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「やっだああ! 何ソレ!? 松本さん、憑り付かれてるんですかあ?」


 カクテルを吹き出しながら、裕香ちゃんが茶化して叫んだ。

 あたしも思わず、後ろを振り返ってキョロキョロ見回す。

 勿論、そこにいるのは孝之だと思ったからだ。


 執事はジっと何もない壁を睨んで続けた。


「その霊はあなたに強い恨みを持っています。男性です。かなり強い霊力だ……。このままでは、あなたに霊障が起る……。あなた、早くこの土地を離れた方がいいですよ」


「ええ~! あたし、失業して年末にこっちに来たばっかりなんですけど!?」


「そんな事より、命が大事でしょう?できるだけ早く引っ越すべきです。一度、御祓いした方がいいかもしれませんね。今、ここで予約されれば20%オフにしますが?」


「は!? 20%オフって、御祓いの代金!?」


「勿論、こちらも商売ですから。御祓いの通常価格3万円ですが、今回は初回キャンペーンも同時に使えます。最大30%オフ!これはお得ですよ」

「松本さん! やったほうがいいですよ~! 男運悪いのも直るかも~」


 ふざけんな!と言いかけた所に、裕香ちゃんまでが合いの手を入れる。

 キレたあたしはカバンを掴んで立ち上がった。


「結構です!そんなのインチキに決まってるじゃない。霊感商法もいいとこだわ! もう帰ります! お勘定は!?」

「はい、カフェオレ800円になります」


 カフェオレが800円!?

 ラーメン食べた方がマシじゃん!?

 にこやかに返事をする執事に、あたしは更に噛み付いた。


「ちょっと! なんでカフェオレが800円なの!? スタバより高いじゃん!ってか、これならラーメン食べた方がましよ!」

「テーブルチャージが含まれておりますので、若干高めの設定になっております。霊視の料金は今回はサービスさせて頂いておりますよ」

「何が霊視よ! もういいわよ! 釣りはいらないから!」


 あたしは1000円札をバン!とカウンターの上に置いて、荒々しく店を出た。



◇◇◇◇



 憤慨しながら家に辿り着いたあたしは、まずはお清めとばかりにバスルームに直行した。

 シャワーの蛇口を捻って、お湯を頭から滝のように浴びる。

 修行僧の如く、あたしはしばしシャワーに打たれて考えた。


 ムカツク!

 ムカツクったらムカツク!


 どーしてあたしが孝之に恨まれなきゃなんないのよ。

 そりゃ、付き合ってた時はないがしろにしてきたし、あまり尽くすタイプの彼女じゃなかったかもしれない。

 でも、高校の時から付き合い始めて、別れるまで8年も一緒にいたんだもん。

 付き合い長すぎて、夫婦のような馴れ合いの関係だったから、遠慮なく好きな事言ってたかもしれない。

 結局、長過ぎた春が倦怠期と重なって、刺激が欲しくなったあたしが別れを切り出したんだけど。


 孝之はもしかして、死んでも死に切れない程、あたしの事恨んでたのかなあ?

 だったら、あのクリスマスイブの事はやっぱりあたしの夢だったんだろうか。


 熱いシャワーを浴びながら、あたしの目から涙がポロポロ零れてきた。

 さっきのイケメン占い師は、あたしからふんだくる為に、見えてもないクセにテキトーな事を言ったのかもしれない。

 でも、心当たりがあるあたしには、その言葉が重く圧し掛かってきた。


 できるなら、また、会いたい。

 本当は怒ってるの?って、聞いてみたい。

 もし恨んでるなら、一言、ゴメンネって言いたい。

 そうでなければ、あたしだって死んでも死に切れない。


 そう思ったあたしは、タオルを掴んで、バスルームから飛び出した。




「えーっと、ビールと安物のワインと、確かスルメイカがあったっけ……。そして、コタツの上には蜜柑……と」


 自分の部屋に戻ったあたしは、記憶の糸を手繰り寄せながら、あのクリスマスイブの夜を再現しようと試みていた。

 そう、確か、テレビを一人で見ながら、ビール飲んで酔っ払ってて……。

 その後、ケータイから電話したんだっけ。


 テレビをつけて、スルメイカを齧りながら、あたしは缶ビールを開けて一気に飲み干した。


 酔い加減はこのくらいだったかな?

 いや、あの時はもっと飲んでたかも。


 そもそもが酔っていたので、当時の記憶は更に曖昧なものになっていた。

 記憶を手繰りながら、あたしは景気付けに更にビールを開ける。

 そして3本くらい飲み干した後、ようやく眩暈を感じたあたしは、コタツに入ったままゴロンと仰向けになった。


 そうだ、ケータイ、ケータイ……。

 お願い、電話に出て、孝之!


 あたしは酔いで震える手にケータイを握って、アドレスをスクロールした。

 まだ消えていない井沢孝之の名前。

 ドキドキしながら、あたしが発信ボタンを押そうとしたその時。


パン!


 大きな破裂音がして、突然、部屋の電気が消えた。

 一瞬にして暗闇となったあたしの目の前で、ケータイ画面だけが光源になって、何とか周りが見える状態だ。

 さっきまで付けていたテレビも同時に消えてしまったので、部屋は静寂に包まれる。

 ブレーカーが落ちたんだろうか?

 あたしが酔いの回った体を起こそうとしたその時、体の動きが突然奪われた。

 何かに押さえつけられているような、体の上にモノが載っているような、すごい重圧感だ。

 あたしは仰向けのまま床にベタっと押し付けられた。


 こ、これって・・・噂の金縛り・・・?


 動かない体の中で唯一動いた目をキョロキョロさせて、あたしは部屋を見回す。

 誰もいない筈の小さなあたしの部屋。

 部屋の隅に置いてあるシングルベッドの上に、あたしは信じられないものを見た。


 両足を抱えて座っている人があたしを睨んでいる。

 暗い影のようなその人は、シルエットから男性である事が分かった。

 あたしと視線が合うと、その影はゆっくり立ち上がり、こちらにスーっと向かってくる。

 歩いている感じはない。

 足にローラースケートがついているように、ブレる事なく影は真っ直ぐあたしの方に近付いてきた。


……だ、誰!? 孝之なの!? 孝之!?


 影はあたしの体の上までスーっと載ってくると、首に手をかけた。

 覆い被さってくるその影の顔を、あたしは硬直したまま凝視するが、誰かという判別ができない。

 怖いのに視線を逸らすことも適わなかった。


「……!!!」


 首に掛かる手があたしの首をグっと締め付け、あたしは息を呑む。

 恐怖と酸欠で抵抗する事ができない。

 目の前がゆっくりと暗くなっていって、あたしは、そのまま意識を手放した。




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