第22話 準備
「アカデミーって、何……?」
リナは首を傾げる。
その単語に、聞き覚えはなかったからだ。
「アカデミーは、まぁ……学校のことだな。優秀な魔法使いと騎士を養成する専門機関だ」
「ふぅん。私がそこに潜入捜査……? するの? なんで?」
「実はアカデミー内で不審な動きがあってな。私はソレを追っている」
「不審な動き……? 悪い人がいるの?」
「あぁ。教師、生徒かは不明。だが──間違いなく悪巧みをしている奴がいるって感じだ」
「なるほど」
正直なところ、リナはそこまで話を理解していない。
どうしてロゼがそんな相手を追っているのか。
彼女の真意はどのようなものなのか。
疑問はいくつもあるが、リナは気にしていなかった。なぜならば──
「……分かった。入学して、悪い人を探せばいい?」
「で、詳細なんだが──? ん? おい。もう了承するのか?」
「うん。だって、ロゼは師匠の友だちなんでしょ。それならいいよ」
そう言われ、ロゼは微笑む。
「ふ。そうか。こちらとしても、それは助かるな。私は若くて、美人で最強なんだが──それ故にアカデミーに入ると目立つからな。ただ問題なのは──」
ロゼは顎に手を当てて、思案する。
「リナ。お前、勉強は出来るか? 流石に裏口入学は無理でな。あそこは意外と厳格な場所なんだ」
「裏口入学? 裏口から入ればいいだけでしょ? 簡単……だよ」
「……。オッケー。分かった。お前はハクロウから剣しか教えられなかったな。そうだろ?」
「うん。斬ることは得意」
「はぁ……アイツも剣術バカだったからな。ある程度の教養や常識はあったが、リナはさらに削ぎ落とした感じだな。まぁ……アイツらしいか」
リナは師匠のことを語るロゼの姿を見て、師匠の知らない一面を知れたようで少しだけ嬉しかった。
「入試は三ヶ月後。そこまでに合格ラインに乗せないといけないが、私も勉強はなぁ……。だが、実技試験は余裕だろうな。ハクロウが仇櫻を託したくらいだからな」
ロゼはまるで独り言のように語るが、リナはそれを聞いて口を開く。
「勉強は……たぶん、大丈夫」
「ん? 伝手があるのか?」
「ある。頭良い友だちがいるから、教えてもらう。学校は実は……興味があったから」
「おぉ! そりゃあいいな! よし、リナ──」
ロゼは真剣な眼差しをして、リナの肩を強くしっかりと掴む。
「お前は〈グランヴェール王立魔導学院・騎士学科〉に入学しろ。そこで内部調査を行え。といってもまぁ、普通に学生生活を送るだけでいい。あと、卒業する必要はない。任務が終われば退学して構わん。もちろん、この件が終われば相応の報酬は支払う。それでいいか?」
「了解」
あの時。
師匠と過ごした時のようにリナは強く頷いた。
「それと、これを持っていけ」
「何これ?」
渡されたのはペンダントだった。
そこには微かな魔力が宿っている。
「リナは魔力が無いだろ? アカデミーじゃ、魔法適性の試験もある。そのペンダントには魔法式を保存してある。簡易発動用の擬似魔法式だ。上手く使って、魔法が使える〈普通の生徒〉として振る舞え」
「……普通の生徒。了解」
話はそこで終わり、リナはアカデミーに入学するための準備を始めた。
リナが勉強を頼る人物はもちろん──フィアだった。
「フィア。ちょっと相談がある」
「何でしょうか?」
バイトの休憩中。
二人で賄いを食べた後、リナは早速切り出した。
「実は……学校に入らないといけないことになった」
「学校、ですか? どちらの学校でしょうか?」
「えっと……確か、〈グランヴェール王立魔導学院・騎士学科〉だと思う」
「えっ!? リナさんは騎士になるのですか?」
「ならないけど……その。知り合いの頼みで入らないといけない」
「なるほど……。リナさんも事情があるのですね」
フィアは、それ以上深く追及しなかった。
彼女はもう知っている。
リナが只者ではないことを。
兄であるレオニスは、フィアにとって絶対の存在だった。強く、冷酷で、誰よりも高みに立つ騎士。世界最強の騎士だと、ずっと信じて疑わなかった。その兄を正面からの決闘で打ち負かした少女。
──それが、リナだ。
自分の知らない過去や事情があって当然だろう。だから、踏み込むことはない。伊達に、貴族の令嬢として育ってきたわけではなかった。
「ただ、今の時期ですと──入試まで三ヶ月でしょうか」
「大変?」
「そうですね。ただ……実は私はアカデミーの魔法学科にいたので、教えることはできると思います」
「おぉ……流石フィア。凄い」
「いえいえ。それでは、今日から早速お勉強をしましょうか」
「……うん。勉強してみる」
