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冥界攻略作戦開始から、早、三ヶ月が経過した。
冥界攻略の必要性を訴え、根回しに袖の下、色仕掛けに恫喝……と、様々な手段を講じて、魔将たちの賛同を得るのに二ヶ月。
最初にして最大の問題である、冥界の門の突破法を模索するのに三週間。
突破法の決定に基づいた、念入りな下準備に一週間かかった。
そして、ようやく今日。出軍と相成ったのだ。
かなり時間が経ったが、その間に勇者の遺体が処分される可能性はなかったのか?
当然の疑問だろうが、その心配は無用だ。
この世界は基本的に土葬である。
アンデット化しないように、処理してから埋葬されるのが普通だ。
戦争時や魔物の大進行などの非常時で、死体を持ち帰ったり、聖別処理する暇がない時などは、纏めて火葬することもあるが……今の勇者の遺体には当てはまらない。
だから、いくら時間がかかろうと、魂を戻すべき器。遺体が損なわれることは無い。
それでもまあ、念のためと、ついでとばかりに……。
準備期間中、どのみちしばらくは使わない遠隔術式を組み直して、勇者一行の遺体に対して――――
[遠隔術式の起動が“魔王”によって提起されました]
[術式の起動が“システム”によって承認されました]
[遠隔術式“チート(仮)”を起動します]
[身体強化魔法“リインフォース”が発動しました]
[対物保護魔法“プロテクション”が連動しました]
[対心保護魔法“レジストラクション”交差しました]
[感覚強化魔法“クロックアップ”が連鎖しました]
[生命強化魔法“ライフアップ”が始動しました]
[精神強化魔法“サイコアップ”が稼働しました]
[魔力補助魔法“マナエンハンス”が順動しました]
[潜在能力開花“フルポテンシャル”が作動しました]
[無腐保存魔法“ブリザーベート”が付加しました]
[持続強化魔法“エタニティスペル”を励起しました]
[代償“寿命半減”が履行されました]
[持続強化魔法“エタニティスペル”が発動しました]
[術式の正常起動が“システム”により確認されました]
[遠隔術式“チート(仮)”を終了します]
――――ありったけの強化魔法をかけてみた。
もちろん、いつもの復活用の術式に戻しておくことは忘れていない。
強化魔法には、半永久持続の永続化を組み込んであるので、効果はずっと続く。
これで、蘇生の暁には、勇者一行も泣いて喜ぶ事だろう……。
代償の寿命半分なんて、オレの手助けがなければとっくの昔に死んでいた事を考えるなら、些細なことである。
……死んだ要因を作ったのもオレであることは、心の奥の棚に仕舞いこんで隠蔽する。
オレ、ワルクナイ。
そ、それにだ! 大幅なパワーアップが永続化する代償としてなら、安い方だと思うが……いかがだろうか?
一応、他の代償として[性的不能]とか[足が猛烈に臭くなる]とか[性別反転]とか[100%オネショする]とかあったが、勇者の名誉を考えるなら、寿命が減ったほうがマシだろうと考えた結果がコレである。
これが英断なのか、愚策なのかは、後の歴史学者が決めることなので放置して、本題に戻ろう……。
冥界を落とすと言ったが、実際に制圧するつもりはない。
ようは、勇者一行の魂を、そこから連れ出せれば良いからだ。
それにだ。今回、門をなかば壊して、こじ開ける予定だが、世界の修復力が働くため……ある程度で、門は自動的に元に戻る。
だから混乱があっても、所詮それは一時の事件ですむはずだ。
―――大丈夫だ、問題ない。
さて、冥界に干渉することは、輪廻転生の輪に組み込まれた、自然の摂理に真っ向から歯向かう行為に他ならない。
そのため、魔将からの反対も多く、その説得と、冥界の門を破る方法を探すのに、やたらと時間が掛かってしまった。
唯一、オレが懸念していたのは、勇者一行が“転生”してしまうことだ。
転生してしまえば、実質上。勇者は消滅する。
そうなれば、冥界を落とそうと何しようと、手遅れだが……その心配もなかった。
勇者一行を含む、死者の転生先の決定などを行う、冥界の行政府……[冥府]は今、彷徨う死者で溢れかえっているからだ。
どうやら天国。つまり天界が門を閉ざさして鎖国したことで業務が滞り、渋滞を起こしているようだ。
因果応報と言うのもどうかと思うが、神々をボコった事が功を征したらしい……。
ついでに、オレがクエストを進める過程で出した。敵味方含む。膨大な数の死者も無関係ではあるまい。
―――ジャンピングムーンサルト土下座からの五体投地で謝りたいが、玉座から動けない。残念だ……。
いやいや、本気で反省してるぞ?
ただ、己のやらかしたことの大きさに、思わず茶化したくなっただけだ!
ま、まあ、何はともあれ……結果オーライ! オールオッケー! と、前向きに考えよう……。
さて、冥界侵攻作戦は、表向きは制圧だが……その成功率はぶっちゃけ低い。
制圧しきれず、それなりに魔王軍も被害を受け、撤退を余儀なくされると見積もっている。
―――だが、それで良い!
つまりだ! オレの狙い通りに行けば……勇者はパワーアップして復活! 大復活ッ!!
そして、勇者の敵となる魔王軍は、大幅に弱体化すると言った……。一石二鳥の計画なのだ!
禍転じて福と為す! オレは転んでもただでは起きぬッ!
