7.5話_ネコが知らぬ物語_
「....っ」
一人の魔女が軽く息をのんだ。
一人の死が、世界を動かした。
万物すら揺るがしかねない“それ”に、日本の魔女たちは気づいた。
カリンの父親であるリントは謎の三人から殺された。
大きな魔力が、リントと共に大地に穴をあけた。
そんな中、たった一人の魔女が察した。
この星が崩れるかもしれない。
一人の魔女は戦場に立つ。
日本の半分近い場所は魔物や怪物や災厄によって滅んでいた。
その魔女は、砕けた瓦礫が散らばる、滅んだ大分県に居た。
「この魔力...生きているのか?」
リントを屠った一撃が、全ての魔女へ既視感を与えた。
この魔力は...
「万物理論...他の全ての法則がまた壊されるのか?」
重力も、時間も、死すらも——意味を失う?あってはならぬことだ。
「あの魔力を使う者が生きていれば、この星は危機に見舞われようぞ」
大きな魔女帽子を深くかぶる。
大きな杖が我が腰を支え、支柱となりて空へと飛ばす。
全身を黒色に包んだような魔女だった。
周りには大きなドラゴンや見たこともない怪物が数え切れぬ程いた。
そんな全ての生物は動きを止める。
皆の視点が一人の魔女に寄せられる。
「神の魔力..禁忌に触れたか」
その感じ取った魔力の質は、どんな魔女も持つことができない色をしていた。
それはこの滅んだ大分県にまで届いた。
昔、かの魔力を持つ存在が居た。
その者は、己が望みの為、地球の法則を壊した。
多くの魔女のおかげで法則は戻され、地球は壊れずに済んだというのに。
「それに...今宵夕刻ごろ、現れたこの気配は何者だ?」
我ですら計り知れん。
何かが...いる。
あの魔力の使い手以外に....確かにイル。
だがそんなことを考えていても仕方あるまい。
それよりも...今はあの魔力だ..
「天神...神の使者の力を使うか!」
我がそれを止めねば、世界はまたもや混沌と化すだろう。
ならば、これは使命だろう。
神と見紛う化け物が蔓延るこの世界で......我がその魔力の者を殺さねばなるまい。
そうしなければ...手遅れになる。
そんな時、人とは思えない外見のボロボロ剣を持った戦士が現れる。
「こんな時に..お前か」
「.......」
喋りはしない。
だがその立ち姿はあまりにも恐ろしかった。
鍛え抜かれた美しい体。
その体にはいくつもの穴があった。
体のみが人間を模範し、目や口、異物であった。
真っ黒な体に赤い羽衣のようなものを纏う。
周囲には赤い光が浮き上がり、それに近寄った生物の血が、すべて吸われていく。
「...相手が悪いか...」
直ちに我の一撃にて..感じ取った魔力の元を消し去らねばいけないのに。
こんな不死身とでも思う程、死を知らぬ化け物が居ては、それどころではなかった。
「簡易的だが、その力制限をつけさせてもらうぞ!」
魔女は甲高い声で叫ぶ。
その姿はあまりにも威厳があり..敬意すらもってしまう。
魔女は極限の集中力を見せる。
(我が居る世界でその魔力を使うとは...何たる放漫か)
魔女は高々に詠唱を始める。
「我が名は≪唯一の魔女≫が一人!ヴェルゼリア!
先導者を模範し敬愛を示す...かの魔力の者を封印せよ!...星鎖!(アストラル・チェイン)」
その詠唱は短いものだった。
だが、詠唱に合わせて魔女は指を前に出す。
破滅した瓦礫まみれの地が、震える。
魔女が前に突き出した指を鳴らす。
その時、指を中心に強大な光が現れた。
その光は大分県の全土を包んだ。
ただただ静かな光は、徐々に無くなっていく。
「ふん..貴様の所為で出来てこの程度だな」
不満げに魔女は鼻を鳴らす。
「.....」
謎のその怪物が、魔女に巨大な剣を向ける。
「やはりそうなるか...我が魔力を見て...目を背ける素振りすらなし...あまりに放漫ではないか?」
「......」
「どうしてそんな姿にまで成り果てたのか..」
魔女は思う。
あの魔力を封印が出来たが、こやつとここで殺しあえば、長い時間を必要とする。
あの魔力の使い手が生きているのなら——封印など意味を成さぬ。
魔力を利用するだけの馬鹿ならば、封印を解くなど出来ないだろうが。
(どうしたものか...逃げれるが....)
