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この世界では勇者は必ず魔王を倒す なぜなら俺たちが物語を調整しているからだ  作者: もりのなか
第2章:勇者というシステム

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第14話:死なない勇者

 空は青かった。

 あまりにも青すぎて、ペンキを塗りたてたばかりの看板のような、不自然な光沢があった。

 アストラル連邦の王都を見下ろす高台で、私はその書きかけの空を眺めていた。

 私の目の前には、一人の少女が立っている。

 かつて、私が配達員としてこの世界を歩き回っていた頃、目の前で死んだはずの幼馴染。

 名前は、確かそう。ユリだ。


「ねえ、アルト。……私のこと、ちゃんと納品してくれる?」


 彼女は、表情を一切変えずにそう言った。

 瞳には光が宿っておらず、ガラス玉を埋め込んだような無機質さがある。

 そして、彼女の白い首筋には、魔王領の魔物たちがつけていたものと同じ、銀色のタグが埋め込まれていた。

『管理番号:一〇四三。勇者パーティー予備アセット』


「……納品、か」


 私は、内ポケットにあるコインの熱を感じながら答えた。


「私はもう配達員じゃないんだ。今は、ただの外注先だよ」

「外注先も配達員も、同じでしょう? 役割が違うだけで、システムの一部であることに変わりはないもの」


 後ろで、カイトが腰を抜かしたまま震えていた。


「おい、アルトさん……。死んだ幼馴染が、管理番号をぶら下げて現れるなんて、どんな悪趣味なミステリーだよ。これ、本当に現実か?」

「カイト、お前は現実という言葉を過信しすぎている」

「過信? 俺は泥棒だぞ。触れるものしか信じない主義だ」

「なら、彼女の首にあるタグを触ってみろ。おそらく、この世界のどんな宝石よりも冷たくて、硬いはずだ」


 ユリは、私の方を一歩も動かずに、じっと見つめ続けている。


「アルト、あそこを見て」


 彼女が指差したのは、高台の下にある王立訓練場だった。

 そこでは、勇者レオンが巨大な訓練用ゴーレムと対峙していた。

 周囲には魔法のカメラが何台も浮遊し、彼の勇姿を全国に中継している。


「レオンの仕事だ。見学していくといいわ。……彼が、なぜ勇者でいられるのかを」


 私たちは、高台の縁からその光景を見下ろした。

 勇者レオンは、聖剣を構えてゴーレムに突進した。

 だが、次の瞬間、ゴーレムの巨大な拳がレオンの胴体を正面から捉えた。

 鈍い音が響き、レオンの体は紙屑のように吹き飛んで、訓練場の壁に激突した。

 普通の人間なら、即死どころか肉片も残らないような衝撃。


「うわあああ! レオン様!」


 中継を見守る群衆から悲鳴が上がる。

 だが、私は見た。

 レオンの体が壁にめり込んだ瞬間、その輪郭がデジタルノイズのように激しく点滅したのを。


「……一、二、三」


 ユリが、小声でカウントを始めた。


「四、五」


 五秒後。

 壁からズルリと這い出してきたレオンは、何事もなかったかのように立ち上がった。

 甲冑の凹みは一瞬で復元され、吐き出したはずの鮮血は霧のように空中に溶けて消えた。

 彼は、軽く首を鳴らすと、再び聖剣を握り直した。


「嘘だろ……。今の、完全に死んでただろ」


 カイトが目を丸くしている。


「死んだよ。だが、取り消されたんだ」


 私は、自分の指先が冷たくなっているのを感じた。


「取り消された? どうやって?」

「ゲームのリスポーンと同じだ。彼は死ぬというイベントをなかったことにされた。あるいは、死ぬ直前のセーブデータからロードされたんだ」


 訓練場では、レオンが再びゴーレムに挑んでいた。

 今度は、ゴーレムの攻撃を紙一重でかわし、流れるような動作で核を破壊する。

 まるで、さっきの失敗を既に知っていたかのような、完璧な予知。


「彼は死ぬたびに、少しずつ正解の動きをトレースしていく。……カイト、あれを勇猛果敢と呼ぶか?」

「……いや。ただの作業だ。壊れるまで繰り返すだけの、機械的な作業だよ」


 ユリが、私の袖を引いた。


「勇者レオンは、死ねないの。作者が、彼を完結させることを許さないから。物語が続く限り、彼は無限にリセットされ、最強の結末を強要される。……それが、勇者の機能」


「なら、お前はどうなんだ」


 私は彼女のタグを指差した。


「予備アセット。それは、マリアやゲイルが壊れた時に、代わりとして補充されるための在庫か?」

「そう。私は、欠員の穴を埋めるためのポリゴンに過ぎない。アルト、あなたが昨日カフェに置いた肖像画……あれは、私のインストール命令だったのよ」


 私は、昨日カフェのテーブルに肖像画を置いた自分の手を呪った。

 受付嬢が、これを納品しろと言った理由。

 それは、物語の整合性を保つために、不足したキャラクターを無理やり過去から引きずり出して、システムに組み込むことだった。


「お前は、ユリなのか? 私の知っている、あのユリなのか?」

「記憶データは持っているわ。あなたが配達員時代に、私に渡してくれた古い万年筆の感触も、誕生日にくれた安物のリボンの色も。……でも、今の私は、それを自分の感情として処理できない」


