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この世界では勇者は必ず魔王を倒す なぜなら俺たちが物語を調整しているからだ  作者: もりのなか
第2章:勇者というシステム

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第11話:勇者の履歴書

 王都アストラルは、過剰なまでの光に包まれていた。

 魔法仕掛けの街灯が、深夜という概念を無理やり否定している。

 空には月が出ているはずだが、街の明るさに負けて、それはただの白い塗り残しのように見えた。

 意味はない。ただ、あまりにも明るい夜だった。

 私は、王立公文書館の裏口で、カイトが鍵を開けるのを待っていた。


「なあ、アルトさん。王立の施設に泥棒に入るなんて、これはもう外注の範囲を超えてるんじゃないか?」

「仕事に必要な資料を取りに行くだけだ。窃盗ではなく、情報の閲覧だよ」

「許可なく入ることを、世間では窃盗あるいは不法侵入と呼ぶんだ。哲学的にはともかく、法律的にはな」


 カイトの指先が、カチリと音を立てた。

 巨大な鉄の扉が、申し訳なさそうに少しだけ隙間を作る。


「成功だ。警備のゴーレムは、今ごろ休憩時間という名のスリープモードに入ってるはずだぜ。あいつら、定時上がりにはうるさいからな」

「公務員らしいな。魔王軍のキラーベアより話が通じそうだ」


 私たちは暗い書庫の中へと滑り込んだ。

 埃の匂いと、古い紙の匂い。

 そこには、この世界の公的な物語がすべて収められているはずだった。


「さて、勇者レオンの記録を探すぞ。分類は国家重要資産・生物部門だ」

「人を生物部門に入れるなんて、この国の役人も相当性格が悪いな」


 私たちは数百万という棚の中から、目指すべきフォルダを見つけ出した。

『勇者管理ファイル:ナンバー四十二 レオン』

 私はその重厚なバインダーを開き、一番上にあった一枚の紙を手に取った。

 それは、勇者の履歴書だった。


「……何だこれ」


 カイトが横から覗き込み、眉をひそめた。


「名前、レオン。年齢、十八歳。出身地、始まりの村。……アルトさん、この村の名前、聞いたことあるか?」

「いや。配達員として連邦中を回ったが、そんな名前の村は地図のどこにもなかった」

「だよな。俺も泥棒の修行で各地の村を回ったが、始まりなんて大層な名前の村があったら、真っ先に名産品を盗みに行ってるはずだ」


 私はページをめくった。

 履歴書の経歴欄には、驚くほど具体的な戦果が並んでいる。

 三歳で木の棒を持ち、五歳でスライムを千匹倒し、十歳で聖剣の神託を受けた、と。

 だが、そのすべての記述には日付がなかった。


「経歴の開始が、十年前からになっている」

「十年前? それ以前はどうなってんだ」

「空白だ。まるで、十年前の朝、彼がこの世にフル装備で突然現れたみたいにな」


 私は履歴書の署名欄に目を止めた。

 そこには、流麗な文字でレオンの名前が書かれている。

 だが、その筆跡に、私は強烈な違和感を覚えた。


「カイト、隣の棚にある歴代勇者の記録も持ってきてくれ」

「オーケー。ナンバー四十一とナンバー四十でいいか?」


 カイトが持ってきた古いファイルを開き、私は署名欄を比較した。

 ナンバー四十一、アレン。

 ナンバー四十、ユリス。

 彼らの名前は、当然ながらレオンとは別人だ。

 だが、筆跡は――。


「……全部同じだ」

「マジかよ。勇者っていうのは、履歴書の書き方まで学校で習うのか?」

「違う。これは、書いた人間が同じなんだ。名前を書かされたんじゃない。誰かがこの設定を、一人の手で一気に書き上げたんだよ」


 私は書庫の隅に座り込み、資料を読み耽った。

 勇者の好物、勇者の弱点、勇者の初恋の相手。

 そのすべてが、完璧な物語の主人公として設計されていた。

 あまりにも完璧すぎて、そこには生活のノイズが一切なかった。


「なあ、カイト。お前、自分の名前をいつ覚えた?」

「はあ? 物心ついた時だろ。親に呼ばれてるうちに、ああ俺はカイトなんだなって確信した」

「じゃあ、もし誰にも呼ばれず、ある日突然、目の前にカイトという名前が書かれた履歴書が置かれたら、お前は自分のことをカイトだと信じるか?」


 カイトは少し考え、肩をすくめた。


「報酬が良ければ信じるね。名前なんて、ただのラベルだろ」

「ラベルなら貼り替えられる。だが、記憶はどうだ? 出身地のない人間が、どうやって故郷の夢を見るんだ?」

「……レオンが言っていたな。何度も死んでる気がするって。あいつも、この履歴書と自分の記憶のズレに、うっすら気づいているのかもしれない」


 その時、公文書館の廊下で、規則正しい金属音が響いた。

 休憩時間が終わったらしい。


「アルトさん、撤退だ。これ以上いると、俺たちの履歴書に不法侵入者って太字で書かれちまう」

「ああ。だが、最後にもう一つだけ」


 私は、ファイルの最後の一枚を抜き取った。

 そこには、勇者の次回の予定が記されていた。

 日付は明日。場所は王都の大聖堂。

 予定の内容は――物語の修正。


「アップデート? 勇者はオーエスか何かなのか?」

「あるいは、この世界全体がそうなのかもしれない」


 私たちは影に紛れて公文書館を脱出した。

 夜の王都は、相変わらず眩しい光を放っている。

 だが、その光の維持費が、誰の嘘によって支払われているのか、私は少しだけ理解し始めていた。


「なあ、アルトさん。正義って何だと思う?」


 カイトが、暗い路地裏で足を止めて聞いた。


「またその話か」

「いや。もし、勇者が作られた偽物で、魔王が平和を守る管理者だとしたら……。俺たちがこれからやる暗殺は、正しいことなのか、それとも間違いなのか?」

「…………」


 私は答えなかった。

 代わりに、懐にあるコインを指先でなぞった。

 コインは、王都に来てからずっと、静かに、しかし絶え間なく震え続けている。


「正しさは、物語が終わる時に、書き残した奴が決めることだ」

「じゃあ、俺たちが書き残す側になればいいんだな?」

「……努力はしてみるよ」


 私たちは、翌日のアップデートの舞台、大聖堂へと向かう。

 そこで待っているのは、きっと私たちが知っているレオンではない。

 より勇者らしく書き換えられた、何者かの部品だ。

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