第23話 入試
「おぉ……大きい」
リナは入試会場である〈グランヴェール王立魔導学院〉に到着した。白亜の校舎が空へ伸び、城のように重厚で、神殿のように静謐な場所だった。
「ここが……学校」
リナは感慨深そうに呟く。
学校。その名前だけは聞いたことがある。同じ年齢の子供たちが集まり、勉強をする場所。リナはその程度の認識しかないが、今は少しだけワクワクしていた。またここでもきっと、新しい友だちが出来るかもしれないと期待していたから。
リナはそのまま入試会場へと向かう。
自分の受験番号を確認して教室へ。ここまでの流れはフィアにしっかりと説明してもらっていたので、問題なく着席できた。
「うぅ……緊張するよぉ」
「大丈夫。ちゃんとやればいけるよ!」
「お前、余裕そうだな」
「まあな。俺はしっかりとやってきたからな」
リナと同世代の人間たちが、それぞれ教室で会話をしていた。リナそんな様子を横目に見つめる。
(不思議な……感じ……)
教室。机と椅子。そして、生徒たち。
知識としては知っていたが、体験するのは初めてだった。けどそれは──決して悪い感覚ではなかった。
リナが微かな期待感を抱いていると、教員が教室内に入ってくる。
「静粛に。入試問題を配布する」
教室は静寂に包みこまで、ついに入試が開始される。午前中は筆記試験。午後からは実技試験になっている。リナは騎士学科を受けるので、午後は騎士としての実技がある。
「それでは──始め」
リナは問題用紙をめくり、問題文に目を通していく。それは──ちゃんと理解できるものだった。フィアの言った通りの問題があって、教えてもらった通りの解法でスムーズに解いていく。
「ぐっ……」
「うぅ……」
「何だよコレ……」
生徒たちの困惑が広がっていく。
ここ〈グランヴェール王立魔導学院〉は世界最高峰学府の一つ。入試難易度は世界でもトップレベル。その中でリナは──淡々とペンを走らせていた。
問題文を即座に理解し、解答をスムーズに書き込んでいく。そして気がつけば──午前中の筆記試験は終わっていた。
「終わった。たぶん、大丈夫なはず……」
解答用紙は回収されていった。
リナは全力を出せた。少なくとも、手が止まる問題は一つもなかった。それは、フィアが教えてくれたことばかりだったからだ。
「……よし」
小さく呟き、立ち上がる。
次は実技試験。案内に従って校舎を抜け、訓練場へ向かうと、空気ががらりと変わった。
広い石畳の広場。乾いた土の匂い。
そこにはすでに、腰に剣を差した受験者たちが集まっていた。談笑する者、黙って剣を確かめる者、軽く素振りをしている者。
筆記とは違う、張り詰めた実戦の気配。
その中で一人だけ、明らかに空気の違う人間がいた。
陽光を反射する金髪。左右に結い上げられたツインテールは、螺旋を描くように巻かれて伸びている。
「あら? あなた──見ない顔ですわね」
その人物とリナは目が合う。
仕立ての良い服、磨き上げられたブーツ。
その装いを見て、貴族の人間だとリナは察した。
「初めまして……リナです」
「わたくしは、セラフィーヌ=グラディアです」
握手を求められ、リナは素直に応じた。
触れた瞬間、わずかな違和感を覚える。
(……硬い)
細い指だが、掌には剣ダコがある。
飾りではない。実際に鍛えている手だと、すぐに分かった。
「あなた、貴族ではありませんわね。もしかして庶民でしょうか」
「うん……そう」
リナはこくりと頷く。
「なるほど。記念受験というやつですわね。きっと、わたくしの剣を見られるだけでも、生涯の誇りになりますわよ」
「うん……」
それだけ言うと、セラフィーヌはもう興味を失ったように踵を返した。取り巻きを連れ、当然のように人混みの中心へ戻っていく。
セラフィーヌは公爵家令嬢。
リナに対する態度は嫌味ではなく、純粋なものだった。
この場にいるのは、ほとんどが貴族か名の知れた剣士。無名の庶民など、最初から視界に入っていない。誰もリナを気に留めることはなかった。
そして、騎士学科の実技試験が始まる。
「──では、騎士学科の実技試験を開始する」
試験官の教員の低い声が、訓練場に響き渡る。
ざわめきが止み、受験者たちの視線が一斉に前へ集まった。
「内容は三つ。第一に身体能力測定。走力・跳躍・基礎筋力を見る。第二に剣術試験。指定課題として、丸太の斬断を行ってもらう。そして最後に──模擬実戦だ。総合的な戦闘技術と適性を判断する」
その言葉によって、周囲に緊張感が広がる。
「以上だ。では、番号順に開始する」
