第29話 何のために
リナとレオニスの二人は店に到着した。
もはや会議室と化した奥の席に腰を下ろし、話を始めようとする。
「バ、バイト忙しいから、また手短にね。よ、よろしく……」
自分のやるべきことを忘れていた負い目から、リナは先手を打つようにそう告げたが。
「今日は比較的空いてるからなぁ。リナ、長めに話してもいいぞ」
「えっ……!?」
アルのその一言に、リナは目に見えて動揺した。
「だ、そうだ。良かったな」
「うっ……うぅ……」
レオニスはじっとリナを見つめる。
周囲に結界を展開し、本題に入ろうとして──ふと、ある疑問が頭をよぎった。この少女は学校というものに通ったことがない。ならば、これまでの時間全てを剣に費やしてきたのだろうか。
「リナ。本題の前に、ひとつ聞きたいことがある」
「お、怒らない……?」
「それは後だ」
「後で怒られる……うぅ……」
怯えるその姿は、年相応の少女そのもの。
だが、その内に秘めた剣技は世界でも指折りの域にある。レオニスは、リナ以上の剣士を知らない。間違いなく、世界最強格。そこに疑いの余地はなかった。
だからこそ──
なぜ、この若さでそこまで至っているのか。
レオニスは純粋に知りたかった。
「リナ。お前は──どんな人生を歩んできた」
「人生……?」
「あぁ。お前の剣はもはや人知の外にある。私でさえ、届かない域だ。だから気になってな。どんな道を歩んできたのか」
怒られないと分かると、リナはすぐに意識を切り替えた。
自分の人生。
その足跡を言葉に落とし込む。
「私は……師匠の後を、追いかけてきただけ」
「師匠がいたのか」
「うん。凄い剣士だった。この刀も、師匠が使ってた。形見として、譲り受けたの」
「その言い方だと、もういないのか」
「うん。病気になって……最期は、私が斬った」
「……そうか」
その短いやり取りだけで、十分だった。
剣豪級の剣士のもとで、徹底的に鍛え上げられたのだろう。
才能。努力。環境。
すべてが噛み合い、常軌を逸した研鑽を積んできた少女。世間知らずで、感情の起伏も乏しい。だが、それは単なる欠落ではない。
彼女は文字通り──
人生の全てを剣に捧げてきたのだ。
レオニスはそう理解した。
「では、本題に入ろうか」
「う、うん……」
「まず、貴様は何のために入学した?」
「ロゼに頼まれて、悪い人を探すため……です」
リナの語尾が、わずかに揺れた。
「そうだ。では――見つかったのか?」
「……わ、分からない。みんな、良い人だと思う……」
リナは貴族たちの嘲笑も、陰湿な悪意も、ほとんど意識していなかった。彼女の目に映るのは、剣を学び、魔法を学び、必死に生きる人だけだ。
だからこそ、全員が善人に見えてしまう。
レオニスは短く、息を吐く。
「まあいい。そこまで期待しているわけではない」
「うっ……ご、ごめんなさい」
「謝る必要はない。忘れていたのは問題だが、役割が異なるからな」
そう前置きしてから、レオニスは僅かに視線を伏せる。
「怪しい人物の調査はこちらでも進めている。だが、輪郭が見えない。相手が生徒なのか、教師なのか。あるいは、そもそも学院に属していない存在なのかすら、判別できない」
「……う、うん?」
「不可解な点はまだある。そもそも、なぜ〈魔剣保有者〉がアカデミーにいる? ロゼの証言が虚偽とは思えないが、疑念が募るな。くそ、あの時にもっと詳細を詰めておくべきだったな。これは私の失態だ」
空気が僅かに重くなる。
リナはレオニスの話している言葉の内容が、あまりよく分からなかったので、黙るしかなかった。
「リナ。お前の持つそれは、妖刀だろう?」
「……うん」
「何か、引っかかることはないのか。違和感でもいい」
リナは少し考えてから、首を横に振った。
「私も普段は力を封じているし……相手が短剣型の魔剣を懐に忍ばせているなら、外からは分からないと思う……」
「そうか。流石に簡単に分かるわけもないか。リナは引き続き、周囲を警戒しておけ」
「了解」
リナは淡々とそう言葉にする。
「ただ、リナはそれよりも――万が一に備えろ」
「万が一……?」
「戦闘になった場合だ」
レオニスの声音がわずかに低くなる。
その声には、微かな緊張感が宿っていた。
「アカデミー内に〈魔剣保有者〉が潜んでいるのなら――いずれ、剣を交える局面もあり得る。その場合、リナが戦う可能性が高い」
「……魔剣、保有者」
リナは噛み締めるようにその単語を口にする。
魔剣。その単語は聞いたことはあるが、魔剣使いと戦ったことはない。
「俺も調べてみたが、〈教団〉の動きは密やかに活発になっているらしい。魔剣が封印されている場所への襲撃。その他にも、管理者の失踪、結界破壊の痕跡。どれも偶然ではないな」
「……魔剣って危ないの?」
「非常に危険だ。あまりにも強大な力を持ち、それはもはや人知の及ぶ領域を逸脱している。過去には――それを巡って、国家が滅びた事例も確認されている。複数の聖剣、魔剣、妖刀が一つの組織の手に渡れば……世界は破滅へと導かれる」
「ふぅん」
あまりにも淡泊な反応に、レオニスはわずかに眉をひそめた。
リナは妖刀を有している。その刃が持つ理不尽さも、扱いを誤った先にある破滅も、誰よりも知っているはずだ。それは、彼女の師でさえ乗り越えることの出来ない宿命だった。
「怖くはないのか?」
