6話_超越してくれた感情_
この場には血に染まった、三つの死体と、認識不可の死体が転がっている。
本来は、そうであるはずだった。
(俺は、死んでも守ると誓ったのに、まだ、息が続いているのか?)
心で呟く。
娘と妻を失ったというのに....。
俺は微かに目を覚ます。
傍からカリンとライカの体を感じる。
生気のない体を。
「あぁ、守れなかったのか」
目は据わっていて、不思議と気持ちが落ち着いている。
胸の奥底にある、燃え上がる業火、この感情はなんだ?
「忌種族(忌み嫌われる種族)だからって、俺たちが何をしたというのだ」
俺はライカとカリンの死体を近づける。
傍に置き互いに抱き合える距離に置く。
この二人が離れないように。
手を添えてその二人を繋ぐ。
声は不気味で、発声が苦手のような声でしゃべる。
この体は当に死んでいた。
血が水のようにのどに詰まる。
カリンとライカの死体の傍で俺は死ぬつもりはなかった。
「なぜ 娘と妻を奪われなくちゃならない」
理不尽に対しての疑問だった。
俺の過去の過ちが、ライカ達を巻き込んだとでもいうのか?
紙が罰を与えたとでもいうのか?
いや、神なんてものは信じていない。
……いたとしても、こんな世界を作った時点で救いはない。
存在定義なんてできやしない、することに意味が生まれるだけだろう。
「たしか、こうか」
もう立てやしない。
それでも、這いずって、自分の体に糸を通す。
……動け。
関節のない人形のように、体が持ち上がる。
そんな風に言われても仕方ないだろう。
気持ち悪い..死んだ方がいい...どんな誹謗中傷も子供のころから言われ慣れた言葉だ。
それよりもあいつらを追いかけなければ。
『帰るぞ...誰かくる前に』
あの不気味な連中は、そう言って全員が輪っかの中へと消えていった。
俺たちがここに来た時と同じように。
「一人を除いて」
輪っかにテレポート先を出すには条件があるのだろう。
「手を輪に触れさせないといけないとか」
離れた瞬間、能力が切れるなら、能力の使用者は、その輪っかをくぐることが出来ないのだろう。
体にどんどん、見えない糸を通す。
言葉すらも、喉を人形のように動かして、喋らせる。
発生はボイスチェンジャーなんかより、もっと不気味だったのだろう。
自分の体だからこそ最低限出来た芸当だ。
低音で、溺れているような声になる。
「いるんだろ?出てこい...そして、あいつらのいる場所に繋げ」
そこには小さな、怯えた少女がいた。
こちらが被害者なのに、罪悪感すら感じる。
「善でも悪でもいい。
あいつらのところに繋げ。」
そんな震えた少女が口を開いた。
「ごめんなさい,,,,それはできないです」
弱弱しい声が返ってくる。
「何故だ?」
「だって..それは...アナタが可哀そうです!どんな理由であれ、私もあいつらを許せない」
その目には、憎しみがあるのかもしれない。
歯をしっかり噛みしめている。
叫び声は迫真で、先ほどの自分と同じほどの熱量を感じた。
「アナタたちの事を知るうちに、正しいことが分からなくなった」
「何が言いたいんだ?」
「私は、あいつらを許さない。私自身も絶対に許さない」
「....君は....」
小さな少女は、仮面を外す。
俺は悲しくも、その顔に見覚えがあった。
カリンが初めて、数回言葉を交わした、同級生の少女、立花 立花であった。
学校では人権なんて無いような、カリンが教科書を拾った子だ。
そんなカリンが本当に嬉しそうに、この子と言葉を交わしたことを自慢してきたことを思い出す。
あの授業参観の日だっただろうか。
忘れるはずもない、この子の事を。
「お前が..」
怒りの声が出る。
カリンがあんなに嬉しそうにお前の話をしたんだぞ。
なのに?
「カリンさんに、救われた、だというのに自分の身の欲しさに裏切った私自身が許せない!」
これを俺に言うこと自体がふざけている話だ。
だがそんな言葉を出すつもりは俺にはない。
だって彼女が優しい子供だということは知っているから。
彼女の家庭環境も知っているから。
俺は大人だから...
「繋げ」
「復讐は何も生みません!私が責任を取ります!」
両手を広げて俺の前に立つ。
「何も生まなくていいんだよ!失うだけよりは何倍もましだろ!」
頑張って、死んだ体で叫ばせます。
「怒り」の感情が溢れ、とどめが利かなくなる。
この世界には魔力やどんなファンタジーなものもある。
俺はそんな力を糸へと変形させて体中に巡らす。
「私が、あいつらを殺します。
だから……あなたは、あの子のそばにいてあげてください」
その瞳は涙ぐんでいて、人形のように細くて倒れそうな体だというのに。
一歩引いてしまうほど覚悟が決まった声だった。
その姿は、同い年だからなのか、カリンと重なって見えた。
この子は...栄養失調だろうか。
家庭環境からまともな食事にもありつけているかも分からない。
学校の先生からこの子については色々聞いていた。
「.....君たちは、ただ子供なだけだったのに、あいつらは....なんで君のような子供が苦しんでいるんだ?
