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 あたしの右腕がイケメン執事の首のヒットして、その体がスローモーションのようにゆっくり背中から倒れてゆく。

 それを、あたしは別世界から覗いているような感覚で見つめていた。

 ドーン!と豪快な音を立てて、執事が床に倒れた後、その周りをボクサーのようなフットワークでピョンピョンとジャンプしている。

 全くもって無駄なリアクションだが、孝之が久し振りの生ボディにテンション上がってるのは間違いない。

 しばらく警戒するように執事を観察していたが、起き上がってこない事を確認した孝之は、あたしの体で拳を突き上げた。


『っしゃあ! ノックアウト!』


「でも、また起きてくるんじゃない? トドメ刺しておかないと」


『大丈夫だよ。もうヤツを感じないもん。ホラ、言うだろ? 考えるな、感じろって。お前は感じてればいいんだよ』


「使い方間違ってるし。なんか、やらしいんだけど。孝之が言うと……」


 その時、執事さんの異変に気が付いて、あたし達はハっとして口を閉じた。

 床に仰向けに倒れている彼の体から、スウっと煙のような白い気体が湧き上がってくる。

 それはやがて、上方に向かって渦を巻きながら、一人の人間の姿を形成していった。


『……誰?この人?』


 困惑したような孝之の声があたしの頭に響いてくる。


「だから、この人が執事さんの中に入ってたんだって。あたしに弄ばれたって言ってた人」


『……お前、男の趣味、変ったな』


「だから! あたしは覚えないんだってば!」


 白い煙が消えた後、あたし達の目の前に一人の男が忽然と現われた。

 だが、何の特徴もない中年男性の姿に、あたしは思わず目を見張った。


「あ!!! 思い出した! こ、この人!!!」


 今度こそ、その顔を思い出し、あたしは思わず指差して大声を出した。


『何? やっぱり知り合いか?』


「この人、バイトの初日にあたしが無理やり押し付けてチョコ買ってくれたオジサンだよ!」


 あたしの声に、目の前のオジサンは俯いて顔を背けた。



◇◇◇◇


……あのバイトの初日。


 全く売れる気配のないワゴンに山積みのチョコレートを前に、あたしと裕香ちゃんはぶーぶー文句を言っていた。


「こんなの売れるワケないですよ。まだバレンタインまで2週間もあるんですよ~。その前に凍え死ぬ~!」


「でも、まあ、これが仕事だし、お金貰ってんだしね」


「もー! 松本さんは年の功ですけどぉ、あたしは若いから納得できません!」


「一言多いよ。じゃ、辞める?」


「辞めません! お金欲しいもん!」


「じゃ、しょうがないじゃん?」


 裕香ちゃんはぶーたれた顔であたしを上目遣いで睨んだ。


「じゃ、松本さんは売れるって言うんですかあ?」


「う、売れる! 営業のやり方次第で売れない商品なんてないのよ!」


「えー、じゃあ、見本見せて下さいよぉ。言っときますけど、チョコって女の子が買うモノですよ~」


「別に拘らなくてもいいんじゃない? 最近は軟弱な男子も多いことだし。男だろうが女だろうが、売れればカモは誰でもいいのよ」


 そう言った矢先に、あたし達の囲んでいるワゴンの横を、一人の男性がスウっと音もなく通り過ぎた。

 何の特徴もない地味な中年男性だ。

 会社員っぽいベージュのトレンチコートに身を包み、顔を隠すように襟を立てている。

 中年男性というイメージ以外、顔の特徴は不思議なほど気が付かなかった。


「松本さん! いいカモじゃないですかぁ。松本さんの魅力で、あの人にチョコ軽~く売っちゃって下さいよ」


 裕香ちゃんがニヤニヤしながら、ワゴンの中から一箱掴むと、あたしに差し出してきた。


「え、だって、チョコって女の子が買うモノでしょ?」


「カモは誰だっていいって、今、言いませんでした~?」


 言い返す術もない。

 あたしはムカっとして、挑戦状の如く、箱を裕香ちゃんの手から奪い取ると、スーっと歩いていく男性の後を追いかけた。


「すいません! 今、バレンタインキャンペーンやってるんですけど、おひとついかがですか?」


 男性の前に立ち塞がったあたしは、できる限りの満面な笑顔を作った。

 突然現われたあたしの顔に驚いたように、男性は一瞬、ビクっと体を震わせてた。

 その時、あたしにはピン!ときたのだ。


……ははん、この人、女に慣れてない。


 そこに気がついたあたしは更に調子に乗って、彼の手を取ると、強引に箱を握らせる。

 手の感触に引き気味になる男性を、あたしは手に更に力を込めて引っ張った。


「今は男性から女性にチョコ渡すなんて普通なんですよ。彼女にあげてもヨシ! これからコクってもヨシ! 会社の同僚や上司にあげれば、御機嫌取りは間違いなし! とにかく男性からチョコ貰ったら、女は嬉しいんですから。もーここは、差別しないで誰にでもあげちゃいましょう! ささ! おひとついかがですか?」


 男性は一気にまくしたてるあたしの顔をしばらく呆然と眺めていた。

 この月並みな宣伝では、まだ、落ちないようだ。

 こうなったら、女の武器を使うしかない。

 甘えた声で、あたしは上目遣いに彼を見上げる。


「あたしもチョコ、全然、貰ってないんですけど、お客様のような渋い方から突然、チョコ貰って告白されたら、きっと好きになっちゃうと思いますよ。ここは一発、チョコで告白してみてはどうでしょう?」


 やがて、一通りの口上を聞き終えた後、男性はあたしが握らせていたチョコの箱を自ら掴んだ。

 あたしはそれを、お買い上げの意味だと理解し、歓喜で飛び跳ねた。


「ありがとうございました! お会計は百貨店の一階にありますサービスカウンターで! そちらでラッピングとメッセージのサービスも承っております!」


 そして、あたしは満面の笑顔をもって、男性をお買い上げレジに案内したのだ。



 その男性がまさか死んでいたとは思いもせずに……。





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