実技試験が始まった。
やはりその中で目立つのは、セラフィーヌだった。
「おぉ! 流石はセラフィーヌ様だ!」
「あの公爵家の令嬢だからな」
「あぁ。才能が違うよ、才能が」
そんな中、リナの番号が呼ばれた。
「27番」
「……はい」
「前へ。まずは走力を見る。準備はいいな?」
「はい」
短いやり取り。教員の視線は淡白だった。
周囲の受験者たちも同じだ。興味も警戒もない。無名の庶民。どうせ記念受験──その程度の認識しかこの場にはない。
リナの隣には、他の受験生たちも並んでいく。
(普通……普通の生徒……)
リナは胸の内で、何度も繰り返す。
目立たないように。
やりすぎないように。
そう心がける。
スタートラインに立ち、軽く息を吐く。
「──始め!」
リナは合図と同時に、地面を蹴った。
瞬間、景色が後ろへ流れる。
リナはそのまま一気に加速していく。
かなり抑えたつもりだった。
しかし気づけば、誰も横にいない。
風だけが耳元を抜け、リナはそのまま軽々とゴールをした。数秒遅れて、後続の足音がようやく近づいてくる。
この場が、妙に静かだった。
「ん……?」
視線がリナに集まっている。
自分はかなり抑えたはずだ。だからきっと、普通だったはず。とリナは思っていたが、驚いた教員が声をかけてくる。
「……27番。リナ、だな」
「はい」
「かなり速かったな。走るのは得意なのか?」
「……はい」
『本当は斬ることが一番得意だけど』──と言いそうになったがリナはグッと堪えた。
その後の身体能力のテストも、リナはセラフィーヌとほぼ同じスコアを叩き出していく。その活躍を見て、流石にセラフィーヌもリナに声をかける。
「リナ、だったかしら」
「うん……」
「あなた──庶民だというのに、なかなかやりますわね」
「……動くのは得意だから」
リナは色々と考えた末に、動くのは得意だという結論に辿り着いた。
「しかし──剣術はどうでしょうか。わたくしの本領は剣ですので。あなたの実力、楽しみにしていますわよ」
「……うん。私もあなたの剣、楽しみにしてる」
身体能力のテストは終わり、次は剣術のテストに入る。
「次は丸太の斬断のテストだ。一見、単純な課題だが、これは力試しではない」
教員の説明が始まる。
並べられたのは硬質の堅木だ。
「力任せに振れば、刃が止まり、弾かれる。試されるのは、斬撃の正確さだ。踏み込み、体重移動、そして乱れのない剣筋。つまりこれは、剣をただ振れるかではなく──剣を理解しているかの試験だ。では、試験を始める」
続々と受験生たちが斬断のテストに臨んでいく。一太刀で断てる者。刃が止まり、弾かれる者。結果はハッキリと分かれた。
その中で、セラフィーヌは別格だった。
「──こんなものでしょうか」
一閃。丸太が音もなく滑り落ちる。
断面は鏡のように平滑。繊維の潰れも裂けも、一切ない。
「ふむ。流石の技量だ」
試験官の教員もそう言うほど。
技量の高さは、誰の目にも明らかだった。
「……凄い」
リナもセラフィーヌの剣を視た。それは口先だけの技ではない。積み重ねられた研鑽が、刃の運びに現れている。
だからこそ、リナはその剣に感化された。呼吸が静まり、意識がゆっくりと研ぎ澄まされていく。
「では、次。27番」
「……はい」
リナは前に出る。
腰の〈仇櫻〉に、そっと手を添えた。
途端に周囲の空気が変わる。
値踏みする視線。
露骨な嘲笑がリナに向けられる。
「どうせ足が速いだけの田舎者だろ?」
「あぁ。剣は技術と型だ。我流の庶民に扱える代物じゃない」
「しかも、庶民が刀か。場違いもいいところだな」
「まあいいさ。余興くらいにはなる。笑わせてもらおうぜ」
好き勝手な声が飛ぶ。
だがもう──リナには届いていない。
「スゥ──」
呼吸が落ちる。鼓動が遠のく。
視界から人影が消え、音が薄れていく。
残るのは、研ぎ澄まされた自分の刀だけ。
意識が深く沈む。
余計な思考が削ぎ落とされ、ただ〈斬る〉という剣士だけが残った。
レオニスとの戦いを越えて──リナの剣は、次の領域に踏み込んでいた。彼女はまだ途上。リナはさらなる進化を遂げていた。
リナは思っていた。
セラフィーヌの剣を見て、手加減をするのは失礼だと。彼女は自身の剣を示した。
ならば、自分も示さなければならない。
静かに腰を落とす。
重心を沈め、呼吸を殺し、ただ一閃のためだけに全身を研ぎ澄ませ、抜刀の態勢に入った。
指が、柄を握る。
そして──リナは、あろうことか〈七つの秘剣〉が一つ。神域の抜刀術を解放する。
「──空蝉」




