7話_動き出す物語_
うるさい。
――だが、その音は俺に向けられていなかった。
謎の喪失感が俺の意識を奪う。
周りからする人々の話し声で少しずつ意識が覚醒していく。
何かで濡れていた体が風に煽られる。
ハッと完全に目を覚ます。
「.....?」
周りには人が多くいた。
多くの警官が居る。
警察車両は狭い車道に三台ほど止まっていた。
大きくこの区域が閉鎖されている雰囲気だった。
焦ってぼんやりした頭で状況を把握する。
「.....寒い」
俺は乾いた血だまりの中だった。
川辺で目を覚ましていた時と似ている。
だが、体は乾いた血にまみれていた。
その所為で少し体が冷えた。
(少ない?)
血の量が直感的に少ないような気がした。
血の付いた地面を軽く触る。
「???」
何故か周りに、少女たちの死体がなかった。
引きずられた血の痕跡のようなものが目に入った。
そして、周りには警察車両とテープで仕切られていた。
そのテープは俺の周りの血だまりと、一つの建物を区分けしていた。
あの惨状は夢ではなかった。
自分の無力さにストレスがたまる。
「あぐぅ」
頭が痛くなる。
鮮明に思い出す。
あぁ、彼女たちは本当に死んだんだと頭が理解した。
テープで区分けされたラインを無意識に見る。
惹かれるように視線が区分けされた建物へと向かう。
「.....」
声が出なかった。
あの子はもういない。
最初に会って、振り向いてくれた時。
その一つ一つのしぐさが愛おしい程可愛らしかった。
多分、恋とは違うけれど、一目惚れってやつだったんだと思う。
あの子はどれだけ優しい子だったんだろう。
そんな感情が抑えきれないほど出る。
テープで区切られた建物の壁に、血で書かれた文字があった。
『見つけた』
そんな声が聞こえた気ががして――心臓が、止まったかと思う。
血が垂れて、歪な形に姿を変えた文字がある。
俺の為と思われる文字があった。
あの子は俺に言った....(見つけてあげる)って
死んだはずなのに、俺へのメッセージを残しているような気がする。
赤の他人の俺を...死んですら、気遣ったのか?
他人が見れば不気味な文字だ。
でも..俺は....心が暖かくなって仕方なかった。
「見つけてくれたのか」
あの血の文字は?あの少女は生きているのか?
そんな大事なことが今ではどうでもよかった。
「覚えててくれたのか」
空を見る。
ひび割れ、少女が見えた幻覚の空は、
今では綺麗な晴れ空に変わっていた。
夜は終わったんだ。
警察官の声が聞こえる。
救急車はない。
死体は回収された後だろうか。
こんな人気のない場所を誰が通報したのだろうか。
今は周りの話声は耳には入らない。
目の前の文字を見ていた。
空よりも美しく見える文字があった。
≪俺は、俺が関わった、全ての「死」が触れる喪失感を受け入れる。
無視したい事実から目を背けはしない。
彼女たちの死を受け入れる。
そう思った。
生きているなんて、あの出血量では薄い希望だった。
受け入れることは、とんでもなく怖く・・後悔し・・逃げたくなる行為だったのに。
こんなにも清々しく正しき行いと感じてやまないのか.....
もし目を反らしてしまえば、この文字からも目を背けることになるから≫
「ありがとう」
誰も俺には気づいていない。
誰も聞いていない。
でも口から言葉が漏れた。
夢を見た気がする。
天国か地獄なんてものを信じてはいないけど、そんな不思議な世界であの家族が幸せになっている夢を。
夢ではなく理想だったのか、この答えはどっちでもいいのだろう。
この事件は一体、何が理由で起きた殺人なのだろう。
「生きなくちゃ」
さっきから視界がふらふらする。
多分、死にそこなったのだろう。
そんな時、一人の警官の声が耳に入ってくる。
「いやぁ...この血の量..酷い殺され方っすね」
捜査官のような男が呟く。
しっかりとしたスーツに身を囲んでいる。
俺はその後、どうなったのか聞けるんじゃないかと思って、耳を傾ける。
「そうだろうな..死体は今だ見つかってないが..まともな殺され方じゃないだろう...なんでこんな殺人が続くんだ?..
..弱い生き物を玩具とでも思っているのか?」
もう一人の男が怒りをあらわにする。
「一応、この現場で死んだと思われるのは、血を鑑定の結果、雑種のイエネコ科の家族..母親のライカ..父親のリント..