 彼女は、自分の胸に手を当てた。


「ここは、ただの空き容量よ。レオン様の仲間になるための設定を書き込むための、空のフォルダ」


「……ふざけるな」


 私は、自分の声が震えているのが分かった。


「死んだ人間を、そんな風に使い回していいはずがない。物語だろうが、システムだろうが、命を舐めるのも大概にしろ」


 ユリは、感情のない瞳で私を見つめ返した。


「怒るのも、設定のうちかしら?」

「設定じゃない。私の意思だ」

「意思。……この世界で、その言葉は一番重いエラーを引き起こすわよ」


 その時、私たちの背後でパチパチと拍手をする音がした。

 振り返ると、そこにはギルドの受付嬢が立っていた。

 彼女は、いつもの事務的な笑みを浮かべ、手に持ったクリップボードを叩いていた。


「素晴らしいですね。感情の起伏、哲学的葛藤、および死んだはずの幼馴染との再会。……第十四話の盛り上がりとしては、満点に近いですよ、アルトさん」

「受付嬢さん。あんた、ずっと見てたのか」


 カイトが食ってかかる。


「ええ。読者の反応も良好です。主人公が過去と向き合う展開、胸アツ。そんなコメントが、管理パネルに溢れています」


 彼女は、空中に半透明のウィンドウを呼び出した。

 そこには、私たちには読めないはずの、無数の文字が滝のように流れていた。


「アルトさん、これがあなたの仕事の成果です。ユリさんを勇者パーティーへ合流させる。それが、今回の納品の完了条件。……拒否しますか?」

「拒否したら、どうなる」

「彼女は不要なデータとしてゴミ箱へ送られます。つまり、この世界から完全に消去されます。死ぬことすら許されず、存在しなかったことにされるのです」


 私はユリを見た。

 彼女は、ただ立っていた。

 消えることを恐れているようにも、生きることを望んでいるようにも見えない。

 ただ、そこに配置されているだけ。


「……なあ、受付嬢さん」


 私は、懐からコインを取り出し、彼女に見せた。


「正義って何だと思う?」

「またその話ですか。人数が多い方、あるいは物語を面白くした方。それが今のところの暫定的な答えです」

「じゃあ、この少女を道具として使うのが面白いなら、それが正義なのか」

「残念ながら。……そして、あなたがその正義を執行するんです、アルトさん。あなたは、彼女をレオンのもとへ届ける配達員なんですから」


 私はコインを握りしめた。

 コインの熱が、手のひらを焼く。

 脳内に、不気味なノイズが走る。


「……カイト」

「あ、ああ、何だ? アルトさん。逃げるなら今だぜ」

「お前、泥棒だったな」

「そうだ。それも一流のな」

「この世界が誰かの書いている物語なら、その原稿を盗むことはできるか?」


 カイトは一瞬絶句したが、すぐにニヤリと笑った。


「……面白そうじゃねえか。神様が持ってるネタ帳をスるってことだろ? それこそ、泥棒冥利に尽きるってもんだ」


 私は受付嬢に向き直った。


「この依頼、引き受けるよ。ただし、納品先は私の独断で決めさせてもらう」

「納品先の変更は、規約違反ですよ、アルトさん」

「規約を決めているのは、作者だろ。……作者が一番嫌がるのは、予定外の展開だ」


 私はユリの腕を掴んだ。


「行くぞ。……ユリ、お前を勇者の仲間にはさせない」

「……どこへ行くの?」

「設定の外だ」


 私たちは、高台を駆け下りた。

 背後で、受付嬢の笑い声が聞こえたような気がした。


「……第十四話、完。次回のサブタイトルは、脚本家を殺す方法。……楽しみですね」


 空に、巨大な赤い文字が浮かび上がった。

『警告:重大な物語乖離を検出』

『修正プログラムを起動します』


 王都の地面が、地鳴りのような音を立てて震え始めた。

 建物が、液体のようによじれ、再構成されていく。

 私たちは、崩れゆく物語の中を、新しい出口を探して走り続けた。

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