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この世界では勇者は必ず魔王を倒す なぜなら俺たちが物語を調整しているからだ  作者: もりのなか
第1章 外注された殺し

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第7話:古い地図

 地図というものは、本質的に嘘つきだ。

 三次元のデコボコした世界を、無理やり二次元の紙に押し込めている時点で、そこには何らかの「妥協」や「省略」が含まれている。

 道があると言いながら、実際には崖崩れで通れなかったり。

 川があると言いながら、季節外れの干ばつで干上がっていたり。

 結局のところ、地図とは「こうあってほしい」という誰かの願望のスケッチに過ぎない。

 私は、旧・北街道の道端にある、崩れかけた休憩所でそんなことを考えていた。


「アルトさん、さっきから難しい顔をして何を睨んでいるんだ? その石っころに何か恨みでもあるのか?」


 カイトが、足元の小石を蹴飛ばしながら聞いた。


「地図のことを考えていただけだ」

「地図? 便利な発明じゃないか。俺たち泥棒にとっては、宝のありかを示す聖書みたいなもんだよ。もっとも、偽物の方が多いけどな」


 カイトは、道の先を指差した。

 そこには、古びた幌馬車が一台、不自然に停車していた。

 看板には「万事屋・情報屋・地図屋」と、節操のない文字が並んでいる。


「ちょうどいい。あそこで『本物』の地図でも買っていこうぜ。魔王城の構造がわからなきゃ、裏口から忍び込むこともできないからな」

「魔王城の地図なんて、市販されているものか?」

「普通の店にはないだろうな。だが、ああいう怪しい露店には、たまに流出品が転がっているもんだ」


 私たちは、その幌馬車へと近づいた。

 中から出てきたのは、シルクハットを深く被り、度の強い眼鏡をかけた、ひどく細長い男だった。

 彼は私たちの姿を見ると、まるで長年の友人を迎えるような、大げさな身振りで手招きした。


「いらっしゃい、親愛なる迷子たち。お探しのものは、目的地への近道かな? それとも、過去への帰り道かな?」

「目的地への、正確な道が欲しい。魔王城のな」


 私の言葉に、商人の眼鏡がキラリと光った。


「ほう、魔王城。それはまた、ずいぶん物騒な観光地だ。あそこに行くのは、勇者か、死にたがりか、あるいは……外注を受けた不運な男だけだと思っていたが」


 商人は、カウンターの下から一本の古びた筒を取り出した。


「これは、百年前に書かれた古い地図だ。魔王城の設計図の草案と言ってもいい」

「草案? 完成品じゃないのか?」

「地図に完成なんてないのさ。世界が常に書き換えられているように、城もまた、住人の都合で形を変える」


 私はその地図を広げた。

 羊皮紙は、驚くほど滑らかで、どこか人の肌のような質感があった。

 描かれている線は繊細で、今の測量技術ではありえないほどの正確さで、城の内部構造が描写されている。


「おいくらだ?」

「金貨三枚。君たちが持っている王国の予算からすれば、端金だろう?」

「……お前、どうして私たちが金を持っていると知っている?」


 商人は、肩をすくめた。

「商売人は数字に敏感なだけさ。君たちの足取りからは、金貨の重みが聞こえる。それに、君の隣にいる泥棒くんからは、他人の財布に対する執着心が匂ってくるしね」

「おいおい、俺は今、休業中だぜ」


 カイトが不愉快そうに鼻を鳴らした。

 私は金貨を払い、その地図を受け取った。

 受け取る際、指先が羊皮紙に触れた。その瞬間、頭の中に、かすかなノイズが走った。

 それは以前、訓練を受けていた時に感じた、あの奇妙な感覚に似ていた。


「なあ、おじさん。一つ聞きたいんだが」


 カイトが商人に詰め寄った。

「本物の地図って、何だと思う?」

「面白い質問だね、若者。本物の地図とは、目的地に辿り着ける地図のことではないよ」

「じゃあ、何だ?」

「その世界を決定する地図のことだ。地図に道が描かれていれば、そこには道ができる。地図に壁が描かれていれば、たとえ空地であっても、君たちはそこを通ることができない」


 商人の言葉には、重い余韻があった。

 私たちは地図を持って、幌馬車を後にした。

 歩きながら、私は地図の隅に書かれた小さなサインに目を留めた。

 それは、文字というよりは、何らかの注釈のような、奇妙な記号だった。


「アルト、さっきの商人の話、どう思う? 地図が世界を決めるなんて、まるで俺たちが絵本の中の住人みたいじゃないか」

「あながち、間違いじゃないかもしれないな。誰かが描いた道の上を、私たちは歩かされている」

「それじゃあ、自由がないだろ。俺がパンを盗むのも、誰かが脚本に書いたからなのか?」

「お前がパンを盗むのは、ただの性格の問題だろ。だが、そのパン屋がそこにあり、お前が腹を空かせている状況は、誰かが配置したものかもしれない」


 私たちは再び、魔王城へと続く旧街道を歩き始めた。

 日差しが強くなり、影が濃くなる。

 私はふと、配達員時代のことを思い出した。

 あの時、私は地図にない道を何度も通った。

 地図に描かれていないということは、そこには設定がないということであり、同時に自由があるということだった。


「カイト、お前は魔王城の隠し入口を知っていると言っていたな」

「ああ。城の西側、巨大な排気口のそばに、崩れた壁がある。そこなら警備のゴーレムも気づかない」

「……この地図を見てくれ」


 私は地図を広げ、西側の壁を指差した。

 地図上では、西側の壁は完璧な防護結界で覆われており、崩れた箇所など一つも存在しなかった。

 それどころか、そこには立ち入り禁止を意味する赤い文字が浮き上がっている。


「変だな。俺の記憶じゃ、あそこは確かに穴が開いていたはずだぜ。半年前、この目で見たんだから」

「半年で修復したのか?」

「魔王軍がそんなに勤勉だとは思えないな。奴ら、普段はクッキー焼いてるんだろ?」


 カイトは地図を奪い取り、目を皿のようにして眺めた。

 やがて、彼の顔から余裕が消え、眉間に深い皺が刻まれた。


「……アルト、この地図、やっぱりおかしい」

「何がだ?」

「この構造図……よく見てくれ。城の内部と外部が繋がっていない。まるで、別の空間を無理やり繋ぎ合わせたみたいだ」


 カイトの指が、ある一点で止まった。

 そこは、城の最深部、魔王の間とされる場所だ。

 そこには、部屋の図面の代わりに、別の地図が描かれていた。


 それは、ここではない別の街。アストラル連邦の、あのカフェがある駅前の地図だった。


「なんで魔王の城の中に、駅前の地図があるんだ?」

「……わからない。だが、この地図を書いた奴は、この世界がどう繋がっているかを正確に知っているらしい」


 私は背後に振り返った。

 ついさっきまでそこにあったはずの、商人の幌馬車が、影も形もなくなっていた。

 ただ、乾いた風が砂を巻き上げているだけだ。

 最初から、何もなかったかのように。


「消えた? 魔法か?」

「いや、消去されたんだ」


 私は確信を持って言った。

 その時、私の懐にあるコインが、肌を焼くほどの熱を発した。


「アルト、急ごう。この地図の通りに歩いていたら、俺たちは魔王に会う前に、世界の側に放り出されるぞ」


 カイトが焦った声を出す。

 彼は地図の端を指でなぞりながら、叫ぶように言った。


「この地図、間違ってる! 全部だ!」

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