第25話 合否
無事に入試を終えたリナは、いつものようにバイトをしていた。発表は来週で、リナはそれを心待ちにしていた。
「リナさん。入試はどうでしたか?」
入試の翌日。
出勤して来たフィアにそう訊かれる。
「ふふ……普通に振る舞えたと思う」
「普通に?」
「うん。普通は……大切だから」
「? なるほど」
フィアもいまいちピンと来ていないが、リナが満足そうにしているので追及はしなかった。
そして、次はアルに声をかけられる。
「おい、リナ。お前変なことしてないだろうな?」
「うん。あ……でも、実技試験の担当は──レオニスだったよ」
「えっ!? お兄様が……?」
「マジかよ。お前──どうだったんだ?」
「ふふふ。私の完璧な演技で……どうにかしたよ」
どこか自慢げに胸を張ってリナはそう言った。
しかし、フィアとアルは小声で会話をする。
「おい。リナに演技なんて出来ると思うか……?」
「その……難しそうですが」
「あくまで自認だろうな。はぁ……ま、何も無かったらいいが……」
「ふふ。そうですね」
朝からそんなやりとりを交わしつつ、店はいつも通りに営業を始めた。
ちょうど昼時になった時、店の扉が開く。
やって来たのは、レオニスだった。
「……リナ」
「あ、レオニスだ。いらっしゃいませ」
リナはぺこりと頭を下げる。
彼が胃痛に耐えていることなど、知る由もなく。
「話がある。奥の席を借りたい。店主、構わないだろうか」
「もちろん。どうせリナのやつが、何かやらかしたんでしょう?」
軽口めいたアルの言葉に、レオニスは眉を顰める。
「……否定はしない」
その声音はどこか悲壮感が漂っていた。
「話って……何? お仕事中だから、手短にね」
「その辺りの常識は、一応あるのか。まったく」
二人は向かい合って席に着き、早速話を始める。
レオニスがパチンと指を鳴らすと、空気が歪み、瞬く間に結界が展開されていく。
「念のためだ。結界を張った」
「おぉ……すごい」
レオニスは本題に入る。
「それで、なぜアカデミーに入ろうとしている?」
「えっ」
「誰の指示だ?」
「う、う……い、いや。私はただ学校に興味があって……そう。興味があるから入りたいだけで──」
「誤魔化すな。俺の目は欺けん。挙動不審過ぎる」
「ふ、ふつうだよ? ひゅー、ひゅー」
リナは吹けもしない口笛を吹こうとする。
その姿はあまりにも分かりやすく――そして、滑稽だった。
「はぁ……。これで世界最強の剣士だというのだから、世界とは本当に分からんものだ」
「褒めてる?」
「呆れている」
「うぅ……」
さて、どうしたものか。
レオニスは内心で考える。リナは相当に頑固だ。正面から問い詰めても、口を割る可能性は低い。
そう思案していた、その時だった。
結界を――何事もなかったかのように素通りする人物が現れた。
「よ。二人で何を話してるんだ?」
右手に酒瓶を提げた、一人の女性。
それは――〈剣聖・ロゼット〉だった。
「ロゼ……! 貴様の差し金か!!」
「ははは! まあな! いやぁ、それにしても、リナとレオニスが知り合いだったとはな」
「……うん。決闘したよ」
「へぇ。で、どっちが勝った?」
ロゼの口調は軽い。
だが、その視線だけが僅かに鋭さを帯びる。
「……私。でも、〈秘剣〉を使わないと勝てなかった。レオニスは、とても強い」
「ふぅん。伊達に〈仇櫻〉を継いでないってことか。レオニスは、ドンマイだな! 相手が悪かった!」
「ぐっ……貴様。学生の頃から、その軽薄さは変わらんな……」
「ははは! お前は少し変わったみたいだな!」
「うるさい! それで──どうしてリナをアカデミーに入れようとしている?」
会話は自然と本題へ移っていく。
どうやら――ロゼとレオニスは、旧知の仲らしい。そして、リナは黙ってその様子を見つめていた。
「リナもいるし、ちょうどいいか」
ロゼは腰を下ろし、酒瓶を呷りながら話を始める。
「アカデミーに〈魔剣保有者〉がいる。私はそれを追っている」
「……魔剣だと? 本当なのか?」
「あぁ、間違いない」
「魔剣を持っている人を……探してるの?」
「そうだ。ただし相手も相当な実力者だ。簡単に尻尾は掴めない」
ロゼは打って変わって、真剣な雰囲気を纏っていた。
「今回の件――おそらく〈終剣教団〉が絡んでいる」
「〈終剣教団〉だと……? 実在していたのか」
