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 話を聞いた孝之は、ホラミロ!と言わんばかりに勝ち誇った顔をした。

 もちろん、あたしの顔で。


『ホラ見ろ! 気を持たせるような事言ったのはお前だったろ?』


「何でよ!こんなのタダの営業スマイルに、リップサービスじゃん!」


『よく言うよ。相手が経験値低めなの見越して、わざとやったんだろ?』


「やらしいのよ、孝之は!考える事がイチイチ、ネチネチと……」


 いつも通りの口論になったその時、男性の影がスウっと薄くなった。


「あ、消えちゃう!」


『待って・・・』


 孝之は、強引にあたしの体から飛び出した。

 一瞬、あたしの目の前が真っ白になってから、じんわりと感覚が戻って来るのが分かる。

 自由になった視界に、あたしより一回り大きい孝之の背中が見える。

 孝之は消えていく男性に駆け寄ると、申し訳なさそうに言った。


「ごめん。俺の彼女が紛らわしいマネして。こういうバカ女だから、付き合うのは止めた方がいい。もっとマシなのいくらでもいるから、今回の事は許してくれないかな」


 は!?

 ドサクサ紛れに、何か、失礼な事言わなかった?


 悪口に敏感なあたしの耳が、ピクっと反応する。

 でも、彼が、あたしのことを迷いなく「彼女」と呼んだ事には、ちょっと感動した。

 孝之の言葉を聞き終わると、男性は目を伏せて俯いたまま、スウっと掻き消すようにいなくなった。


 後には、コーヒーカップの破片が散らばる無残に破壊された店内に、あたしと孝之だけが残った。

 もちろん、そこに床に伸びてる執事はカウントしない。

 嵐が去った後のような静けさが、再び店内に戻ってきた。


「行っちゃったよ、あの人。お前に好かれてたと思ってたらしい。俺が現われたから諦めたみたいだ。まあ、その前に男がいるって分かって、お前に興味なくなったみたい」


 可笑しそうにクスクス笑いながら、孝之はこっちを悪戯っぽく見下ろした。


「どーゆー意味? 男がいちゃ、いけないの?」


「あの人、お前が彼氏いない歴35年の非モテ処女だと思ってたみたいだ。女の子はバージンじゃなきゃイヤなんだってさ」


「何、その偏見!? 人を使い古しみたいに!ってか、非モテ処女だと思ってたってどーゆー事ですか!?」


 使い古しと思われても、35年未使用だと思われても腹が立つ。

 結局、あたしが彼に対して思った事を、彼もあたしに対して思ってたって事か。

 お互い様とは言え、あの男にそう思われたという事実は受け入れがたい。


 悶々としているあたしの頭を、孝之の手がポン!と叩いた。


「……何?」

「俺の事、呼んでくれてありがと。クリスマス以来だな」


 彼の琥珀色の瞳が優しく細められて、ニッコリ笑う。

 完璧に美しいその笑顔を見ていると、この男が実は口が悪くて、執念深くて、人の揚足を取る鬱陶しい性格をしている事をつい忘れてしまうから不思議だ。

 無意識に赤くなってる顔を、あたしは彼に気付かれないように慌てて横を向いた。


「……そーだよ。あのクリスマスの夜から、あたし、何度も電話したんだから。でも、繋がらなかった」


「ゴメン。繋がる事は稀だよ。だって俺……」


「いいよ、言わなくて。もう知ってるもん」


……死んでるから。

 その言葉を彼の口から言わせたくなくて、あたしは敢えて遮った。


 彼は困った顔で少し笑って、頭を掻く。

 悪戯がバレた子供みたいにな照れ笑いがかわいい。


「知ってるなら話は早いな。まあ、そういう事。でも、普通、見えないんだけどな。姿が見えて、体に触れて、エッチまでできるのは恵理が初めてだ。お前がそういう体質なんじゃない?」


「うん、執事さんにも言われた。あたしって、リアルに見える体質なんだって」


「さっきの男の人だって、普通、あんな事できないよ。お前の「見える」能力が、霊を強化しちゃうんだよ、きっと」


「……それって、あたしが相手だったから、更に攻撃力がアップしたって事?」


 つまり、無意識に敵に塩を送ってたという事か。

 冗談じゃない!

 今後もこんな事があったらどうする!?

 ただでさえ、死んでる人なのか、生きてる人なのか区別がつかないって言うのに……。


 あたしの不安を顔色で感じたのか、孝之がそっとあたしの耳に顔を近づけた。

 彼の息が耳にかかって、あたしの胸がドキンと鳴る。


「その時は、また呼べよ。俺が守ってやる」

「え……?」


 甘いセクシーな孝之の低音ボイスが、乙女キラーな台詞を奏でた。

 ドキドキに胸が痛くて、あたしは思わず目を瞑る。

 当然、来るであろう彼からのキスを待ちながら……。


 しばしの沈黙の後。


 期待していたシチュエーションになかなかならなくて、あたしは業を煮やして薄目を開けた。


「……あれ? 孝之? 孝之、どこ!?」


 いない!?

 さっきまで、確かにあたしの横にいた孝之の姿が忽然と消えていた。

 また一人にされてしまった喪失感に、あたしはヘナヘナと座り込む。


 この一連の騒動は、夢だったのかな?

 いや、そんな筈はない。

 この破壊された店内が、ここで何があったかをリアルに物語っている。

 あたしは、彼に逢ったら言おうと思っていた事が、また言えずに終わってしまった事を思い出した。



 まだ、怒ってる?

 ごめんね。

 あたしもやっぱり好きだよ。

 たとえあなたが、顔に似合わずネチっこくて、頑固オヤジだとしても……。


「孝之、来てくれてありがと……」


 あたしは天井を見上げて、そう呟いた。





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