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注意。直接的なグロ描写はありませんが、敵も味方ポンポン死にます。
それこそ万単位で死にます。
ブラックユーモアを多分に含みますので、予めご注意下さい。
「おお、勇者よ! 死んでしまうとは情けない……つーか、死にすぎだ!?」
どこか禍々しくも、豪奢な調度品で飾り立てられた謁見の間。玉座で頬杖をついて、オレはため息を漏らす。
視線の先には円形のテーブル。その上に鎮座する水晶球……が映し出す遠く離れた地の光景があった。
天の神に選ばれ、魔王を倒す運命を背負った、黒髪の勇者「アレン」
その幼なじみであり、前衛兼回復役を担う、拳撃の僧侶「マリアンヌ」
勇者の親友であり、恋敵でもある、七色の魔道士「ブライトン」
旅の途中で知り合った、元盗賊の軽戦士「エミリア」
魔王と成ってしまったオレが、元の世界に還るための難題の達成に欠かせない存在。
そして、絶望に喘ぐ人類とオレにとって、唯一と言って良い希望の光りなのだが―――
エミリアの警告を無視して敵に躍りかかったマリアンヌが、小鬼祭司の仕掛けていた罠にかかり。
それを庇いに飛び出した勇者諸共袋叩きにされ、集団魔法で一掃しようとしていたブライトンは誤爆を畏れて詠唱を中断。
そこに伏兵として潜伏していたゴブリン配下の犬頭に背後から強襲され。
奇襲を予測していたエミリアがカバーに入るも、劣勢は覆せず、敢え無く全滅。
―――結果。最下級の魔物である小鬼によって、希望は潰えていた。
事の発端は唐突だった。
ふと気がついた時、オレは異世界で魔王になっていた。
前触れもなければ、心の準備もありゃしない。おどろおどろしくも荘厳な謁見の間で、オレに跪く化け物どもの視線にさらされパニクったオレの耳に響くのは、無機質な警報。
目に写るのは、空中に展開された半透明のディスプレイウインドウと、赤字で点滅を繰り返す―――
[緊急クエスト発生!]
――――の、無機質な知らせだけだった。
それからオレは、次々と科せられた難題を四苦八苦しながらクリアしていった。
[傭兵王を懐柔し、配下に迎えよ!]
[魔将軍“ゼルガスティア”の反乱を鎮圧せよ!]
[賢王の国を武力制圧せよ!]
[“マース大森林”に済むエルフ氏族を殲滅せよ!]
[北方の巨人族の王“鉄紺のガミューサ”を屈服させよ!]
[おうどんたべたい]
[西方無敵要塞“アヴァロン”を落とせ!]
[囚われの獣神姫“セーレス”を救い出せ!]
[南方諸国に呪いを振りまき、疫病を流行らせよ!]
[魔王廟の怨霊を説き伏せよ!] etc...
そして、状況を理解した。
現在、オレは魔王である。そう成った原因は一切不明。
クエストは3種類。メイン、サブ、緊急。サブはクリアすれば特典があるが、クリアしなくても問題はない。緊急はクリアしないと致命的な問題が生じる。メインは、クリアしなくても良いが……クリアしないと元の世界に帰れない。
そう、メインクエストの終了特典は、元の世界への帰還なのだ……。
オールクリアすれば、元の生活に戻れる…の…か……!?
オレは、それに一縷の望みを託して、無数にあるメインクエストを、詰まないように慎重に、それでいて迅速に進めた。
そうして無数にあったメインクエストも、残る一つと言った頃には、十年の歳月が過ぎていた。
それからさらに六年が経ち、ようやく待望の勇者が旅立つこととなった。
これでようやく、メインクエストのラスト―――
[勇者に討たれ、世界平和への礎となれ!]