魔女は悩むことを殆どせず、口を開いた。
「逃げるか....はっ!...どうもそれは気に食わん!」
「......」
「——我は退くためにここに来たのではない!」
不思議とその怪物は嬉しそうに見えた。
そっと大きなボロボロの剣を、自身が前に持っていく。
両手で自身が前に持った剣を、空へと掲げる。
「ほう..知性すら無くしたが..己が武に敬意を表すか...ならばこちらも全力でいこう!」
魔女の後ろにボン!と、数多の美しい大きな杖が現れる。
「楽しもう!」
そう言って魔女はまた、一つの剣を背後に出す。
「受け取れ!」
そう言って、剣を念動力のごとく飛ばす。
剣はその怪物の隣へと突き刺さる。
「剣になぞ興味はないが...相当な逸品のようだ!...使うがいい!」
こいつを相手にすれば、半年は戦うことになるかもしれんな。
何度殺せば死ぬのか、見当もつかん。
まぁ殺せるが。
時間はいくらかかってもいいのなら......殺し続ければ死ぬのだろう?
ならば問題ではない、雑魚だな。
化け物は剣を拾う。
そして両手でその剣を構える。
ーー次の瞬間、我の首筋に刃が迫っていた。
その速さは音速を超えているだろう。
その剣を持つ化け物が居た場所には、大きな窪みが出来ている。
「ーーほう...早いな」
魔女は紙一重で交わしていた。
その化け物の周りにある黒い光が魔女を囲む。
「ちと..目ざわりではないか..消すこともできるが」
黒い光に触れれば、体中の血液をすべて吸われるだろう。
魔女はそんなことも承知で、浮いている杖の一つを手に取った。
「そこの化け物...この杖は少し面白いぞ..何回分死んで対抗できるか?」
すっと杖を縦に振る。
氷が身を包んだのではない。
化け物自身が氷になったのだ。
それは“凍結”ではない。
その化け物の半身、その存在が消え、代わりに“氷という現象”がそこに発生したのだ。
次の瞬間、その氷は役目を終えたように消え去る。
氷が消えた後、遅れて現実が追いつく。
断ち切られたように体の半身から血が噴き出した。
「やはり燃費が悪いなこの杖は...残り続けてくれれば、あいつを一日足らずで殺せるだろうに」
化け物は半分が氷になった部位を、修復していく。
再生ともいえるが、修復に近いような気がした。
あの化け物の体の位置を、氷に変えてやったのに。
数十回分しか殺せんではないか。
「さぁ続きだ..あとどれだけ“残機”を溜めている?...我を殺してみるがいい!主人公の剣士よ!」
互いに一度も視線を外さぬまま、動き出す......
一方そのころ、カリン達の家族を殺した三人は、謎の鎖に襲われていた。
「えっ!」
一人の女の悲鳴が上がる。
そんな女の体を、白色の光りを放つチェーンが縛り付ける。
「嘘っ!」
驚きの声と共に、その女は自ら抉った地面で足元を滑らせた。
他の二人は、反応すらできていないようだった。
そのままその女は地面に倒れる。
「痛っ!」
そう叫ぶ女の体からはすでに鎖は無かった。
一体何が起きたのか、驚きにほかの二人は顔をしかめた。
鎖に包まれていたはずの女は、咄嗟に魔法を使おうとしたが、鎖に吸われた感覚があり戸惑った。
(やっぱりこんな魔力、使うべきじゃなかったの?)
「大丈夫?」
もう一人の黒いフードの女は心配そうに駆け寄った。
「あ...うん..大丈夫...ちょっと魔力を封印されたかも..」
フードで顔こそ見えないが、女は焦っていた。
こんな芸当ができるのは、化け物なんてものじゃない。
そんな奴に、目をつけられた可能性があったからだ。
そんな時、一匹の黒猫が遠くを通り過ぎたのが見えた。
——目が、合った気がした。
なぜあれだけの音と爆音が鳴っても——逃げなかったのか....