そして娘のカリンが、現在も行方不明ということから..この三人と思われるっすね」
「その三人はどんな人物たちなんだ?」
「ちょっと前に同種族が多量殺人に関わっていて、嫌われてる種族って感じっすね..近所からは浮いていて、
娘も学校では公表してないけど、捜査の結果虐めっぽいこともあったらしいっす。
調べた限りでは変な噂はあれど、人権登録もしてるし、優しい人たちだったっぽいです」
「虐め?何故、そんなことがすぐわかる?」
「一人の教師が署に自首みたいなことをしたらしいっす」
「自首?」
「被害者と思われる方々のご家族と、よく話してたみたいで..深夜だというのに家の前をうろついていて、事情聴取をした結果、
その教師の人は虐めの相談を深夜にお願いされてたらしいっす」
「何故そんな時間に?」
「教師さん自身が開いてる時間がなくて、その時間を指定したらしいっす
虐めを無くしてあげられないでごめん..そうやってずっと謝ってるっぽいです」
「異常者か?主人公願望者(Only Aspirant オンリー・アスパイラント)の可能性は?」
『主人公願望者(Only Aspirant オンリー・アスパイラント)とは、この世界に、あらゆる種族や化け物が現れた際に。
力もない弱い人間が自分が特別だと..唯一無二だと思い込む、精神病の一種だった。
今はまだ多くはないが、そこそこの人物がこの精神病になっている。
人を殺すこと等を、この精神病は正当化してしまう、そんな病気だ。
ネットでは自己中やらなんやら言われて、馬鹿にされてんだがそれがまた、主人公願望者の患者を刺激する』
「いや、どっちかっていうと本当に罪悪感から謝ってるっぽいっす..目撃情報はなく、人が突然輪っかに消えたっていう通報から、次の通報もないですし..知っての通りここら辺に住んでる人はいないですし、目撃情報はゼロって事になりそうっすね。さっき連絡がきた情報はこれくらいっす」
「はぁ...人間..なんだなその教師の人は」
そう言いながら男はメモを取る。
その手に握られたペンは強く握り締められていた。
「そうっすねぇ..異種族や魔族だったらまず、警察なんか頼んないっすよ、
それと、被害者と思われる三名,,近所で浮いてたんですが..結構好かれていたっぽいです..同調圧力のせいで皆避けてただけで」
「そうか...」
「亡くなったことはなるべく伏せてますが...まぁちょっと捜査したんで..噂が広がるのは時間の問題っす」
「現場を発見して9時間程か..いまだに遺体はないのか..一体どこに?」
「分かんないっす..案の定、付近のカメラは使い物にならないっす..魔法やらなんやらでしょうね..はぁ、
我々警察にできる事なんかもう殆ど無いってのに..どうして、完全犯罪をするんすかね」
人知を超えた力があれば、警察は無力だ。
力ある偽善者を頼ってもいいんだが..どうにも馬が合わない。
大抵のものは法律ってのが気に食わないらしい。
だがまぁ、協力してくれる魔族もいてくれたりするんだが。
「覚悟がない連中なんだろう...命を奪っておきながら勝手な話だ...ふざけてやがって」
「本当..無力っすねぇ..ムカつくっすね」
「あぁ本当に..自分が嫌いになりそうだ」
「それにしても不気味な文字っすねぇ..見つけた...なんかのメッセージっすかね」
「普通に考えればそうだろうな..酷いことをする..弄んでるとしか思えないな..血で文字を書くなんて」
男たちの会話に俺は胸がチクチクする。
一般人から見れば不気味な文字だ。
俺が勝手に救われただけで、偶然の産物かもしれない。
そう言い聞かせて、心を落ち着かせる。
「あぁクソ..倒れそうだ..」
気を抜けば意識が落ちそうだった。
ここで倒れるわけにはいかない。
見つけたって文字を、俺の為に残してくれたとしたら...それは生きてっていう意味な気がするから。
「あぁ..イガイガする」
この場所にいると、心が蝕まれる。
乾いた血の匂いと、破れたポスターや外灯が、死の現実を押し付けてくる。
「行くか..はぁ..ふぅ」
心を落ち着かせるため深呼吸をした後は、
その場を名残惜しいように離れる。
その後、警官から内容はある程度把握した。
把握する途中、救えたのにという後悔が体を蝕んだ。
そんな後悔は、俺が殺してしまった罪悪感へと姿を変えて、今も体の奥底に居る。
やっぱり一目惚れだったのか、カリンの周りの事を知るたび、力強く握り締めたこぶしが緩むことがなかった。
その場を離れ、一度川辺に戻る。
知った情報を俺の頭で整理する。
この気づかれない呪いの理由があるかもしれないし。
ここがどこで、俺が誰なのかを整理しなくてはあるまい。
この川辺で俺は、何があったのだろうか。
俺はこの川辺を拠点としようと思った。
あの不気味な集団は何者なのだろうか。
俺は君が気づいてくれたから、希望が潰えることはない。
「頑張れぇ..」
傷まみれの体を叩いて気合を入れる。
休の銘。
休むことはするし、人間として生きる。
当たり前を身近において。
現実逃避をしようとしていた自分を戒める。
死んでないと思い込もうとしていた。
覚悟から逃げようとした。
あの文字が現実にあってくれて良かった。
心の底から受け入れることができた。
俺は過去の事象に感謝する。
過去だから感謝できた。
その結果に。
「死んだと思ったのに..」
もう少し生きてみよう。
誰からも気づかれなければ、寂しく生きる気力を持つのは難しいけど。
見つけてくれた人がいる。
それはやっぱり強い意志になる。
せっかくなら、楽しんでやろうか。
人生なんだから。
幸せに生きなくちゃ。
「その特権があるはずだから..」
あの子が、俺も一緒に死んでほしいなんて思うはずがない。
復讐なんて望むようには見えなかった。
最後まで母親と父親と一緒に居たかっただけのように見えたんだ。
「そんな気がするんだ」
あの子の分も..両親の分も...俺はこの世界に残さなくてはならない。
そんな使命感があった。
川の流れる水音と、自然の清い匂いがする。
血に汚れた服は川で洗った。
体は匂うだろうなぁ。
そんな時、川辺に居るからなのか、変に寒気がした。
「誰だ...」
遠くから。
何かが来る。
理由なんて分からない。ただ、分かる。
その気配はまだ遠くにある。
ゆっくりと近づいてきている。




