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女ってホントにバカだと思う。
占いとか、おまじないとか、幽霊とか、科学的根拠がないものに何故、惹かれてしまうのだろう。
最近流行らしい天然石の数珠を何重にも腕に巻きつけてる女性客。
朝「今日の占い」をテレビで見て、「最下位は乙女座のアナタ」と言われてマジへこんでるあたしの母親。
かく言うあたしも「今日のラッキーアイテムはピンク!」と聞いたら、ピンクのハンカチを持っていってしまう。
幽霊もまたしかり。
イケメンだったにも拘らず、一途過ぎる性格がウザイと思っていた孝之が、死んだ途端に美しい思い出になる。
幽霊になったと思った途端に、神聖視してしまうのだろうか。
実を言えば、孝之に再会する為、恐山まで行ってイタコに降霊してもらう事まで考えていたのだ。
それが、ここから500m離れたアーケード内の占いカフェで、コーヒー飲みながら、霊と話せる。
サファリパークじゃないんだから、あちこちに霊がウロウロしている訳ではないだろうが、青森県まで行く手間暇を考えたら、ずっと効率的だ。
嘘だったとしても、コーヒー飲んで帰ってくればいいんだから、スタバに行くよりは有意義だろう。
行っても損はなさそうだ。
そう考えて、あたしはバイトが終わったその夜、裕香ちゃんと占いカフェ「ロザリオ」のドアを叩いたのだった。
◇◇◇
占いカフェ「ロザリオ」と書かれたアンティークな雰囲気の木製の看板が、同じく重厚な木製のドアに掛かったまま、風に煽られ、ガッタン、ガッタン音を立てている。
外壁だけ、と言うより見える部分だけレンガが張ってある戸にはワザとらしく蔦が絡まっていて、年季が入っているように演出されている。
最近、オープンしたばかりなのに、蔦が絡まるとは、自作自演も甚だしい。
しかも、アンティークなのはその店だけで、右隣は自転車屋、左隣は乾物屋という昭和の趣だ。
あたし達は並んで、アンバランスな和洋折衷の雰囲気のドアを開けた。
中は薄暗くて、光源が全く入らないように、にカーテンが引かれている。
オルゴールミュージックが静かに鳴っていて、キャンドルライトにボンヤリと照らされた店内は幻想的な雰囲気だ。
壁に建て付けられた棚の上には、かわいいコーヒーカップや、ガラスのグラスがズラリと並んで、耐震対策は全く考えられていない。
入り口付近に丸テーブルが二つ、そして半円形のカウンターが中央にドンとあって、その周りを囲むように椅子が並んでいる。
その構造から、この店の前はスナックだった事が窺える。
カウンターの中央には、一人の男性が立っていた。
少女マンガでよく見る執事のような服装に、髪をオールバックにしている。
シャープな輪郭に東洋的な切れ長の目。
間違いなく、執事をイメージしたコスプレだ。
イケメンの部類に入ることは間違いなくて、イタコさんよりは目の保養になるかもしれない。
「お帰りなさいませ、お嬢様方」
執事はニッコリ笑ってそう言うと優雅な仕草で、カウンターの前に並んだ椅子に手を差し出した。
ここに座れという事らしい。
「やっだあ! ここって執事カフェでしたっけ? お嬢様って、なんかウケルんですけど~」
さすが女子大生。
若さの力で順応してしまった裕香ちゃんが、キャピキャピしながらあたしを残して椅子に座った。
あたしも慌ててその後を追い、彼女の隣に腰掛けた。
「執事もしますが、勿論、占いもできますよ。こう言うと喜んで下さる女性が多いので、挨拶代わりに言うようにしてます。お飲み物は何になさいますか?」
そつのない笑顔で、彼は笑うと差別しないように、あたしにも問いかけてくれた。
少し高めの良く通る声。
その声と凛とした清楚な佇まいに、教会の牧師さんみたいな印象を受ける。
「あ、じゃあ、カフェオレでお願いします」
「えー!松本さん、飲みましょうよお。ねえ、ここ、アルコールもあるんでしょ?」
「ございますよ。お車でなければ」
……車で来てるし。
そう思ったけど、このお気楽大学生は帰りの事など考えてもないようだ。
大方、あたしに送らせるつもりなんだろうけど。
結局、あたしにはカフェオレ、裕香ちゃんにはカクテルを執事は用意した。
「今日は占いを御所望ですか、お嬢様方?」
コーヒーカップを口にしながら、まだ店内をキョロキョロしているあたし達に執事は声を掛ける。
そうだ、本命はそれだった。
イケメンを至近距離で見ただけでも今日の収穫は大きかったけど、あくまで目的は孝之だ。
あたしがオズオズと口を開こうとしたその時、横から裕香ちゃんが先に口を挟んだ。
「あたし~、彼氏欲しいんですけど~、どうやったらできますかあ~?」
……んな事、自分で考えろっつーの!
思わず出そうになったツッコミを、あたしは必死で胸に収める。
彼女だって、それなりに必死なことには違いない。
あたしより、時間的に余裕があるだけで。
執事はニッコリと笑いながら、ボードの上に置いてあるソフトボールくらいの水晶玉をカウンターに持ってきた。
小さな赤い座布団の上に載った透明無地の球は、あたしが顔を寄せると微妙に色を変える。
さすがは神秘アイテムナンバーワン。
すごい説得力だ。
彼は白い長い指で水晶球の周りにクルクル円を描いた。
そして、裕香ちゃんの顔とその反射した影の歪み具合を見比べて、「今年、運命の出会いがあります」と自信有り気に答えた。
「え~! それって、もしかして、店長さんの事じゃないですか~!? 今日って運命の日~!? 店長さんっておいくつ~?」
「あなたより年上なのは確かですね。僕はもう若くないですよ、お嬢様」
彼は軽く裕香ちゃんをあしらうと、あたしに向かってウィンクした。
……そのウィンク、どういう意味だ!?
あたしと年齢的に同類なのをアピールしたいのか!?
複雑な気分で、あたしはカフェオレを啜る。
彼はあたしをしばらく眺めていた。
イケメンの悩ましげな視線が痛くて、あたしは思わず赤面して上目遣いに彼を睨む。
「な、なんですか? あたしの顔に何かついてます?」
「はい、あなたには霊がついてますよ。それもかなり強い、ね」
「え!?」
あたしを見つめていたと思っていた執事の視線は、あたしを通り越して何もない壁を睨んでいる。
あたかも、あたしの後ろに誰かがいるように。
あたしは、見えないものを見ている執事の視線の先を、恐る恐る振り返った。