「うーん……」
リナは少しだけ考え込んでから、首を傾げる。
「斬れば……いいんでしょ?」
「それはそうだが」
「悪いことをするなら、斬るだけ」
「それができる者が、世界にどれほどいると思っている」
「……いないの?」
純粋な疑問だった。
レオニスは一瞬、言葉に詰まる。
そして、苦笑に近い息を吐いた。
「あぁ、ほとんどいないだろうな。俺も〈魔剣使い〉と相対して、勝てるかは分からん」
「……そっか」
リナはそれだけ言って、特に深く考える様子もなく頷いた。まるで──自分が例外であることを、欠片も自覚していないかのように。
レオニスは改めて理解する。
この少女は、魔剣という概念そのものを、脅威ではなく〈斬る対象〉として見ている。
「だからこそ、リナの存在が重要になる」
「……私?」
「魔剣に対抗できる剣士。いや──魔剣を斬れる可能性を持つ存在だ。ロゼもリナが適任と思ったのは、そのためだ。ロゼの持つ〈聖剣〉はいろいろと制約があるからな」
「ふぅん」
リナのその態度を前にして、レオニスは小さく考え込む。苛立ちではない。だが、見過ごせるものでもなかった。
「リナ。ひとつ、尋ねたいことがある」
「何?」
この時、レオニスは考えていた。
彼女こそが、
世界の均衡を壊しかねない〈切り札〉になり得る存在ではないか、と。
同時に、看過できない懸念もあった。
リナはおそらく、善悪という概念を十分に理解しているわけではない。
敵は斬る。
悪は斬る。
その認識はあまりに単純で、そして危うい。
立場が変われば、敵と味方は容易く反転する。
つまり──彼女が敵側に回る可能性も、決してゼロではない。レオニスは内心の緊張を隠したまま、ひとつの問いを投げかけた。
「リナは──何のために剣を振るう?」
少しの間。リナは言葉を探すように沈黙した。
これまでなら、迷いなく答えていただろう。
──敵を斬るため。
師に言われるまま、命じられるままに。
それだけが、彼女の生き方であり、人生のすべてだった。だが、今は違う。彼女はもう知っている。自分の剣が、何のために存在しているのかを。
「私は──みんなを守るために剣を振るう」
リナのその言葉は、微かに熱を帯びていた。
「今まで出会った人たちは……みんな優しくて、本当に良い人ばかりだった。そんな人たちを守るために、私の剣は在る。そう在るべきだって、私は決めたから」
感情の希薄な少女。
剣以外のすべてを削ぎ落とし、ただそれだけを極めてきた存在。
それでも──リナは、確かに変わり始めていた。師の言葉を自分なりに理解し、出会った人々との縁を理解し、大切にするようになった。
だからこそ、これまで磨き上げてきた剣を、今度は誰かのために振るう。
それは命令でも、教えでもない。
リナ自身が選び、決めた答えだった。
「ふ。杞憂だったか」
「? なんて言った……?」
「いや、何でもないさ」
「でも、安心して。レオニスのことも……私の剣で守るから」
その言葉を聞いた瞬間、レオニスは堪えきれずに笑ってしまった。
「ハハハハハ! 元騎士団長にして、アルトレイン家当主の俺を守るか!」
「うん……だから、心配しないで」
「その言葉を聞いて、俺もまだまだだと再認識した」
「……そうなの?」
「あぁ。では、俺は帰るとしよう」
そう言って踵を返した、その時だった。
リナが、ぐいっとレオニスの袖を引っ張る。
「うおっ!? な、なんだ?」
「今日は日替わり定食が美味しい。フィアは最近、揚げ物を頑張ってるの。だから……食べて帰って」
不意を突かれ、レオニスは一瞬きょとんとする。そしてキッチンへ視線を向けると──そこにいた妹が、少しだけ恥ずかしそうに微笑んでいた。
「えっと……。お兄様に食べていただけるなら……嬉しい、です……」
フィアはかつては、ずっと俯いてばかりいた。
だが、この店にいる彼女は違う。
忙しなく動きながらも、どこか楽しそうで、生き生きとしている。
兄妹の情など、アルトレイン家には不要。
そう思ってきたはずだった。
だが──やはり肉親というものは、不思議と心を動かす。その当たり前で、大切な関係を、いつの間にかリナが繋いでくれていた。
「──そうだな。では、食べて帰るとしよう」
「うん……それがいいよ」
「いつか、リナには礼をせねばならんな」
「それなら、ご飯がいい。貴族って、美味しいものを食べてるんでしょ? お店のご飯も美味しいけど……貴族のご飯も、ちょっと興味ある」
「その程度なら問題ない。いずれ、フィアと共に来るがいい」
「……うん!」
気づけばリナは、自然とアルトレイン兄妹の間に立っていた。誰かに命じられたわけではない。ただ、そうするのが当然だと思ったからだ。
剣だけを頼りに生きていた頃とは、もう違う。
敵か否かだけで世界を測っていた彼女は、人が言葉を交わし、すれ違いながらも繋がろうとする姿に目を向け始めていた。
ひとの繋がりは、温かい。
斬るだけではない世界が、そこにはある。
だが同時に──世界は優しさだけでは出来ていない。
学院に漂う微かな違和感。
仮面の裏に潜む、刃の気配。
学院に潜む〈魔剣使い〉は、一体誰なのか。
〈悍ましい醜さ〉を内に秘めたその存在を、リナはこれから知ることになる
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