「あぁ。聖剣、魔剣、妖刀。そのすべてを集め、世界を変革しようとする連中。アイツらは手段は選ばない。だからこそ――止める必要がある」
「……? 〈終剣教団〉って、何?」
リナは初めて聞く名に、首を傾げる。
「簡単に言えば、悪い組織だ」
「悪い奴……敵なの?」
「そうだ。ハクロウは世界中を旅して多くの敵を斬ってきたが、その中には〈教団〉の構成員もいたはずだ。あいつは、自分の力の使い道を理解していたからな」
「えっ……そうだったんだ」
そう。リナの師であるハクロウは、ただ闇雲に剣を振るっていたわけではない。そこには、確かな大義と使命があった。その事実を――リナは、今になって初めて知った。
「ふむ。概要は理解した。そんな相手がいるならば、リナは確かに適任だろうな」
「だろ? それに、リナはまだ相手に認知されていないはずだ。ハクロウも意図的にその存在を伏せていた。まあ、あいつなりに未来を見据えていたんだろう」
「……そう、なんだ」
リナは小さく、そう呟いた。
師匠がそんな先のことまで考えていたなんて、これまで思いもしなかった。
知らなかった過去。
けれどそれが、師亡き後に今の自分に繋がっている。その事実は、胸の奥にじんわりと残った。
「私やレオニスは有名人だからな。アカデミーに常駐すれば、すぐ怪しまれる。そこで、リナというわけだ。おい、レオニス。リナをコネで合格させろ」
「そんなこと許すわけがないだろう──と言いたいところだが。今日は、これを持ってきた」
レオニスが取り出したのは、一枚の封筒。
かなり厚みがあり、中に大量の書類が入っているのが分かる。
「リナの採点はすでに前倒しで終えてもらった。結果は、合格だ」
「……!」
「実技の点数は平均的だったが、筆記が予想以上に良かった。私が手を出すまでもない。リナは、純粋に実力で合格を勝ち取っている。不正など必要ない」
「おぉ……! 合格……なの?」
「ああ。それにしても、どうして筆記の点がここまで取れた? 本当に不正はしていないだろうな? この世間知らず加減で、勉学が出来るとは信じ難いが」
その問いにリナは純粋に答える。
「フィアが……教えてくれたから」
「ふ、そうか。我が妹に教わったのなら、当然だな」
「ふふん。そう、フィアは凄いからね」
リナは微笑む。
合格。フィアに教えてもらった成果で、ちゃんと合格できた。その事実が素直に――嬉しかった。
「じゃあ……私、学校に行っていいの?」
「あぁ、正式な合格者だからな」
「おぉ、楽しみ。ついでに、悪い人も探すね」
その言葉に、ロゼは腹を抱えて笑った。
「ははは! 〈教団〉の構成員をついで扱いか! いや、でもそれでいい。リナは自然体のまま学生生活を送れ。違和感があったら、私に報告してくれ」
「了解」
そう言って、ロゼは席を立つ。
持ってきた酒瓶は、いつの間にか空になっていた。
「レオニス。この件は、貴族連中には伏せておけ」
「分かっている。貴族も一枚岩ではないからな」
「ああ。それと――リナのサポートも頼むぞ」
「はっ!? 待て! 私はアルトレイン家の当主だ。家の仕事もあるし、次代の育成にも注力している。これ以上、心労を増やせと言うのか!」
レオニスは鋭い視線を向けるが、ロゼは全く気にしていない。
「なら、何もしなくていいさ。でも、リナを放っておけるのか? この調子だと……とんでもないことになるぞ? クク……」
「この私を脅す気か!」
「ははは! 別に脅してないさ。ただな、お前も知ってしまった以上、多少は付き合ってもらう。それじゃあな〜」
「ぐ、ぐぬぬ……! 最初から巻き込むつもりだったな……! あの女狐め!」
リナは今のやり取りを完全には理解していなかった。それでも、とりあえず――
「レオニス……頑張って」
ぽん、と彼の肩に手を置く。
それはリナの優しさだったが。
「貴様のことだろうがあああああああ――!! 当事者意識を持てええええええええ──!!」
レオニスは生まれて初めて、心の底から叫び声を上げる。
「とうじしゃいしき……? 難しい言葉はよく分からない」
レオニスはもはや、肩をがくっと下げることしかできなかった。
「なぜ、アルトレイン家当主がこんなことに……」
彼の苦悩はまだ始まったばかりである。
そしてついに──リナの学生生活が始まろうとしていた。




