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12 最終回

「逝っちゃったね……」


 二人が消えた後、あたしはその上空を見上げて両手を合わせた。

 これが成仏したって事なのかな。

 それはそれで、人としては幸せな事なんだろう。

 思い残す事がなくなったんだから。

 ただ、残された人には少し寂しく思えるのは仕方ない。


「男を知らない純情女子高生と、処女大好き純情会社員ですから。ある意味、最高のカップリングではないでしょうか。反面教師も見てた事だし、足りない部分はお互い妥協するでしょう」


 爽やかな顔で、執事さんも合掌して上空を見上げた。

……って、オイ!

 誰が反面教師だ!?


 聞き捨てならないその言葉に、再び食いついたあたしを見下ろして、彼は不敵にニヤリと笑う。


「さて、これからは僕が社長ですからね。早速、明日から出勤して下さいよ。モーニングもやるので、朝7時出勤でお願いします」


「は!? 明日の7時!?早っ!」


「だって明日からニートになるんですか? 最初は最低賃金から始めますが、無職よりマシでしょ? 仕事も男も選んでちゃダメですよ。何事も妥協が肝心!」


「あ、あなたに言われる筋合いはありません!」


 ギャーギャー喚くあたしを捨て置いて、執事さんは不敵な表情のまま、孝之を横目でチラリと見た。

 孝之も友好的とは言えない表情で、彼を睨み返す。

 ん!?

 なんだ、この一触即発な雰囲気は?


「君もそのうち成仏させてあげますよ。井沢君」


「うるせえよ。大きなお世話だ。お前こそ、返り討ちに遭わないようにせいぜい気をつけな!」


 孝之の好戦的な態度を気にする風もなく、執事さんはあたしにウィンクしてクルリと背を向けた。

 そして背中を向けたまま、あたしに捨て台詞を置いていった。


「申し遅れましたが、僕は結城ゆうき頼将らいしょう。先祖代々神主の家系です。では、明日、7時に出勤お願いしますよ」


 最後に、白い手をヒラヒラ振ると、ロングコートを風に絡ませて颯爽と歩き去っていく。

 孝之は色素の薄い甘いマスクを歪ませると、茶髪を掻き上げて、チっと舌打ちした。

 意味深な二人をあたしはバカみたいに、キョロキョロと見比べていた。


「あんの、ヘタレ神主め!いつか、憑り殺してやる」


「何? 孝之、執事さんと仲悪いの?」


「別に。お前にはカンケーねぇんだよ、バーカ!」


「な、何であんたにバカ呼ばわりされなきゃなんないのよ?」


「お前がバカだからに決まってんだろ!」


 その途端、パン!と聞き覚えのある破裂音がして、体の神経という神経が硬直した。

 あたしはその場で立ったまま、身動きができなくなり、金魚みたいに口だけをパクパクさせる。

 こ、これって、金縛り!?

 孝之もできるの、こんなこと!?


 立ったまま固まってるあたしに、孝之はゆっくり近付いてくる。

 いきなり両腕を回してあたしを抱き締めると、グイっと自分の胸に押し付けた。


 うわあ、懐かしいこの感覚・・・!

 彼の滑らかな筋肉の感触が、押し付けられたあたしのホッペに伝わる。

 そこから心臓の音を聞こえてこなかったけど、萌えるには充分過ぎるリアリティだ。

 死んでる彼に、細かいディテールまで要求するつもりはない。

 クリスマス以来の彼のボディに、あたしの体は勝手に熱くなってくる。


 硬直して動かないあたしの頭を、魔法のように手も振れずにクイっと持ち上げ、あっという間に自分の唇を重ねた。


「!!!」


 久し振りの彼の熱いキスは、あたしを蕩けさせるには充分だった。

 彼の舌の動きに完全に翻弄されてしまったあたしは、唇が離れた後も、茫然自失で立ち竦む。

 あたしの呆けた顔を、彼は甘いマスクを最大限に有効活用した悩ましげな切ない表情で見つめた。

 

 そ、その表情はヤバイ……。

 あたしの母性本能が揺さぶられちゃうでしょ!


