第一話 【覚醒!?】
◇◆◇
「あー、ちょっと待てよ。冷静になれ……」
洋式トイレの個室にて、ズボンを穿いたまま尻をカバー越しに便座へとフィットさせ、俺は頭を抱えて今までの人生――いや、新しいであろう人生で最大級の危機に陥ってしまっている今の現状についてパニクッていた。
ふと、頭を押さえつけていた両手を目の前へと運び、その“小さな御手手”を見つめては再度深く長く、これでもかと言うほどの溜め息を吐く。
「どうすんだよ、おい。マジで洒落にならないぞ……オイィ」
明らかに幼児――子共用の小さい便器に座る、俺。だが俺は決して、幼児でもなければ子共でもない。
いや、十七なのだからまだ世間では子共なのかもだがだからといって流石に自分からこんな……こんな御丸と呼ばれる便器と何ら変らないようなものに座る変体ではない。
しかし、もしだ。この個室の扉を開けて、今の俺の姿と状況を見ても誰一人として何ら不思議に思わないと言う確証はある。
何故?
だって、そんなのオマエ……コレだぜ?コレ。
「かおる君?大丈夫?」
「いいぃぃ……!?」
突然と、今俺が居る聖域の扉の向こう側から若い女性の声が聞こえてきた。
あまりの驚きに声が裏返るが、必死に口を押さえて声を殺す。にしても、知っている。俺は、この声の主を知っている。
若菜先生だ。下の名前は知らん。だが、ほんのついさっきに声の主である若菜先生と――そう、俺はこんな会話をしていたのだから。
◇◆◇
「若菜せんせー」
「ん?どうしたの?かおる君」
「僕ね、ちょっとお腹が痛いからトイレ行ってきていい?」
「あら。先生も一緒についてって上げようか?」
「い、いいよ。もう僕一年生になるんだから、一人で行けるよー」
「そっか。じゃぁ、行ってらっしゃい」
「はーい」
◇◆◇
(うわぁぁぁぁぁア嗚呼嗚呼アアアアああアアアア!?)
なんだよコレ!?なんなんだよ、この糞恥ずかしい記憶は!?
な・ん・で、まだ二十ちょい過ぎ位の女性保育士さんに対してわざわざトイレ報告なんだよ。しかも、大。それに誰が一年生になるって?どの一年生だよ。そうだよ今の俺からすれば小学一年生だよバカ!
簡便しれくれよ、コ○ン君じゃねーんだからさ。あーもう……。
「かおる君、大丈夫?中々帰ってこないから、先生少し心配になっちゃって」
「だ、だだだ大丈夫だよ先生。それより、恥ずかしいから外出ててよ!」
「ほんと?本当に大丈夫?」
「うん!」
「そっか。じゃあ、先生教室に戻ってるからね」
「はーい」
じゃねーーよ!
ああああ……もう、なんか死んでしまいたいと思う程に恥ずかしい。
とりあえず、とっとと教室に戻るとするか。年長組みの、ガキ共がワイワイ騒ぐあの教室へと。
◇◆◇
年長組みの教室へと戻る途中の、差ほど段差のない短い階段を小さい、あまりにも小さく情けないような脚で一歩づつ踏み外さないように上がっていく。
(どうしてこうなった……)
トイレからこの階段を上るまでに、何度そう思っただろうか?
何度も何度も、どうしてこうなったと自分に問い続けただろうか。たったの、数十メートルの距離の間で。
事は、俺が若菜先生にトイレ報告をして個室に入ってから起こった。
それまでは、普通の六歳児だった。
だが、突然俺に神が降りてきた。いや、神とはいっても実際は【今の】俺なのだが。もっと正確に言うと、記憶だろうか?
六歳の幼児に十七歳だったはずの俺の記憶が上書きされた。たぶん、こんな感じだと思われる。
しかし、六歳までの俺の記憶は受け継がれている。だから、俺は若菜先生の事も知ってるし、こうやって年長組みの教室の場所へと一人で移動できる。
つまりはだ、どういった理屈なのかは知らんが俺は今、六歳児の紀仲薫という事になっている。
そうなるとだ。さっき手洗い場の鏡で確認したが、今の俺は昔の俺の幼少期なのか?と聞かれても、まったくの別人だった。
つまり、この体は俺のじゃないという事になると思う。しかしだ。この六歳児としての記憶は今もしっかりと残っているのも事実だ。
これは、憑依?とでも呼ぶのだろうか?
