥であり、24時間体勢で看護されているので、命の心配は無い。
つまりだ……“今”なら、オレは遠隔術式を自由に使えるのだよッ!
勇者は人間だ。
根本的に肉体の作りが異なる魔族と違って、食事、睡眠、トイレは必要不可欠だ。
ここまで言えば、察しはつくだろう……。
仮面の勇者“タカシ”は、大侵攻を食い止めた後。引き止める人々を振りきって、次の戦場を求めて旅だった。
現在は、愛用の機甲馬で、町から町への移動中であり。日が暮れてきたため、街道から少し離れたところでキャンプをしようとしてるようだ。
遠隔術式による遠隔攻撃は、実のところあまり効率の良い方法ではない。
魔力の消費がバカでかくなる上に、術式の効果範囲には予兆として、大きな魔法陣が出現する。
そして、実際の発動まで、数秒から数十秒のタイムラグが発生する。
そのため、奇襲的な使い方をしても、相手に察知され、適切に対応された場合。ほぼ無効化されることが多い。
迅速な行動が不可能な軍隊相手や、拠点攻撃など戦術ではなく、戦略として扱うべき魔術なので、当たり前といえばあたりまえである。
―――本来ならば……だが。
オレの冠する、魔の王の名は伊達ではない。
数十人規模で行う魔術をオレ一人でまかなえるほど潤沢な魔力。
そして、聖属性も含む、ありとあらゆる属性の魔法を行使できる技量と知識。
それがあるからこそ、遠隔魔法の性能を120%引きだせる。
ちなみに、+20%はチート水晶球の分である。
水晶球の向こうでは、ふと思い立ち。周囲の様子を伺いながら、そっと草むらで屈んだ元勇の姿が確認できた……。
そして……オレは、指を鳴らした。
[遠隔術式の起動が“魔王”によって提起されました]
[術式の起動が“システム”によって承認されました]
[遠隔術式“滅殺”を起動します]
[対物捕獲魔法“プリズン”が発動しました]
[対霊拘束魔法“クロスバインド”が連動しました]
[超級火炎魔法“ボルケーノ・ゲヘナ”交差しました]
[超級雷撃魔法“プラズマカノン”が連鎖しました]
[超級氷雪魔法“コキュートス”が始動しました]
[超級暗黒魔法“ペンデュラム”が稼働しました]
[超級神聖魔法“パニッシュメント”が順動しました]
[超級粉砕魔法“ディスインテグレーション”が作動しました]
[術式の正常起動が“システム”により確認されました]
[遠隔術式“滅殺”を終了します]
遠隔魔術の対象となった元勇のタカシは、取り込み中であった。
周囲に浮き出た魔法陣と、膨らむ魔力の流れに反応して、反射的に、飛び退こうとして、脱いだ服が足が絡まりコケたのが見えた。
そこで1つ目の魔法陣が輝き、周囲を被う半透明の結界が形成され、元勇の退路を断つ。
続けて魔法陣が輝き、元勇の身体を、明滅する鎖が繋がった無数の剣で刺し貫いた。これで動きも封じた。
残る魔法陣もまた、次々と輝きを放ち、豪炎、爆雷、冷却、斬首、審判と超級の魔術が降り注ぐ……。
すでに黒いシミとかした元勇に、止めとばかりに“粉砕”が発動する。
………………
…………
……
これはひどい。
自分で狙ってヤッておきながら、思わずドン引きしてしまう酷さだ……。
仮面の勇者“タカシ”は、濃いタイプのイケメンで、どこか昭和テイストを感じさせる勇者だ。
個人的には好感の持てる人物なんだが……オレの“敵”と成ったのだから仕方がない。
一人目と同じように、タイミングを測って、十二魔将全員でボコったほうが確実なはずなんだが……どうも、嫌な予感が働いた。
これはオレの勘でしかないが……こいつは逆境に強いタイプに思えてならない。
十二魔将に取り囲まれると言った、絶体絶命のピンチであれば有るほど燃え上がり。なんだかんだと窮地を切り抜ける……そう言った。
英雄的、お約束の奇跡が、起きそうな気がしたのだ……。
そこで、奇跡の入る余地のないシチュエーションで、問答無用に瞬殺することにした結果が、コレだ……。
トイレタイムを狙って爆殺。
暗殺を考えるなら、非常に効果的な方法ではあるが……実際に行うとドン引きだと言うことがよくわかった……。
やはり、大侵攻で倒れたところにぶち込んだ方が良かったか?
いや、それだと無関係の人々も巻き込んでしまう。何より、街を守ったヒーローを、その目の前で、爆殺するのもどうか? ……と言う話になる。
うん。次からは、二重の意味で、もう少し上手くヤれるように、もうちょっと考えてから動こう……。
――――
―――
――
仮面の勇者“タカシ”………死因:トイレタイム中に、遠隔術式でフルボッコ
残りの元勇:4名
今勇:悪夢の中
戦い? は続く……。
今勇アレンがLV15とするなら、元勇はLV44~68くらいです。
魔王はLV100。魔将はLV40~70くらいです。
ちなみに雑兵でLV2~3、騎士クラスでLV10前後。歴戦の勇士でLV20前後です。
これは目安であって、相性や状況で、LV差20くらいはひっくり返ります。
そこに数の暴力を含めれば、倍くらいの相手にも勝てます。
これはあくまでも、読者用の参考値です。
本編でも述べましたが、この世界にレベルという概念はありません。