―――をクリアする条件が揃ったのだ。
揃ったのたが……。
「おお、勇者よ! 死んでしまうとは情けない……つーか、死にすぎだ!?」
遠見の水晶球に映る光景を見ながらオレは愚痴を零す。
唯一の回復役が前衛。それも猪武者ってのはリスクが高すぎる。
万能型である勇者が前衛ってのも微妙だ。
魔術師が後衛なのは良いが、広域魔法しか使わないので、乱戦時に無力化するのはいただけない
比較的戦術眼のある軽戦士が中衛・遊撃なのは、魔術師の護衛と考えると悪くはないが、トータルで見れば悪手でしか無い。
個々の才能は悪くない。将来性は高く、勇者一行の名に相応しいくらいの底力はあるのだが……現時点では戦術も戦略もダメすぎる。
そして、現時点がダメってのは、魔王……つまり、オレによって世界の8割を掌握された現状では致命的だった。
その証拠に、唯一残った国であり最後の砦でもある、聖王国の王城に招聘され、勇者として盛大に見送られた彼らは―――
―――次の街に辿り着くまでに、10回以上全滅したからだ。
「頼むからもうちょっと考えて動いてくれよ……。
ただでさえ、難易度ベリーハードになってるんだからさ……まぁ、難易度上げたのはオレなんだけどな! ははは……」
自嘲的な笑みを浮かべるも、全滅した勇者パーティが、ゴブリンに獲物として美味しく戴かれようとしてるのを見て、指を鳴らす。
[遠隔術式の起動が“魔王”によって提起されました]
[術式の起動が“システム”によって承認されました]
[遠隔術式“神の祝福|(笑)”を起動します]
[還魂魔法“リターンソウル”が発動しました]
[蘇生魔法“リザレクション”が連動しました]
[回復魔法“リフレッシュ”が連鎖しました]
[精神魔法“サニティ”が順動しました]
[転移魔法“リターンベース”が励起しました]
[代償“所持金半分”が履行されました]
[転移魔法“リターンベース”が発動しました]
[術式の正常起動が“システム”により確認されました]
[遠隔術式“神の祝福|(笑)”を終了します]
サブクエスト[帝都跡地に残る、古代遺跡を攻略せよ!]のクリア特典である“遠隔術式”があって本当に良かった。
遠隔術式が無かったら、最初に全滅された時点で終了だった。
所持金半分で最寄りの教会で復活なんて、通常は有り得ないからな……。
一度に組める術式は一つ。組み直すには数時間かかるので使い勝手はさほど良くないが、ある意味、唯一、勇者に直接介入できる手段でもあるので文句を言ってはバチが当た―――ることはないだろうが、文句は贅沢と言うものだろう。
流れるログを流し見しながら、水晶球に手を伸ばし、場面を切り替える。
そこは勇者達が幾度もの全滅の果てに辿り着いた、始まりの街と言える“リクール公爵領”の聖光教会の大聖堂だ。
礼拝中に突然現れた勇者一行に、参列者や司祭たちは驚いたものの、いつもの事なので、すぐに立ち直ると、テキパキと勇者たちを別室へと運び込んでいった。
それを見届けたオレは水晶球から目を外し、側近である、幽玄の檻“ベルクラッド”を呼ぶ。
「ハッ、いかが為されましょうか? 魔王様……」
ゆらゆらと揺れる灯火により生まれた、燭台の影からゆらりと音もなく全身黒尽くめで、眼だけがランランと赤く輝く怪物が現る。
こいつは重鎮だが、悩みの種でもある十二魔将とは別の、言わばオレ直属の親衛隊と呼ぶべき部隊の一人である。
戦闘力はぶっちゃけ大したことないが、影から影への転移能力が便利なので重宝している。
「隻腕辣腕豪腕鬼将軍を呼び戻せ」
「……聖光七陣結界の攻略に支障がでますが、よろしいのですか?」
「構わぬ。先にすべき事が出来た」
「承知しました」
側近が影へと消えたのを見届け、視界の端に避けていたディスプレイウインドウを見て、ため息を付く。
そこに表示されてるのは、残り10個を切ったサブクエストの一覧。
「時間稼ぎも、そろそろ限界だな……」
今現在の人類と魔王の戦力比で言うなら、七陣結界の攻略=聖王国陥落=世界制覇となるのは明白だ。
そうなれば、勇者に倒されることがクリア条件である。オレのメインクエスト完遂は絶望的になる。
だからなんとか先送りにしようとしてきたが……無駄なあがきになるかもしれない。
魔王であるオレが倒されれば……単に殺されれば良いわけではない。
"勇者"に倒されなければ、メインクエストのクリアにならない。
事故や自殺や、下克上で死んでも、恐らく普通に死亡して終わる。
―――だから、うかつな行動で、配下からの忠誠心を減らすような真似は出来無い。
魔王の力は絶大だが、さすがに十二の魔将達を敵に回すには危険すぎる。
ある程度、勇者が数を削ってくれれば、なんとかなるかも知れないが……ゴブリン如きに苦戦している今の勇者に期待は出来無い。
もっとも、苦戦している理由は明らかだ。
勇者を強化するためのフラグと言うか、イベントと言うか、まあそういった類の場所や人物があったのだが―――
―――オレがクエストクリアしたことによって、尽く消滅してしまった。
元の世界に早く帰るために、クエスト攻略を積極的に進めてきたのが裏目に出たわけだ。
当初は、世界制覇すればクエストクリアだと思っていたが……まさか、最後の最後に用意された。メインクエストのクリア条件が“勇者に倒されること"だとは思いもしなかった。
せめてもの救いは、クエスト達成の条件が意外に緩いのを利用して、可能な限り人類側のダメージが少なくなるように配慮してたことだ。
そのため、租界のように管理されてるわけではないが、世界各地に生き残りが点在し、その中には勇者に関わるモノも含まれている。
つまり、勇者たちが、なんとかその地にまでたどり着ければ、それなりにパワーアップが見込める訳だ。
希望は潰えてはいない。
人類にとっても、オレにとっても、勇者がいる限り、希望の火は消えないのだ!
当面の問題である。勇者たちによる。"ゴブリンの聖地"の攻略戦が、すでに絶望的なのは些細な事だ……と思いたい。
隻腕辣腕豪腕鬼将軍のフルネームは隻腕辣腕豪腕鬼将軍です
正式名称が隻腕辣腕豪腕鬼将軍です。
仮に魔将から降格して一兵卒になっても隻腕辣腕豪腕鬼将軍です。