……この子に、俺と同じ地獄を歩かせるのか?
アイツらの元に繋げ、お前は自由に生きろ!そして俺たちの死体の前に二度と現れるな」
そう、言い切るべきだった。
憎むべきだった。
でも、年端も行かない子供が、涙をこらえて、俺たちの為に殺しをするのか?そんな覚悟を持っているのか?
それもカリンの初めての友達になれたかもしれない子を。
カリンの姿と無意識に重ねてみてしまう。
この後、この子は幸せになれるだろうか。
悔しさと同情が殴り合って泣きそうになる。
「……カリンとライカの墓を任せていいか?
生きて、あいつらを覚えていてくれ」
不思議とそんな言葉が出た。
「....繋いでいいんだ、カリンの分も幸せになってくれ。カリンはな、
お前のことを初めての友達だって、無視されてるのに、一方的なのに。本当に嬉しそうに話したんだ
ムカついた、でも今のお前には響いていた、ならその優しい音色を育んでほしい」
「...ぅ」
少女の涙腺も壊れる。
初めてもらった大人からの愛が、自分が壊した手によって与えられたのだから。
頭が優しくなでられた。
「だから、幸せになれ、ここでお前に叫んだら、カリンに怒られそうだからな」
綺麗な髪を、血の付いた手で撫でる。
不気味に魔力の糸で頬を吊り上げる。
どうだ?気持ち悪いだろ?俺は死にぞこないなんだ、気にしなくていいんだよ。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
謝って済む問題ではないのは、少女が一番自覚していた。
「謝るなら繋いでくれ」
「.....」
少女は泣きながら輪っかを手に取りました。
そして、あの不気味な連中の元に次元を繋ぎました。
「カリンたちを頼む...疲れてるだろう....安らかに眠らせてあげてほしい」
自分の体を操り続けます。
そうして、穴の中に飛び込みます。
不気味で醜い姿だとしても。
「ごめんなさい....ごめんなさい..」
と、すすり泣く声を置き去りにして、人間にはできない着地をします。
目の前を見ると、不気味な連中は、重苦しい空気の中立ちすくみます。
俺は自分の体だからこそ、巧みに操れました。
操ることは、当たり前だが、体への理解度によって、高度になった。
「ふぅ」
着地する。
体が血を吹き出す。
微かに生命線を引き延ばすために。
「お前らぁ?なんで逃げてんだぁ?」
無理やり操るせいで、ガラガラの声で叫ぶ。
これは覚醒とでもいうのか。
魔法については昔、俺たちの種族を匿ってくれた魔女に教えてもらった。
冬も家がなく、寒く。そんな俺が魔法の糸で服でもライカに作ってやろうとした。
でもその時は使えなかった。
魔力が視認も感じることも、触れることもできなかったから。
「でもなぁ?まだ感じることもできないのに、操れるんだぁ」
俺は足に力を籠めさせる。
異種族とは何なのだろう。
根本的に人間の体を模範している。
だが、人間の体になる前から、猫には人間よりも優れた部分がある。
その部分が人間化によりひたすらに、優れた存在になった。
俺は人知を超えた速度で、先頭にいたその、鉄塊を持ったものにとびかかる。
鋭い爪をしているのに、憎しみで拳を握り締める。
復讐は何も生まない・復讐?過去に縋る?そうかこれが、俺が最も無意味だと吐き捨てた生き方なのか。
≪理想として構築された自己と、
事実として現れた自己。
その境界は、いつから溶解したのか。
いつ誕生し、いつから「私」という名を与えられた存在なのか。
それは多分..他者と繋がれたときだろう≫
その時、瞬時に一人がボイスチェンジャーのついていない声で叫ぶ。
皆が仮面を外し、フード付きの黒マントだけを纏っていた。
「全員、全てを出してもあいつを止めろ!」
その声を合図に、全員が懐に隠した各々の個性が光る刃物を出して、俺にとびかかる。
俺は次の瞬間に、鉄塊を持ったクズの頬を殴り飛ばした。
顔の骨は折ってやれただろう?
