死を診る者
その子はいつだって生きているモノより死んでしまったモノを愛しており、けれど、その嗜好がとてつもない禁忌だということも自覚していた。
彼/彼女は生物に対しては恐怖し、死骸になると安心して心を許せるが、だからといって本当に動物や人間の死骸を集めたり、墓を荒らしたりするようなことは無かった。何故なら死骸には蝿や蛆虫がつき物だからだ。
だから、彼女/彼は死を紙に纏めて書き溜めていったのだった。
”いつ、どこで、何が/誰が、どうやって死んだのか”
最初は動物や昆虫まで集めていたが見聞を広めるうち、絞るべきターゲットは人間のみ、に限られた。
実際に見なくとも、ある程度の町に住んでいれば新聞や噂話で大体のことは理解できる。
そして、すでに何通りもの死因を知っていた彼/彼女は現場を見て、おおよその死因くらいは予想できた。
あとは、それをひたすら書き連ねるだけである。
それが彼/彼女の人生だった。
そして、彼/彼女は自分のやっていることがどれだけ醜悪なものかも理解していた。だが、止められなかった。
だから彼/彼女は他人に自分の性癖が暴露されないように他者と距離をおいた。
ボロアパートの一室と地下書庫を行き来するだけの毎日。
誰とも口を聞かず、何にも興味を示さず、ただひっそりと生きていくつもりだった。
自殺も考えたが、自分の身体が蛆虫にたかられることに恐怖し、生きるしかないとそう、思った。
アイツに会うまでは
アイツはまるきり自分と性格を逆転したかのように明るい人間だった。いつものように陰鬱とした図書館の本棚から地下書庫へもっていく分を取って帰るに階段を下っていくときにすれちがったのだ。
ここから先は自分のテリトリーだ。掃除の人間が職員以外立ち入り禁止のポールをどかしたのかと思い、声をかけた
「失礼ですが、ここから先は職員のみ通行できるのですけれども…」
「あ、あら、ご免なさい。考えごとをしていたらついうっかり来てしまったのね」
「ところで、その抱えている本は貸出していないのかしら?」
アイツは手に抱えている書を指す
「こ、これは貸出しリストから除外された本ですので…」
「その上から3番目と一番下の本、とても興味があるのですけれど、どうにかなりませんか?」
勿論、人気が無いから邪魔になるという理由で地下書庫に埋められるだけの本だ。図書館員は地上にある本のリストのみ頭に入れており、人気の無い本は地下に収めて、忘れ去ってしまっていた。
私は本は嫌いな方ではなかったから、読書好きだろうアイツのいうことは分かる。器用に三番目と一番下を片手で引っこ抜き
「わかりました、では、これは書庫からの貸出しということになりますので2週間後、受付ではなく直接地下までお持ちください」
そういって地下の自分のデスクを指し示す。元は受付カウンターの形をしていたが誰もいないのと一人で書庫搬入をやっているせいで大量の本がカウンターを占拠し、自分がリストを書き綴ったメモやノートが置かれている。
アイツは陰鬱とした地下書庫の空気にも動じず深く礼をして本を受け取って帰っていった。
まぁ、正常の人間としてはこれが正しい方法だと思っていた。
アイツが本を返しにきたついでに勝手に私のデスクにあったノートを覗くまでは。
無論、それは仕事ではなく、趣味生きがいのほうのノートだったから、見つけたときは殺さなければ、とすらまで思いつめた。
「ねぇ、そのリスト。私にもらえないかしら?」
何を言い出すのかと思った。コイツは馬鹿か?いやもしかしたらもしかすると自分と同じ趣味なのかもしれない、いや、それはあり得ない、と思案していると
「私ね、この街の戸籍を作るの手伝っているの。誰が住んでいて、誰がいなくなったとかさ」
「ここまできちんと行方不明者を死亡とし、関係者や死因を書いているなんてどんなに助かるか」
冗談じゃないと思った。自分はこの趣味を誰かに売る気は無かったし、渡す気も無かった。
「じゃあ、私がこれを見てそれを写すだけならどう?」
自慢ではないが既に自分の生きがいのそのノートは10冊以上、そこそこの辞書なみになっており、生半可では写書できないと思っていた。
2週間の期限なら構わないと私がいうと、
「そんなにかからないわよ」
懐からだした本は同じくらいの厚さの白紙の本。それを私のノートの隣に置き
アイツは無遠慮に私の生きがいのノートをひったくってひたすらに頁をめくり続けた。
ただ紙のめくれる音が聞こえる
アイツは一切白紙のノートには手をつけずにただ私の生きがいだった本を読んでいる、いや、めくっているだけだった。
ただ、アイツが一頁めくるにぺらり、と白紙のほうも頁がめくれて次へ進む。
やがて最後のページまでいったのかアイツはノートをめくっていた手を止める。
アイツの持ってきた白紙の本は少し足りなかったのか最後までノートをめくり終える10頁頃までには裏表紙になって閉じていた。
「あっやっばぁ…つい夢中で頁のこと考えてなかった」
みると文字は裏表紙にまでびっしりと書かれており、足らなくなったのかその続きが私のデスクにまで書かれていたのだ。
「だ、大丈夫、ほら?ね、こうすればにじんで何も見えない」
アイツは手でインクを消すかのようにごしごしと机を拭く。
たしかに薄暗い地下書庫ではこれくらいぼんやりした文字なら読み取ることは難しそうだ。上に本を置いてしまえば分からないし。
「じゃ、じゃあ今度、また写させてもらいにくるねっ」
そういってアイツは風のように居なくなってしまった。
私は地下書庫で変な夢でも見たかのように、呆然と立ち尽くしていた。
全てが夢だったらどんなにかよかったのにか。
一週間後、アイツは白紙の本を両手に抱えてやって来た。