幽霊なんかが、生きてる人に憑依して――的な。
でなければ、転生とかいうヤツか? 人は死ぬと、転生して新たな命として生まれ変わる。
って、どっちにしろ俺死んでるって設定じゃないか。俺、普通に生きてるし。
「どうしてこうなった……」
今度は口に出してその言葉を呟いた。
目の前に広がる、カオスな教室。ある程度広いその教室内には、二十人程度の今の俺と同い年の幼児――いや、六歳なんだからもう子共か? まぁ、どっちでもいい。
とにかく、子共がそれぞれに教室で笑い、怒り、泣き、走り回ったりと、なんか分からんが見てるだけで疲れてくるような光景だった。
「こいつ等……はぁ」
ガキ共に苛立ちを覚えるが、ふと記憶が邪魔をした。
俺もほんのついさっきまで、この子達と教室中を走り回ったりしていたのだと。なんて、バカバカしいんだ。
俺も大人だ。
すうーっと、気配を消すかのようにして静かに教室内に入っていき、そして溶け込むようにして教室の隅っこの方へ脚を伸ばして座り込む。
「よーし、いっくぞー!スーパーグランドボンバーキーック!!」「ねぇねぇ、サオリちゃん。ここのところって、どう描くの?教えてー」「返せよ!それオレが最初に取ったコマだぞ!返せよ!!」「うわぁぁぁぁあん!ショウキ君が殴った~~」
あー、うぜぇ。
この年長組みの面倒を見ている若菜先生が、可哀想に思えてくる。
あちこちと子共に引っ張られて、喧嘩してたり泣いている子の所にはすぐに駆けつけて問題を解決させる。なのに、ずっとニコニコと楽しそうに笑みを浮かべて子供達と接している姿には流石プロといいたいが、やはりこの大人数。若菜先生、一人だと厳しいな。
(たく、緑山先生はどこ行ってんだよ)
もう一人の担任。緑山先生。
若菜先生は、長い黒髪をうなじの辺りで縛っていて、かなり惹かれるものがある整った容姿。それに、なんというかエプロン姿がすげぇ似合ってるスタイルはそこそこ良い若い女の先生だ。
代わって緑山先生は、茶色に染めてパーマをあてた四十台辺りの女性。記憶では、チラチラと目の下辺りに小じわが目立ってきてたような気がする。
でもまぁ、なんかお母さんといった優しさと厳しさを持ったいい先生なのは確かだろう。
そういえば、
(今俺はこの紀仲薫という子共な訳だが、本当の十七歳高校二年の俺はどうなっているんだ?)
ふと思ってしまった。
元々の記憶を辿っていくが、どこが最後の記憶なのかがどうもよく分からない。
正直、今の状況に焦って更に紀仲薫としての記憶と元の斗崎薫の記憶とがゴッチャになっているのだ。今、頭の中以外でまともでいられている自分に驚く。本当ならば、ここから抜け出して今すぐに斗崎の家へと帰って色々と確認したいところでもある。
だが、やはり紀仲薫としての記憶もあって、その母親の愛情もしっかりと知っている。迎えに来てくれる事を楽しみにしていた自分の事も……。
「どうすんだよこれから……はぁ……」
天井を見上げ、小さく呟く。
すると、ヒョコっと誰かが俺の視線の先に入ってきたかと思えば、バサッと何かくすぐったいものが落ちてきては、周りが暗闇に閉ざされてしまった。
「どうしたの?」
暗闇が晴れたかと思うと、一人の幼い少女の顔が飛び出してきた。
そこで気づいた。今も俺の頭一つを飲み込む暗闇の正体は、この娘の髪の毛だと。
「どうしたの?」そう言った目の前の女の子の声は驚く程小さく、互いの鼻先が五cm程度の距離ですら聞こえにくかったぐらいだ。
だけどこの娘の言葉は混乱していた俺の頭の中に響き渡ると同時に、何故だろう。異常な事態の中だというのに、どこかホッと……そんな、ほんの少しの安心感を感じてしまった自分がいたのだった。
◆◇◆
作中などでも書かれているとおり、元ネタはコ○ン君です
とはいっても、殺人事件などを解決したりしません。いや、まぁ色々な意味で事件ですが
誤字脱字、変な日本語&文章はお見逃しください。できるだけ、見つけしだい修正しますので
それでは、不定期更新ながらやっていこうと思います