でも、その体には数多の刃物が突き刺さり、一部はレーザーでも受けたみたいに腹が貫通していた。
地面は俺を中心に大きく抉れていた。
大きな爆発音のような音と共に俺は破壊された。
その場は隕石でも落ちたような惨状だった。
血が噴き出す。
痛みはない。
だって痛覚に割り振る程、体は、万全ではないから。
「この化け物共が!」
「……カリン、ごめん」
笑えない。
謝罪が無意識のうちに口から漏れていた。
流石に体の損傷が激しすぎたのか、体は一ミリも動かず死んでいく。
走馬灯すら見ることもなく。
そして、死後、生物とはどうなるのか。
そのすべてを確認しに行こうとすると、急に景色が頭に流れ込んでくる。
これは過去の記憶だ。
≪あぁ..死んだのか..≫
そう思いながら、頭に流れ込んできた走馬灯に目を向ける。
俺がまだ子供で、ガキだった頃の記憶。
この場所は病院のカウンセリングの部屋だった。
目の前には一人の白衣を着た男の人が居る。
「なぁ...和文先生...俺は人間なのかな?」
子供のころから世話になっていた和文先生と話していた。
「はは..何言ってるんだ...当たり前だろ?」
「俺さ..自我が芽生える頃にはさ..人を殺してた...それが当たり前だと思っていて..
殴られるのも当たり前で..ゴミだって投げられるのも当たり前だった..
犯されるのも...だから俺は被害者にならないことで頭は精一杯だった」
人が死のうとどうでもよかった。
昔なら誰が死んでもどうでも良かっただろうな。
「あぁ.許せない事だな..だがお前は、お前になっただろ?」
≪いつから自己は俺となったのか?≫
「なったふりをしてるだけかもしれない..人間の真似をしているだけかも...」
自分で言っていて心が痛くなった。
「そんなことないさ..大丈夫...キミはしっかり人になったんだ..悪魔でもなければ怪物でもない..」
「はは..良かった..でもさ...僕は自分の罪を障害や家庭環境の所為にできないよ..あんたの妻を殺したんだから...
反社会性パーソナリティ障害が何だ..幸せになっちゃいけないんだと思う」
和文先生は少し考えてから言葉を発する。
「反社会性パーソナリティ障害...他人の権利や感情を軽視し傷つけることを厭わない。でもね?
..それらは全て...行動(繰り返しの問題行動)が伴うのが前提で「感情が薄いだけ」では当てはまらない..
だからね..キミは最初から優しさを持っていたんだ..キミは優しい子だよ..だから幸せになっていいんだ..
気休めかもしれないけど、罪は私も背負うから..もし罪悪感があるなら幸せになることが報いることだよ..
それがあいつの願いでもあるんだ..」
優しい手が俺の頭を撫でる。
「そっか...なぁ和文先生....俺は最後には泣けるかな?」
表情のない顔で話し続ける。
「...泣かないさ..笑ってるはずだよ」
「そっか笑えてるんだ...それは楽しみだ」
「私はね..それを楽しみにしてるよ..キミが毎日を笑って、周りを笑わせていることを」
先生は、なんでそんなに優しんだろう。
「楽しみにしててよ..俺絶対、幸せになるから!」
最初から最後まで先生の瞳は優しかった。
そこからの人生は楽しかった。
徐々に走馬灯の世界は崩れていく。
あぁ、笑えてねぇじゃん。
ごめんな..先生...。
走馬灯も終わりか....そう思った時だった。
世界は自宅の風景になる。
家の扉の前だった。
扉は開いていて玄関が見えた。
空は綺麗に光、そこは幻想的な場所だった。
「え?」
扉の向こうに、二人がいた。
手を振っている二人が。
どうして...
「「パパ?パパの娘(妻)でよかったにゃ!世界で一番幸せだったにゃぁ!」」
「はは....はは」
俺は手で顔を隠す。
最後に顔が見れて、嬉しくて頬が上がる。
距離は近いわけではない。
でもすぐそばに居るような温かさを感じる。
家に入ることはできないけど、玄関で二人は俺の事を待っていてくれた。
俺は直ぐに言葉を返す。
「俺に幸せな時間をくれてありがとう!」
俺は笑う。頑張って。
最後が暗い雰囲気になったら寂しいから、しっかりとカリンとライカを見つめる。
嗚咽しながらも、瞳からは涙があふれる。
肩が震える。
でも頬を上げる。
カリンとライカに人生で一番の笑顔を見せる。
「「こちらこそにゃん!」」
そしたら直ぐに、一番の笑顔を返してくれた。
嬉しい..暖かい....あぁこれが感情か。
反社会性パーソナリティ障害の俺が、こんなに泣いて、こんなに幸せを感じている。
「俺を人間にしてくれてありがとうにゃ!」
「私を妻に選んでくれてありがとうにゃ!あなたが夫で本当によかったにゃぁ!」
「私を生んでくれてありがとうにゃ!長くない人生だったけど..本当に幸せだったにゃぁ!」
その返事を聞いて、俺は死ぬ。
「死」ひたすらに喪失を生む言葉。
でも俺の死は..幸せな最期だった。
最後には笑えていた...先生...ありがとう。
最後の俺の中には、理屈を超越するほどの愛の感情があった。




