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「松本さん、ひどいですよお。昨日、あたし、飲んじゃったから一人でタクシーで帰ったんですよお。もう、何で急に帰っちゃったんですか~?」


 二日酔いの頭に、ノリノリ女子大生の甘ったるい声は脳味噌をえぐられるようだ。

 蛍光ピンクのウィンドブレーカーに身を包んだあたしは、百貨店の前のワゴンの前で道行く人々をボンヤリ眺めていた。

 昨夜の恐怖の心霊体験のせいで、仕事するという心境では全くなかったが、バレンタインまで後2週間を切っている。

 今日休んだら、会社もバイトを補充するのが大変だろう。

 そう思って、悪夢の一夜が明けてから、あたしは取り合えず外傷が無い事を確認した。

 二日酔いの体に『ウコンの力』を注入して、何とかバイトに来たのだ。

 社会人生活が長いと、会社の都合まで考えてしまうという、我ながら殊勝な心意気だ。

 それに免じて正規採用にしてくれれば、もっといいのだけど。


「当り前でしょ!? あの店、絶対怪しいし。なんだかんだ言って、御祓い代やら、壺やら、数珠やら、売りつける気なのよ。大体、何であたしが霊の恨みを買わなきゃなんない訳?」


 ワゴンを挟んだ反対側にいる裕香ちゃんに、あたしは反撃する。

 そうだ、霊(しかも男の!)に恨みを買う覚えなどない。

 あるとすれば、生前、邪険に扱ってきた孝之くらいだけど、昨夜のあの影が孝之だったのかどうかは確信がなかった。


……孝之というよりは、そう……。

 もっと暗くて地味な感じの、執念深い人……。


 そこまで考えて、あたしは金縛りや首を絞められた感触を思い出してゾっと鳥肌が立った。


「でもお、あのイケメン占い師の人、霊が見えるんですって。それに~、松本さんが男の人に恨みを買うの、あたしは分かる気するなあ」


 ニヤニヤしながら、裕香ちゃんは聞き捨てならない事をのたまう。

 あたしは目を剥いて、ワゴンの後ろの彼女を睨みつけた。


「それ、どーゆー意味よ!? 何で、あたしが男の恨み買うの!?」


「だってえ、松本さん、天然じゃないですかあ。結構かわいいのに、鈍いっていうかあ。思わせ振りな態度をしといてから、そんな気ありませんでした、みたいな?勘違いさせちゃう罪な女って感じですかね」


「人聞き悪いこと言わないでよ! いつ、あたしが思わせ振りな態度したのよ?」


「だから、松本さんは無意識にそういうのやっちゃうんですよ。だから、男は勝手に勘違いして、自滅するんです」


 あたしは、考え込んでしまった。

 自分が八方美人でいい加減な性格なのは自覚していたので、裕香ちゃんの言葉にも思い当たるフシがない事もない。

 ただ、生きてる男ならともかく、霊に恨みを買うほどではないと思う。


「でもお、これっていい意味ですよ~。松本さんの近くって、なんか暖かくて、明るい感じがするんですよね~。非モテ男は、明かりに群がる蛾みたいに吸い寄せられちゃうんじゃないのかな~」


 取り繕うつもりなのか、裕香ちゃんは褒めてるのか、貶してるのか微妙なコメントをする。

 その気持ちはありがたいけど、生憎、非モテ男もモテ男も、あたしの周りには飛んで来る気配がない。


 もう一度、あの店に行ってみよう。


 インチキ占い師を信じていた訳では全くない。

 でも、昨夜の不思議体験を誰かに聞いて欲しくて、あたしは唐突にそう思った。

 恨みどころか殺意まで感じた昨日のあの影。

 あれは孝之じゃないって、誰かに断言して貰いたかったのだ。



◇◇◇◇



『占いカフェ ロザリオ』は昨日と同じように、自転車屋と乾物屋に挟まれてアンバランスなアンティークな雰囲気を醸し出していた。

 今日は裕香ちゃんは合コンだとかで、バイトが終わるとさっさと帰ってしまったものだから、あたしは一人で店の前に立ち尽くしていた。

 月が出ているせいで、店の前はボンヤリと明るく、開店したばかりなのに古びた看板がはっきり見える。

 その扉を見つめて、しばらく考えていた矢先、突然、中から扉がバーンと開いた。


「キャ! ごめんなさ~い!」


 3人の制服姿の女子高生がキャピキャピ騒ぎながら、外に飛び出してきて、あたしは思わず後ずさる。

 何の悩みもなさそうなテンションの高さだったけど、ここに来たという事は何か悩みがあるんだろう。

 そうでなければ怖いもの見たさか、イケメン執事を観賞しに来たか。

 あたしは、もう中に客がいないのを確認してから、恐る恐る足を踏み入れた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 店内の正面に設置されたカウンターの中で、昨日の執事はにこやかに声を掛けた。

 昨日と同じオールバックにした艶のある黒髪に切れ長の目。

 自分がイケてるのを自覚した上で、なんかの少女漫画に出てくる執事のコスプレしている。

 よほどのナルシストか、そうでなければ、かなり残念なマンガオタクだ。


 あたしは警戒しながら、そろりとカウンターの椅子にお尻を載せた。

 カフェオレ800円は仕方ないにしても、御祓いをこのコスプレ執事にお願いする気はなかった。

 たとえ、それが最大30%オフで、21000円に値下がりしても、だ。

 そもそも、孝之に会いに来たのだから、祓われては本末転倒というものだろう。


 追い詰められた小動物みたいに固くなっているあたしを、執事は苦笑して見つめた。


「そんなに怖がらなくても、僕は押し売りはしませんよ。昨日言った事、もし、気にしてらっしゃったら、申し訳ございません。ただ、僕は本当に見えてしまう体質なんです」


「本当なのは分かってます。あたし、昨日、霊に襲われたんです。金縛りにもあって……」


 ああ……と何故か納得した顔で、執事は切れ長の目を細めた。


「では、あなたはまだ気が付いてなかったんですね。これは失礼しました」


「は? 何をですか?」


 カウンターに頬杖ついているあたしの顔を見て、彼はにこやかに恐ろしい事を言った。



「あなたも僕と同じ、『見える』体質なんですよ」





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