10話_戦うもの_
.......ゆっくりと、岩のように痛い体が目を覚ます。
「はぁ....」
俺の日常になっていく。
この生活にも慣れてきた気がした。
「相変わらず...痛いなぁ」
体の傷もそうだし、固い地面で寝るのはどうも体が痛くなった。
たった一日で、慣れ始めている自分がいた。
――それが、少しだけ気持ち悪かった。
今は何時だろう。
スマホを手に取った。
「えぇ...13時じゃん...」
俺は自分の体を見た。
昨日巻いた、包帯が殆どほどけていた。
「よりミイラみたいになってんじゃん」
巻きなおそうにも、土や砂利で汚れていた。
「最悪だよ~」
こりゃぁまた病院行かないと。
そう思って、川で顔を洗う。
綺麗な川だった。
「ふぅ...」
スッキリしたが、体の傷にゴミが入ってはそれどころではない。
俺は気怠い体を伸ばす。
『行くのか?』
「...あぁ...行ってきます」
俺は笑顔で言う。
この幻聴のような声も、受け入れよう。
きっと俺に必要だから聞こえるんだろう。
(この世に、意味のないものなんて存在しない)
……そう、思い込んでいるだけかもしれないけど。
道に出ると、多くの異種族と人間がいた。
車を使っているのは、すべて人間だろう。
「本当に...ここは日本なのか?」
異種族もいない...平凡でありながら、人が蔓延った世界という、俺の常識や、記憶はどこからやってきたものなのか。
何故...この違和感が拭えないのか。
人ごみの中、俺は立ち止まって胸を掴んだ。
それに...
「大分...近くなったな」
この既視感のような違和感。
何者かが、
ーー確実に近づいてきている。
ゆっくり近づいてきているんだ。
そんな時、隣を視線を奪う見た目をした女が通り過ぎた。
「・・えぇ」
つい声が出るほどの見た目だった。
赤い髪を結んでポニーテールを作っている。
≪その全身には、白い光を放つ鎖が巻き付いていた≫
鎖が、まるで体の一部のように動いていた。
音がしないのが、余計に気味が悪かった。
体は小柄で全体的に幼いような見た目だった。
お腹や腕が出ていて、露出の多い服装だった。
背は小さいわけではないが多きわけでもない。
「こんな種族も...いるのか?」
初めて見た異質の見た目に目を奪われた。
周りの全ての人は、皆当たり前のように通り過ぎていく。
まるで、鎖が見えていないみたいに。
「ははっ..」
笑えてしまう。
その子は、片腕を抑えながら歩いていて、少しだけ心配になった。
少しだけ助けようかとも思ったが、体に巻いていた包帯が、地面に落ちる。
「先に病院だな」
えっぐい囚人みたいな見た目だな。
苦労もありそうだ。
俺はそんな風に思いながら、その子に背中を向ける。
歩いているだけで、この世界は面白かった。
だが、悲しいことだってある。
俺は可愛く鼻歌でも歌いながら、病院に向かった。
その道の途中、また一人、俺の視線を奪う男がいた。
(えっぐ...体でっか)
巨人がいたわけじゃない。
普通の人だった。
その全身に纏った筋肉を除けば。
公園のような広場でシャドウボクシングをする男がいた。
『ありゃぁ..デコピンでドラゴンでも殺せるんじゃないか?』
(馬鹿か!化け物すぎるだろ!)
『昔の俺...とまではいかないか...』
(嘘つけ!ヒョロガリだろ!どうせ!)