「……孝之」

「あんだよ?」

「もしかして、執事さんに妬いてるの?」

「……言うな」


 そういい捨てると、孝之はあたしの肩口に顔を埋めた。

 人形のように固まって突っ立ったまま、あたしは寄りかかってくる孝之を必死で支えた。

 顔が見えないまま、あたしの耳元で孝之の低い声が吐息のようにかかる。


「恵理。オレ、やっぱりお前がいい。あの占い師に言われたよ。俺はお前の事が心残りで全然死に切れない」

「うん」

「また俺の事、呼んで? 俺の事、忘れないで。恵理、俺、お前のこと……」

「うん、分かってる。また会えるよね?」


 返事の代わりに、彼はあたしと正面から向き合って抱き締めると、悲しげに微笑した。

 泣いてるようなその笑顔にあたしは一抹の不安を覚える。

 そのまま消えてしまいそうな儚い微笑み。

 その時、ハっと思い出して、あたしは彼の為に用意しておいたモノをウィンドブレーカーのポケットから引っ張りだした。


 それは、売り物のワゴンに入ってたのと同じチョコの箱。

 孝之用に一つだけ、自腹を切って買っておいたのだ。

 あたしは、高校の時、初めて孝之にチョコを渡した時のように、ちょっとドキドキしながら両手で箱を差し出した。


「今までゴメン! でも、あたし今でも孝之が好きだから!」


 クリスマス以来、言えなかったその一言を、あたしはやっと口にした。

 最初はビックリした顔で、やがて、嬉しそうに表情を緩ませて孝之は笑った。

 そして、あたしの手からチョコを受け取ると、その姿はどんどん薄れてゆき、やがて完全に消えてなくなった。

 彼の気配がなくなって、そこに冷たい冬の風が吹きぬけた時、あたしは彼が逝っちゃった事を理解した。


「バイバイ、孝之。また会えたらいいね」


 上空を見え上げて合掌するあたしの頬を涙が伝っていった。



◇◇◇



 翌日、執事改め、結城ゆうきさんに言われたとおり、あたしは早朝7時に占い喫茶ロザリオのアンティーク調の扉を叩いた。

 二月の朝七時はまだ薄暗くて、肌が切れるような寒さだ。

 開店前で人気の全くないアーケード街は、昭和枯れすすきの雰囲気だ。

 軒並み降ろされた店舗のシャッターが風に煽られ、ガタガタ音を立てている。


 ドンドン!と何度かノックすると、中から扉が開かれ、あたしは寒さに震えて急いで中に飛び込んだ。

 2週間ほど前にバトルをした店内は、綺麗に改装工事がされており、乱闘の形跡はもう見当たらない。


 その店の中央に結城さんが、いつもの執事姿で立っていた。

 オールバックは復活しており、白い顔が朝から爽やかだ。

 でも、その立ち姿に何か違和感を覚えて、あたしは一瞬、ギョっとして立ち竦んだ。


 足を開いて仁王立ちで彼は立っていた。

 腕を組んで睨むように相手を見つめるその仕草に、確かに見覚えがある。

 その立ってるだけで横柄な態度……。


「ま、まさか、孝之?」


「さすがは恵理っぺ。もうバレたか」


 たった今まで真顔だった執事さんの顔がパっと明るく笑った。

 屈託のないその笑い方は、間違いなく孝之だ。

 あたしは驚きで、自ら金縛り状態になって硬直した。


「な、なんで!? 逝っちゃったかと思ってた」


「うーん、俺ね、なんか、帰り方分かんなくなっちゃった」


 執事さんに乗移っている孝之は、照れ臭そうに後頭部を掻いた。

 いや、照れてる場合じゃないでしょ!?


「帰り方分かんないって、迷っちゃったの?」


「多分。だって、お前がこれからこんな危険なヤツのトコで働くって聞いたら、心配で死んでらんねえよ。で、朝からここに来てみたら、こいつに御祓いするって言われて、仕方ないから返り討ちにしてやった」


 うわあ。

 その時の状況が目に浮かぶようだ。

 執事さんにはお気の毒だけど、孝之如きにこんなに簡単やられるようでは、職業選択間違ったと思われても仕方がない。


「でも、この人、本当に憑依しやすいんだよ。ある意味、才能あるかも。『呼ぶ』体質のお前と『憑依』体質のこいつがいるこの店内なら、俺も少し長く留まれそうだ」


「それって、ここに居座るってこと?」


 あんた、地縛霊じゃん!

 嬉しいけど……嬉しいんだけど!

 その微妙なスタンスに、あたしは喜んでいいのかよく分からない。

 結局、迷って化けて出てきたってことでしょ、それ?

 清楚な執事さんは、ニヤリとニヒルに笑った。

 その悪そうな顔は、間違いなく孝之だ。


「いいから深く考えるなよ。ホラ、言うだろ?考えるな、感じろって。お前は感じてればいいんだよ」


「エロオヤジか!?ってか、ちょっと待って!その顔で何するつもり!?」


「喚くな。久々の生身の体だ。なんか、気持ちいいじゃん?大人しくしてないと、今度こそ自分の手でいやらしいことさせるぞ」


「だから、エロオヤジかって!!」


 執事さんは長い手をあたしに巻きつけ、強引にあたしの顔をグイと掴んで上を向かせた。

 そ、その顔でキスとか反則だし!


 近付いてきたその顔を、あたしは両腕を突っ張って必死に阻止する。

 その途端に、パン!とお馴染みになった乾いた音が響いて、体がピキンと硬直して動けなくなる。

 金縛りだ。

 孝之がアクションを起こす時に鳴るこの破裂音は、所謂、ラップ音なんだろう。


「俺が死に切れるまで付き合ってくれるよな、恵理?」


 人生、妥協も大事らしい。

 もう、ここまできたら付き合うしかないでしょ。


 彼の甘い声を聞きながら、あたしは観念して目を瞑った。




ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。

楽しんで頂けましたら幸いです。


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