さすがだオレ! すごいぜオレ! やったぜオレ! ………おっと、自画自賛はここまでだ! 厄いフラグは立たせない!!
ドヤ顔するのは、全てが計画通りに成ってからで良い。
ニヤけそうになる顔を抑え、水晶球を使って勇者の様子を伺うとしよう……。
まもなく冥界の門が開かれる。
元々混乱してるっぽいし、かなりの大混乱が予想されるので、上手いこと、ドサクサに紛れて逃げ出してくれよ?
さて、勇者たちの様子はと言うと………?
「今勇よ! これが勇者の力だ! その身に刻め! サンシャインアロー!! ……から連携! サンシャイン! クロスッ!!」
「神に使えし者……それ即ち神の下僕? ……否ッ! “神に認められし代行者”ッ! それこそが神官のあるべき姿成り! 断罪十字光ッ!!」
「さあ! 刮目せよ! これが真の魔法使いの姿じゃ!! 幻月落下ッ!!」
「我は勇者の剣! 我は術師の盾! 我は僧侶の鎧! 我は理合を極めし者! 役割を違えてはならん! 矛盾理合ッ!」
なんか、戦ってた。
どうやら、先代か、先々代の魔王を倒した……元・勇者パーティと模擬戦をしてるようだ。
ふむ、これは嬉しい誤算だ。
偉大なる先人に、直接稽古を付けてもらえる機会など滅多にない。
しかもココでなら、すでに死んでいるので、手加減もいらない。
そして、振るわれた業は、そのまま魂に刻まれるので、生き返った後でも無駄にはならない。
おおおっ!? なんか流れが来てる?
なんたらの箱のように、絶望の底には希望があった!
運命は、オレと勇者に味方しているー!!
「ちょっとまった!! 勇者の真髄はコレだ!! 落日の帳! アポロッ! ダイナミック!!!」
「いやいや、それは甘い! 勇者ならば雷撃よ! シャイン! スパーキングッ!!」
あれ? なんか雲行きが……?
「フッ……やれやれだぜ。勇者を名乗るなら、コレくらいは見せてなければなるまい? 天地開闢・絶刀竜殺陣!!」
「そこまでだ! 勇者を名乗るなら……初代であるワシを超えてからにせよ!! 天を裂き、地を断ち、海を割る! そして全てを切り捨てる! それが! サンシャイン・ストラッシュだッ!!」
「我は……止揚の赫! 仮面の勇者タカシ! 丹田に集まる郷愁の力を……メトロをパワーに! いくぞ!!! ライディング・キックッ!!」
なんか……元・勇者が、ゾロゾロ湧いてきた件について。
「あいやまたれよ! 魔王討伐は勇者のみにしてなるものに非ず! 天意を違えてはなりませぬぞ! 聖霊爆殺ッ!!」
「魔法なんてものはさぁ……なんていうかこう……殺伐としてなきゃいけないんだよ……そう思わないかい? パチンッ! 星食ノ牙ッ!!」
「勇者が激流なら、私は清流! 流水の流れに身を任せ……滝を…登るッ! これぞ昇竜の理! 我龍転精ッ!!」
さらに、元・勇者の仲間っぽいのもゾロゾロ湧いてきたわけだが……。
「魔王様……冥界の門攻略用兵器。[穿ち聯なる鎚]の準備が整いました。ご命令を……」
「やれ」
「ハッ!」
なんかカオスってきた……もういいや、とりあえずぶっ壊してしまおう! なるようになるさ!
「た、大変だー!! も、門がー!?」
門の異変に気づいた、白黒の縞パンを穿いた、半裸で金棒を持った獄卒が叫んだ。それを皮切りに、冥界の門を超えた先にある冥府の庭先へと騒ぎは伝播していく。
「……ほう。これは懐かしい気配だ。魔族……それも魔将クラスか? 冥府は不可侵領域であり、非戦闘域……だが、どうやら、そうもいってられぬようだな……」
「肉体は無くとも……ここ冥府では、精神は肉体に優る! 具現化せよ! 我が愛剣! 光輝の剣!」
「面白くなってきたー! 来い! 俺の相棒!! 天戮の大太刀ッ!」
「そうか……これが、魔族に情けを掛け、皆殺しにせなんだワシの罪か……よかろう! ならば今、その償いを見せようぞ!」
「くっ……静まれ! 俺の栄光の左手ッ!」
「神は言ってるのだな? ここで死ぬ定めでは無い……と。メリーシャ……ごめん。君に会えるのは、まだまだ後になりそうだよ……転ッ・神ッ! とぉ!」
「「「「…………きゅぅ……」」」」」
なんか元・勇者&仲間ずが荒ぶってる。
こりゃ思った以上に、魔将に被害がでるかもしれんね……ま、良いけど。
さて、肝心の勇者……アレンは……って、あ?! 気絶してやがる!!
あ、ま、そりゃそうか……。歴代勇者に、勇者必殺剣や必殺魔法を伝授の名のもとに、フルボッコにされてたからな……。
……………
………
…
あれ? やばくね?
主人公がやらかしてる事を、客観的に評価するなら……すでに魔王の域を超えてます。
大魔王とか邪神とかに匹敵する災害っぷりです。
主人公は気がついていませんが、魔将や配下の一部は、魔王ではなく“主人公”を崇拝しています。
さすが魔王様! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!!(AAr
―――と言った感じです。
それが良い事かどうかは……考えない方が良さげです。