『オイ決めつけんな!』
(眼鏡かけてそうだな)
『勝手に決めんな!眼鏡悪いみたいに言うなよ!?』
しょうもないやり取りを、心の中でしていると、男の声が聞こえる。
巨漢の男は、好青年のような男に話しかけられていた。
シャドウボクシングを続ける男は動きを止める。
その好青年の体もまた、少し鍛えられていた。
「俺に...努力を教えて欲しい?」
巨漢の男は驚いたような声を出していた。
「あぁ...俺さ、水泳をやってんだ...でもさ、こんな世界だ...人間の俺が頑張っても異種族には勝てない...大会だって殆ど無くなってしまった...俺には水泳しかないんだ!...なのに」
好青年の男は、この世界で自分が取り組んできた、水泳というスポーツに希望を失った。
そういう話をしていた。
現実を受け入れることが出来ず、挑戦し続けることもできないようだ。
(確かにそうだ...スポーツや競い合うものは基本、人間同士という条件があって成り立つんだ)
『あいつは、それでどうすればいいか分かんなくて、あの巨漢に聞いてるんだろうな』
頭の声は同情でもするみたいに言う。
俺は思う。
この世界では、本当に俺の常識が無意味なのだ。
「俺の頑張りも...競い合った友達も...皆、趣味として続けてる...でも俺は...大会で味わったあの高揚感と、勝ったときに感じたあの気持ちを..味わいたいんだ..」
悔しそうに拳を握り締める。
「あんたは今も鍛え続けて格闘家を続けてる...どうやってそんなに努力できるのか分からないんだ!...理解が出来ない...どれだけ頑張っても、頭の奥では...あの種族に比べれば...そう考えてしまうんだ!」
今にも泣きそうな顔で言う好青年。
確かに水泳で鍛えられた美しい体だ。
それは、初心者の俺でも分かる程だった。
そんな時、巨漢の男は笑いながら答える。
「何当たり前の事を言ってる...馬鹿か?貴様?...あんまり自惚れるな!...人外以前に、人間の頂点にも立てるわけないだろう!貴様のような奴が」
巨漢の男は自分に言い聞かすように叫ぶ。
「格闘技をやっていて、永遠のように比べられる...そんなことどうでもいい...俺は奴より強い...そう思えばいいだけだ」
拳を青年よりも強く握り締める。
「見ていろ」
そう言って巨漢の男は、ある方へと歩いていく。
「お前さん...何者だ」
鍛え抜かれた巨漢の男が、三人の女に話しかけた。
汗をかき、その筋肉は踊っている。
高ぶり、高揚している。
その三人は特別な雰囲気を纏っていた。
「貴様...誰に許可を得て..恩方に話しかけている?」
三人の内の一人の桃色の髪の女性が言う。
全身を甲冑のような鎧で身を包み、刃の大きな剣を携えていた。
巨漢と残りの女性二人の間に立って、睨みを聞かせていた。
「あぁ?そんな奴に話してない...お前だ...桃色の髪のお前だ」
低い男の声が、揺るぐことなく発せられる。
そこからは圧倒的自信と、威圧感があった。
巨漢の男の体に力が入る。
「なんだと?己お方を前にして..興味がない?..万死に値するぞ!その愚行!」
桃色の髪の女からとんでもない殺気が出る。
巨漢の男は、それを完璧に知覚こそできないが、全身に刃物を突き刺されたような恐怖が全身を包んだ。
桃色の髪の女が、≪自分の髪をかき上げながら、男の体を何発も殴り飛ばした。≫
『おい!あれ!負けるぞあの女!ドブカスだぞあの女!』
(メタ読みやめろ!てかあの高貴な感じで、あれすんのかよ!)
巨漢の男は吹き飛ばされて、建物に突っ込んだ。
「...っ!」
好青年が驚きのあまり、声にもならぬ叫び声をあげる。
だがそんな叫び声に答えるがごとく、崩れた建物の埃の中から、今にも倒れそうな巨漢の男が出てくる。
「...っ....化け物か」
男は、血を唾のように吐いた。
男は思う。
俺の筋肉をもってしても、骨がボロボロだ。
アイツが、あの力で剣を使えば、この俺ですら靭帯や関節を簡単に切られてお終いだろうな。
「この御方への不敬!それで済ましてやろう!」
桃色の騎士は得意げだった。
その後ろの女性は、一人が呆れたような顔をしている。
黒髪の女は一瞬こちらを見た……笑っているように見えた。
だが、口元は一切動いていない。
――なのに、確かに笑われた気がした。
『お前の方を見てないか?』
(俺の方を見ている?いや気のせいだろ?)
