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この世界では勇者は必ず魔王を倒す なぜなら俺たちが物語を調整しているからだ  作者: くま3
第1章 外注された殺し

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第4話:悪役の条件

 酒場は、情報のゴミ捨て場のような場所だ。

 誰かの自慢話と、誰かの愚痴と、安酒の匂いが混ざり合っている。

 私はカウンターの隅で、ぬるくなったエールを口にしていた。

 アストラル連邦の夜は、魔法の街灯がアスファルトを青白く照らしている。

 窓の外では、酔っ払った冒険者が、存在もしない手柄を大声で語っていた。

 意味はない。ただ、夜だった。


「隣、いいかな?」


 返事をする前に、男は勝手に座った。

 ボロボロの革ジャンを着て、指先を絶え間なく動かしている。

 職業を当てるのは難しくない。指の動きが「他人のポケット」を探るリズムを刻んでいる。


「お前、泥棒だろ」

「正確には無職だ。あるいは、他人の所有権を一時的に預かるボランティアと言い換えてもいい」

「ボランティアにしては、目つきが鋭すぎる」


 男はニヤリと笑い、店員に一番安い酒を注文した。


「俺はカイト。見ての通り、この街の『不純物』だ」

「アルトだ。見ての通り、ただの配達員……の成れの果てだ」


 カイトと名乗った男は、私の手元にある「依頼書」の端を、目ざとく見つけた。

 ギルドの紋章と、その下にある異常な高額報酬。


「魔王暗殺、か。大きく出たな、配達員さん」

「拾ったんだ」

「嘘だな。拾ったにしては、その紙は君の名前に馴染んでいる。宿命を引き受けた者のような顔をしているよ」


 私はエールを飲み干し、カイトを見た。

 泥棒にしては、言葉が回りくどい。皮肉の効いた言い回しだ。


「なあ、カイト。お前に聞きたいことがある」

「盗みのコツか? それとも、捕まった時の言い訳か?」

「『悪役』って、誰が決めるんだ?」


 カイトは運ばれてきた酒を一口飲み、天井を見上げた。


「人数だよ」

「人数?」

「ああ。百人の人間がいて、一人が魔王なら、魔王は悪役だ。だが、百人の魔王がいて、一人が人間なら、人間が悪役になる。正義っていうのは、多数決の別名に過ぎない」


 彼は指で円を描き、その中心を突いた。


「この世界には『勇者』という絶対的な正解があるだろ? 正解がある場所では、それ以外はすべて間違い……つまり『悪』になる。魔王が何をしていようが、何をしていまいが、関係ないんだ。勇者が輝くためには、影が必要なんだよ」

「魔王は、ただの影だっていうのか」

「役割だよ。悪役っていう役職だ。お前が配達員だったように、あいつも魔王っていう任務をこなしているだけかもしれない」


 私は、受付嬢が言っていた言葉を思い出した。

 魔王は人を殺さないという噂。

 そして、この世界を維持するための「調整」という概念。


「お前、魔王城に行ったことがあるのか?」

「……質問が具体的すぎるな」

「泥棒なら、一番警備が厳重で、一番お宝がありそうな場所には興味があるだろ」


 カイトは酒のグラスを弄りながら、声を潜めた。


「一度だけな。旧・北街道の裏道を通って、城の近くまで行ったことがある。だが、あそこは城じゃない。どちらかと言えば、巨大な『装置』だ」

「装置?」

「静かすぎるんだよ。魔王軍が何万もいるはずなのに、生活音がしない。まるで、誰かがスイッチを切った後の、誰もいない舞台みたいにな」


 彼の言葉に、背筋が少し凍った。

 秩序を成立させるためのセット。

 勇者が現れるのを待っている、空っぽの舞台。


「カイト、もし魔王が悪じゃなかったら、どうする?」

「笑うね。大爆笑だ。世界中の人間が信じている常識が、ただの勘違いだったなんて。そんな面白い冗談、他にはない」


 彼は立ち上がり、私の肩を軽く叩いた。

 その瞬間、私のポケットに入っていた小銭入れが、消えていた。


「おい」

「授業料だ。悪役の条件を教えてやっただろ」

「返せ」

「魔王城の地図が欲しくなったら、またここに来い。本物の地図は、ギルドにも国王にも売っていないからな」


 カイトは夜の雑踏へと消えていった。

 私は、空になったポケットを手で探り、彼が残した「違和感」を噛み締めていた。

 悪役とは人数が決めるもの。

 正義とは多数決。

 だとしたら、私がこれから殺しに行こうとしている存在は、一体何なのだ。


 ふと、店内のテレビ画面に目が止まった。

 ニュースキャスターが、勇者レオンの華々しい戦果を報じている。

 勇者は笑顔で、民衆の歓声に応えていた。

 その笑顔の裏側に、どれほどの「調整」が隠されているのか、彼自身は知っているのだろうか。


 私は酒場を出た。

 青白い魔法の光が、影を長く伸ばしている。


「魔王は人を殺さない」


 カイトが去り際に残したその一言が、私の耳の奥で、呪文のように繰り返されていた。

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