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この世界では勇者は必ず魔王を倒す なぜなら俺たちが物語を調整しているからだ  作者: もりのなか
第1章 外注された殺し

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第1話 魔王と配達員

 駅前のカフェは、ひどく空いていた。

 平日の昼下がりだ。当然と言えば、当然だった。

 窓の外では雨が降っている。

 意味はない。ただ、雨だった。

 私は、冷めきったコーヒーの表面に浮かぶ、自分によく似た疲れ顔の男を眺めていた。


「お待たせしました、アルトさん」


 鈴の鳴るような、しかし事務的な声がした。

 顔を上げると、そこにはギルドの制服を着た受付嬢が立っていた。彼女は濡れた傘を丁寧に畳み、私の向かいの席に勝手に座った。


「待ってはいませんよ。ただ、時間を潰していただけだ」

「それは『待っていた』の丁寧な言い換えですね。哲学的な意味では」

「哲学を持ち出すと、コーヒーが不味くなる」


 彼女はクスリとも笑わず、カバンから一枚の羊皮紙を取り出した。

 それは、この街の平和を象徴するギルドの紋章が入った「依頼書」だった。


「仕事です」

「私はフリーランスだ。ギルドの専属じゃない」

「知っています。だからこそ、あなたにしか頼めない『外注』なんです」


 彼女が差し出した書類の冒頭には、太い文字でこう書かれていた。

『魔王暗殺の依頼』


 私は、しばらくその文字を眺め、それから窓の外の雨を見た。

 雨は、まだ降っていた。


「冗談ですよね」

「残念ながら、本気です」

「魔王を殺す? それは勇者の仕事だ。勇者っていうのは、そういう物語のために税金で養われている連中だろう?」


 受付嬢はコーヒーを一口啜り、無機質な視線を私に向けた。


「勇者は忙しいんです」

「忙しい?」

「ええ。有給休暇の消化と、地方の村でのファンミーティング。それに最近は、聖剣のメンテナンスで一週間は動けません」

「勇者が有給を取る世界なんて、だいたいろくでもないな」


 私はため息をつき、依頼書を指先で弾いた。


「勇者ってのは、職業なのか? それとも肩書きなのか?」

「今のこの国では、どちらでもあります。そして、最も効率の悪い公務員でもありますね」

「効率ね。魔王を殺すのに効率が必要か」

「必要です。魔王を放置しておくと、冒険者の保険料が上がりますから」


 彼女は淡々と、しかし決定的な口調で言った。

 異世界においても、結局のところ、世界を回しているのは正義ではなく、帳尻合わせの経済学なのだ。


「で、なぜ私なんだ。私はただの、元・配達員だぞ」

「『ただの』配達員が、魔王軍の包囲網を抜けて、最前線の砦に温かいパイを届けたことはありません」

「あれは、道が空いていたからだ」

「その『道』を知っていることが、あなたの武器です」


 彼女は依頼書の裏面を指差した。

 そこには、小さな文字で、奇妙な注意書きが添えられていた。


『注意:魔王には絶対に話しかけるな』


「これは何だ? 殺しに行く相手と、世間話でもしろっていうのか?」

「魔王は、人の心を読みます」

「読心術か。ファンタジーだな」

「いいえ、技術です。会話という儀式を通じて、相手の思考をハッキングするんです」


 私は、かつて自分が配達員として世界中を歩き回っていた頃のことを思い出した。

 地図には載っていない道。誰も通らない裏ルート。

 そして、一度も聞いたことのない噂。


「魔王は人を殺さない……そんな噂を聞いたことがある」

「魔王が人を殺さないなら、それはただの『角が生えた近所の人』ですね」

「だが、もしその噂が本当だったら? 私は、無実の住人を殺すことになる」


 受付嬢は、冷たい目で私を見た。


「悪役って、誰が決めると思いますか?」

「正義の味方か、あるいは歴史家だろ」

「違います。人数ですよ。魔王が一人で、人間が百万人いれば、魔王は悪役になります」


 私は黙って、冷めきったコーヒーを飲み干した。

 胃の奥が、重たくなる。


「一つ聞きたい。この依頼、本当の依頼主は誰だ? 国王か? ギルドか?」

「それは『物語』を成立させるために必要な質問ですか?」

「仕事を受けるかどうかを決めるために必要な質問だ」


 彼女は椅子から立ち上がり、私の耳元で囁いた。


「あなた、勇者の資格ありますよ」


 その言葉は、予言のようでもあり、あるいは呪いのようでもあった。

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