黒髪の子は直ぐに目を反らして、ポワポワした雰囲気で空に飛ぶ蝶を見つめる。
(やっぱり気のせいか)
そんな俺の思考を無視するように、巨漢の男は言う。
「見ろ……あいつは化け物だ。
しかも、努力までしてやがる」
好青年は、ゴクリ...と唾をのむ。
そして、どんどん握り締めた拳に力が入る。
「だが...あの騎士と自分を比べて...」
男は構える。
恐怖に屈せず。
「あいつに勝ったとき...最高だろぉ!」
好青年は全身に感じる興奮が止まらなかった。
馬鹿げた話だ。
シャチやサメに泳ぐ速さで勝つと、言っているみたいなものだ。
でも....でも....
「あぁ...今なら...勝てる気がする」
好青年は興奮する。
アドレナリンが体から分泌される。
(あぁ...何にも、負ける気がしない)
――比べる事すら、どうでもよくなるほどに。
この興奮をどうにか発散したくなる。
巨漢の男は桃色の騎士に殴りかかる。
もちろん、当てる気などない寸止めだが、男は命を懸けていた。
「ふぅ!」
掛け声が全身に力を送る。
殴りかかた右腕を止める。
桃色の騎士は、その右腕を注視している。
俺は格闘家だが、これは喧嘩だ。
卑怯というやつも、いるだろう。
俺は左足で、桃色の騎士の足を叩く。
こいつに体勢を崩させた時点で――
俺の勝ちだ。
「グっ!」
だが次の瞬間、巨漢の男はまた、殴り飛ばされていた。
同じように、壁にめり込む。
ぐぅうう...あばら骨が折れたか?
自分の攻撃を当てることしか考えていなかった。
(俺もまだまだだな)
そう思って巨漢の男は意識を失いそうになる。
眠ろうと心が穏やかになっていくはずだった。
(っ..)
だが、男は前を見る。
巨漢の男は笑う。
「ははっ!ぐぅっ!はぁ!」
盛大に血を吐いた。
だが笑い続ける。
(それでこそ男よ!)
巨漢の男は興奮に胸を躍らせる。
そして、興奮し胸を躍らせる人物は、もう一人いた。
その好青年は、桃色の騎士の前で、戦闘態勢を取る。
恰好はあまりに、不格好だった。
まるで...喧嘩なんてしたことない程に。
水泳ばかりをしてきた、そんな体にこもった全身の力が、抜けることを知らない。
「すみません!...僕とも一戦!お願いします!」
頭を下げることもなく、構え続ける。
構えを解いてしまえば、いつの間にか、戦うまでもなく殺される気がする。
「貴様...カッコイイではないか!」
桃色の騎士が、興奮したように剣を掴む。
笑顔がだった。
「ならば、この御方の騎士として!本気でいこう!」
好青年は、後悔に押しつぶされそうだった。
だが...後戻りなど出来るわけがない。
「俺は...男だ!」
そんな思考が廻った。
差別がしたいわけじゃない....でも、好青年は今、理想の男の自分になれたんだ。
そんな時、場の空気を壊すような声が響く。
「お終いですぞ~」
そう言って、三人の女の中で一番小柄な少女が、杖を好青年の胸に当てる。
コツンッっと音がする。
――衝撃は、遅れて来た。
理解した時には、もう遅かった。
次の瞬間、好青年の体が弾け飛ぶように、巨漢の男と同じ方向へ吹き飛んだ。
「それ以上は..死んじゃうからねぇ」
そう言って、まるで当たり前の動作のように、杖を腰の鞘にしまった。
飛ばされ、壁に同じくぶつかって、好青年は血を軽く吐く。
意識が朦朧とする。
そんな時、巨漢の男に話しかけられる。
「がはっ....負けたな」
好青年は、下を俯いたまま答える。
「はい....負けました」
負けを認めた、敗北者の二人。