リナはそれからアカデミーに入るための日々を過ごしていった。
バイトの途中。客があまりいない時間帯は、座ってずっと本を読んでいた。リナは最低限の読み書きは師に教えられていたので、そこに問題はなかった。
「リナ。何してんの?」
声をかけてくるのはカレンだった。
「ん。勉強」
「? 何か目的もであるの?」
「アカデミーに入らないと……いけない」
「……アンタ、絶対に何か裏があるでしょ?」
「うっ……」
リナは核心をつかれて顔を顰める。
「事情があるようね。ま、頑張りなさい。応援してるわ」
「うん。カレン……ありがとう」
「でも……また私とダンジョンに行きなさいよ」
カレンはボソリと呟く。
その顔はどこか寂しさが漂っていた。
「うん。寂しがらなくても……いいよ」
「べ、別にそんなんじゃなわいよ! 先輩としての心配だから!」
次にやってくるのはアレクだった。
「リナ! カレンから聞いたぞ! アカデミーに入るのか!」
「……そう」
「ははは! 僕はあそこの卒業生だ! 何でも聞くといい!」
「じゃあ、これって……どういう意味?」
リナは黙って手にしていた本を開き、そのページをこちらに向けた。びっしりと書き込まれた魔法式。幾重にも重なった魔法回路と、細密な補助記号。
初学者どころか、上級生でも音を上げるような専門書だった。
「……これを読んでたのか?」
アレクは思わず問い返す。
リナはこくりと頷いた。
「うん……意外と面白い」
「は、ハハハ! うむ。どうやら僕は必要ないようだな! その調子で励むといい、リナ!」
「うん」
魔法は使えない。
魔力もない。それなのに、理解する速度はあまりにも速かった。これもまた、リナが持つ異能の副産物。
剣に最適化されたその肉体と魂は、
いつしか──万物の理すら、直感で掴み取ってしまう領域に達していたのだ。
そして次にやって来るのは、リリエルだった。
「あら? リナさん。珍しく本を読んでいるのですね」
「うん……アカデミーに入るから」
「えっ……!? 本当ですか!?」
「そうだけど……。何でそんなに驚いているの?」
「私は魔法学科の二年生だからです! まさか……リナさんが同じ学舎に……?」
「まだ決まったわけじゃ……無いよ。合格しないといけないから」
勉強は確実に進んでいるが、それでも合格するかどうかは分からない。そうリナは思っている。実際のところはもう既に十分なほどの知識を持っているのだが。
「リナさんでしたら、間違い無く合格出来ます! あぁ……神よ。これこそが、私への祝福なのでしょうかっ……!」
リリエルは天に向かって両手を組み、静かに祈りを捧げた。
友人たちとそんなやりとりをしつつ、リナは勉強を続けていった。
「いいですか。これは──」
「うん」
「ここの問題は──」
「うん」
リナとフィアは、いつの間にか――理想的な教師と生徒の関係を築いていた。フィアはリナの理解度を確かめながら、一歩ずつ、噛み砕くように丁寧に教えていく。そしてリナもまた、小さな疑問でもすぐに尋ねる。
教える者と、学ぼうとする者。
二人の歩幅は不思議なくらい揃っていた。
そして気がつけば──あっという間に三ヶ月の時が過ぎていた。
「リナ。ついに入試だな」
アルがそう声をかける。
「うん……。でも、ここのバイトは続けるよ」
「それは助かるが、合格できそうなのか?」
「分からない……けど、フィアにたくさん教えてもらったから」
リナはいつも通りの声で答える。
強がりも不安もない。
ただ事実を述べるだけの、静かな声音だった。
「リナさん。頑張ってください! 応援してますよ」
「フィアもありがとう。じゃあ……行ってきます」
軽く手を振り、リナは試験会場へと歩き出す。
その背を見送りながら、アルが小さく息を吐く。
「で、正直なところ……リナはどうなんだ?」
「絶対に合格しますよ。教養もそうですが──魔法の理解が、とにかく早いんです。きっと元々頭の回転が速いのでしょうね。私は、必要なことを教えただけです」
「でも、アカデミーは実技試験もあるんだろ?」
「はい。でも、そちらは心配してません」
「だよな。リナだしな……」
苦笑しながらアルは肩をすくめる。
「ま、あんまり騒ぎにならないといいが」
「ふふ。それはそうですね」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
しかし、リナが〈普通の生徒〉として振る舞えるわけもなく。
彼女がアカデミーで〈鮮烈な入学デビュー〉を飾り、盛大な騒ぎを起こすことになるなど。この時の彼らは、まだ知る由もなかった。