だが好青年と巨漢の男は嬉しそうだった。
巨漢の男は口を開き、最後の一言を残す。
「次は...勝つぞ」
それに好青年も答えた、
「絶対..勝ってみせます!」
笑顔で拳を握り締めた。
二人の意識は直ぐになくなった。
女性の三人は何事もなかったようにその場を離れていく。
桃色の騎士だけが、不完全燃焼だ!と叫び、不満をぶちまけた。
だというのに、桃色の騎士は、何処か嬉しそうに。
懐から、一つの腕時計を取った。
「受け取るがいい!悪くなかったぞ!」
そう言って、首根っこを引っ張られながら去っていく。
去り際に、手に取った腕時計を二人の男に向かって投げる。
黄金の時計。
幾重にも重なる白い円。
ローマ数字(Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳ)だけが、やけに鮮明だった。
「貴様らは世界を救う、英雄の前に立ちはだかったのだ!誇るがいい!」
時計が男二人にぶつかって割れる。
勢いはなかったのに、あっけなく割れた。
次の瞬間、二人の男の前に白い線の円が数個現れては、それを囲むように金色の線が円を描く。
その内側にはローマ数字が時計のように浮き上がり。
時計の針のような部分が急速に回転する。
桃色の騎士は思った。
(貴様らには過ぎた物だろう...だが...必要なものだ..)
二人の折れた肋骨や、砕けた骨が、すべて治っていく。
砕けた骨が、音もなく戻っていく。
肉が、巻き戻るように繋がる。
まるで――時間そのものが逆流しているかのように。
「そぅ...また、相まみえようぞ!」
首根っこを掴まれて、引っ張られている。
そんな桃色の騎士に、威厳など感じるはずがない。
――なのに、その言葉はまっすぐだった...あまりに曇りがなく。
胸を打つには十分な言葉だった。
『ははっ……なんでもありか』
常識なんて、とうに壊れてる。
(でも...なんか楽しそうだったな)
『あぁ...違いない』
鍛えられた体の二人の男は、あばら骨が折れようと。
己が望んだ戦いの結末ならば、男たちは望んで受け入れる。
桃色の騎士は、男たちがどれだけ弱かろうが..立ち会う相手の心意気と向かい合う。
生物ってやつは、どんな状況でも楽しめる生き物らしい。
その後は、救急車やら救急搬送やらで病院に運ばれた。
(いいじゃん..一緒に乗っていこう)
俺は目的地が病院ということもあって、救急車に一緒に乗った。
救急車の中では、傷が一つも無く、気絶だけしている。
そんな会話が聞こえた。
救急車の中は案外狭いもんだ。
だが、病院から距離が近いことからも、直ぐについた。
二人の男の体が運ばれていく。
病院の人が、またあなたですかと。
巨漢の男を見て、ため息をついていた。
「予定よりも早く着いたな」
『何をするんだ?』
「普通に、包帯をまたもらうだけだよ」
そう言って、俺は病院内の包帯をもらう。
病院の広間に立つ。
包帯をもらった分、頭を深く下げる。
(よし、いったん帰るか!)
家に最低限の住める環境を作らなきゃ。
そう思って、俺は帰ろうとする。
時刻はまだ昼。
だというのに、なんか疲れたな。
(はぁ...こんな体じゃ、直ぐに疲れちゃうな)
ため息が漏れている時、一つの声が耳に入ってきた。
「カイト..ライカ...何があったんだ...カリンは無事なんだろうな...」
その名前全てに覚えがあった。
――心臓が、嫌な音を立てる。
驚きが体を支配する。
体は無意識に振り向いた....。




